ガールズシンフォニーという、サービス開始に立ち会えたゲーム

運営変更という名の第一幕の終了


2017年08月30日。私にとっては運命の日となった。
その日の朝は「あ、私がいつもやってるゲームの小説版、今日発売だ!」と思いながら電車に乗り、仕事を終えた帰りにその本を買おうと決意していた。

そのゲームの名は「ガールズシンフォニー」(通称ガルシン)。

ガルシンは何かのコラボでもなく、シリーズ物でもなく。全くの新規作品で「初めてサービス開始時からプレイした」ソーシャルゲーム(以下ソシャゲ)だった。
「ガールズシンフォニー」はゲーム会社YourGames(通称ゆあげ)が開発し、TGSによると角川ゲームズが運営していた作品である。私は同じ開発会社の「フラワーナイトガール」のプレイヤーである為、ついでの感覚で一緒にプレイしていた。どちらも面白く、思い入れが強い作品と思っている。

タイトル画面

 

ガールズシンフォニー公式サイト

(C) DMM GAMES

http://www.dmm.com/netgame_s/symphony/

 


ガルシンの大好きなキャラクターたち


初めて手にいれた虹キャラ…つまり最高レアリティキャラクターはサービス開始前ガチャで手に入れたピーティー。いつもおどけている調子のキャラだが、容姿、声、仕草(live2Dを導入しているので立ち絵が動く。他のゲームだと艦これ改で経験済み)全てが好みだった。あとになって花騎士のオオオニバスなどのキャラを担当している声優と同じらしいということも知って驚いた。

プレイ中に手に入れて相棒として使っていたキャラは他にもたくさんいる。
チャイコフスキーさん、ヴァルンボン、マティア、ちりりーんことアンゲリカなどなど……。皆私の引き当てたキャラで、どれも大好きだった。
ガルシンは開発元が花騎士と同じなため、システムで酷似しているところが多い。しかし、キャラクターの性格の方針はまるで異なる。その中の筆頭を挙げるなら、花騎士のナズナとはあらゆる意味で正反対のナビキャラ、メンデルスゾーンだろう。賛否両論あったが、私はそのアクの強いキャラを気に入り、度々巻き起こす驚天動地の展開には笑わせてもらった。(もちろん、いい意味で)メンデルスゾーンさんのストーリークエストで行なう、敵に対する非道な「おしおき」の数々は(基本的にその内容は18禁なもの。敵組織は大量殺戮とかをやっていたりするので反撃の意味合いとして理解はできた)清々しさすら感じられるほどであり、「悪で悪を裁く」気概すら感じられるコンバットオーケストラ(主人公サイドの戦闘部隊の名称)のストーリー上の猛進ぶりは痛快だった。


サービス運営変更までの悪い予感?


私の友人もガルシンをプレイしていて、時折ツイッターでプレイ報告などを上げたりするのだが、ある日目に入った情報の中で気になったものがあった。彼のツイートはゲームの運営動向に触れる内容を上げる場合があるのだが、その中に「売れ行き不振」に関するものがあった。
ちょうどその頃はガルシン内で3000円ガチャなど、手頃な課金コースを用意し始めた時期であり、運営のニュースでも「○○の要素を今後改良していきます」と発信していた為、私は「今は辛いけどここから盛り返してくれるのかな」と思いながらガルシンを欠かさずプレイしていた。
そこから不安が強くなったのは2017年の8月に入ってからだ。私はソシャゲーのストーリークエストは、「一度ゲームをまとめてプレイした後、ストーリーパートをまとめてみる」ようにしている。なるべくリアル生活を崩さないために、プレイ時間を圧縮するスタイルのつもりだ。
そして、新しく追加されたストーリーのスキップ中、ナビキャラのメンデルスゾーンの18禁シーンが出てきた時、かなり驚いた。こういったソシャゲーでナビキャラが肌を見せるというのは珍しいイメージを持っていたからなおさらだった。(花騎士ではゲームのナビキャラは非戦闘要員かつ、寝室シーンなどは用意されていない。この記事を書いている今の所は)
方針を変えたんだろうかと思い、深く考えることはしなかったが、上述の「長期メンテナンス」の知らせを目にした時「やはりか」と思ってしまった。そういった雰囲気をうっすらとだが感じてしまっていたのだ。
小説版もリリースされるから、ほそぼそとやるのかなと考えても、まさか小説発売日にサービス停止、もしくはそれに準ずるゲームの告知は微塵も考えたことはなかった。完全に予想できないタイミングだったのだ。
結果的に8月30日現在。運営から「長期メンテナンス並びに運営変更」と発表され、現在のガルシンは課金停止状態で現コンテンツを閲覧できる、ユーザーにとっての猶予期間と言ってもいい状態に入っている。
私は虹キャラの数こそ少ないが、少々の課金で手に入れたかけがえのないキャラたちのデータをたくさん持っている。コンテンツのやり直しということでセーブデータ初期化した例もあるため、急いでを見なければと、固く誓った日となった。
そして、ひどい寂しさを感じた。いつも近くにいた友人が引っ越しで遠くにいくような。そういった寂しさだ。サービス停止じゃない分、死といった永遠の別れほどの激しい悲しみは湧いてこなかったが、悲しいと感じることが重要だと思う。
それだけ自分の心を形作る要素に、運営が変わる前のガルシンは溶け込んでいたのだから。


ブラウザゲーでゲーム性は不要?


会社の同期でも、学生時代の友達でもソシャゲに手を染めるものを数多く見てきた。有名なアニメを題材としたものだったり、既存のコンシューマーゲーム、またはオンラインゲームのミニゲーム化的なものだったりと、今の現代社会でソシャゲは多様に存在している。
そういったソーシャルゲームに対し、私は正直いいイメージを持っていなかった。なぜならワンボタンでぽちぽち押すだけのつまらないイメージが先行していたからだ。しかしこれは後で爽快感の演出のためということを知る。(後述)
事実DMMのブラウザゲームはアクション性、複雑なシステムと言った物がほとんどなく、ある程度のゲーム内法則さえわかれば、何も考えずにプレイできるもの……いわゆる脳死プレイが可能な作品が大多数派だ。大ヒットした艦これもブラウザゲーだが、あちらも準備などの段階でしっかり整えれば、脳死プレイに突入するパートが存在する。

ソシャゲに脳死プレイはもはやつきものといえる要素なのだ。

「ガルシン」はこの記事を書いている現在でこそ脳死プレイができるが、実は「ガルシン」は当初からバトルパートが練られていて、他のソシャゲに比べればかなり難しい作品だったりする。
基本システムは一部隊全3列からなる前衛、中衛、後衛に最大7人のキャラを配置して、敵の攻撃に合わせて隊列変更を行いながら戦うモノ。
この、操作を要求するゲームシステムに、私は感銘を受けた。自分の手に入れたキャラをこの手で指揮し、動かせる。ボタン一つでやるゲームも楽しい面があるのは理解できていたが、こういった「攻略しがいのあるゲーム」にソシャゲという形態で触れられたことがとても幸運だった。
上記の脳死プレイに比べたら爽快性はない。

だが、少し頭を使って敵を下すことのできるゲームの達成感はひとしおだった。ただ、難易度が高すぎたのか、サービス途中から、コンテンツの大部分の難易度は低く抑えられるようになった。それは仕方ないとも思った。
しかしそのタイミングで「極限」と名の着く高難易度ステージを運営が出し、ゲームの戦略性を保った体制はプラスだと感じた。
脳死プレイで通常ステージでアイテム集めしつつ、腕試しに「極限」がプレイできる。どっちのゲームスタイルにも良さがあるため、この調整はとても嬉しかった。
しかしガルシンも全てが良対応だったわけではない。サービス開始当初はあらゆる要素のバランス調整が良いものと言えず、バグも多かった。DUPEもあったので問題は浅くはなかった。
ゲーム難易度も高く、live2Dの弊害でゲーム自体が重いので、ソシャゲにしてはストレスが溜まる一面も多々あった。これらはオート機能、演出の簡略化などで解決されたが、合わない人はとことん合わなかっただろうなと思う。それが災いしてか、プレイ人口は花騎士と比べたら大ヒットと呼ばれる数から遠いものだったようだ。
下位互換相当の低ステータスキャラや不遇職も多数存在した。嫁キャラがwikiなどのデータで比較されて、酷評されることは、一部のユーザーにとってたまらないことだろう。
それらはサービス開始から2、3ヶ月後くらいに改良されたことから、当時私は今後のアップデート情報を心待ちにするようになっていた。「ああ、続けてくれるんだな」と。
ちなみに上記に上げたピーティーやチャイコフスキーさんはは欠点らしい欠点がない優秀なステータスを持っているたため、それで私はやめることなく続けれたのもあるかもしれない事をここに明記しておく。ガチャは運ありきなので弱いキャラばかり引いた人はやめていることも多いだろう。
良いゲーム性を突き詰めれば突き詰めるほど、ソシャゲという爽快感重視のゲームとは方向性が合わなくなるかもしれない。だが、それを理由に「世間から忘れ去られ、作品が隠れてしまう」事態になればそれはもったいないかなと思う。


ここまでを振り返ってみて。そして、サービス再開への期待と不安


公式発表ではガルシンは「運営変更のための長期メンテナンスに入る」とある。つまり、コンテンツの終わりではない。しかし運営が変わるほどの長期メンテナンスが、必ずしもサービス一時停止前と同一のゲーム内容、もしくは停止前のブラッシュアップにつながるものではない。DMMゲームにかぎらず、方針変更したソシャゲの中にはまるで異なる作品として復活したものも数多くあるからだ。そして生まれ変わるガルシンに対し、ユーザーはこう考える。

自分が手に入れたキャラは今後どういった扱いか?
セーブデータはそのままか?それとも特典をもらって指揮者再スタートなのか?
それとももっと事態は最悪の方へ向かうのか?

考え出せばキリがない。不安が頭のなかによぎる生物。それが人間だ。運営が変わるということはそれだけプレイヤーにとって不安要素に足り得るのだ。きっと今までに「サービス終了」を突きつけられた経験のあるプレイヤーも同じような思いをしたことがあるのだろう。

余談だが嫁コレというソシャゲを私はプレイしたことがあり、そちらは運営が変わったが程なくして終わるという結末を迎えた。こちらはそれほどやり込んでいないのでまだ平気だったが、私の不安はそういった前例によるのもある。

しかし不安だけを考えていても仕方がない。私たちプレイヤーはあるがままを受け入れるしか無い。普段から楽しませてもらっているコンテンツに感謝を示しながら、最後まで応援していくことこそ、唯一無二の私たちのできることである。
そしてもっと作品を楽しみたいと思った人こそ、課金コンテンツに手を出したりしていけば、運営側も開発の見返りとしてより良いものにしていこうとゲームを改良していく。コレが絶えず繰り返されることこそ、ソシャゲの理想ではないだろうか。
ここまで色々書いてしまったが、翔一はガルシンのことを一言で言えば「ハマるほど大好き」だった。課金もした。
今回の件で一つ思ったことがある。「世の中には数え切れないほどのコンテンツが有り、自分はこれからの人生でどの程度触れられるんだろう」ということだ。この世界に生まれてきて、楽しむことができた作品の一つとして、ガルシンに出会えたのは最大級の幸せだと思っている。
始まりがアレば終わりがある。賑やかなものもいつかは終わりが来る。
そんなことを忘れるくらい、プレイヤーが楽しめる作品に出会う事。
それが、ソーシャルゲームを楽しむことということかもしれない。