PHASE- 05 疾風、白狼、流行、三つの風


―――さて、修理するか。
シンと別れた日、博麗神社から家路に着いて翌日。
私はシンから預けられたこの機械、“デスティニー”を修理している。
一見、華奢でスマートなフォルムかと思えば、そうでもなく。鋭角的で攻撃的、力強く雄々しい印象を与えてくれるその姿。
人の何倍もありそうなその巨大な背中には、“翼”が生えているように見え、“竿”そして、大きな“剣”を背負っている。両肩には私が最初、参考にした―――シンはフラッシュエッジ2と言っていたが―――大きなブーメランが備え付けられており、人間で言う“顔”の部分には、両目から涙を流しているような隈取りがある。
私はこれが落ちてくるのを見ていた。
偶然、川付近を歩いていた私は空から妙な音がするのを耳にしたんだ。
その姿は、今の“コイツ”とは違っていた。
あちこちが黒く焼け焦げた跡。
人間で言う背中の部分から黒い煙を吐き出しながら錐揉みながら落ちて行く姿。
瞬きをした瞬間、派手な色だった“それ”が突然灰色に変色していく姿。
そして、こちらに“それ”が落ちてくる。
私はそれの衝撃で近くの岩まで吹き飛ばされ、気を失いそうになった。
衝撃で倒れていた私は、“それ”の腹部部分に近づいた。
その時だった。
金属音と共に突然“腹”が開いたのだ。
中を覗き込む。
そこには、見たことない服を着た男の子がいた。
私は、すぐに手当てしようと彼を引きずりだした。
彼の着ていたタイトな服はガラス片や焼け焦げた跡で無残な様子だった。
私は河童特製の傷薬を用意しようと彼を膝に載せた。
だが、生憎ストックが切れていて私は内心とても焦った。
とりあえず、命に別状がないかどうか彼のヘルメットを脱がし、顔を覗き込む。
山の神社の巫女と同じくらいの年齢だと思う。
その顔はまだまだ幼さを残していて、疲れきって眠っている子供の様にも見える。
「どうしよ…助けないと。目の前で人間が死ぬのはいやだよ…」
無我夢中で私は彼に語りかける。
外来人とは言え人間は人間。河童の盟友だ。
私は必死に意識が戻ることを願いながら叫んだ。今思い返してみれば大声になっていたであろうぐらい。
―――大丈夫かい?生きてる?
―――聞こえるかい!?生きてるの!?
自分でもどれくらい彼に叫び続けたか分からない。
だけど相手がいくら盟友の種族とはいえ初対面の人間なのに、私は不思議と絶対に死んでほしくないと、強く願っていた。
そして、私の願いが叶ったのか彼は目を覚ました。
紅い瞳が私の瞳に視線を合わせる。
目覚めた直後突然、機体がなんだの、宇宙がなんだのとパニック寸前で騒ぎ出すからかなり困ったものだった。
それが、私とシンの出会いだった。
あいつは真面目な奴だ。
私の薬で怪我がすこしは治ったかと思えば、いつの間にかあの機械、“デスティニー”の修理を自力でしていた。
私が手伝うと言ってもあいつは完治もしてないうちから、修理のためとか言ってに怪我した体で無茶するから困った奴だ。
その上、博麗神社に向かうときに私の、肌を―――流石の私もアレは、偶然だとは思うが―――見たりするから気が滅入る。
だけど、あいつの笑顔は子供みたいに眩しくて。
私が修理が手伝っているときは、いつも笑顔で『ありがとな』と言ってくれた。
正直な話、私も悪い気分ではなかった。
だから、私は私の気持ちの代わりとしてあいつの力になれるようなものを作った。
あいつの教えてくれた技術と情報で。
今あいつは、博麗の巫女、霊夢と共に妖怪の山に向かったらしい。
私は仲間の河童にも時々手伝ってもらいながらシンに頼まれた“デスティニー”の修理をやっている。
だが、肝心なところはシンじゃないと直せない。
だから、私は出来る限りコイツを直す。
次に戻ってきた時のあいつの笑顔が見たいからな―――

見渡す限りの空。
体に当たる冷たい風。自分から離れていく広がる地面。
そう、彼らは文字通り空を飛んでいる。
MSで空を飛ぶ時とはかなり違った感覚。
彼、シンはそう感じる。
そして、彼の手の先には可憐な少女の姿がある。
東風谷早苗。
シンと同じくこの世界の『外来人』でありながら、シンとは違った世界の住人。
彼らは偶然にもこの異世界で出会った。
彼女の提案で2人はシンの友人、河城にとりの作業場に預けているシンの機体、“デスティニー”を取りに向かっている。
「しかし…まだ実感が湧かないな」
一言呟く。
彼の常識では人は飛べるようなことなんかしない。
それについて言ったことだ。
「今さら何を行っているんですか~シンさん」
彼女、早苗が振り向きながら話しかける。
シンの呟きが聞こえたのだろう。
「この世界に来た以上、今までの常識は通用しませんよ?」
「分かってる、分かってるさ」
シンにとっては“ここ”は非常識の塊だ。
殆ど1人でMSを修理できる少女。
爆発する札を投げつける少女。
断崖絶壁の上を登ったら神社があって、人がいないかと思えば自分と同い年の美少女。
女の子絡みばかりだが、仮に彼女らが女の子でなくても非常識であるのに変わりはない。
シンはここ最近、この世界のことは深く考え過ぎないようにしていた。
さらには、男は自分1人という始末。
シンは若干、寂しさと情けなさを感じていた。
「俺がお世話になりっぱなしなのはちょっとな…」
「別にいいじゃないですか?シンさんの困ったことなら何でも私が手伝ってあげますから」
「…いや、俺がもといた世界だったら俺みたいな奴は大人同然に独り立ちしていたから尚更世話になりっぱなしなのがなんか、情けなくてさ」
「そうですねぇ…なら、私へのお礼の1つとしてシンさんの言う“デスティニー”に一緒に乗せてくれませんか?」
「え、そんなのでいいのか?」
「まだ言ってもいいのですか?なら、この一連の過程が終わったら私の妖怪退治に付き合ってみるのはどうですか?」
「妖怪退治?なんなんだ、それ?」
「読んで字の如く、です。最近、空を飛ぶ宝船を見たという噂とかが里で持ちきりなんですよ?守矢神社は里にも分社を建ててますからね。そこに行ったときに聞いたのですよ」
「そりゃ、あんなところに建物あったら誰も拝みに来ないよな…」
シンは呆れ顔で山に振り向く。
霊夢曰く、近道であの断崖絶壁を登ったが、例え正規の経路があってもあのようなところに人が参拝に来るはずはないだろう。少し考えれば分社があってもおかしくはないはずだった。
そもそも、シンの育った国、オーブは日本の文化とは密接な関係だったりする。
神社や寺など、日本独特の文化は幼い頃の教育で教わったこともあり、ある程度は知っていた。
特にオーブ軍は日本の神話や伝説が気に入ったのか、戦艦の名前に“クサナギ”とか“カグヤ”とかの一風変わったネーミングが目立つ。
そうしたオーブの風潮もあり、シン自身も日本の文化は嫌いじゃなかった。
「そういえば、シンさんって昨日の夕ご飯の時も上手に箸使っていましたね」
「まあな。俺の親も時々和食作ってくれてたし、その時は家族皆で箸で食べてたりしたよ」
「シンさん自身も外国人に見えませんしね…いろいろ日本の文化がシンさんの国にもあって嬉しいです」
「そっか…そうなのかもな」
空を飛びながら会話をする。
シンの常識からすればかなりの異常だが、シン自信としては案外悪くはなかった。
「……シンさんって…自分の国はお好きですか…?」
不意に、早苗が下に俯きながら語りかけてくる。声のトーンもさっきとは明らかに落ちていた。
早苗とは、話しているときに突然悲しげな表情を見せることがある。
しかし、いきなりそんなことを言われたらシンも戸惑う。だから彼は、
「なんだよ、突然」
「いえ…ちょっと急に気になってしまって。よければ答えてもらえないでしょうか?」
早苗は尚も真剣な面持ちで問いかける。
―――国か。
自分達の信じていた理念で家族が死んだ。
シンにとっては自分の国、オーブは嘗て憎悪の対象になっていた。
だが、その考えも大戦が終わってからは少しずつ変わっている。
どんなに憎かった国でも、シンにとって大切な国であることには変わりはなかった。
だから、早苗に告げる。
「とっくに好きさ、自分の国だから…な」
「…はい」
早苗はそれを聞いて少しだけ、ほんの少しだけ安どの表情を見せ、
―――シンさんみたいな人が私の世界にいて出会っていたら、
―――もしかしていたらこちらに来ていなかったかもしれないのかな。
と、心の中で呟いた。
「昨日はご飯も部屋もお世話になったからな…出来ることなら俺だって何でも手伝うから」
「…はい♪期待させていただきますね」
さっきの暗い雰囲気を微塵も感じさせないように、顔を上げて満面の笑顔で早苗が笑う。
シンにはその笑顔がとても嬉しかった。
「さ、もうすぐですね」
数時間後。
2人はにとりの作業場近くの川の上空を飛んでいる。
早苗がシンの手を引きながら徐々に速度を落としてゆく、物理の法則がこの世界でどこまで通じるのかは知らないが、航空力学通りだったらとっくに失速するぐらいにまで速度を落とす。
もとから人が空を飛べる時点で何もかもおかしい。
物理だの科学だの唱えたところでここの人たちにはきっと縁がないものなのかもしれない。
「ゆっくり降りますよ」
「ああ」
早苗はまだシンが飛ぶことに慣れていないことを考慮して、作業場の手前あたりで降りようと考えた。
早苗個人ならとっくに早く着くし、着地も多少無茶が効くぐらい着地の技量はある。
だが、そんなことをすれば普通の人間は焦って体制を崩し、足などを怪我する。
早苗もシンにはケガなんかしてほしくないし、例えシンでなくても人には優しくする。
彼女はそういう性格だった。
「ここからは歩いて行きましょう。焦らずともあなたの機体とやらは逃げたりしませんから」
「言われなくてもわかってるよ。俺の機体なんだから」
朝に神社を出たというのに、辺りはいつのまにか日が沈みかけていた。
―――もしかしたら時間も普通の世界とは違うのかもしれない。
そう思いながらも、シンは早苗と会話を弾ませながら川のほとりを歩いて行く。
少なくとも今この瞬間は平和だ。
しかし、突然聞こえてきた声で状況は変わる。
「…なんだよ!何しにきたんだよ!」
その声ははっきりと聞こえた。
ゆえに、声の主が誰なのかも。
「今の声…まさか!」
「にとりさん!?」
「何かあったのかもしれない!行くぞ!」
シンと早苗は声の聞こえてくる方向、―――恐らくデスティニーの墜落地点―――に足を向ける。
岩場ばかりで走りにくい地形だがそんなことは関係ない。
殆ど全力疾走で2人は駆け抜ける。
そして、彼女の姿が見える。
「にとり!」
「にとりさん!」
「シン!…と早苗!」
シンと早苗はにとりに駆け寄る。そして、彼女の目線の先に顔を向ける。
そこには三つの人影が在った。
まず最初にシンが目がついた姿は
黒い翼を有し、空に飛んでいる美少女だった。
短く、清潔さを保った綺麗な黒髪に赤い瞳は若々しい活動的なイメージを連想させ、彼女の頭には赤い山伏風の帽子を載せていて、白いシャツにフリル付きの黒いスカートには紅葉の柄が彩られている。
見た目通りの年齢ならば、シンと早苗と大差ないだろう。だが、背中の翼から彼女が”人間“ではないことは明確だった。
手には大きな紅葉の形を模したような扇を構えているその容貌は、まさに“鳥人”と呼ぶべきものだった。
もう1人は横顔からこちらを覗いているツリ目の少女。
やや癖のある栗色の髪は、腰まで伸ばし、紫色のリボンでツインテールに纏めている。
服は、先程の少女とよく似たシャツを着ているが、黒のスクエアタイを掛け、細部の色使いが違う代物だったため、かなり印象が異なる。
スカートは黒と紫のチェック―――古い言い方をすれば市松模様―――の特徴的な柄。
白く細い脚にはタイと同色のハイソックスを履いている。鳥の少女とは違った方向の魅力がよく現れていた。
そして、最後の1人に目を向ける。
その姿はシンには見覚えがあった。妖怪の山を登るときに交戦した白い人影。
頭には犬の様な耳が生えていて、あの時と同様にその手には人が持てるかもどうかも疑わしい大剣が添えられている。
白狼天狗の椛だった。
「あんたたちは…なんなんだ!」
シンが彼女らに叫ぶ。
空にいる鳥の少女が返答する。
「自己紹介が遅れましたね…私は清く正しく美しく。烏天狗の新聞記者、射命丸文です。こちらの紫リボンの天狗は―――」
「自己紹介ぐらい自分でもできるわ。姫海棠はたて。それが私の名よ、同じく新聞記者」
「改めさせて自己紹介させて頂きます。”妖怪の山“哨戒任務担当。犬走椛と申します」
三者三様の自己紹介をする。
だが、今知りたいことはそれではない。
「何しに来たんだ、にとりに何かしたのか」
「別に何もしていません。その娘のテリトリーに入ってしまったことは迂闊でしたが」
「だったら…なにが目的なんだよ」
シンは警戒心を解かずに問いかける。
早苗は後ろでにとりと共に立っている。もちろんこちらも警戒の視線を3人に向けていた。
「理由は簡単なことです、紅い眼の貴方。私は貴方に決闘を申し込みに来たのです」
「決闘だって!?」
シンは驚く。不本意で椛に攻撃したが、そもそも仕掛けてきたのは白狼天狗だ。
勝負を申し込まれる理由が思いつかない。
「理由がわからないという顔をしていますね…そもそも貴方達は山を登るために天狗のテリトリーに侵入した。私はそれの迎撃に駆りだされ貴方達を襲った。しかし、あのような突然の戦いでつけられた勝敗など、私は認めない。だから私は正式な決闘を望み、貴方を探していたのです」
「その時の調査でここが怪しいと思ったのよ。妖怪の山麓に怪しい影が飛来したことくらい、今の天狗なら殆ど知っていたしね。私と文はそれの取材、もしくは破壊とそれの詳しい調査のために来たの。白狼天狗の付き添いじゃない」
「それで、にとりさんの敷地に入り、聞き出そうとしていたのですね」
椛、はたて、早苗が口々に言う。
「だったら、何が望みなんだ!」
「えらく気が立っていますね…さっきも言った通り、椛は貴方と勝負したいのですよ。しかし、私たちは一応天狗の身でしてね。必要最低限、同族の手助けの義務があるのですよ」
「助けを言った覚えはありません、文。貴方達がいなくとも」
「私はネタ探しだけどね」
「さて…語りすぎましたね。勝負です、紅い目の貴方。もちろん貴方達が勝てば潔く引きますし、落下物の処分についても不問にします」
一方的な会話だった。
聞けば彼女たちはシンと、にとりが直そうとしている“デスティニー”の破壊も任務に入っているという。
シンはそれを聞き、怒りの情を露にする。
「そんな事…させるもんか!勝負がしたいというなら、相手になってやる!」
「シンさんだけじゃありません。私とにとりさんも相手になります!これで三対三です!」
「壊されると聞いて黙っていられるほど私も甘くないよ」
「忘れるなよ!先に仕掛けてきたのはそっちの方だ!」
「それでいいのです」
早苗とにとりがシンの横に並ぶ。
早苗は霊夢とよく似た御札を手に持ち、お祓い棒を構えて、戦いの構えを取る。恐らく、霊夢とよく似た戦闘態勢なのだろう。
一方にとりはリュックから機械の手を覗かせている。機械のエキスパートらしく、科学の力で戦うとみた。
シンも軍服から“フラッシュエッジ2”のレプリカを起動させる。にとりが作った大切な代物でもあり今のシンの貴重な道具だった。
自動短銃もシンは所持していたが、シンは少女に銃を向けるほど愚かな考えは持ってはいない。あくまで人を殺せる武器はいざという時の護身用に忍ばせている。
「さあ、行きますよ!」
椛が叫び、3人の少女がこちらに向かってくる。
シンは咄嗟に、
「散開して各個に応戦!」
「えっ…はい!」
「わかった!シン!」
指示を早苗とにとりに出す。
軍隊で教え込まれた白兵戦、MS戦の指揮。
それがここで役に立つとは彼にも思わなかった。
「にとりさんの相手は私ですよ~!この戦いが終わったらいろいろと取材させていただきますね!!」
「やめろよ!!!!」
「山の風祝は私がやるわ」
「貴方なんかに!」
シンと椛を覗いた4人が正面からぶつかり合う。
にとりは文という少女に。早苗は、はたてと名乗る少女と交戦していた。
「何をよそ見を!」
シンが声の方に向き直す。同時に、反射的に後ろに下がる。
さっきまでシンがいたところには椛の持つ大剣が振り下ろされていた。

しかし、今度は避けずにそのままエッジでお互いの剣を交わす。

衝撃。
二人の間の大気に閃光が散りばめられる。
次の瞬間、シンがエッジごと押しのけられ、嗚咽と共に地面に向かって吹き飛ばされる。
理由は簡単。単純に力負けした結果だ。
「安心なさい。決闘とはいえ“ここ”のルール上殺しなどはしません。ただ、私にもプライドがある。ただそれだけです」
悠然とした足取りで椛はこちらに歩いて来る。シンは体制を立て直そうとすぐに立ち上がり、
「勝ったような口は…終わってからいえよ!」
と吐き捨てるように叫ぶ。
「なら…いいでしょう…犬走椛、参ります」
椛が前口上を宣言し、こちらに跳躍する。
―――その名乗りが決闘の決まり文句なのか。
シンは無意識にそう感じてエッジを構えなおし、全力で地を蹴った。


PHASE-06 結合する力


妖怪の山の麓。
その近くには、霧の湖に水を絶え間なく注ぎこむ大きな川がある。
幻想郷では河童の住処として知られ、特に今は天狗の間で“未知の落下物”の話題で持ちきりだった。
しかし、天狗は無用なトラブルを簡単に外に漏らすほど呑気な集団ではなかった。
未知の落下物について目撃したことがある白狼天狗には緘口令が布かれた。
事実、“それ”が落ちてから十日近く立つのに幻想郷ではトラブルとして認識されておらず、博麗の巫女もこのことを“異変”とは捉えていない。
しかし、これを見逃さなかった天狗が2人いた。
射命丸文、姫海棠はたて。
この二人の天狗は新聞記者であり、“天狗”の指揮系統からは外れている特別な立場だった。
もちろん只の天狗なら許されない。
だが、この二人は違う。
射命丸文は天狗の中でも並外れた疾さと力を兼ね備え、尚且つ戦闘能力はあらゆる分野でトップクラスだった。
軽く1000年を生きたとはいえ、その力は自信を“鴉”から“烏天狗”に変えるほど。
だが、その自由奔放な性格は“天狗”の形態にはとてもマッチするものではなかった。
文自信も自分の性格を自覚しており、気の向くままに空を飛び、気が向くままに自分の気に入ったモノを取材する。
新聞の中身とかテーマはあまり重視しない。
自分の心の向くままに筆を動かす。
職業というより趣味みたいなものだ。
内容が出鱈目でも、ガセネタと言われようが気にしない。
自分の翼と同じように自由にやる。
射命丸はそれを大事にしていた。
姫海棠はたても文と大差ないぐらいに長く生きている天狗だ。
しかし、かつて自身の“念写をする程度の能力”に頼りすぎてしまい、文に比べると実力も二、三歩劣る。
だが、彼女は努力家だ。
文を見習い、文のやり方を参考にした上で自信の実力向上を図る。
簡単なことではない。だが、彼女は人知らず力を蓄え文に一歩劣るぐらいまで近づいた。
時には共に情報交換を交わし、時には正面からぶつかり合う。
双方は自他共に認め合うライバルだった。
そして、今回。
たまたま二人は川の飛来物の真意を確かめようとして川の方に向かおうとしていた時、
白狼天狗の椛が態々、天狗の長に特例許可を取り山から川に向かっていたのを発見した。
記者の勘は二人の脳内に告げる。
“ネタだ。ネタになるぞ。”と。
考えるより先に翔ぶ。
一気に最高速で飛んでいると瞬く間に、椛に追いついてしまった。
そして、そのまま“飛来物”の墜落地点。河城にとりの敷地に堂々と着地する。
そして、今現在。天狗達3人は戦っている。
自分の心の赴くままに。友人の実力に追いつくために。白狼の矜持のために。
相容れない其々は、交わらない目的の為に戦う。
彼女“天狗”はそういう生き物だった。

「一対一で負けるものかっ!」
シンがエッジを椛の剣に叩きつける。
連続して発生する金属音。
しかし、椛はそれに怯むことなくまるで剣の稽古をつけているかのように防御する。
「地上の戦いで自分に利があると思うな!」
シンのエッジを弾き返す。椛にとって人間は取るに足らない存在。
哨戒任務で見つけた時、軽く弾幕で威嚇したら逃げていく存在とみなしていた。博麗の巫女以外は。
しかし、彼女にとって彼は全くのイレギュラーだった。
自身の力を見ても恐れずに向かってくる存在。
武器は恐らく河童の代物と認識していても機転を利かせた攻撃で自信を撤退まで追い込んだ初めての存在。
それがシンに抱く印象だった。
「貴方は!私が…っ!」
白狼の剣を振る。
剣と言っても、斬り裂くより相手を打撃で“吹き飛ばして”戦闘力を奪うことを念頭においた武器だ。
この武器に限らず、幻想郷に存在する武器は“殺す”為に作られたものじゃなく、“勝敗”をハッキリとさせることに用途をおいた武器が作られていることが多い。
無論、妖怪の本気の力を開放すれば、これらの武器は途端に凶器となる。だがこの世界ではそれは原則タブーだった。
7回目の接触。
もはや受け慣れた衝撃が再び二人を襲う。
シンは衝撃から受身を取り、距離を離す。
「なんて剣とパワーだよ!こいつは!?」
椛の剣を見てそう叫ぶ。
叫ぶといっても逃げの心からではない。むしろ、頭に相手のことを刻み付けるようにシンは口に出す。
シンは悟った。
―――今の状況、椛が油断をしてないこの状況じゃ、“エッジ”では勝てない。
そもそも、原型となる“フラッシュエッジ2”はブーメランでの撹乱がメインの武器だ。
ビームサーベルモードはその改良段階での副産物。
自身の意のままにブーメランを操り、相手を切り刻む。
本来はそういう武器だ。
しかし、今は迂闊に投げつけることができない。
無論、エッジが1本しかないからだ。
「せめて2本か、あの質量に対抗出来る剣があれば…!」
後退しながら、エッジを握りしめる。
MSとは違い原理は謎だが、この武器はエネルギー切れを起こさない。
それだけが今の状況での救いだった。
「シン!」
にとりがシンの状況を見て叫ぶ。
今すぐにでもシンに駆け寄って“あれ”を渡したいぐらいだった。
デスティニーのデータから発見した、特殊な近接武器データ。
それを参考に作ったものは今、にとりのリュックの中にあった。
「よそ見は駄目ですよ!にとりさん!」
文が葉団扇を腰から引き抜き、すれ違い様に叩きつける。
扇から起こされる風力でにとりは吹き飛ばされる。
「きゃあッ!」
「―――ッ!?にとり!」
刹那、シンがそれを横目で視認してにとりの下に走る。
にとりが空中から地面に叩きつけられる直前にシンは両手で受け止めることが出来た。
「大丈夫か!?にとり。」
「あ…ありが―――」
「「よそ見は!」」
にとりが感謝を言い終わるより先に文と椛が得物を振るう。
シンはその場から素早く後方に跳ぶ。
「まるでフリーダムだ…!」
シンの頭の中で文の動きは嘗て撃墜したMS、“ZGMF-X10A フリーダム”に酷似していた。
縦横無尽に動き回り、弾を撒き散らす。
接近されたかと思えばすれ違いに得物で力を奪われる。
イメージは合致していた。
―――インパルスなら、こんな!
シンはにとりの手を引っ張りながら、文の風弾をかわす。
文の目線をみて、直感で射線から離れる。
弾は見た目派手だが、不可避では無かった。
しかし、椛の剣と同時にかわしてゆくのは、用意ではなかった。
「もらった!」
椛が剣を振り上げ、接近してくる。
―――マズイ。間に合わない。
にとりから手を離し、エッジを起動させる。
閃光が目の前で瞬き、一時的に目が利かなくなる。
「シン!」
咄嗟の判断が大きな失敗だった。
視界がゼロになる。
椛が地面から浮き、回し蹴りを放つ。
シンは空気を肌で感じ、右にエッジで防御の構えをとろうとした。
―――が、間に合わなかった。
鈍い痛み。
エッジを弾かれ、シンは数メートルの距離を蹴り飛ばされた。
腕に痛みが走る。
視界は素にもどったが、激しい痛みが走る。
骨は折れてないが、力を込めるとさらに痛みが走った。
「くうッ!」
「シン…私のために…!」
にとりはシンの側に駆け寄る。
文はその様子を見て、
―――ほう、あのにとりさんがね…
と、軽く口笛を吹き誰にも気付かれない早技を使い、カメラでその様子を撮る。
そして文花帖に、香霖堂で手に入れた――筆よりかは格段に使いやすかった――ペンを走らせていた。
「ごめん…にとり。お前のエッジが…」
「そんなことはいいから!」
「だけど…」
「だけどじゃない!」
にとりはシンの袖を捲り、腕を見る。
地面との衝撃の打撲によって肌が赤く腫れていた。
「ここまでやるのかよ…普通!」
にとりは歯軋りをする。
幾ら何でもこんなのは乱暴だ。
「許さないぞ!お前ら!」
にとりは“のびーるアーム”を使い、リュックから長物を二つ取り出し、一本に繋げる。
後ろから見ていたシンは、それを見て目を大きく開く。
連結させたそれは、彼女の背丈を軽く超えるその大きさ。
一本なら椛の剣に負けないぐらいのプレッシャーを、連結させた二本はもはや恐怖を与えるほどのその無骨な大剣は、嘗ての彼の乗機の武器に酷似していた。
「エクスカリバーか!?」
シンがその武器の名称を言う。
素となったその武器は、幾度と無く彼の窮地を助け、嘗ての仇敵を打ち倒した象徴でもあった。
「シン!大丈夫なの!?私がやるから―――」
「大丈夫だ!」
シンは立ち上がり、傍に落ちていたエッジを拾う。
しかし、この武器では椛に勝てない。
「シン!これを使って!」
にとりがエクスカリバーをシンに投げる。
シンはしっかりとそれを手に取ると刀身の重さがシンにのしかかる。
エッジと同じように起動させると、桃色のレーザーが剣の先端近くまで伸びた。どうやら、これもにとりがダウンサイジングしたものらしい。
椛の方に向き直す。
「やあッ!」
縦一文字に大きく振り下ろしてくる。
回避。
シンは椛の横に回り込む。
―――叩くなら、今しかない。
シンは体を思い切り横にひねり、エクスカリバーを椛に向かって振る。
「叩き斬ってやる!」
椛の剣に全力で当てる。
砕ける音。
椛の得物は折れ、先端が宙を舞い、川原の石に突き刺さる。
「あ…ああ…!」
椛が剣を折られた瞬間、失意の表情を見せる。
確実に勝てると思った瞬間からの出来事。
戦う力を奪われた椛は敗北同然だった。
「次は…どいつだ!?」
エクスカリバーの連結を解き、シンが文を向く。
文は口笛を吹き、
「あやややや…椛を倒すなんて、やりますね貴方。」
「まだやるのかよ!」
「いいえ、私は降参させていただきます!乙女の肌にそんなモノで怪我するのは嫌ですしね。そこのにとりさんや、あそこの早苗さんの心配をしてみてはどうですか?」
―――私はすでにネタを見つけたしね。
文は急に笑顔になり、早苗の方を指で指し示す。
早苗は、はたてと戦っていた。
「くっ…!」
「これで!遠眼「天狗サイコグラフィ」!!」
はたてが光弾を打ちながら、携帯端末らしきものを早苗に向ける。
早苗がその場から離れたかと思えば、突如早苗の周りに長方形の“場”が現れ、彼女を囲む。
次の瞬間。
“場”に入った空間が大きな音を立て、爆発する。
爆発した跡から無数の光弾が辺りにばらまかれる。
「―――ッ!負けません!」
爆発に巻き込まれた早苗は空中で制動をかけ、体勢を立て直す。
早苗は懐から何かを取り出す。
―――あれは、御札だ。
シンはそれをみて判断する。
「御籤「乱れおみくじ連続引き」!」
早苗が持っている札を投げつける。
無数の札がはたてに向かう。だが、はたては回避運動を起こし、射線から離れる。
―――遠距離では早苗には不利だ。
シンはそう思い、解決策を考える。
手元を見やる。
そこには、分離を解いた二振りのエクスカリバーがある。
「ああっ!!」
早苗に光弾が直撃する。手に持っていたお祓い棒が地面に落ちる。
今の早苗には得物は無かった。
―――ならば。
シンはにとりに、
「にとり!あそこまで運んでくれ!」
「何!?」
「エクスカリバーを!早苗にも!!」
「わかった!」
にとりが地を蹴り、シンの手をつかむ。
シンはにとりにぶら下がる形で早苗のところに近づいてゆく。
「さあ、私の勝ちね!」
はたてが端末のフォーカスを早苗に合わせる。
―――やられる!?
早苗が敗北を覚悟した瞬間だった。
「早苗!これで!」
「シンさん!?」
にとりとシンが早苗に近づいていく。
シンが片手に持っているエクスカリバーを早苗に投げる。
早苗はそれを受け取り、宣言する。
「開海「モーゼの奇跡」!」
爆発。
早苗のいた場所に爆煙が巻きあげられる。
しかし、そこに早苗の姿は見えなかった。
「どこよ!どこなの!?」
「ここです!」
はたてが声を聞き、上を見上げる。
そこには、月光を背にしてエクスカリバーを両手で持ち上げている早苗の姿があった。
「はああああッ!!」
大剣を重力のままに振り下ろす。
重さによる自由落下を利用したスピードではたてに接近する。
直撃。
はたては肩にエクスカリバーを叩きつけられ、地面に落ちていった。


「貴方達の勝ちですね…」
数時間後。
椛は露骨にガッカリしている顔で服についた埃を払う。
早苗が叩き落としたはたては、頭から落ちた割には血をひとつも流さず、痛がっているだけだった。
そのあたりは、やはり“天狗”特有の体が頑丈ゆえだろう。
一方文は、自分から離脱したのもあり、無傷だった。
「約束通り、落下物についても、私の私情についても諦めます。すみませんでした。」
「随分と潔いんだな。」
「この世界では勝負の勝敗が全てですから。負けたらその人に従うのがルールなのです。」
「さ、私たちの勝ちだぞ。もう勝手なことすんなよ。」
にとりが手で追い払う仕草をする。
「あ、そうそう!にとりさん、ちょっといいですか!?」
文はにとりの返答を聞かずににとりの背後に移動する。
「なん―――」
「…のこと、す…何でしょう?」
「―――――!?」
文がにとりの耳元で何かを囁いた。
早苗とシンにはもちろん、椛とはたてにも聞こえないように。
にとりが顔を真っ赤にする。原因はもちろん他の人には分からなかった。
「それじゃ、また何かネタになりそうだったら来てみますね!帰るわよ、椛、はたて!」
「分かってます!」
「なんか疲れたわ…やっぱ念写の方がいいかも…」
文がにとりから離れて、椛とはたてとともに空に跳ぶ。
途端に、椛がこちらを振り向き。
「シン・アスカ!」
シンは名前を呼ばれ、もみじの方に向く。そして、椛は宣言する。
「次は勝ちます。」
「…ああ。」
短い会話。
しかし、椛にとっては最大限の再戦に対する意思表示だった。
「あの人、負けず嫌いなのですね。」
「そうみたいだな…」
シンと早苗は離れてゆく三つの影を眺めている。
にとりは、未だに顔を真っ赤にしていた。
こうして、天狗三人との争いは終結を迎えた。