PHASE- 07 地底の闇へ


天狗との戦いが終わって翌日。
朝日が昇り、暗闇に包まれていた妖怪の山の麓も徐々に明るさを取り戻してゆく。
麓の河原。
まだ暗さを残した岩場の中、赤い服を纏った人影が動きだした。
「―――朝、だな」
彼、シンは昨日の夜の後、岩場に寄りかかって眠っていた。
理由はもちろん、慣れない世界で慣れない方法で長い距離を移動した上に、天狗との“決闘”からの疲労だ。
幾ら彼が遺伝子調整されたといっても、本質は人間だ。人間として生きている以上、疲労は免れなかった。
体を起こしたあと、ゆっくり川に近づいて洗顔をする。
冷たい水を顔に当てるとあっという間に眠気はなくなった。
右腕の方の怪我に眼を向ける。
昨日の椛の蹴りで赤黒くなっていた怪我は、跡を残さないように元に戻っていた。
―――もしかして、早苗かにとりが治してくれたのか?
昨日の夜の様に、腕に力を込めたり、動かしたりしても痛みが走らない。
どうやら、完全に怪我は治っているようだった。
―――俺だけ早く寝ちゃったのかな。
シンは瞼を閉じる直前の方を思い出そうとする。
三つの天狗の人影を見届けた後、急に眠気が襲ってくる感覚を感じた。
眠気を抑えながら持っていた得物を近くの岩に掛けておく。
ここ数日味わってなかったぐらいの、眠気だった。
たまらず、シンはその場に崩れ落ちた。
倒れる前、にとりか早苗の声が聞こえていたような気がする。
完全に意識が無くなる前に、背中辺りに柔らかくて温かいものに包まれたような感覚がシンに残っていた。
だが、今は見回しても二人の姿はない。
早苗もにとりも今は寝ているのと彼は推測する。
「もしかして、あの二人に迷惑かけちゃったかな…」
あの戦いで頑張っていたのは他でもない早苗とにとりだ。その上、余計な心配までさせた。
シンは真っ先に寝てしまった自分に腹を立てた。
だが、今ここでやりようのない怒りを作ったところで仕方がない。
体の調子を確かめる。
手足も体の感覚も問題ない。
幸い、この辺りは夜も気温が暖かいので風邪や病気の心配は無用だった。
シンは軍服のベルトを締め、足を動かす。
どこに向かうのかは決まっている。
愛機、“デスティニー”が置かれているMSハンガーだ。
ハンガーのドアを開く。
そこには、壊れる前の姿に戻りつつある“デスティニー”が聳え立っていた。
「すっげえ!こんなのアリかよ」
シンは改めて彼女、にとりの技術力に驚く。
少々の工学を教えてあげたとはいえ、自分の機体をこんな短時間で修理できたにとりには驚かされるばかりだ。
もし、ザフトににとりがいたら整備班の間でひっぱりだこになっていただろう。
シンはザフト整備兵の服を着ているにとりを想像して忍び笑いを漏らす。
笑みの理由は単純に似合うとか似合わないことより、その容貌からだ。
背が小さくて童顔の彼女が着たら、おそらく整備兵に見えない。
ヴィーノやヨウランと並んでいるにとりを想像すると自然とシンは笑ってしまったのだ。
デスティニーに近づく。
すると、どこからか金属が擦れる様な音が聞こえてきた。
暫く耳をすませてみると、その音はデスティニーの“右足”の部分から聞こえてくるのが分かった。
―――これは、修理の音か?
シンはそこに近づく。
すると、“足”の影に小さい背中が見えた。
清らかな水を連想させる蒼い服。頭に載せた緑色の帽子は今にもずり落ちてしまいそうだ。
服と同じく蒼い髪の毛は髪留めでツインテールにしており、只でさえ小さめの頭が際立って見えた。
小さい体に似合わず、こんな大きな機械を治すのはシンの中では一人しかいない。
河城にとりがそこにいた。
シンはにとりに近づき、肩を叩く。
「朝からありがとな。にとり」
にとりは声をかけられ、シンの方に顔を向ける。
宝石のように綺麗な二つの瞳がシンと合う。その瞬間、にとりの顔が赤くなったような気がした。
「シン…起きていたの?もう、体は大丈夫なのか?」
手の動きを止め、問いかけてくる。
「まあな。それよりゴメンな。みんな疲れていたのに俺だけ寝ちゃって」
「何言っているの。妖怪とあれだけ戦って、動いて疲れないわけないよ」
「そうかもしれないけどな。そういや、君が俺の怪我を治してくれたのか?」
シンは疑問の解明のために、にとりに問う。
「怪我?ああ、たまたま友人から薬のストック貰ったからね。早苗とシンに塗ったのだよ。シンったら突然倒れるのだからびっくりしたよ」
「やっぱり、君だったのか…ゴメンな」
「謝る必要なんかないよ。そんなに謝られたら私が悪いみたいだろ?」
にとりとシンはそのまま腰を下ろす。
辺りは早朝ということもあり、にとりが手を休めると二人の声以外、物音も聞こえなかった。
「どうしてもっていうのなら、何かご褒美でもくれるとうれしいけどな~」
シンはそれを聞いて戸惑う。結局彼女に世話になりっぱなしでシンは何もしてあげていない。
以前、MS工学を教えたことはあったが、彼女にあげれるものはこれ以上持ち合わせていなかったのだ。
「今は何もないって。だから―――」
「昨日は誰のお陰で勝ったのかな?シン」
にとりが意地悪そうな笑みを浮かべてシンに近づく。
確かに昨日、それどころか今のところシンの武器を作ってくれたのは他でもないにとりだ。
「昨日だって…私の…その胸触ったくせに…」
「―――――――――ハァ!?」
シンはそれを聞いて昨日の戦闘の様子を思い出す。
あれは、椛との戦闘の最中ににとりと接触したときだったか。
失速していくにとりを両腕で受け止める。
その直後に、文と椛の波状攻撃が襲いかかって来た。
その時、シンはにとりを抱きしめて後ろに跳び、回避したはずだ。
その様子を思い返してみる。
抱きしめたとき、手に柔らかいものが収まるような感覚があった。
―――まさか、あれか!?
あの時は双方必死だったうえ、シンも戦いに集中していた為全く気にする余地がなかった。
シンはそれを思い出し、赤面する。
なにもにとりに返す言葉が浮かんでこなかった。
「……ようやく思い出した…?」
「ああ…」
にとりが近づき、声のトーンを落として囁く。
―――ああ、やばいな。
シンは身構え、眼を瞑る。
にとりが怒って叩いてくるかもしれないと予想したからだ。
しかし、実際には違った。
腰に細い腕がまわる。そして、小柄な体がシンにのしかかる。
シンは予想とは違う事態を不審に思い、恐る恐る眼を開ける。
にとりは眼を瞑り、シンの胸に顔をうずめている。気になる彼女の表情はシンからは見えなかった。
彼女の体重がシンに寄りかかる。
コテン。というかんじの擬音が似合うように、彼女の体重はあまり重くなかった。
突然の事態にシンは動揺する。それと同時に胸に温かいものがこみ上げてくる感覚を感じた。
彼女は怒ってたんじゃないのかと思っていたシンには尚更だった。
「―――おあいこ…だ」
にとりが呟く。
「おあいこって?」
「私だけされるのは嫌だから、これで…おあいこ。拒否権は無しだからな」
にとりがシンの胸に顔をうずめながら言う。
彼女の髪からは茶葉の様な芳しい香りがしている。
シンはゆっくりとにとりの髪をなでてみる。
一瞬、ピクっと震えたような気がしたが、にとりは怒っていない様子だった。表情は見えていなかったが。
シンからしたら、にとりは年下の子供に見える。
実の所は本人曰く“年上”らしい。だが、その容貌と幼げな表情からとても年上と意識したことはシンにはなく、寧ろ可愛らしい妹みたいに彼には見えた。
なぜいきなり、にとりがこんなことをしてくることもシンには分からなかった。
だけど、下手に発言したところで彼女の怒りを買いたくはない。
シンは無造作ににとりの髪を撫でていた。
―――甘えん坊なのかな。
にとりの生活を見たときから思ったが、辺りには誰もいない。
友人がいないということではないと思うが、にとりの親も友人も誰ひとりとしてこの近くにはいない様だった。
「ふと、気になったんだけどさ」
「な…なんだよ」
「君はずっとここに住んでるのか?親とかはいないのか?」
「…妖怪に親なんていないよ。私が生まれたときの記憶なんかもう覚えてないし」
「…そうか」
―――一人で寂しくて、やっぱり誰かに甘えたい時があったのかな。
彼女の腕が力を強めてくる。
シンは暫くの間、にとりの体を受け止めていた。
一方のにとりは顔を赤くしたままで、
―――気付いていないのかな。私の思いに。
シンに抱くようになった気持ち。
友人となった射命丸文はこう囁いていた。
“シンさんのこと好きなんでしょう?”と。
昨日の夜はその言葉で悩んだ。
自分がいつの間にか彼に抱いていた気持ちに初めて気付いた瞬間だった。
初めて見たときは、何かに疲れ切った少年としか認識していなかった。
だけど、年齢の割にはいろいろと大人びたところがシンにはあって、子供扱いされた時には少々腹が立つ時もあった。
時々、髪をなでられた時なんかは自分でもわけが分かんなくなるような気持ちが胸の奥で渦巻いていた。
その感覚は正直、気持ちよかったものなのかもしれない。
シンと神社で別れたときはまだ何とも思わなかった。
だけど、こんな思いが強くなり始めたのは昨日からだった。
自分を守ってくれて、私の力を最大限に活用し、あの“天狗”に勝つ初めて見たタイプの外来人。
その後ろ姿は、にとりの網膜に強く焼き付いていた。
彼が怪我したときは、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
さらには、シンが早苗の心配をした時の発言を聞いたときは、別の方向で胸に何かがこみ上げてきた。
―――やっぱり、私。
戦いが終わった後、にとりと早苗はシンを受け止めた。
怪我している所を治すために薬を取りに行った時、できるかぎり早く走っていた。
にとりはシンの苦しむ所は見たくなかった。
だけど、その場からあまり離れたくもなかった。
薬を塗った後シンの髪を撫でてみる。
髪がにとりの手に触れるたびに、体が熱くなるような気持ちがにとりを満たしていた。
そして今は、シンの体に触れている。
髪を撫でたときよりずっとあったかい気持ちが伝わって来たのをにとりは感じた。
―――これが、誰かを好きってことなのかな。
近いうちに、シンはデスティニーと何処かにに行ってしまうのかもしれない。
そう思うと、にとりはさらに力を強める。
―――今は、離したくない。誰も見ていないのなら―――
空は、明るさを取り戻していた。

暗くなっていた辺りはすっかり明るくなり、太陽の光が川の水面で乱反射している。
東風谷早苗は目が覚めた後、川原に近づき身支度をしていた。
萌黄色の綺麗な髪を手持ちのクシで梳かす。
念入りに手入れをしているロングヘアーは彼女の自慢の一つでもあった。
顔を洗い、眠気を完全に無くす。
水面を覗き込んで鏡の代わりにして髪を整えてゆく。
例え、家以外で起きた時でも毎朝の身だしなみは彼女の日課であった。
「…よしっ。今日もバッチリ!」
いつものお気に入りの髪型にし、ガッツポーズを取る。
早苗はここ最近は、これまで以上に身だしなみに気をつけるように努力している。
もちろん、その原因は在った。
外来人、シン・アスカとの出会い。
自分と似たような境遇でありながら、年齢に不相応の落ち着いた雰囲気。
その整った容貌は早苗を魅了させ、憧れの対象となった人物だ。
「シンさんはまた、『綺麗だな』っていってくれるかな…嬉しくなるコメントだったら何でもいいけど♪」
早苗は自分と、シンの会話の様子を想像する。
以前、シンに自分の格好を褒めてもらったときは、思わず緊張してしまうぐらい嬉しい気持ちで満たされていた。
「男の人でまともに対応してくれたのはシンさんだけですから…」
早苗はそう独り言を呟きながらにとりと一緒にシンを寝かせた岩場に近づく。
シンがまだ寝ているのなら、そこにシンはいるはずだからだ。
しかし、そこにシンはいなかった。
―――あれ?
早苗は疑問に思い、辺りを見回す。
すると、にとりの作業場の近くの影にシンの姿があった。
見つけるやいなや、早苗は彼に近づく。
「シンさん。おはようございます」
「…ん。ああ、おはよう。早苗」
シンは考え事をしていた様子だった。早苗の挨拶の反応にもワンテンポ遅れていた。
不審に思い、彼女は問いかける。
「どうかしましたか?」
「なあ、早苗。妖怪って一人ぼっちなのかな…」
「なんです?突然」
シンは早苗の方を見ずに続ける。
「いや、にとりが朝から寂しそうな顔しててさ。ちょっと心配に思ったんだ。今はもうなんでもない様な表情に戻って俺の機体を修理しているけど、なんか考えさせられてさ…」
「妖怪は人とは違って群れて生活する方ではありませんからね…天狗や河童は団体で行動はしますが、そんな時は大方作業や仕事が殆どですからね」
シンは朝のにとりの表情を思い出す。
上目遣いでこちらに近づいて、突然の事。
小さい体の震えの理由は未だシンには思いつかなかった。
「それに、妖怪は人とは寿命がかなり違います」
「―――え?」
「妖怪は人より永い、永い時を生きてゆくことができます。にとりさん達河童は人間との交流が昔はとても多かったらしいですけど、昔の人が亡くなった今となっては共に麓の川で生きている人間はいませんからね」
「そうなのか…」
あの時の寂しさを連想させる表情はそういう事だったのか。
シンは確信した。
彼女の表情の理由は自分が原因だと。
真意はともかく、シンはそう思った。
「シンさん、大丈夫ですか…?」
早苗がシンの顔を覗きこんでくる。
顔を上げ、シンは返答する。
「…大丈夫だ。こんな表情しちゃダメだよな」
笑顔を無理やり作る。どんな顔だったかは自分でもよく分からなかった。
早苗は、
「ええ。それでは、シンさんの機体の場所にそろそろ向かいませんか?」
その言葉を聞いて、シンは以前交わした約束、早苗をデスティニーに乗せる件を思い出す。
普通、軍のMSに一般人を簡単に乗せていいものではない。
だがしかし、この世界にきては軍規だの何だの唱えている場合ではない。
機密保持も関わるため、やってはいけないことだが、今のシンには関係なかった。
「ああ、そうだな。行こう」
そう答え、早苗と共にMSハンガーの方向に足を向ける。
そして、ハンガーに続く扉を開いた。
「…‥‥‥!」
早苗の瞳にデスティニーが映る。
鋭角的なフォルム。灰色の装甲。
背中には大きな翼を生やしているその圧倒的な姿に、彼女は絶句していた。
シンは早苗の顔に眼を向ける。
―――そうか、そうだよな。
いくら戦争を生き残るための力と言っても、この“デスティニー”は幾人もの命を奪っていった兵器なのだ。
そんな兵器を見て恐怖を覚えないのが可笑しい。
シンはそう思い、早苗に申し訳ない思いを抱く。
次の瞬間。
「…すごい」
「え…?」
今、なんといったのか。シンは早苗に注目する。
「すっごおおい!なんですか、これ!?これがシンさんの機体なのですか?」
早苗が突如満面の笑みを浮かべてシンに質問する。
あまりのテンションの高さにシンも戸惑う。
「すっごい!かっこいいです!」
早苗はうっとりとした表情でデスティニーを見上げている。
直後、建物の影からにとりが顔を出し、近づいてきた。
その、表情は朝の時悲しげな表情とは違い、いつも通りの笑顔に戻っていた。
「どうしたんだよ、いきなり大声だして」
「これ、シンとにとりさんが直したのですか!?」
「そ、そうだけど?」
「早苗…やけにうれしそうだな」
「これにシンさんと乗れるなんて感激です!」
何時ものお淑やかな彼女からは想像できない様子。
シンもにとりもその姿にしばらく驚愕を隠せなかった。
シンはコクピットに潜り込み、取り付けられているパネルを操作する。
機体のOSの修理は最終段階。
シンは各部をコンピューターにシミュレートの命令を出す。
「CPC設定。ニューラルリンゲージ、イオン濃度正常。メタ運動野パラメータ更新。原子炉臨界。パワーフローチェック。動力源をハイパーデュートリオンから緊急用パワーセルに…」
システムの名前を復唱しながら作業を進めてゆく。
早ければあと数十分後には動かせる状態までこぎつけそうだった。
プログラムチェックを待つこと数分。
画面に[All Online]の文字列が並んだ。
「よしっ、これでインパルスと同じぐらいの出力でなら動かせる」
シンはそう呟き、手元のキーボードをラックに仕舞う。
今のデスティニーはハイパーデュートリオン内の核分裂炉はオフラインにして、予備電源に溜め込められた電力、即ちバッテリーで動くようにしている。
まともな戦闘稼働に使えるパワーは期待できないが、大戦後のチューンアップにより稼働効率がアップしたこの機体ならではの成せることだ。
シンはコクピットから出てにとりと早苗の待つデスティニーの足元に降りる。
「シン、修理終わったの?」
「ああ、何とかね。推進系の調整もしておいたから何時でも飛べるさ」
「ついに、この機体が動くのですね!早く乗ってみたいです!」
まるで、アニメのロボットみたいですからね!と、早苗が笑顔で最後に付け足す。
やはり、これ程の機械は本来この世界にはあるはずのない物だからだとシンは推測する。
シン自身もMSという存在を知らなかったら、絵空事のように思っていただろう。
「…もう、いくのか?早苗の言っていた地底界の方に」
にとりがシンに問う。
行き先のことは早苗に聞いたのだろう。
「出来れば、早い方がいいからな…これが直らないと、元の世界には帰ることが難しいし」
「うん。そう…だよな」
にとりは、憂いを帯びた表情でシンを見つめる。
―――やれやれ、しょうがないな。
シンはにとりに駆けより、頭の帽子に手を置く。
「大丈夫だ。地底界がどんなところか分からないけど、必ず戻ってくるから」
優しい表情でシンは囁くように言う。
すると、にとりは。
「お前はずるい奴だ。シンは自分の性格を自覚したほうがいいぞ」
「ふふっ。シンさんったら、女の子をいじめちゃダメですよ」
「え!?俺なんか悪いことしたか?」
早苗が茶化し、シンが動揺する。
シン自身はにとりに何かした覚えは全くなかった。
「シン。早苗と地下に行くんだろ?シンのエクスカリバーって奴は大きくて、ちょっと携帯性に不便があったからな、こうしておいたぞ」
にとりはそういうと、手から白い何かを彼に投げる。
その形と全く同じものをシンは博麗神社で彼女から渡されていた。
「もう一つの小さいフラッシュエッジか…」
「そうだ。あいにく私たち河童は“レーザー”技術は得意だからな。出力は下がったが、前に渡した奴とほぼ同じくらいには役に立つと思うぞ」
「河童さんってホントになんでも出来るのですね…昨日私が使ったあの剣も凄く強かったですし」
この世界のレーザーは生き物を殺めるほどの威力は無い。
だが、ありとあらゆる面で応用が利き、なかでも飛び道具として保てることのメリットが大きかった。
シンに教えてもらった技術を応用した結果、人間でも扱えるこの世界の“決闘”に相応しい威力の武器が出来あがったのだ。
「ありがとう、にとり」
シンはにとりに礼をいう。
「お礼はいいからっ。早くいきなよ」
「さあ、行きましょう!シンさん」
にとりが笑みを零しながらそっぽを向き、早苗がデスティニーのコクピット付近まで飛ぶ。
シンも昇降用ワイヤーを使い、デスティニーに乗り込む。
コクピットに入り込む。元々多人数で入れる様なスペースは無いので、早苗はシンの隣で中腰で座席に掴まる。
コクピットハッチを閉鎖する。
辺りが一瞬暗くなり、直後にモニターが明滅してゆく。
各種電源―――MAIN POWERと記されたスイッチを押し込む―――を起動。ザフト最新鋭のOSの画面が正面の小型モニターに浮かび上がる。
上から、『Gunnery United Nuclear-Deuterion Advanced Maneuver System』の文字が順に並んでゆく。
早苗はそれをみてこう呟いた。
「ガンダム…!」
単語の左端縦に並ぶ赤い文字は上から順に[G.U.N.D.A.M]と示している。
彼女はそれを縦読みしたのだ。
「この機体の名前は…デスティニーガンダムなのですね…」
早苗は呟く。しかし、その呟きはハンガー内の警告音で遮られ、シンには聞こえなかった。
「進路解放、いいよ!シン、出て!」
にとりが下からハンガーの扉を開き、叫ぶ。
デスティニーの外部スピーカーが音声を拾い、シンと早苗のいるコクピットににとりの肉声を届ける。
デスティニーのスラスターを操作。
各部の噴出口から青白い火花が下に向かって吹きつける。
「早苗、しっかり掴まっていろよ!」
「ええ、シンさん!」
レバーを力強く握る。嘗てから味わっていた高揚感がシンを包んでゆく。
―――行ける!
シンは外部スピーカーをオンにして、宣言する。その言葉は、軍での出撃の際と同じ決まり文句だ。
「シン・アスカ!デスティニー、行きます!!」
宣言と同時にレバーを引く。背中のスラスターが強く輝き、青白い尾を引きながら機体を上に押し上げてゆく。
機体が外に飛び出し、太陽の光に照らされる。
シンはコクピットのVPS起動ボタンを点ける。
その瞬間、灰色の金属は赤、青、白が目立つカラーリングに変色していく。
それはこの機体の特殊装甲、ヴァリアブルフェイズシフトが機体の金属の分子配列を組み替えることで起こる現象だった。
紅い翼を広げ、速度を上げながら空を駆ける。
霊力とは原理も感覚も違う飛翔は、早苗の心を驚愕で満たしていた。
シンはデスティニーの進路を早苗に教えてもらった位置、太陽の光が地下に差し込むぐらいの大穴があるといわれる場所に向ける。
あっという間という言葉が似合うくらいの速さで、その場所に辿り着く。
シンは機体を穴に向ける。
そして、紅い翼は瞬く間に地下への闇に溶けていった。


PHASE- 08 TRAUMATIC


見なれた街並み。
いつもの夕焼け。
毎日下校のために通る道。
私は今日もいつものように家に向かって下校している。
友達と一緒に歩いて帰ることはあんまりない。
皆私を気味悪がるから。
悲しいと思うことは無い。
いや、きっと慣れてしまったのだろう。
自身の環境に。
何も考えずに家路に歩く。
あのころが嫌で仕方なかった。
「早苗!」
いきなり背後から聞こえてきた声は聞き覚えが無かった。
足音が近づいてくる。恐らく走ってこちらに来ているのだろう。
振り向いてみる。
そこには。
黒いシャツとズボンに、白いジャケット。
長い前髪からはのぞく、未だあどけなさを残しているその赤い瞳は彼女の瞳を真っ直ぐに捉えている。
無邪気な笑顔を浮かべながら、彼は走ってくる。
“私”の見たことのない少年がそこにいた。
いや、“私”の思い出の中にいるはずのない存在と言った方がいいだろうか。
「“―――”!」
彼女は彼の名前を呼んだ。しかし、何と発音したかは“私”には分からなかった。
「今日も一人なのか?早苗」
彼が早苗の隣まで追いつき、共に歩く。
「ええ、今日も一人ですよ。“―――”」
“自分”が思ってもいないのに、“彼女”が喋る。
こんな記憶は、覚えがない。
そこで、ようやく気付いた。
今の“私”は“彼女”の目線から見ているだけなんだ。
“私”は気付く。
なぜなら、“私”にこのような記憶が一切ないからだ。
では、この少年は誰なのだろうか。
一番知っているようで知らない子。
つい最近、見たような気がする。
曖昧な思考が“私”は考える。
彼女と彼は、楽しく会話していた。
「早苗ったら可愛いんだから、クラスでモテモテなんだろ?一人でいたら危ないだろ?」
「そんなこと…ないよ。このときだけは、私。一人じゃ、無いじゃない」
“彼女”の想いが、“私”に入り込んでくる。
“―――”がついているからね―――
きっと、“彼女”はこの少年に好意を寄せているのだろう。
「それは、偶々俺がいるからだろ?学校別なんだから、なにかあっても知らないぞ」
「そんなこと言いながらも私服で態々、“―――”は付いて来るじゃない。もしかして、私のことが好きなの?」
「よッ!?余計な御世話だよ!」
見ていてこちらまで楽しくなるほど、笑顔で会話している。
彼女の呼ぶ彼の名前は、未だにハッキリと聞こえない。
しかし、その名前は“私”がつい最近、何度も呼んだ覚えのある名前と分かった。
ああ、そうか―――
これは、私の記憶や思い出なんかじゃない。
これは、私が無意識に望んでいた過去なんだ。
彼女は気付く。
自分が欲しかった幸せな過去。
親を無くし、支えが欲しいと望んでいた時の記憶。
この“夢”は今、私が欲しいと望んでいる過去なんだ―――
彼女はこの光景が、自分が捏造している偽物の過去と自覚する。
そのとき、“彼女”が呼んでいる少年の名前が明確に聞こえ出した。
―――“シン”。
これは、自分の欲望が生み出した偽りの光景。
自分が、“こうでありたい”と望んでいる記憶。
自分の過去を、否定したいと思う心が、このありえない“思い出”を作っているんだ。
「シンったら、いつも神社まできて私と過ごすじゃない」
「いいんだよ!あそこの空気は寝心地がいいから!」
シン…さん―――
元の自分の世界にいて欲しかった。
私が世界に絶望する前に、傍にいて欲しかった。
『シン』という存在が在って欲しかった。
幻想郷で会う前に、“元の世界”で会いたかった。友達になりたかった。
彼女は偽りの光景を目にしながら涙を流す。
心が堰を切ったように悲しみに包まれる。
なんであの時、シンに出会えなかったのか。
なぜ、自分の欲しいと思った人が、今になって出会ったのか。
なぜ、彼は自分と異なる世界の人なのか。
「シン。今日も神社にいるの?貴方の家には…」
「それは言いっこなしだ、早苗」
境遇が似ている二人。
この光景を見ると、“私”の想いが強くなっていった。
でも、この光景は、ありはしない。今までも、そしてこれからにも。
私の欲しい物は、“今”にしか無いから―――
目の前が暗闇になる。
ぼんやりとしていた感覚は、無くなっていった。

「早苗。…寝ちゃったのか?」
彼、シンは“デスティニー”を地底界に向けて操縦していた。
その途中で肩に重みが、掛かるのを感じたのだ。
シンは、まだMSの揺れに慣れていない早苗のことを思い、スピードを落として飛行させていた。
出発してから、三時間は経過していただろうか。
変りのない岩壁の景色も、すでに見飽きていた。
おそらく、彼女も疲れたのだろう。
“デスティニー”を見るなり、ずっと興奮していた早苗は、今はシンに寄りかかりながら瞼を閉じていた。
レーダーには反応なし。
電磁波を飛ばして辺りに全くの反応が出てこないということは、広い空間も無いということだ。
「こんな所、エネルギーが十分だったら幾らでも加速出来るのに」
シンは呟く。
今の“デスティニー”はエネルギーを無暗に消費出来ない。
VPSはまだしも、ミラージュコロイド,ヴォワチュールリュミエール等を併用したらあっという間にエネルギー不足に陥る。
この速度でも、早苗や霊夢の飛翔に比べたら早いというのだから驚いてしまう。
今更ながら、MSがいかに強力な存在ということを知ったシンだった。
「…ん」
肩に寄りかかった彼女の頭が動きだす。どうやら、眠りから覚めたようだ。
しかし、その眼は赤く腫れ、涙をこぼしていた。
「あ…れ?シン……さん」
「起きたのか、早苗…って、なんで泣いてるんだ?」
シンは早苗の方を向く。当然、彼女の涙の理由は分からなかった。
「い…え。ちょっと、夢を見てたんです。自分が欲しかった、昔の夢が…」
「もしかして、嫌な夢だったのか?」
「いえ、そんなことは無いのです。ただ、ありもしないあの夢が、とても羨ましくって…」
涙を拭い、笑顔を浮かべる。
「この“デスティニー”って、ホントにすごいですね。私たちが何時間もかかって進んだこの地下の道をこんなにも早く飛べるなんて」
「まだ、その地底界とやらには着いていないけどな」
シンは前を向き直し、モニターを見る。
誰かと楽しく会話しながらMSに乗る経験は、シンには初めてだった。
それは、MS自体が“楽しい”ことからはかけ離れている存在なのが大きいだろう。
戦争の道具に使われ、幾人もの命を日々奪っていく機械。
それが、シンの世界。コズミック・イラのMSの常識だった。
―――カタリ。
不意に、早苗の足元辺りに何かが落ちた音がする。
彼女は視線を向け、それを取ってみる。
それは、ピンク色の可愛らしい印象の携帯電話。
しかし、早苗の世界では見たことのないモデルの携帯電話だった。
「…シンさん?これは?」
早苗は問う。
彼女の知る限り、シンはこのような携帯電話を持つタイプとは考えにくかった。
「ああ、それ。落ちた時の衝撃でラックから出たんだな…」
シンは早苗から受け取る。その時の表情はどこか、悲しげだった。
「…俺の妹の携帯。形見なんだ」
「ええっ…!?」
「俺の妹はさ、戦争に殺されたんだよ…これはその時の形見。家族のことは前にいったろ?」
早苗にとっては驚愕の事実だ。
シンの家族が死んだことは守矢神社で本人から聞いていた。
しかし、その家族の形見が機体にあるとは流石に予想外だった。
どうせなら、見てみるか?―――と彼女は聞かれ、肯定する。
電話のカバーを開く。形自体はよくある、折りたたみ式の形態だった。
適当に操作してみると最初に、玄関の前のドアで、学校の制服と思われる服を着て明るい表情でポーズを取っている少女の写真が写った。
目元がシンに似ていて、その笑顔は眩しい。
「この娘が…貴方の妹さん?」
「マユって言うんだ。俺の妹。いつも元気で、可愛い…妹だったよ」
モニターを見ながらシンは返答する。
その表情は、少なくとも明るいものではなかった。
早苗は電話のキーで他の画像を見る。
マユがパンダのぬいぐるみを抱いている写真。
シンの両親と思わしき二人が仲良く映っている写真。
そして、
夢の中で見た少年と、瓜二つの少年…少年時代のシンの写真があった。
驚いている表情から、恐らくマユが取ったと推測する。
「それ、面白いだろ?新作のゲーム買って遊んでいたときにいきなりマユがドア開けてパシャってやったんだよ。あの時はビックリしたよ」
「くすっ。面白い顔していますね。では、こちらの方はシンさんの両親の方ですか?」
「うん。俺の父さんと母さん。いっつも仲が良くてさ。時々家族でキャンプにもいっていたよ。俺はその時は良く、寝てばっかでね。マユがいたずらに葉っぱかぶせてきた時もあったんだ」
あの時は、ホントに楽しかったよ―――
暗い表情から少しだけ笑顔を見せて、シンと早苗は話す。
気付けば、二人でシンの思い出語りに夢中になっていた。
「まるで、恋人みたいですね。シンさんとマユちゃんは」
「よく、そんな冗談をオーブの友人に言われたことがあるよ。オーブのあいつらも元気かな…」
「シンさんの国にはどんなお友達が?」
「地元の学校でよく絡んでいたやつだよ。でも、俺がザフトにいた時、一歩間違えていたら国ごと殺してたかもしれないんだ…最近は、会ってないから何してるかも分かんないけどね」
シンは、軍の命令でオーブに攻めたことがある。
戦争の大元、ロゴスのロード・ジブリールを討つために。
しかし、フリーダムの介入がなければシンはそのままオーブを焼き払い、嘗ての友人を、オーブで生まれつつある新しい命をその手に掛けていたかもしれない。何とも、皮肉な話だった。
「シンさんは本当に辛い経験をされてきたのですね…」
「そんなに暗い顔するなよ。早苗。俺は過去に決着を……着けたから」
「決着…?」
早苗がシンの顔を覗き込む。
「ああ。過去を何時までも放っておいたって解決にはならない。自分で割り切って、乗り切ることが大切なんだ。少なくとも俺の答えは…これだよ」
早苗はその言葉に心を打たれる。
自分の探していた見つからない答えが、そこにあった。
―――私の答えも、そこにあるの?
彼の言葉は彼女にとって、とても魅力的だった。
「そのシンさんのお言葉…とても好きです」
「―――え?」
「以前お話ししましたよね?私は過去から逃げていただけだって。いまも、私は昔のことに対して、悩んでいることがあります」
早苗は尚も続ける。
「しかし、貴方のお陰で靄がかかっていた私の道はある程度明るくなった気がします。シンさんと出会えて…ホント良かった」
「まだまだ、私の先は長い道のりになりそうですけど、シンさんの考えは私にとって、良い教えになりました」
「…俺はそんなにいい奴じゃないよ。俺は…大切な何かを護るために戦ってきただけ。そして、俺一人じゃこの答えは見つからなかった。アスランや、キラさん。沢山の人に出会ったから、俺はここまで来られたんだ」
「それでも、シンさんは凄い人だと思いますよ?戦争なんて、私が経験したら耐えられません。身近な人が死んでいく姿なんて考えたくありませんから…シンさんは本当にお強い方です」
二人はお互いの過去について語り合う。
早苗は幼い時の寂しさを。シンは一瞬にして無くした家族のことを。
距離は確実に縮っていた。
突然、レーダーの電磁波に反応が起こる。
レーダー内のグリッドが“デスティニー”の、辺りの地形を模す。
モニターに二人は眼を向けると、広大な景色がそこに映っていた。
地底界。太陽の光が尚も届く、幻想郷とは別のもう一つの世界だった。
その中で、一際大きい屋敷が奥に聳え立っている。
「あれが、目的の場所の地霊殿です。シンさん、あそこに寄せてください」
「了解!」
シンはスラスターを操作し、地霊殿に機体を向ける。
翼のバインダーを展開。
鳥が羽ばたくように、“デスティニー”は地霊殿に向かって行った。
数分後、
シンと早苗は地霊殿の玄関に立つ。
しかし、迎えもなければ、歓迎の様子もない。
無人と疑うくらいの静けさだった。
「留守か?」
「おかしいですね…だれかいるはずなのですが」
早苗がそう言った瞬間、扉が開く。
静かな玄関は、入ってこい―――と無言で訴えているようだった。
早苗は思わずシンと手を繋ぎ、共に中に入る。
暗い廊下の奥に進んでいくと、ステンドグラス越しの光が差し込む、大部屋に出た。
そして、その中に一つの人影が見える。
「こんにちは―――」
人影から声が聞こえる。透明の様に澄み切った、女性の声だった。
癖のある、薄紫のショートヘア。髪に掛けているカチューシャにはハートをあしらったアクセサリーの様な物が付いてあり、そこから体に血管の様な管が体中に取り付いている。
水色のフリルの服に、髪と同様に薄紫のスカートは彼女のスレンダーな体系と合わさり、一見しただけではシンと同年代の少女に見える。
しかし、物腰の柔らかい、ゆったりとした表情。落ち着いた様子。そして管と共に胸元に在る、大きな全てを見透かしそうな“眼”の存在感から、見た目以上に“女性”らしさを辺りに漂わせている。
「―――この忌み嫌われている覚の妖怪が仕切る、地霊殿の主。古明地さとりになにか用かしら?」
さとりと名乗った女性が自己紹介する。
その声は距離が離れているというのに、耳元で囁かれているようだった。
「俺は―――」
シンが名乗ろうとした時、遮るようにさとりが口を出す。
「貴方達の名は分かりますよ。シン・アスカさんと、東風谷早苗さん」
教えてもいないのに名前を呼ばれる。
シンは警戒し、さとりに問う。
「何で、俺と早苗の名を!?」
「私の“第三の眼”で通して見た相手は、考えていることがお見通しです。多少の制限はありますがね。そこの山の風祝は妹から聞いていましたが」
思いもよらない返答だった。
しかし、ここが“常識”が通じないのは、彼にとって百も承知していることだった。
「そして、貴方が求めているのは空(うつほ)の核エネルギーですね。それを外の“デスティニー”に使おうとしていることも」
「ならば全て分かるでしょう?さとりさん。こちらの目的に協力して下さいませんか?」
早苗が遮る。
さとりは、腕を組みながら思案するような表情を見せる。
「空は構わないでしょうが…あの力は地底界の中でも莫大な力。おいそれと他人に譲れるものでもありません。例え貴方の所の神様が授けた力でも。だから…貴方、アスカさんの心の力を確かめさせていただきます。それなら、私も納得させて頂きます」
さとりは、条件を提案する。
それはつまり、シンの力をもって“核”に値する器かどうかを示してみろ。と、言うものだった。
「…分かった。早苗、俺がやる」
シンは返答する。
元より戦いを避けて通れる道ならば良かったが、そう言う訳にはならない様だからだ。
「では、場所を移しましょう。この地底界で」
さとりはそう言うと、ステンドグラス近くの階段を下りて二人の横を通りすぎる。
シンと早苗も後を追う。
地霊殿の外に出る。
さとりは地面から少し浮き、こちらに目線を向けている。
「―――では、貴方の心的外傷(トラウマ)を覗かせて頂きます。想起『テリブルスーヴニール』」
さとりの第三の眼から光が迸る。
シンは思わず腕で眼を隠す。同様に早苗も眼を伏せているようだった。
「そして、想起『自由への祈り』」
さとりがそう、宣言すると眩い光が沈黙する。
視力が戻ると、大きな影がさとりの背後に聳えていた。
「そんな…っ!まさか!?」
早苗が驚愕する。シンも眼を見開き、ここに居る筈のない“機体”を眼にする。
青と白と黒のトリコロールの装甲。各部のフレームには、金色の輝きのVPS装甲が覗かせている。
背後の八つの羽は、“デスティニー”とは対照的な青色。
腰に下げている二丁の“高エネルギービームライフル”、腹部の“カリドゥス”、サイドスカートの“クスィフィアス3”等は嘗てのシンを苦しめた武器。
頭部の黄色いメインカメラが発光する。その姿はまるで、戦場に降り立つ“告死天使”。
「ストライク…フリーダム…!」
「ガンダム…!?」
シンと早苗が“フリーダム”を見上げる。
それは紛れもなく嘗ての宿敵、キラ・ヤマトの機体。
ZGMF-X20A “ストライクフリーダム”だった。
「この“フリーダム”は私の意のままに操れる。貴方には、自らのトラウマと戦ってもらいます。心の強さを、私に見せて下さい。アスカさん」
嘗ての記憶がよみがえる。
アスランの駆る“インフィニットジャスティス”との連携に、シンは追いつめられたことが多々あった。
―――俺は、勝てるのか!?
不安と焦りに駆られる。
しかし、これを乗り越えないと“デスティニー”は修復できない。
シンは戦うことを決意し、デスティニーに乗り込む。
出力を戦闘機動に切り替え、VPSを起動させる。そして、目の前の“フリーダム”と対峙する。
早苗も霊力を体に纏い、体を浮かしてデスティニーに並ぶ。
この戦いも、“決闘”ならば恐らく、致死性は無いだろう。
「あんたの真意が、なんであろうとも!」
シンは“デスティニー”に背後の大剣、“アロンダイト”を引き抜かせ、装備する。
想定外の形で宿命の相手と戦うことは、シンには予想することは出来なかった。
“フリーダム”が跳躍し、羽を広げる。早苗も後を追うように上空に跳ぶ。
“デスティニー”も羽を広げ、アロンダイトで正眼の構えを取る。
自由と運命の戦いが、幕を開けた。