PHASE- 09 再臨する悪夢


ずっと、誰かに好かれたいと思っていた。
誰かと、心の底から笑える関係を持ちたかった。
だけど、私が他人の心を読める力を持っているばかりに。
皆、私から離れて行ってしまう。
だったら誰が悪い?
私のせいなの?
力のせいなの?
皆のせいなの?
それとも、私という存在が世界に生まれたから?
だったら、誰にも私を分かってもらえる訳は無い。
何とも、誰とも分かりあえる事は無い。
神でも、仏でも、何だっていい。
何時か、私のことを理解してくれる人が欲しい。
そんな人が現れてくれたら。きっと、自分は―――

紅い翼と蒼い翼が互いに接近する。
“フリーダム”は腰に備え付けられている接近戦用兵器、“シュペールラケルタビームサーベル”を起動させる。
白い筒の様な機械から桃色の光が伸び、あらゆる物を切り裂く剣と化す。
“フリーダム”の操り主のさとりは、それをシンが搭乗している“デスティニー”に勢いよく振り下ろさせる。
シンは背部スラスターの出力を上げて後ろに回避する。
その動きは、他人が操っているはずなのに、キラ・ヤマトの動きとほぼ同様だった。
「何だよ…あれ!」
シンは地上にいるさとりに呼びかける。
さとり自身は“フリーダム”のことを知らないはずだ。
なのに、何故彼女がモビルスーツを、尚且つ遠隔操作まで出来るのかが、彼の中の一番の疑問だった。
「私の能力は、“心を読む程度の能力”。私は貴方の中に眠るトラウマの中から最も脅威になるべく存在を呼びだしたに過ぎません。貴方の心の力が、この“フリーダム”との勝敗を分けるのです」
さとりは淡々とした口調で喋る。
その間にも“フリーダム”はサーベルを振り回し、“デスティニー”に切りかかってゆく。
「一回倒した相手なんだ!今度だって!」
“デスティニー”は対艦大型ビームソード、“アロンダイト”を構え、青白い尾を引きながら相手に突進してゆく。
数々の彼の戦場を共にしてきた、“デスティニー”の主武装だ。
轟音と共に、アロンダイトを“フリーダム”に振り下ろす。
さとりの“フリーダム”は“デスティニー”のアロンダイトに合わせてサーベルを当てる。
激しい閃光。
辺りに電磁波を撒き散らしながら、二つの剣が競り合う。
「シンさん!」
早苗が“デスティニー”に呼びかける。しかし、集中しているシンに彼女の声は届かなかった。
早苗は爆発性の対妖怪用御札を取り出して、“フリーダム”に投げつける。
命中。
大きな爆発音とともに、“フリーダム”から煙が上がる。
しかし、肝心の装甲には傷一つ付いていない。
“デスティニー”と同様のヴァリアブルフェイズシフト装甲。それによって、衝撃こそ伝わっていても、ある程度の物理的ダメージはシャットアウトされる。
「そんな…私の札が…!」
「早苗!君のビームじゃ無理だ!」
シンがそう言う最中、“フリーダム”が両手に持つ二丁の“高エネルギービームライフル”を二人に連射してくる。
“デスティニー”は早苗を手で受け止め、強力な推力でかわしてゆく。
「私も戦います、シンさん!これがこの世界の“決闘”なら、私の力も通じる筈です!」
早苗はシンの制止を聞かずに“デスティニー”の手から飛び立つ。
御札がダメなら、更に高威力の技をぶつければ―――
「星落とし!」
早苗は御幣を構え、頭上から星の様に煌びやかな光弾を“フリーダム”放つ。
先程の対妖怪御札とは段違いの威力を含んだ、霊力で作った弾だ。
“フリーダム”に連続で命中してゆく。早苗は続け様に次の技を繰り出す。
「逃げる時間なんて与えません!」
更に霊力を込め、一撃を重くした札を投げつける。大きさを除いて勢いだけなら、“フリーダム”のライフルに匹敵する迫力だった。
爆煙が蒼い翼を飲み込む。並の妖怪、そうでなくとも是だけの威力の技を当てれば、大抵の相手は倒れる。
早苗はそう確信した。
しかし、
―――!?
眼の前の煙から、桃色の光が振り下ろされる。
風を起こし、回避行動を取る。
早苗のすぐ横を体が焼いていくような熱が過ぎる。
彼女の右腕の袖が焦げ、下に舞い落ちていった。
「シンさんのトラウマは、この程度の力では討てませんよ。彼の邪魔にならない内に、引いてみては?」
さとりが早苗に冷たく言い放つ。
その口調は依然、淡々なものだ。
「なにを―――」
「貴方はお呼びじゃない」
「早苗!離れてろ!」
早苗の言葉が二人に遮られる。この戦いに割って入る余地など、どこにもなかった。
「このっ!今度こそ逃がすもんか!」
“デスティニー”は“高エネルギービームライフル”を構え、発射する。
しかし、こちらの動きに合わせてくるように回避運動を起こし射線から離れ、緑の光弾は外れてゆく。
「貴方も貴方。迷いのある心で私の力に立ち向かっても、読まれるだけだわ」
“フリーダム”が急に制動を駆け、宙返りをするように“デスティニー”の背後にまわる。
その姿はまるで、空中のステージでダンスを披露するかの様に軽やかで、眩しい。
そして、そのまま“デスティニー”の背部バインダー、“翼”に飛び蹴りを放つ。
「わああああっ!」
強い衝撃と警告音。
辺りが瞬き、上下感覚が一瞬無くなるかのような目眩がする。
すぐに体勢を立て直すように、各部スラスターを起動させる。
だが、その隙を逃さず、“フリーダム”がサイドスカートに装備している“クスィフィアス3”からレールガンを連射する。
“デスティニー”は即座に左腕に装備されている、対ビームコーティングシールドを構えて防御する。
爆発。
盾の表面で爆発が起こり、“デスティニー”は吹き飛ばされる。
防戦一方の戦い。
動力源が完全じゃない以上、機動力も防御力も低下し、“デスティニー”は苦戦を強いられていた。
何より、眼の前の“フリーダム”は本物では無い、更には操っている人物も別人であるというのに、本物と変わり無く空を縦横無尽に跳び回っている。
「私がこの機体を操れるのがそこまで驚きですか?私は只貴方の心の中にあるビジョンを見て真似ているだけに過ぎません。それに、貴方は意識しなくともこの機体に底知れぬ不安や恐怖が渦巻いている。表面的な心構えではこのトラウマは倒すことなど出来ないわ」
「くっそおおお!」
さとりの囁くような声が、“デスティニー”の外部受信スピーカーを通してシンに聞こえてくる。
シンは“デスティニー”のアロンダイトを背部ラックに収納し、“フリーダム”に接近させる。
デスティニーの右掌底部から青白くて眩い光が集まる。
“デスティニー”の装備の中で最も威力の高い武器、“パルマフィオキーナ”が炸裂しようとしていた。
「これで終わりだッ!」
“掌の銛”を“フリーダム”の腹部に押し当てる。
―――後は、トリガーを引けば吹き飛ぶ。
シンは勝利を確信した。
だが、予想外の出来事が発生した。
警告音。
赤いランプがコクピット内で点滅する。そして、掌の光が輝きを失ってゆく。
―――何が起こった!?
シンはサブモニターをすばやく確認する。
すると、一か所だけ[ALERT]の文字が出ている箇所がある。
POEWR INDUCATOR、機体全体の出力を表す計器が異常を知らせている。
先の、パルマフィオキーナを使用したことにより、残存エネルギーが底を着いたのだ。
推進系、兵装システムがダウンする。
“デスティニー”は活動限界に陥っていた。
「やはり、貴方もその程度の心の持ち主なのですね―――」
さとりの操る“フリーダム”がライフルをこちらに向けてくる。
「シン!」
早苗が飛翔し、“フリーダム”に『星落とし』を発射する。
しかし、結果は前と同じく無傷だった。
「何で…何で私の力が効かないの!」
彼女が焦りの表情を見せる。
今までに対峙したことが無い、強力な敵。
仲間の手助けが出来ないことに無力感を感じていた。
“フリーダム”が標的を“デスティニー”から早苗に向ける。
その大きな姿は、底知れない威圧感を彼女に与えていた。
「まさか―――やめろおおっ!」
“フリーダム”のライフルの銃口が早苗を捉える。
シンはスラスターを操作する。だが、出力が落ちて思うように進まない。
万事休すか――――
“フリーダム”が黄緑色の閃光を彼女に発射する。
早苗は即座に五芒星の陣を貼り、ビームを受け止める。
しかし直撃は免れたが圧倒的なサイズと威力により、地面に叩きつけられる。
「ああっ!」
土埃を巻きあがらせながら彼女は地面に墜落する。
青と白の巫女服も所々が破け、左腕からは血が出ている。
勝機が無い。
今の状況では勝てないことを二人は共に覚った。
「貴方達では、勝てないようですね」
さとりが二人に冷たく言い放つ。
シンも早苗も限界だった。
「これでお仕舞いよ!眠りを覚ます恐怖の記憶で眠るがいい!想起『ハイマット・フルバースト』!」
“フリーダム”が蒼い翼を広げ、二つのターゲットをロックする。
キラなら致命傷を与えずに、力を奪うだけで済むが今回は別物だ。
圧倒的な威力を使い、二人を吹き飛ばす。
シンはとっさにそう感じた。
“デスティニー”を早苗の前面に動かす。
―――せめて、彼女だけでも護らないと!
盾を構え、身代りに入る。
“フリーダム”の各部の砲口が光る。
二人が敗北を確信した、その時だった。
突然、小さな影が“フリーダム”に射線に入る。
その姿は背が小さくて、帽子を被っている。
そして、“フリーダム”が発射したビームを“影”が全て弾き返す。
あまりに一瞬の出来事。どういう原理で弾き返したのかも早苗とシンには理解できない。
「お姉ちゃんの力じゃ、私には効かないよ―――」
“フリーダム”の砲口の光が止み、影となっていた姿が明確になる。
薄く黄色いリボンを巻いてある、鴉羽色の帽子。
黄色い生地に二本白い線が入った緑の襟、さとりと同様に血管の様な管が体を取り巻いている。
スカートは白いレースに緑の生地に白い線が2本入っていて、彼方此方には黒いフリルをあしらっている。
特徴的な服は、帽子と服の色を除いたらさとりの服装と殆ど同じだ。
だが、彼女との最大の違いは、胸元の“第三の眼”と表情にあった。
左胸にある紺色の“第三の眼”は眼を閉じている。そしてさとりに良く似ている顔つきは、彼女の険しい表情とは打って変わって、無邪気で何も考えていないかのような笑顔を浮かべている。
シルエットはさとりとそっくりなのに、表情と、雰囲気から彼女より二、三近く年下にシンには見えた。
「このロボットを地上で見かけたときから気になってはいたけれど、こいつ相手にそんなに本気になるなんて、お姉ちゃんらしくないじゃない」
現れた少女がさとりに告げる。どうやらこの娘がシンと早苗を助けてくれたらしい。
「こ…いし」
さとりが現れた少女の名前らしい、単語を漏らす。
こいしと呼ばれた少女は、
「大丈夫?風祝さんと、そこのロボットさん」
無邪気な笑顔のまま、こちらに振り向く。
どうやら、この娘はこちらを助けてくれたらしい。
「お姉ちゃんもひどいよね。満足に戦えない相手にムキになっちゃってさ。何か心に触るようなものでも読んじゃったのかな?」
さとりのことを“お姉ちゃん”と呼んでいるからには、この娘はさとりの妹なのだろう。
しかし、彼女はこちらの思考を呼んでいる様子は無い。
「この戦いは止めだよ。どうせやり合うのなら、お互いに全力でやったほうがいいじゃない。でないと、勿体ないじゃん」
こいしがさとりに告げる。彼女も部が悪いと感じたのか、“フリーダム”の銃を下げさせる。
「―――良いでしょう。このような事態になった今、貴方の心の強さをはかることなど出来ませんからね…」
さとりが腕を振ると、“フリーダム”の姿が消える。そして、興味を無くしたように無表情になり、地霊殿の奥の闇へ歩みを進めていく。
どうやら、この戦いは終わったらしい。シンは一気に緊張が抜けて、汗をかく。
あのまま戦いが続いていたら、早苗の怪我はおろか、“デスティニー”にまで深刻なダメージを負っていたかもしれない。
不慮の事態とはいえ、彼はあの女の子に感謝する。
モニター越しにこいしの姿を見る。
不気味なほど無邪気なその笑顔からは、“デスティニー”に舐めるような視線を送っていた。
「ふーん、そんな理由で戦っていたんだ」
彼女、こいしが頷く。
今、シンと早苗が居る場所は地霊殿の大部屋。
こいしの計らいで、シンと早苗は地霊殿で休んでいる。
元々シン達も戦いに来たわけではないので、さとりの方も承諾したらしい。今は肝心の彼女の姿は見えていないが。
「幾らなんでも、あんな状態でお姉ちゃんの力に勝とうだなんて無謀だよ。私みたいに“無意識を操る程度の能力”だったらあのでっかいお人形だろうと、どうにか出来るけどね」
彼女の指す、あのでっかいお人形というのは、“フリーダム”のことだろう。
シンたちが、刃が立たなかったあの機体をこいしは軽々といなしていた。
だとしたら、この娘も人間ではないのだろう。とっくに分かり切っていることだが。
「あの様子だと、貴方の機械じゃお姉ちゃんには勝てないよ。えーと、確かシン…だったよね?」
「ああ。だけど、俺の“デスティニー”は今の状態じゃ碌に動かないからな…」
こいしが考える。どうやらこの少女はこちらの手助けをしてくれるらしかった。
「考えが…あるよ」
顔をあげてこいしが呟く。その言葉に早苗とシンは意識を向ける。
「お姉ちゃんには内緒で、貴方の言う“核”の力をあげる」
思いもよらないことを言う。それは、さとりの条件を丸々無視できる提案だった。
「本当なのか!?」
勿論シンは驚愕する。ただし、条件があると言ってこいしは別の提案を指し出してきた。
「そのかわり、お姉ちゃんを“お姉ちゃんの力”から心を解放してあげて」
「どういう意味なのですか!?」
「言葉通り。お姉ちゃんは今、自分の力で自分を傷付けてる。貴方達にも、自分のことを嫌われ者だの何だの言ってきたんじゃないの?」
さとりの言葉を思い出す。挨拶のあとに彼女が言ってきた言葉。
『―――この忌み嫌われている覚の妖怪が仕切る、地霊殿の主。古明地さとりになにか用かしら?』
自らを卑下するあの言葉にはそういう意味があったのか―――
シンはそれをきいて険しい表情になる。
自らの生まれのせいで望まない苦しみを背負う。
シンはコーディネイターの差別を知っているだけに、こいしのいう言葉が他人ごとではない様に感じた。
「そんなの…ひどいじゃないですか!」
早苗がこいしに怒鳴る。思わずという言葉が似合うように、彼女自身は怒鳴ったことに気付いていないのだろう。
「そうは言われてもね。お姉ちゃん自身もきっと誰かの温かい心に飢えているんだよ。覚の妖怪にしてはお姉ちゃんは結構メンタル弱いから。お姉ちゃんも、人の心なんて見ても落ち込むだけで、良い事なんて一つも無いと思うのだけどな」
こいしは遠い目でステンドグラスを眺めている。
その口調は先程とは打って変わってさとり同様に淡々とした口調だ。
そして、その声はどこか悲しげな響きでもあった。
シンは気になることが一つあった。それはこの娘の動機についてだ。
「一つ聞いていいか?」
「どうしたの?シン」
「何で君は、俺たちを助けてくれるんだ?そして、さとりさんの事で俺たちに頼んでくる理由は何なんだ?」
「それは…私の様になってほしくないからかな」
「君の様に?」
こいしはそう言い、胸元の“第三の眼”を両手で持ち上げる。
「そう、私は見ての通りこの目を閉じてるでしょ?このままだときっと、お姉ちゃんも私みたいに心が壊れちゃうかもしれないの。私はある程度立ち直れたし、“無意識を操る程度の能力”があるからね。だけど、お姉ちゃんがそうなれるとは限らない。せっかく貴方はお姉ちゃんの相手では珍しいタイプの人なのだからね」
こいしは再び無邪気な笑顔を作って告げる。
何も考えてなさそうで、姉の事を大事に思っている。
シンは直感で気付いた。
そして、それに対しての返答もすぐさま浮かんできた。
「…ああ、わかった」
「シンさん?」
「あの人は…自分が欲しいと思ってもいない力で苦しんでいる。だけど、そんなのはただの言葉じゃないか…俺の出来ることで、あの人を救えるって言うんなら、やってやるさ」
シンは固く決意する。
「うん。でも今日は疲れているでしょう?今日は二人ともこの大部屋で休んでいって。明日になったらあのロボットに核エネルギーを入れたらいいから」
ソファはそこにあるからね。と、こいしは最後に告げると、部屋の外へ歩みを向ける。
そこで、早苗が彼女に呼びかける。
「待って下さい!こいしさん」
「どうしたの?風祝さん」
「え…っと。じゃあ、今日はここでシンさんと一夜を過ごせ…ということですか?」
こいしは、
「うん、そうだよ。何の問題もないでしょ?」
早苗の問いに笑顔で応える。
返答する暇を与えずに彼女は部屋から出る。
部屋に残ったのはシンと早苗だけだった。
「先程は…すみません」
こいしと別れた後、シンと早苗はソファに座っていた。
その最中、突然早苗が謝って来たのだ。
「どうしたんだよ…突然」
「私が…シンさんの邪魔をしなければ。シンさんに余計な心配をかけてしまったから、“デスティニー”は負けてしまったのですよね…」
彼女は負い目を感じていた。
力の過信。
相手に対する自分の認識の甘さが、シンを敗北に追い込んだと彼女は思い悩んでいた。
「そんなことないさ……例え早苗があそこで出てこなくても、俺は負けてた」
シンは早苗に優しく言う。
事実、さとりの“フリーダム”は正確無比な動きでシンを追いつめていた。
だが、早苗は納得できなかった。
「私、シンさんの戦いの足手まといなのかな…」
「早苗…」
「自分の力が何時だって強いと思いこんでて…調子に乗った揚句に助けられて…」
早苗自身は自らの無力を呪っていた。
幻想郷の妖怪退治ではトップクラスの力を持っている彼女は、自分の力に誇りを持っていた。
だから、どんな相手でも勝てる。彼女はそう思い込んでいた。
だけど、現実は甘くは無くて。
逆にシンの足を引っ張ってしまったことが、彼女にとっての強いショックだった。
「大丈夫だ」
「シン…さん?」
「俺は、もう迷わない。もう、あのトラウマに負けないから」
シンは強い意志を示す。
次は負けないという強い思いが、再戦への決意を表していた。
「一つ聞いて言いですか?」
「何?」
「シンさんの“デスティニー”って必殺技みたいなのは無いんですか?あの蒼い機体は“ハイマット・フルバースト”とやらがあるらしいのですが…」
早苗は純粋な疑問からそれを聞いた。名称は、さとりの宣言から察したのだろう。
確かに、デスティニーには高威力の各種兵装がそろっている。
だが、“フリーダム”の様に武器を一斉にフル活用した、戦いをシンはしたことは今までになかった。
「一番威力があるのはアロンダイトだけど―――」
「なら、あれに勝てるように技を作りましょう!」
彼女の提案で、デスティニーの戦法を考える。
エネルギーは翌日で解決する。だが、勝たなければ意味がない。
今度こそ、勝つ。
シンは、固く決心した。


PHASE- 10 着火する運命~Ignited


全く、他人の心という物はいつ見てもいい気がしない。
彼女、古明地さとりは自身の寝室で目覚める。
先程まで見ていた夢の中で、今までに見て来た他人の心の映像がフラッシュバックしていたのだ。
その中で、一番明確に映っていたのが、昨日読んだ心の映像。持ち主の名はシン・アスカ、だったか。
想起『テリブルスーヴニール』で垣間見た、彼の新装に潜む記憶。
戦いに疲れ果てて、狂おしいほどに悩み続ける日々。
その中で、昨日私が使った、“ストライクフリーダム”とのほぼ互角の戦いをした彼。
私の力であそこまで善戦する人間は生まれて初めて見た。
―――もしかしたら、彼なら私の力に屈することのない人なのか。
まさかね。と思いつつも、彼女は昨日の戦いの様子が、頭に強く残っていた。
コンコン―――
寝室のドアから音が聞こえる。誰かがノックしているのだろう。
さとりは立ち上がり、ドアを開ける。
何度も見なれた、炎を連想させる深紅の長い髪は、黒いリボンを着けて、いつもの様に両サイドを三つ編みにしている。
頭には、彼女の種族が“火車”と明確に表す、猫の耳。
服装も黒い下地に緑色の模様が入っている、一風変わったような服。
間違いなくそこには、さとりのペット。火焔猫燐の姿があった。
「さとり様、おはようございます」
「おはよう、お燐。朝から私に何の用かしら?」
「いえ、こいし様から伝言を預かってるんですよ。何でも、昨日の再戦を望むとか何とか」
そう彼女は言い、服のポケットから一つの紙片を出す。
さとりは受け取って紙片に記されている文字を読む。
そこには、彼女の妹、こいしの文字で昨日の“決闘”の再戦を希望と、書かれてあった。
ご丁寧に、時刻、場所まで書かれてある。
その場所というのは、この地霊殿の地下にある広大な空間、地底都市最深部。
さとりのペット、霊烏路空が居る所でもあった。
―――なるほど、そういうことね。
さとりは紙片をポケットに忍ばせる。
そして、燐に一言、御苦労さま。と告げて下げさせてから、ドアを閉める。
―――あの変った人間は、私に勝つつもりらしい。
さとりは薄ら笑いを浮かべる。
自身の力に向かってくる、更には再戦を希望する人間など、彼女にとっては前代未聞だった。
―――ならば、とことん本気で行く。
全力を出して、私の力に打ち勝つ人間。
さとりは、急にその光景を見てみたくなった。
紙片に書かれている時間までは、まだまだ余裕がある。
それまで、静かに待つとしよう。さとりは、再びベッドに潜り込んで寝息を立て始める。
ほんの少しの絶望と希望をその心に渦巻かせながら―――

「シンさん…?私の方が早く起きてしまったのかな」
ソファから体を起こして、彼女、東風谷早苗は隣で寝ている彼、シン・アスカの方に目を向ける。
昨日の夜、ソファで彼と話していたら、そのまま両方とも疲れで寝てしまったらしい。彼女は推測する。
早苗は初めて見るシンの寝顔を覗き込む。
男に対して思うのも疑問だが、女の子と錯覚しそうなほどシンの黒髪から見える寝顔は可愛らしく彼女には見えた。
早苗はソファから立ち上がると、大部屋近くの洗面室に入って、顔を洗い、歯を磨く。
ご丁寧に、歯ブラシ等は二人分、備え付けられてあった。こいしの計らいだろうか。
眠気をさっぱりさせたところで、再びシンに近づく。
未だ、彼の紅玉の様な瞳は開いていない。
―――ちょっと、悪戯でもしてみようかな。
そう彼女は思案し、シンの白い頬に触ってみる。
男性にしては珍しい、弾みのある感触だ。そもそも男性に触れたこと事態、彼以外には無いのだが。
何度も触ってみてみる。ちょっとした遊び心が彼女の内側を満たしていた。
―――このまま起きないのだったら、少し過ぎた事をしてもいいかな?
早苗は、悪戯心から彼の顔の方に体を乗り出す。
萌黄色の髪がシンの顔を擽る。
そして、そのまま顔をシンの顔に近づけてゆく。
―――御姫様は、王子様のキスで目が覚めるのですよ。
眼を閉じて唇を彼の頬に近づけてゆく。
ちょっとした事と、彼女は自分に言い聞かせる。だが、距離が縮ってゆくうちに、彼女の心臓が早鐘を打つ。
後、数センチという所まで近づく。吐息がかかりそうな距離なのに彼は未だに起きる気配がない。
このままやってしまおう。早苗は決心し、一気に距離を詰めようとした。その時。
「風祝さん?何やっているの?」
「うわああぁ!?」
突然背後から声が聞こえてきた。
我に返った早苗は、驚愕のあまり跳びあがってしまい、そのまま後ろに派手に転倒してしまう。
焦りながら声の方を向いて見ると、そこには地霊殿の主の妹。古明地こいしの姿があった。
早苗は焦りを隠さずに彼女に問う。
「い!?いつからそこにいたのですか?」
「気付いてなかったの?貴方が起きる前からここら辺りにいたよ?」
全く彼女の存在に気付かなかった。それどころか、自身の行動まで目撃されていたとは一生の不覚に値することだった。
そこで、彼女の大声で、シンは眼を覚ます。
「あ、あれ?何で早苗が大声出して、こいしがここに居るんだ?」
「貴方は…呑気ですね…」
「えーと、風祝さんが―――」
「黙っててください!」
早苗は冷や汗をかきながら、こいしを部屋の外へ連れてゆく。その時の早苗の顔は真っ赤になっていた。
「何しているんだか…」
シンは溜息を吐きながら、洗面室で顔を洗ってゆく。
遠くから早苗とこいしが何かを言い合っている気がしたが、敢えて気にしない様にした。


数時間後。
目が覚めて、外に出た早苗とシンは、こいしとともに、地霊殿の地下、地底都市最深部に“デスティニー”を飛翔させていた。
こいしによると、そこで“核”を機体に入れると共にさとりとも決着を着ける場所でもあるらしい。
モニターで前を覗くと、太陽の様に大きい火の玉が映っている。
それ以外の光源は見当たらない為、辺りはまるで宇宙の様に闇に包まれていた。
「まるで太陽だな…」
シンはコクピットの中で呟く。隣には、早苗の姿もある。
「そうですね…神奈子様が核融合の力を授けた相手が、きっとこれを作り出しているのでしょう」
早苗が言う。
こいしの言う“核”の力を操れる人物とは一体どのような人なのだろうか。
例によって“人”と呼べる生物かどうかは疑わしいが。
「空(うつほ)!出てきて!」
こいしが火の玉に近づいて叫ぶ。
すると、黒い翼を広げた影が、火の玉から飛び出す。
長く、黒い髪を有し、大きな緑色のリボンをつけている。
鴉羽色の大きな翼には、上から白いマント状の布を羽織っており、内側には、宇宙空間の様な景色を覗かせている。
服装は、白のブラウスに緑のミニスカートと一見シンプルな物だが、彼女の胸元には、不気味な深紅の眼があり、右足は象の様に変形しており、左足は、衛星の様に光球が廻っている。そして、右腕には、大砲の様な銅色の六角形の棒、他人の姿を取っているようで、異形だった。
彼女の輪郭がはっきりし出すと、とても身長が高いことが分かった。恐らく、シンが幻想郷で見てきた中で一番の大きさだろう。
空と呼ばれた彼女が眼の前に降り立つ、そして口を開いた。
「どうしたのですか?こいし様?」
高くもなく、低くもない、落ち着いた、年相応の少女の声だ。
「ややこしいのは嫌いだから単刀直入に言うよ、空。この大きなロボットに核分裂を加えてやって」
「核分裂ですか!?私は、核融合の発生専門ですよ?」
「その辺りは大丈夫。風祝さんがある程度制御して下さるそうだからね」
こちらに来る前に、早苗は、早苗の所の神様が彼女、空に力を与えたと言っていた。
早苗の力も、同じ神から与えられているものだから、“核”の制御を手伝えるのだろう。彼は推測する。
シンはコクピットハッチのスイッチを押す。
ハッチを開くと、早苗が飛翔して空に寄る。
「こんにちは、空さん。東風谷早苗と申します」
続けて、シンも自己紹介する。
「空さん…だったかな。俺はシン・アスカ。このMSの持ち主だよ」
「えっと…私の名は霊烏路空と言うわ。呼び方はお空(おくう)でいいわよ」
「分かった、お空」
「はい!自己紹介も済んだところで、空、このロボットにやってくれないかな?」
最後にこいしが締めた所で、早苗とお空が準備に取り掛かる。
シン自身も、こんな地面が見当たらないほど不気味な空間には、長居したくなかった。
シンはハッチを閉めて、動力源の制御に取りかかる。
動力源をパワーセルからハイパーデュートリオンに変更とOSに命令する。
その途端、“デスティニー”のVPSがディアクティブモードに切り替わり、派手なトリコロールからメタリックブルーに変色してゆく。
どういった理屈で“核”を入れるのかは分からないが、彼女たちが何とかするのだろう。
シンはOSの“核”の制御パネルを呼び出して集中することにした。
「それじゃ、やりましょう。お空さん」
「分かったわ。でも、私は発生させるだけだから、後は任せたわ」
そう言いきると、お空の体に赤い球体が浮かび上がる。あれが恐らく彼女の言う“核”の力なのだろう。
「核熱『ニュークリアフィッション』!」
お空が宣言する。その力を早苗が両手を使って抑制させる。
「シンさん!この火の玉の中に!」
「了解!」
“デスティニー”を火の玉状のエネルギーの中に突っ込ませる。
ハイパーデュートリオンの出力計が、レッドゾーンから安全域にまで到達する。シンはエネルギー余剰接種を防ぐため、VPSを起動させる。
“デスティニー”のメインカメラが発光。同時に、再び派手なトリコロールの彩りを取り戻す。
火の玉が“デスティニー”の中に取り込まれてゆく。どうやら、ハイパーデュートリオンの修復は完了した様だった。
「ハアッ…ハアッ…」
お空も早苗も汗を噴きだしながら荒い呼吸をしている。双方共に慣れないことをした為だろう。
「大丈夫か!?早苗、お空!」
「私の方は…大丈夫ですよ。ちょっと熱くて汗だらけなのが嫌ですけど…」
「核分裂なんてあんまりやりたくないわ…頭使うし、パワーでないし」
二人とも無事なようだった。シンは彼女たちを見て安心する。
これで、やるべきことは、残すところ只一つとなった。
「お疲れのところ悪いけど…そろそろお姉ちゃんがこっちにくるよ。シンは準備した方がいいんじゃないかな?」
こいしが言う。彼女の話によるとあらかじめ、こちらにさとりを呼びつけておいたらしい。
何でも、その方が手間が省けるとか。
「早苗、“デスティニー”に乗れ!」
ハッチを開けて、早苗が飛び込んでくる。彼女の体は、“核”の熱の影響で熱くなっていた。
シンは彼女を受け止めて、戦闘機動の設定をする。
「全兵装システム、機動。M2000GX、ミラージュコロイド、ヴォワチュール・リュミエール、オンライン」
シンはコクピットに備え付けられているキーボードを操作する。これで、使えなくなっていた装備のすべてを使用可能にした。
そこで、暗闇から蒼い翼が見え始めた。
“ストライクフリーダム”。さとりは機体の掌に乗りながらこちらに接近してきた。
「こんなところに態々呼んでまで私と戦いたいの?アスカさん」
機体から離れて、彼女が冷やかに呼びかけてくる。
「離れてくれ、こいし、お空。あんたの事…こいしから聞いたよ」
外部スピーカーから、近くに居るこいしとお空に呼びかけて、さとりと対峙する。
「―――?」
「自身が望んでもいない力。他人の心が読める力で苦しんでいる…って」
「そうよ、だけどそれが貴方には理解できないでしょう?人間である貴方には」
さとりの言うことは尤もだった。だが、気圧されないようにシンは言葉を続ける。
「ああ、確かにそうかもしれない…俺があんただったら、他人の心が圧し掛かってくる恐怖で発狂しているかもしれない」
「分かっているなら尚更―――」
「だけど!自身の能力で自らの運命を縛る理由なんかにはならない!俺の友達は…自分が誰かの偽りの存在だということで自分の運命を決めていた…でも、それじゃダメなんだ」
「俺だって…自分の今までの道には苦難が沢山あった…でも!自分の信じたことを選んで、俺は生きているんだ!あんたが自身の運命に囚われているのだったら…」
“デスティニー”が紅の翼を広げて、対艦刀を構える。“フリーダム”もサーベルを構えて対峙する。
「シンさん…!」
「俺とデスティニーで、あんたの運命を切り拓く!」
シンが叫ぶ。自身に遭ってきた過去、そして、共に闘った友人の語りから考えた彼なりの答えだった。
さとりは、それを聞いて激しく動揺する。
焦りを隠さずに、シンの言葉に返答する。
「…なら、やってみなさい…!私の力を否定して見せてください!」
さとりの叫びと共に、“フリーダム”が接近してくる。そして、サーベルを振り下ろしてくる。
「シンさん!」
「ああ、行こう!早苗!」
激しい火花を撒き散らしながら、“シュペールラケルタビームサーベル”と“アロンダイト”が交わり合う。
その二つの姿は、優雅さも華麗さも無く、ただ力と力がぶつかり合っていた。
“フリーダム”が離れる。そして、背中の“翼”から八つの“羽”を射出する。
“MA-80V スーパードラグーン ビーム突撃砲”。“フリーダム”の特徴的な翼の正体は、分離式統合制御高速機動兵装群ネットワーク・システム、通称ドラグーンシステムによる兵器。
機体から独立して繰り出されるビームは、まるで多人数を相手しているかのような錯覚を起こすほどの、相手にとって驚異的なシステムだった。
「あんたとは、戦いたくないけど…!」
“デスティニー”は蜘蛛の糸の様に張り巡らされた緑の光弾をかわしてゆく。
“フリーダム”は“デスティニー”と同様の光の翼を広げて、こちらに襲いかかってくる。
その姿は、前回の様な優雅な動きではなく、ただ力を闇雲に振り回す子供の様な動きだった。
―――さとりさんの意思が優っているのか?
シンは“デスティニー”のスラスターの出力を上げ、“フリーダム”に接近していく。
「何で…何で貴方は、この覚の私にそこまでするのよ!」
さとりが怒鳴る。
まるで、心の内側に入ってこないでと、云わんばかりに。
「誰かを救うのに、種族とか、人とかそんなの関係あるのかよ!」
シンは強く言い返す。覚だろうが、人間だろうが、皆同じ生き物だから。
「シン!無意識だよ!」
「こいし!?」
突然、大きな声でこいしがシンに呼びかけてくる。
「貴方の心の中の力を!お姉ちゃんに!覚はね、無意識が弱点なのだよ!」
「だけど、どうやって!」
「貴方のそのままの力を、アレにぶつけたら良いんだよ!」
シンは眼の前の“フリーダム”に集中する。いつの日か、キラと対決した時のあの感覚。
全ての感覚が鋭敏になり、ありとあらゆる光が緩慢に視える域。
その時、シンの中で再び、種が弾けた。
「シン!」
「俺はもう迷わない!ターゲット・ロック!行くぞ!」
“デスティニー”はライフルを相手に向かって連射する。そして、続け様に背部にある“高エネルギー長射程ビーム砲”と“パルマフィオキーナ”を発射する。
“フリーダム”は回避運動を起こし、射線から離れようとする。だが、連射したライフルの光弾の内、一発が命中して、後に放ったビームも続けて命中してゆく。
足が止まった―――
「そこおっ!」
“デスティニー”は両肩のエッジを投擲して、“アロンダイト”を引き抜き、突撃する。
“フリーダム”が一斉射撃の構えに入る。だが、先程投げた“フラッシュエッジ2”が“フリーダム”のボディを薙いでゆく。
光の粒子を散らしながら、“デスティニー”が“フリーダム”に剣を突き刺す。
そして、その場で宙返りをして、両腕を相手に向ける。
「まだだ! 逃がすか!」
シンが早苗の助言から編みだした技。全ての武器を与える戦法。
これが、その最後の大技だった。
「これでとどめだぁぁぁぁっ!!」
“フリーダム”の胸部に“両腕”を押し当て、トリガーを引く。
爆発。
眩い光を散らしながら“フリーダム”は爆散していった。
シンはその光を見て心の中で呟く。
―――キラさん。
―――俺は、貴方にも負けませんから…
自らのトラウマを振り払うように、心の中に浮かんだ彼の姿を思う。
シンの中の一つの悪夢が、そこで消えていった。
地霊殿の玄関に降り立つ。
“デスティニー”は放心状態のさとりを抱え、地面にしゃがみ込む。
シンは昇降用ワイヤーを使って降りる。こいしも、お空も、早苗も、彼女に駆けよる。
さとりは、“手”から立ち上がる。そして、シンに告げる。
「私は嫌われ者の覚なのよ…?力の誇りがない覚なんて、生きている意味なんか無いじゃない…!」
「あんた…いや、貴方は嫌われてなんかいないじゃないか。妹やそこのえーと…友人かな。皆さとりさんについているじゃないか」
「そうですよ、さとり様。そんなに落ち込まないで!」
「お姉ちゃん、私は心を閉ざした覚だけど、お姉ちゃんの様に悩んだりしてないよ?それに、私はお姉ちゃんのことを嫌いになんか思ってないわ」
「さとりさんは、そうやって信頼されているじゃないか…だから、もう迷わなくていいじゃないか」
シンは笑顔を作って告げる。さとりは彼の笑顔を見ると、少しだけ、瞳の輝きが増したようにシンには見えた。
「これで…“デスティニー”の件もさとりさんの事も一件落着ですね」
「ああ…」
早苗が近づいてシンに問う。シン自身も、肩の荷が下りたように緊張から解放される。
そして、再び機体に乗り込もうと振り向いた所で、背後から呼び止められる。
「あっ…あの!アスカさん!」
声の主はさとりだった。しかし、今までとは打って変わって感情を込めた強い口調だ。
「どうしたんですか?さとりさん」
「あ…あのっ」
さとりは顔を赤らめて視線をシンから逸らしている。しかし、何かを言いたそうにしているのは明確だった。
「もしよければ…私と…友達になってくれないかしら…覚の私が人間に言うのも変な話かもしれないけど。だけど、私だって、無暗に心を読まない様に努力するから!だから…」
顔を俯かせながら、シンの肩を掴む。それに対しての返答を、シンは言った。
「ああ、分かった」
「……!」
「でも、覚とか種族とかは、なし。こうやってお互いに話すことができるから、さとりさん」
シンは彼女の眼を見て告げる。
さとりは、紫色の瞳から涙を流して一言、口から漏らす。
「……嬉しい」
その時の彼女の顔は今までのどの表情よりも明るく、輝いている笑顔だった。
早苗とシンは機体に乗り込む。
機体に乗った時、早苗は、
「さあ、地上に帰りましょう!シンさん」
明るい表情を浮かべて、言う。
「ああ、そうだな。そういや、気になったことがあるんだけど、いいか?」
「何ですか?シンさん?」
シンにはさとりと出会ったあたりから一つの疑問を早苗に対して抱いていた。
それについて、早苗に問う。
「時々、早苗ったら俺の名前を呼び捨てにする時があるよな」
「え!?…そ、そうでしたっけ?」
「いや、別に嫌じゃないんだ。ただ、早苗がさん付けするのが苦しかったら、別に呼び捨てでも良いよって言おうとしただけだよ」
「シン…さん…」
元々、早苗は他人に対しては敬称をつける。
それは、人々の信仰を集める時の言葉遣いから来ていた癖だった。
しかし最近、取分けシンに対しては、名前に関してだけ、敬称を用いたく無くなっていた。
「俺だって、早苗の事は普通に呼んでるからさ。無理しなくていいよ」
シンは最後にそう告げると、コクピットの方に向き直す。
スラスターの騒音が大きくなる前に、早苗は満面の笑みを浮かべ、


「…ええ、シン!」


元気よく、彼の名前を呼んだ。