PHASE- 15 船の影


「もう少しで作戦エリアだな」
朝日が明けて間もない頃。
青空の下で、風切り音と共に紅い翼が空を切り裂いていく。
“デスティニーガンダム”。
シン・アスカが駆る機体は、東風谷早苗を乗せて共に抱く目的の為に飛翔していた。
その目的は、幻想郷の異変と言われている“空飛ぶ船”の調査。
シンは早苗に促され、知人の霊夢の手助けも含めて船に機体を向けている。
その最中、シンが簡易レーダーを見て呟いたのだ。
整備を手伝ってくれた人物、河城にとりの調整によって、以前まで幻想郷で機能していなかったレーダー類は地形と対妖怪用の生体センサーの機能が加えられた。
これまで、各種センサー、レーダー類は妖怪相手に反応していなかったが、これによって光と音で知らせてくれるようになった。
シンは心底彼女に感謝していた。
「ええ、もう里からは大分離れましたし、この方面だとどんどん北の方に向かっていますね」
「ああ。地面の方を見たら雪が見えて来たし、ここは随分と寒そうだしな」
早苗が、シンの横からレーダーを見て呟く。
シンはそれに応答し、離れた地面へ機体のメインカメラを向けさせる。
それは正に、“残雪の地”と言うに相応しいだろう。
里や神社は桜が咲いて春と一目で認識できるのに、この辺りは桜どころか、木すら中々見かけない。
時々雪の間から覗かせる、緑の草原の地から見える蕗の薹でかろうじて季節が春だという事を推測する事が出来る位だ。
目的の船はまだ見えてこない。
彼女の指示で何とか追えているらしいが、変化がない景色を見ていては実感がわいてこないのが現実だった。
しかし、次の瞬間。状況に変化が訪れる。
耳に良く通る高い音で、レーダーからの反応を示す警報が鳴った。
「…!シン!」
「この反応…無数の生体反応!?」
彼の眼に飛び込んできたレーダー表示機の様子は、前方にある反応を示す光が複数点滅していた。
その時出撃する前、にとりから受けた注意を思い出す。
『いいか、シン。レーダーに改良を加えて置いたけど、色によって相手が妖怪か人間かが分かるんだ。青色に光るのなら妖怪、オレンジなら人間の反応だ。霊夢や妖怪たちが放つ技も反応するようにしておいたし、それ以外は何時も通りだからな。感謝するんだぞ?』
その無数の反応は大多数が青色を占めている。しかし、その中で一つだけ異なる反応があった。
オレンジの光。
それはつまり妖怪に囲まれている人間がいる、という事をシンは悟った。
「この光の位置…空にいるということですね。シン、私達も向かいましょう!」
「ああ。もしかしたら、助けないといけないからな」
操縦桿を強く握り、スラスターの出力を上げる。
暫くすると、モニターに無数の影が写りだされた。
その影は、例えるなら、小さいヒト。
虫とも鳥ともつかない様な不思議な羽を有し、幼年のような体の手の先からは、一つの人影に対して光弾を放っている。
シンはその先に機体の“目”を向けさせる。
そこには、二色の紅白が見えた。紛れも無く、里で以前見た彼女、博麗霊夢だ。
霊夢は空で躍動感のある動きをしながら、辺りの妖怪に札を投げていた。
自身に向かってくる妖怪を撃退しようとしているのだろう。
シンは機体の外部スピーカーをオンラインにして呼びかけようとする。
「霊夢さん!」
「―――!シン?その大きいの!?」
霊夢が機体に気付いて大声で叫ぶ。
機体の高性能集音マイクが、彼女の声をシンと早苗に届ける。
「ええ!これが俺の機体です!それよりどうしたんですか?その妖怪達は!?」
「異変に驚いて道を塞ぐのよ!どうにかならないのかしら、こいつらは!」
シンは霊夢の周りを飛ぶ妖怪達に注目する。
妖怪達は、光弾を出したり体当たりをしかけてきたりして、彼女の邪魔をしようとしていた。これでは、霊夢は船と引き離され、目的を果たせなくなるだろう。
しかし、それは“人”ならの話だった。
シンは彼女に呼びかける。
「霊夢さん!」
「なに!?」
「この機体に、“デスティニー”に乗って下さい!こいつで振り切ります!」
言い放った後に、シンはコクピットハッチを解放する。途端に、冷たい風がシンと早苗を襲い、早苗は慌ててスカートを抑える。
霊夢もシンの提案の方がいいと思ったのだろう。
即座に周りの妖怪を札で吹き飛ばして、シンのコクピットに向かって来た。
霊夢の腕を掴んで抱き寄せた後、直ぐにハッチを閉じ、モニターが点灯した。
元々余裕など殆ど無いコクピットだ。
横に屈める早苗はともかく、霊夢は膝で抱えるしかシンには方法がなかった。
「…ちょっと、狭いんじゃないの?」
「シン!幾らなんでも霊夢さんにそのようなこと…!」
「仕方ないでしょ!こんなんじゃ!」
早苗が軽い妬みの視線をシンに向ける。
霊夢もシンに抱き抱えられるような姿勢で戸惑いを露にしていた。
ヘルメットを早苗に小突かれながら、シンは片手で機体を船に向ける。
早く船に着く事を祈りながらシンは、“デスティニー”を船に飛翔させていった。

「抱き抱えられながら異変に向かうなんて初めてだわ…」
「俺だって、こんな人数を機体に乗せた事ありませんよ」
「…………」
霊夢がそう呟き、後の二人がそれぞれの反応を示す。
早苗はシンの方をときどき見ては、面白くなさそうな表情を浮かべ、シンは操縦桿を握って機体を操作する。
先程霊夢を取り囲んでいた妖怪達の追跡の様子は無い。
どうやら、興味の対象を無くしたことによって、あの大群も自然に散っていったらしい。
シンは内心、安堵の情を浮かべる。
遠くに霞むように見えていた船も、気付くと、眼の前にハッキリ見える様な距離まで近づいた。
これには霊夢も驚愕だったのか、
「凄いじゃない…これ。私の速さで手こずったあの飛行物体に簡単に追いつけてる…」
「霊夢さんも驚いたでしょう?私もこの“デスティニーガンダム”に初めて乗った時はびっくりしましたから」
「ガンダム…そう、不思議な響きね」
しかし、彼女らの会話の裏で、シンは密かに船の全体を見まわしていた。
その船を見ていると、シンはある二隻の船の事を思い出した。
―――まるで、ミネルバやアークエンジェルみたいだ。
C.Eを代表する戦艦が、シンの脳裏を過る。
この異変の船はそれらより二回りくらい小さいが、それでもこの機体が着く事が可能なくらい十分な大きさはあった。
機体を船の速さに合わせて、甲板に降り立たせる。
眼の前には、船の中へ入れると思わしき大きな四角い“穴”がある。
“デスティニー”はバインダーを収納して、そこへ向かう為に歩行をしようとした。
あの中には何があるのだろうか。
本当に元の世界に帰れる物なのだろうかと不安に思いながら、シンは機体を動かす。
機体の重量から発する重い“足音”が周辺に響く。
穴に近づいた所で、
衝撃。
機体に地震が起きた時の様に大きな衝撃が襲いかかってくる。
「うわっ!」
「ああっ!」
「ッ!何?どこから!」
“デスティニー”が衝撃の方向に向く。
すると、そこにはとても大きな“拳”が二つあった。
もちろん、比喩では無い。白い煙の様な塊が、人間の手の様に模っているのだ。
大きな拳は、こちらに尚も付きつけてくる。
シンはとっさに“翼”を広げさせてその場から飛び立つ。
「えっ!?なんだよ、これは…!」
カメラから見えた二つの手の背後。
そこには。
「いやはや…私の一輪の拳に耐える事の出来る存在がこの世界にいたとは…」
“拳”のそばで一つの人影が呟く。
手に金色の環を持ち、その“彼女”の服装はあまり強調の無い、言いかえれば多少地味ともとれる、紺の長い布から成る頭巾と白色の装束。装束には、頭巾と同色の帯を体にフィットする様に巻き付けてある。
頭巾から垂れる前髪は、空の様な青みが薄くかかった様な色で、潔白なイメージを齎せる。
前髪の奥にある二つの済んだ瞳は真っ直ぐにこちらを捉えている。
そして、彼女の後ろにある巨大な“何か”
全身が雲の様なハッキリとしない輪郭。
しかし、全体はどことなく人体に酷似していて、中でも人間で言う“顔”の部分には、中年か壮年風の男性の顔がそこにあった。
それの視線は彼女とは異なる型で、鋭く、威圧感を醸し出している。
一番近いイメージとしては、海の上空に浮かぶ入道雲といった所か。
“デスティニー”の二倍以上の大きさのそれは、彼女の後ろで両腕をこちらに構えていた。
―――恐らく、これらはこの船の監視員かそれに準ずる者。
シンはそう推測して、機体を彼女と彼に対峙させ、呼びかける。
「何なんだよ、あんた達は」
すると、頭巾を被った少女が視線をそらさずに返答をした。
「へぇ、妖精やら人間やら、はたまた大きな機械人形までが寄ってたかって・・・宝物庫狙いなの?」
「宝物庫…なんだよそれは」
「宝物庫?この船の何処が?」
「え?宝物庫ですって?」
「私の名は、雲居一輪。こいつは私の相棒の入道の雲山よ。貴方達は何が目的でここに来たのよ?もしかして姐さんの力が目的?」
彼女が自己紹介をした後に発言した言葉の数々がシンの思考に引っかかる。
―――姐さん?力?そして宝物庫だって?
―――何を言っているんだ。
同じく疑問の意を示し、早苗が機体から彼女に呼びかける。
「調査です。きっとアカデミックな」
「学術的だとでも言いたいの?この船に近づいてくる輩なんて碌な者なんかいる筈がないわね。」
続いて、霊夢も口を動かし始める。
「私達の目的は、この船の目的を知る事よ!この船が異変の原因なのはとっくに読めているのよ」
「ふむ。案ずる事は無いわ。この船のように見える物は地上に危害など加えませんし、霊験あらたなるかの建物を近代的に改造した物。そして、間もない時に姐さんが悲願の大復活を遂げる事が出来るのです」
「何を言ってるんだ、あんたは…」
「何なのよその姐さんって……やっぱり妖怪?」
「妖怪なんてレベルの御方じゃない。誰よりも妖怪と人間の共存を望み、そこいらの有象無象とは一線を画する人よ。復活の邪魔なんて、誰にもさせやしない」
雲山と一輪は中へ続く路へ機体を通さない様に立ちふさがる。
「やはり、あの方を討つしかないのですか……」
「あいつの言っていた事が夢物語ではないとしたら、その姐さんとやらの復活を阻止する必要があるかもしれないわね」
「この船で、一体なにがあるってんだ!?」
「シン、ハッチを開けて下さい。一輪さんとやらを、私と霊夢さんでやります。貴方はあのデカブツの相手をお願いします」
「あの大きさに対抗できるのは貴方ぐらいよ。私たちであんな拳でも食らったら流石に只では済まないわ」
早苗と霊夢が後ろの雲山への注意を促してくる。
“デスティニー”より随分とサイズ差があるその雲の巨体は、嘗て戦った巨大MS、“GFAS-X1 デストロイ”を想起させた。
最も、当の雲山は赤みがかかった白い体躯で、あのMSとはかけ離れている姿だ。
しかし、その威圧感は、あれに優るとも劣らない。
言われたとおりにコクピットハッチを開ける。
霊夢はシンの膝上から離れ、眼の前の風が入り乱れる空間に身を投げ入れる。
早苗もシンの横から歩みを進めて、こちらに軽く笑顔を送って告げる。
「行ってきますね、シン」
「ああ、分かった!」
「東風谷早苗、行きます!」
宣言し、自身に風を纏わせて空に浮く。
シンはハッチを閉鎖させた後、機体を動かす。
勿論、雲山の相手をする為だ。
二人は出るなり一輪との戦闘を開始した。
モニターからその様子を除いてみる。
一輪が手の“環”を振りながら、細長い針の様な光線を早苗と霊夢に撃つ。
しかし、二人はそれをかわして、其々の御幣を打ちつけて接近戦に持ち込む。
距離が無ければ、互いに格闘戦に持ちこむしかない。
銃で例えるとしたら、捉える、構える、撃つ。といった様に一つの動作をするまでに三段階を要するが、格闘なら、相手を捉え、叩きつけるという最短の二段階で済む。
彼女達の戦いでもそれは変わらない様で、一輪も撃つのを止めて素手での戦闘に入った。
「これで!」
「覚悟!」
「接近戦……なら!」
霊夢が御幣で突こうとして、早苗が背後から青白い光を纏わせた御幣で斬り裂こうと振る。
しかし、一輪は一瞬で動きを見切り、霊夢の体を蹴り飛ばし、早苗の得物を両手で受け止める。
互いの距離が常に移り変わる接戦。
三人は空に鮮やかに舞いながら相手を倒そうとしていた。
そしてシンも目の前の雲山に意識を向ける。
モニターから映しだされる白い巨躯は、迷いを感じさせないように機体を注視している。
頑固そうな顔立ち通りの性格なのだろう。不意打ちの様子も一切なく、それは空に仁王立ちしていた。
―――正々堂々と戦えってことか。
“デスティニー”は機体背後の大剣、アロンダイトを引き抜き、ヴォワチュールリュミエールの紅い翼を広げる。
空中で静止していた機体が瞬く間に圧倒的な速度で巨躯に向かって行く。
雲山もそれを認識したのか、大きい雲状の拳を構えて迎えようとしている。
「はあああっ!」
シンは声を張り上げながら、機体の大剣を相手に振り下ろす。
今まで幾多ものMSを討ってきた大剣は真っ直ぐに雲の体に接触しようとした。
しかし、シンの予想通りの結果とは程遠い事が起きた。
アロンダイトが雲の体をすり抜けてゆく。
桃色の残光を残しながら振った剣閃は、文字通り空を切った。
「―――!?」
驚愕に囚われるシン。
しかしその感情に浸る暇もなく雲山が右腕を“デスティニー”に振り下ろす。
即座に全身を襲う多大な衝撃。
雲山がその大きな拳で、“デスティニー”を叩き付けたのだ。
機体の中のモニターに一瞬だが、激しいノイズが掛かる。
シンは激しい頭痛を抑えながら、機体を相手から引き離す。
距離を離し、機体の各部チェックを行う。
幸いにも、機体のヴァリアブルフェイズシフト装甲は物理的ダメージを殆ど通さないが、衝撃までは無効化することは出来ない。
衝撃の影響か、スラスターの出力が若干低下する。
シンは機体を立て直し、“高エネルギービームライフル”を連射する。
しかし、雲の体には緑の光弾は当たる事は無く、虚しく雲山の体を突き抜けて行くだけだ。
「どうすりゃいいんだよ!?」
妖怪とはいえ、相手は正に“雲”そのもの。
物理的、化学的攻撃手段を用いても、こちらの攻撃は全て通り抜けてしまう。
まるで、実態の無い敵を相手にしている様だ。
シンは雲山から距離を取ってCIWSで牽制する。
その最中、再び彼女らの戦いがカメラの視界に入った。
すかさずシンはそちらの方に横目を向ける。
「これでっ!」
「効かないよ、こんなの!」
霊夢が飛び蹴りを放つ。
一輪はそれを両手で受け流して、距離を離す。
早苗も後方から援護射撃をするが、一輪は全て防いでしまった。
「入道を扱える存在は…伊達じゃないのよ!」
一輪はそう叫んで再び二人と交錯する。
苦戦必至な二人の様子を見て、シンはスピーカーの出力を上げる。
「早苗、霊夢さん!」
「―――!?どうしたのよ!シン!」
霊夢が顔をこちらに向けずに返答する。
「二人で連携して倒すんです!挟みうちでも、なんでも!コンビネーションで!」
「連携?私が霊夢さんと!!?」
「ああ、そうだ!」
早苗が迷う様子を露にする。
先輩であり、密かに敬う存在の彼女との連携。
同時に攻撃を仕掛けたことなど今までに無く、ましてや連携など予想外だった。
「でも……私じゃ霊夢さんには!」
足手まといになる。
早苗は気力に乏しい声をシンに上げた所で、
「早苗!」
「――!?」
「なんでやってない内から、そんなこと言うのよ!」
霊夢だ。
一輪の攻撃を弾きながら彼女は早苗に叫ぶ。
霊夢は荒い息を吐きながら続ける。
「つまらない迷いなんか捨てなさい!私とあんたで、あいつを退けるのよ!」
一喝を早苗に入れる。
霊夢は直後に、一輪を突き飛ばして無理矢理距離を稼ぐ。
早苗はその戦法に圧倒されながらも、心に響いた霊夢を受け止める。
この先へ進む為に。異変の正体を確かめる為に。
そして、霊夢が里で告げた“彼”が元の世界に戻る手段を見つける為に。
早苗は気圧されていた表情を引き締めて、霊夢の隣に飛ぶ。
そして、彼女に自らの意思を再び示す。
「……はい!」
そう告げると霊夢は静かに頬笑んで、共に一輪の方に向き直す。
二人は得物を、同時に前方へ構える。
妖怪を退ける事の出来る力。
二人は経験と技量の差こそあれ、同等の力を有していた。
―――これなら、やれる!
尽きない自信で溢れる様な感触が早苗を包む。
「族の類の分際でよくも私と是だけやりあうなんて。でも、もうお終い。雲山であれを払わなきゃいけないし決めさせて貰うわ!」
一輪が“環”を振いながらこちらに強襲を仕掛ける。
霊夢と早苗は互いの顔を見て、首を縦に振る。
「想いと力……私と霊夢さんなら!」
それを合図とするが如く、二人は一輪の方に飛ぶ。
それまでの戦闘とは違い、スピードを下げずに札と光弾を相手に発射する。
相手の回避を予測して、予め一輪の位置から少しずらして偏差射撃を仕掛ける霊夢。
相手の軌道はほぼ自分の直感を頼りにしている。
勘なら殆ど外した事は無い。
一輪がそれまで明るかった表情を曇らせながら、回避運動をする。
しかし、移動を仕掛けた所は既に空を切る対妖怪用御札、“妖怪バスター”が散りばめられている。
最小限の動作でかわすにしても、やがて限界は訪れる。
爆発。
バスターのいずれかが体に命中したのか、一輪の周りで連鎖爆発が起きてゆく。
辺りが硝煙に支配される。
一輪の視界が大幅に制限される。
「くうっ!」
体を掛かる重い衝撃。
一輪は両手で防御の構えを取る。
しかし、早苗はその隙を逃すことは無かった。
「てええいっ!」
煙に紛れて彼女に回し蹴りを放つ。
早苗の位置を知ることの出来なかった一輪は不意を突かれて手にある“環”を蹴飛ばされてしまった。
不安定になる体勢。
休む間もなく襲いかかる波状攻撃に一輪は苦悶の表情を浮かべる。
そこで、早苗が自らの手にある御幣を上に投げる。
―――何をする気!?
一輪は疑問に思いながら、それを眼で追おうとする。
そこに見えたのは、太陽の光を背にする紅白の影。
霊夢は早苗の御幣を掴むと、もう片方の手で自らの御幣を構える。
剣術で例えるならば、それは紛れも無く二刀流だ。
霊夢はよろめいた一輪に片方の腕から生じる御幣の隙を、もう片方で埋める様に叩きつける。
連撃が一輪に襲いかかる。
他人と初めて合わせる連携にしては、その動きは乱れも淀みも無い。
即興にしてはあまりに出来過ぎている攻撃だった。
霊夢は早苗の御幣を持ち主に返す為に投げる。
それを受け取った早苗は、一輪の背後に素早い速度で回りこむ。
一輪も捉える事が出来なかったのか、
「私の背後を!?…だけど前にも!」
焦りをみせる。
一輪の前後には、それぞれ霊夢と早苗が立ち塞がっていた。
―――これだけ当てたなら!
回避も出来ない程披露している一輪の様子を見極めて、二人は同時に一輪に技を仕掛ける。
「拡散結界!!これで!」
「九字刺し!!終わりです!」
一輪を挟む形で早苗と霊夢が決死の攻撃を撃つ。
「―――!」
満足とは程遠い機動力で一輪は回避しようとするも、間に合う事は無かった。
空中で起こる強い衝撃。
一輪は怯んで体勢を崩し、船の甲板に墜落して行った。
「シン!」
早苗がそれを見届けた後、間髪入れずにシンに向く。
シンは防戦を強いられていた。
時に飛び道具を雲山に放っても、当たる様子など微塵も無い。
雲山の方も距離を離されたせいからか、眼から光線を“デスティニー”に何度も発射している。
即座にシンは“デスティニー”の防御兵装、“MX2351 ソリドゥス・フルゴール ビームシールド”を発生させる。
しかし盾で防ごうが、襲いかかる衝撃の軽減はされるものの、無くなることは無い。
早苗はそれを心配の情で見つめていた。
しかし、霊夢は何かに気づいたらしく雲山の方に疑問の眼差しを向ける。
―――どうして機体の攻撃は当たらないのに、雲山の拳は実体をもつのか。
シンに襲いかかる雲山のフック。
苦し紛れに襲いかかる拳にライフルを放つ。
しかし、今度は以前とは違う事が起きた。
拳に向かって当たった光弾が、すり抜けずに弾かれたのだ。
それは、霊夢の眼にもしっかりと捉える事が出来た。
「シン!」
「―――ぇえ!霊夢さん!」
「奴が仕掛けた瞬間を狙うのよ!その機体で!」
霊夢は雲山の攻撃を見切ってシンに助言をする。
雲山は攻撃する時以外、雲状に体を移り替える。
しかし、それではまず、雲山自信の攻撃すら相手に通る事は無い。
ならば、そこから相手に攻撃を与える手段は只一つ。
雲山は攻撃の瞬間だけ体を物理化させている事を霊夢は推断したのだ。
シンはその言葉を信じて、機体を駆る。
“デスティニー”は一瞬のチャンスを逃さない様に、アロンダイトを正眼に構えた。
雲山が唸り声をあげながら機体に拳を振り下ろす。
シンはそれに集中する。
――――まだだ…まだ!
雲山の拳を接触寸前まで引き付ける。
幾らこちらの機体が傷つかないとしても、当たれば只では済まないだろう。
シンは神経を研ぎ澄ませて対応しようとする。
一瞬。それより遥かに短い時、刹那。
雲山の拳とアロンダイトが互いに交わり合う。
雲山と機体がすれ違う。
―――勝負はどうなったの!?
早苗はそれを霊夢の隣から見守る。
霊夢も入りこむ光から眼を細めて、二つの巨体を見上げる。
雲山の拳の片方が無い。
シンの“デスティニー”は真っ直ぐに拳を切り裂き、霧散させていた。
明らかな勝敗。
雲山も負けを認めたらしく、体を小さくして倒れている一輪の方に迫る。
そして、早苗と霊夢は安堵の表情をシンに向ける。
「シン…!」
「全く……心配させないでよ」
“デスティニー”がこちらに振り向く。
上空にある、輝く緑色の“瞳”を見て、早苗と霊夢は柔らい視線を、紅い翼に向ける。
それはシンからにも捉える事が出来た。
―――俺達、勝てたんだな。
シンは無事な様子の早苗と霊夢を見る。
そして、張り詰めていた物が無くなる様に、シンは微笑をコクピットから二人に向かって浮かべた。


PHASE- 16 Ominous


あの人がいたからこそ、今の私がいる―――
それは突然の事。有る日乗っていた船が沈み、私は冷たい海に沈んで生を失った。
その前後は思い出す事が出来ない。
永い年月が経った影響と、私自身が思い出したくない記憶だからだ。
唯一残っている記憶―――というより感触に近い―――は荒れ狂う海に呑まれながら、必死で手を伸ばしてくる二人の男女だ。
もうそれが、親だったのかも判断がつかない。
命が尽きた私は、物心がついた時には幽霊になっていた。
しかも只の幽霊では無く、舟幽霊。衝動のままに、水に浮く人間の船を沈めては、後悔に苛まれる日々を送っていた。
舟幽霊は、船を見ていると、無性に転覆させずにいられなくなる。
それは一種の生理現象に似ていた。自分で停めようとしても停められないのだ。
船を揺らすと、体に快感が染みわたる。
船に手持ちの柄杓で水を入れる度に、不気味な歓喜が心を満たす。
あははははは。あははははは。
―――沈んじゃえ。
そう、あの時の私は完全に壊れていた。
勿論自覚が無かった訳じゃない。
水に浮かぶ船が眼に入ると、沈ませずにはいられなかった。
吸血鬼で例えれば、血を吸いたくなる様に。
夢魔で例えれば、誘惑して対象の性欲を誘う様に。
異種の存在に変わってしまった自分を恨む。
何で死んでしまったのだろうと。何で人間でいられなかったんだろうと。
いつしか近辺の人間は私の事を“ムラサ”と呼ぶようになった。恐らく人間達は、妖怪の類と見なした私の呼び名を考えたのだろう。
嫌だ嫌だ嫌だ。
死してなお、こんな嫌な目に遭わなければいけないのか。
そう考えて、どれ位経っただろうか。
幽霊の私は、体を有していた。
一説では、人間が持った恐怖のイメージが、幽霊を妖怪に変えるという事を生前に聞いたことがある。
だが今はどうでもいい。
―――死にたい。
―――死にたい死にたい死にたい。
私がこうして生きているのなら、今度こそ私を消し去ってほしい。
沢山の人を衝動のままに殺してしまった。今更言い訳にするつもりでもないが。
購い?贖罪?罪滅ぼし?
―――何とでも。
私は人間の前に出ようとした。
妖怪と知れば、誰か私を討ってくれる。
あの時の私は、きっと自暴自棄だったのだろう。
生気を失った足取りで、里へ歩く。既に死んだ身だが。
ドン。
何かにぶつかった。それは黒い衣装に身を包んだ柔らかい女性の体。
―――ああ、遂に殺られる。私に罰を下してくれるんだ。
私はその女性に囁いて、死という名の救いに手を伸ばす。
ワタシヲ、コロシテ。
その声が相手に伝わったかどうかも疑わしいと自分でも思うほど、小さな声だった。
これで自分が消える事が出来ると思って、静かに眼を瞑る。
しかし、幾ら待っても痛みも衝撃も来ない。
眼を開けて女性の顔を見上げる。
母性に満ちた、柔和な笑みを浮かべている。
あの時の私には、母性を越えて寧ろ神性に感じたが。
女性が私を抱き締めて語りかけてくる。
大丈夫、貴方は死なせません。存在することに、意義があります―――
彼女の口から出る声が、私の耳に届く。
貴方は、いずれ私達の船長にして存在の意義を与えます。だから、貴方の身柄は私が貰い受けましょう―――
動く力も残っていない私に言う彼女。
力に縛られた私にそんな権利があるのか。
彼女に静かに問いかけた。
すると、彼女は。
言いましたよね?存在することに意義があるって。折角のその体、沈黙は許されません―――
と返してきた。
彼女は、私を必要としているようだった。
それが本当に、必要に足るものかどうかは察することが出来なかった。あの時の私には。
だけど、他に選択肢が無かった。もしあそこで死のうとしても、この女性が停めにかかるだろう。自殺であれ、他殺であれ。
ならば、彼女の手を取るしかない。
私は伏せていた顔を上げる。
彼女はこちらに笑みを浮かべているだけなのに、その姿は妙に輝いている様に見えた。
震える手を伸ばす。
私が掴むより先に、彼女が私の手を固く握りしめた。
その時の勢いで、堪らず彼女に圧し掛かってしまう私。
彼女の姿に、嘗て存在していた自分の母の面影を重ねてしまう。
私は決心した。
彼女の助けになろうと。
そして、拾ってもらったこの新しい存在を彼女達の為に使おうと。
彼女の手を取りながら、里に向かう。
私が彼女達の一味に加入したのは、それから間もない頃だった。

「ここからは、“デスティニー”じゃ無理だ」
シンが機内の二人に告げる。
異変の船の内部。
薄暗い通路に広がる装飾が、頭に焼きつく。
壁にある窓から輝く橙色の光が通路に反射して、通路全体が橙色に光っている様に誤認してしまう。
シンの世界では見る事の無い、ファンタジックな光景だ。
シン達は先の戦いで倒した一輪を船内に運んで―――幸いにも一輪は軽い怪我。雲山の腕も雲の特性からか、何事も無い様に復元した―――寝かせた後、機体で内部を歩行していた。
しかし徐々に壁の間隔が狭くなっていた為、頃合いと感じた三人は機体から降りて生身での調査に乗り切る。
機体のVPSをディアクティブに切り替えてシンが軍服に着替え直した後に、船の奥へと歩みを向ける。
船には人がいないかと錯覚するぐらい静かだった。
三人の足音が船内の空間にこだまする。
その足音でさえ、壁に反響してけたたましくなっていく為に、要さない警戒を其々は張り巡らせていた。
「これは一体……?空を飛ぶ船だからもっともメカメカしい内装を想像していたのですが……何か古くさい廃屋みたい。それに誰もいないのでしょうか?あの一輪さんと入道だけとか?」
「なら“姐さん”の説明がつかないでしょう?あいつは言っていたじゃない」
“姐さんが悲願の復活を遂げる”とね―――
霊夢が最後にそういって早苗に注意を促す。
一輪の言う“姐さん”とはなんなのか。
彼女の口ぶりだと恐らく師の存在と思われるが、それにしては彼女の度が行き過ぎている表現。
大仰な例えを取られるその存在は、一体どのような人物なのだろうか。
そして、彼女に施されている封印。
それも一輪が言っていた事だが、封印される程の事を一体どのような経緯で起こったのか。
彼女の言うその信望の厚さの理由も、シンが知りたい事の一つだった。
「なに暗い顔しているのよ、シン」
「あっ…霊夢さん」
霊夢がいつの間にか隣に並んで歩行の速度を合わせていた。
シンは気付くなり慌てて顔をあげて彼女の方に向く。
「彼女の言ってた事で心配かしら?」
「……はい。もしかしたら、その封印されている人って、ただ単に危険な人じゃないのかもしれないって、そう思ってたんです」
「一輪って娘が言ってたことね…」
シンは足元より少し前の方に視線を向けて歩きながら、霊夢に呟く。
「確かに俺達は異変解決を兼ねて、この船の調査に来ています」
「ええ、そうね」
「だけどこの先には、俺達の知ることの無かった事に巻き込まれそうな気がするんです」
「と言うと?」
「封印されている人……あの人は姐さんって呼んでいましたけど、もしその人がいい人なのに封印されているって言うなら………俺、助けてあげたいんです。その人を。確かにその人が異変の原因だったらやむを得ないのかもしれません。だけど、一輪って人のあの眼差しは嘘な気がしなかった…あの人は本気でその人を救いたいと思っていたと思います」
「シン…だけど」
「俺がここに来るまでに何が起こったかどうかは分からない。もちろん貴方達の昔ことだって俺には知る術がありません。でも、戦うだけが解決する手段じゃない。戦いそのものを避けたいんです……その人と、俺達の」
本心から吐露する。
シンは嘗て世界から戦いを無くすために、戦っていた。
確かに、武力で解決することは多々ある。
それは人が古来からもつ、争いを促進させる“本能”を持っているからだ。
動物は、皆戦いを求める。それが獣であれ、人間であれ。
だからこそ人は戦いを続ける。
己の欲望の為に。
シンはそれを軍人になった時から数多く目撃してきた。
金が欲しいから戦争を起こす。
主張を通したいから国を焼く。
自分の地位を挙げる為に、敵という名の人を殺す。
シン自身も軍人だ。その手は既に沢山の人の血で染まりきっている。
だが、それを喜んだことは一つとして無い。断じてだ。
霊夢はそれを聞いて表情を雲らせる。
彼女もこの様な事を聞いていていい気分になる筈がない。
シンは直ぐに謝罪をしようとした。だが、
「確かにそんな考えもありかもね…けど」
霊夢がその澄んだ瞳をシンに向ける。真っ直ぐに。
「その人物があまりに驚異的で封印されていたらどうするの?安易な憶測だけで、妖怪達にとって“都合のいい力”をのさばらせる訳にはいかない。貴方の言うことも一理あるわ。だけど、それに私達がやられてしまっては元も子もないのよ?」
霊夢はシンに対する心配の情から告げる。側から見れば非情な程冷静に。
「それが幻想郷の矛先に取るに足るのなら、容赦なく阻止するわ」
「霊夢さん!…でも、俺は」
シンは霊夢の判断に内心納得しながらも反発する。
討ちたくない。だが討たなきゃならない。
戦いの中、常に掲げられている葛藤。
迷わないと早苗に宣言しておきながら、なんて様だ―――
シンは地霊殿で早苗に告げた言葉を悔いながら顔を背ける。
そこで、霊夢が優しくしてきた。
「大丈夫」
「え―――」
「貴方が討ちたくないのなら、私が討たせないわ。異変の原因は私が討つから」
「霊夢さん……」
霊夢はその言葉を最後に、体を前に向けて歩いていく。
彼女が見せた魅力的で穏やかな表情。
シンはそれに胸を打たれながらも、彼女のあとを追っていった。早苗と共に。
機体から離れて少々の時を費やした後。
霊夢が単調に奥へ続いていく通路を眺めて溜息を吐く。
「しかし、何にも無いわねぇ。この船はどうやって浮いているのかしら?」
「恐らく霊力……またはそれに似た力を起こせる機関ではないかと」
「私が言っているのはそういう意味じゃないのよ早苗。理由が判らない物は大体不吉な物なのよね。この船も不吉な物に違いない」
これも直感とやらなのか。
彼女が立っている船に対して疑問を投げかける様は、妙に真実味がある。
それに限らず、彼女の勘自体が予知と言える程、的中率が高い事からも焦燥を煽る一因だった。
むしろ、彼女の予想した事が現実に起きる様な気さえしてくる。
決して敵に回したくないタイプだと、シンは思う。
もとより、なる気はさらさら無いのだが。
「………早苗、シン、動かないで」
霊夢が急に立ち止って二人の動きを制止させる。
シンと早苗はそれを聞きとると、即座に歩みを止めてその場に立つ。
霊夢は両眼を閉じて耳を澄ませる。
この空間内に何かがいるのだろうか。
シンは彼女達の様に霊力を使った事は一切不可能だ。
早苗に至っては、名称こそ便宜上“霊力”だが、別の世界の神の力の為霊夢と完全に同じ力の使い方は出来ない。
飛翔の原理も、霊夢が直接霊力で体を浮かしているのに対し、早苗は自らが起こした風を使って彼女たちを模している。
其れゆえの恩恵や差異は数えたら幾らでもあるのだが、今は割愛する。
それよりも、今はこの状況だ。
霊夢が眼を瞑ったまま、踊る様に手にある白い針―――パスウェイジョンニードル―――を余所の方に投げつける。
そこで、暗闇の奥から光る一閃が彼女の針を弾き飛ばす。
「やはり不吉な予感は当たっていた……あんたは?」
問いかけると、弾かれた方向から声が聞こえてきた。
「不吉とは随分な言い草。乗船希望者がこんなにいるとは幾ら何でも予想できる筈も無いわ」
やや癖のあるショートヘア。その前髪からこちらに視線を向けている少女がいた。
頭に不釣り合いな小さいサイズの船帽子を被り、白の布地に青緑の縁取りがされている水兵服に身を包んだ姿がゆっくりこちらとの距離を詰めてきている。
上着の下には短いキュロットスカート。そこから伸びる白く細長い健康的な肢体は、薄暗い船内の中でも良く見えた。
顔立ちや見た目から、シンと同年代ぐらいだろうか。しかし、そのスリムな体に反して手に収まっている錨の武骨さは、近寄りがたい雰囲気を辺りに撒き散らしていた。
「私はこの船の船長、村紗水蜜。この船では、この世界に未練がある方の乗船はお断りさせて頂いていますが、貴方達は?」
微笑を浮かべて彼女は三人の眼の前に立つ。
問うというのなら、返すべき。
あとの二人も同じことを想ったらしく、彼女に名乗る。
「私は博麗霊夢。この船を異変と断定して調べさせてもらっているわ」
「同じく調査を行っています、東風谷早苗です。といっても、霊夢さん程この船を極端には捉えてはいませんが…」
「俺はシン・アスカ。この船に、俺の世界に帰れる手掛かりがあると聞いて来たんだ。船長。」
「へぇ…。法界に向かうこの船に乗り込むなんて、変わった人たちね」
「簡単に言うわ。この船は何処に向かっているのかしら?」
「私達もそれが気になります。村紗さん、教えて下さいませんか?」
「…無限の広さを持つ魔界の、ほんの一角。聖(ひじり)が封印された世界。法界に向かいます」
「法界?何だよそれは」
「言ったでしょう?聖が封印されている世界だと。私達の師を再び自由にする為に向かっているのです」
「魔界……行った事はあるわ。だけどそこに封印されている者なんて、冗談じゃない」
霊夢がその人物の力を危惧して、険しい顔つきに変わる。
もし彼女にその危惧に対しての根拠があるかを聞いても、無いと答えるのだろう。霊夢の直感は十中八九当たるのだから。
しかし、シンは何処か納得が出来なかった。
問答無用で相手とのまともな会話もせずに力で勝敗を決める事に。
それに、気になる“姐さん”の事を知りたかった。一輪が慕う人物はどのような人格者なのか。
だから、敢えて彼女達の間に口を挟む。
「待ってくれ!」
「……?」
「シン、この娘は私がやるわ。そこで見ていてもいいから」
「霊夢さん達は一旦外の方に出て下さい」
「どうしたのですか、行き成り?」
「俺は……この人から事情を聞いてみたい。封印だとか、悲願の復活だとか。俺達とは知らない所でこの人たちは何かを抱えてる」
水蜜は錨を片手で持ったまま口を噤んでいる。
語るシンに、三人の視線が向けられていた。
「こんな、お互いの事情も知らずに戦っても分かり合えないだけです。霊夢さんと早苗はその法界に近づいている様子を見張っていて下さい」
突然の指示に顔を見合わせる早苗と霊夢。
しかし身に起こる心配から早苗は呼びかける。
「でも、シンに何かあったら!」
「大丈夫だ。俺はこの人と話し合うだけだから」
「……早苗、行くわよ」
「霊夢さん…?」
霊夢が振り向いて三人に背中を向ける。急な態度の変わり様に、早苗は疑問を抱く。
「どうしたのですか急に」
「今さっき妙な予感がしたの。外に二人の妖怪が来ているかもしれない。行くわよ」
霊夢の外れない直感。
それは今さっき感じ取ったものなのだろうか。それとも、シンの意思を尊重する為の口実なのだろうか。
どちらにしろ、今の早苗は起こす行動を考えていなかった。
出来るならシンと行動を共にしたい。
だが、彼が放った指示は彼一人で何とかするというものだ。自分がいても枷になる可能性が大きい。
ならば、彼の意思を彼女と同じ様に尊重したい。
「…分かりました」
霊夢に返事をして、その場から浮いて元来た路へ戻る早苗。
名残惜しげな表情で二人を眺めて、二つの二色は外へ飛翔していった。

そして残された二人の男女は正面から向き合う。
シンは彼女達の事情を知る為に、問いかける。
「村紗船長……だったな」
「ええ、そうよ」
「俺はあんた達を襲おうと思った事は無い。だけど、一輪さん達に関しては自己防衛の為に撃退した。それは予め言っておくよ」
「一輪と雲山を払い除けてまで来たのね。大した度胸と認めるわ」
「だけど、俺は彼女から聞いたんだ。ここの重要な人が封印されているって」
「……!」
「俺はまだ、あんた達の事情をよく知らない。だけど!俺達で力になれるなら!船長達の事を聞かせてくれないか?その封印されている人の正体も」
シンは真摯な態度で水蜜に呼びかける。だが水蜜は、警戒を解いている様子は無い。
その大きな錨を持ったまま、鋭い視線を浴びせている。
だがシンの考えを察したのか、間を置いて返答をした。
「貴方が物騒な彼女達を散らしてまで、私に聞きたかったの?私達の事」
「ああ。助けになりたいという思いは本当だから」
水蜜は思案する。
この子は、本当に信じるに値する人物なのか。
先の巫女たちとは違い、私達の目的を分かってくれる人間なのか。
「貴方は、今までに来た賊とは違うようですね」
「賊?」
「この船に来る輩の大半は、宝物庫や船狙いでくる荒くれ者ばかりでした。ただ力を振りまわして、金品しか狙わない様な奴らに、聞く耳など持つことなどありえませんから。……だけど、貴方はちがう。見た所力を持っていない様だけど、私達と話し合いがしたいという人間なんて初めてですよ。普通の人間が私を見たら臆病風に吹かれる事が当たり前なのに」
「どういう意味だよ…それは」
「分かりませんか?私は舟幽霊。既に命を失って、数多もの人間を沈めて来た妖怪なのです」
彼女から語られた言葉に一瞬たじろぐ。
だが、シンはあまり動じない。
彼自身も、他人の命を奪った経験があるからだ。
「……あまり驚かれないのですね」
「ああ……それは、あんたの意思でなのか?」
「まさか。妖怪になった故のデメリットですよ。舟幽霊は水に浮かんでいる船を沈ませたくなる衝動があったから。今の私はもう幽霊じゃなくて、妖怪ですがね」
「封印された人とは、どんな関係なんだ?」
「あの方は私の師であり、母の様でもあり、姉の様でもある。聖白蓮は私に生きる事を説いてくださり、この船の船長という役職まで与えて下さったのです」
「聖…白蓮…!その人が?」
「……ええ、嘗て昔。人間に封印された大魔法使い。聖白蓮です」
水蜜はシンに語り出す。
自分と師である白蓮の出会いから。白蓮がどのような人物なのかを。
「私が人を殺してきた過去があるのを先程言いましたよね?私はその罪悪感から、里の人間に殺されたいと思ったのです。衝動で人を殺したとはいえ、記憶は残っているし感触も残っていた。殺しては自身の衝動に苛まれる日々。私自身が元々人間だったのもあって、後悔という言葉では片づけられない程、あの時の私は苦しんでいました。だけど、限界だった私の前に現れたのが、聖でした。倒れて半ば消極的な自殺をしようとした私に手を差し伸べて、彼女は私の居場所を作って下さったのです。」
水蜜の過去。
年頃の女子で、是からの人生を謳歌する事も出来ずに死を迎えた彼女は、望まない自らの存在に悩まされていた。
それを救ったのが聖白蓮。
水蜜の尽きかけていた体に手を差し伸べて、役職という名の存在意義を与えた張本人。
ならば、その彼女が何故封印をされているのか。
シンはそこに疑問の焦点を合わせる。
「なんで、そんないい人が封印なんか…?」
水蜜は表情を曇らせる。
だが、白蓮という女性の事を知っておきたい。
聞く限りではその人に封印される程の悪意がある様には思えなかったからだ。
「聖には、弟がいました」
「弟?」
「今より昔のことです。聖が封印される前、私達は里の近くに寺を建てて人々と妖怪達に教えを説いてきました。」
静かに水蜜は続ける。
聖達の集団に水蜜が加わり、共に人間に教えを説いてきた事。
その教えとは、人も妖怪も平等な存在で共存すべきという考え方。当時、妖怪の存在を嫌っていた人間達に命の尊さを伝える為奔走していたという事。
しかし、その最中白蓮の弟であり寺の重要な役目を持っていた命蓮が病で倒れた事。
白蓮はそれを機に死を酷く恐れ、妖怪の力を使って自らの老いていた体を若返らせて、不老にした事。
不老となった彼女を不審に思い、寺の門下達が聖達に刃を向けた事。
聖は自らを慕う妖怪達、ナズーリン、一輪、雲山、星、そして水蜜をかばう為にわざと人間達の前に出て身代りになる形で法界に封印された事。
それだけでは飽き足らず当時の人間達が残った五人も船ごと地下に封印して、つい最近それが解けた事。
未だ封印の解けていない聖を救う為、封印を解く為に必要な飛倉と宝塔を“聖輦船”で空を飛びまわって探していた事。
数多くの事をシンに伝えた。
シンはそれを聞いて苦い表情を露にする。
―――人間達の勝手で、同じ人間の彼女を封印するなんて。
―――しかも死の恐怖から逃れたいだけだったのに、その人は。
「彼女はまだ生きています。ですが、封印を解かない限りは無意味でしかありません。彼女にもう一度私達といて欲しいから、もう一度平和に暮らしたいから、私達は…!」
言葉を紡ぐたびに、彼女の静かだった抑揚が大きく、荒くなってくる。
「貴方が私達の邪魔をするというのなら、許しません…!貴方の命を奪ってでも私達は聖を蘇らせます。人間達の都合で封印されたのですから、貴方達を討つのに躊躇いは無いです!」
水蜜が錨の鋭い先端をシンに突き付ける。
いつもならシンも応戦する為に身構えただろう。だが、シンは彼女の言葉に感化された。彼女達が助けようとしている聖に同情をしてしまった。
だから言う。自らも手を貸したいと。
「村紗船長ッ!」
「何ですか!?」
勢いよく彼女に意思を示そうとする。
喉の奥から気持ちをぶつける様に声を上げる。
「俺にも、その白蓮さんを助けさせて下さい!」
水蜜はそれを聞いて困惑する。シンの態度に気圧されたからだ。
「あ、貴方は私達の敵なのではないのですか?あの巫女たちは少なくとも…!」
「俺が説得します!」
「え―――!?」
「俺が……俺から事情を伝えます。そうすれば、彼女達も分かってくれます」
人間も昔とは違う筈だ。と最後に告げてシンは踵を返し、霊夢たちを追いかける為に走る。
―――早くしないと、早く伝えないとお互いのすれ違う距離が広がってしまう。
―――俺はやるんだ!やらなくちゃならないんだ!
シンは薄暗い船内の廊下を疾走する。
水蜜は彼の背中を見送る。
彼は今までの人とは何かが違っていた。
―――もしかしたら、この世界の人間達と私達の離れてしまった距離を繋ぎとめてくれるかもしれない。
水蜜は心に湧き上がった希望を噛み締める。
小さくなっていく彼の赤い背中を、舟幽霊の少女は最後まで見送っていた。