PHASE- 19 法力を司る僧侶


「よっし、着いた!」
ぬえを退け、水蜜の姿を尻目にした後。一心不乱で駆けたシンは、漸く機体の下へたどり着く。
先程の戦闘の影響で身体に痛みが走ってはいたが、気にしていられなかった。
無論、早苗と霊夢が心配だからだ。
自分の手助けをしてくれた仲間を、放っておく訳にはいかない。
その考えは、彼にとって当然すぎることだ。
「俺が助けるんだ……早苗も、霊夢さんも。そして……白蓮さんも!」
パイロットスーツに着替える。
明確な意を言葉にして、機体の腹部にあるコクピットに入り込んだ。
慣れた手順でMS(モビルスーツ)の起動を進めて行く。
外にいる彼女達が心配な為、OSの面倒な機体各部チェックを全て省略させる。
―――早く、早く動いてくれ。
―――こんな無意味な事なんて、あっちゃいけないんだ。
そう念じながら、未だ暗いモニターを注視する。
明るくなっているのは、コクピットに表示されてあるセンサー類とOSディスプレイぐらいだ。
後は本格的な起動までまともに機能していない。
シンが軍で、スクランブル発進の経験がこれまでに無かったわけではない。
だが、当然軍隊では機体の整備は万全に加えて、緊急事態にも即座に対応できるシステムが出来あがっている為、彼自身が今の様に焦る必要を要する事など無かったのだ。
だが、今の彼は焦ってはいるものの、気負い過ぎている訳ではない。
世界が違えど、遂行することが違えど、自分の出来る力で皆を助けたい。
だから、シン・アスカは行動する。
「俺の力で、戦いを終わらせるんだ!」 
OSの起動プログレスバーが100%を示した。
それと同時に、幾度となく見て来たOSの名称がモニターに映し出された。
『Gunnery.United.
Nuclear-Deuterion.
Advanced.Maneuver.System』
それを見た時、不意に初めて早苗が搭乗した際に漏らした一言を思い出す。
『ガンダム…! この機体の名前は“デスティニーガンダム”……!』
“ガンダム”という名称に聞き覚えが無い訳ではなかった。
MSの飛躍的な技術発展を促した、連合軍が開発したMS。通称“Xナンバー”の頃からOSの頭文字は『G.U.N.D.A.M』とされている。
過去にザフト軍はそれをコロニー“ヘリオポリス”から強奪した際、データを収集した研究者がそのOS名に強く影響され、後続の所謂“ガンダムタイプ”とされるMSのOSの頭文字はすべて『G.U.N.D.A.M』と定着した。
その影響はとどまる事を知らず、OSの役割が何であれ、戦闘用ガンダムタイプMSのOSは、各軍でも頭文字は統一されている。
研究者の趣味が全世界にまで広まるとは、当人もきっと思いもしなかっただろう。
シンはその逸話を思い出していた。
―――ガンダム……か。
シンは自分の家族の死因が、その“ガンダム”が蔓延る戦場に因る事をよく知っていた。
彼自身はMSが大好きという訳ではない。
只、自分が戦争を終わらせる手段として最も近かったのが、
モビルスーツパイロットだったからなのだ。
戦争を終わらせる為に、
家族の命を奪った“世界で通用している軍の主力兵器”を行使する。
何とも皮肉なことだった。
だが彼は後悔などしていなかった。
戦場に身を投じて沢山のモノを失って来た彼だが、
その今までの行動に対して、無駄とは捉えていなかった。
失って来たものは数知れないが、得られたものもある。
命の儚さ、未来への想い。
それを改めて“知る事”が出来たから、今もシンはザフトに所属している。最前線で、戦っていた。
そして今は、この機体で出来る事が明確にある。
“彼女”を救うために、シンは一つ深呼吸をして宣言した。
「シン・アスカ!デスティニー、行きます!」
スロットルを最大にまで上げた途端、機体がそれに合わせて急加速する。
放出された推進剤が尾を引きながら、紅い翼を背負った巨体を上へ上へと押し上げてゆく。
モニターが赤く染まった空に満ちる。
夕暮れの空に“翼”を広げて、運命の名を冠する機体は空へと飛翔していった。

光が飛び交う。
赤く染まった世界の中で、4人の人間と妖怪が汗を散らしながら入り組んでいる。
「はあああッ!」
萌黄色の髪を靡かせながら、東風谷早苗がネズミの妖怪に御幣を振り下ろす。
「チイッ!」
ネズミの妖怪、ナズーリンは鋼鉄で出来たダウジングロッドを即座に御幣へ合わせる。
衝撃。
力任せに振り下ろした御幣を、全力で受け止める。
早苗の霊力で強化した一撃は、相手にとって相当なものだった。
冷やかな表情を崩さなかったナズーリンも、時が経つにすれ少しずつ表情に曇りが入った。
「やあッ!!」
彼女達とは距離を離した空間で、
ナズーリンの同志である寅丸星の相手を霊夢は務めていた。
しかし、本気を出しきってはいない。
何故なら彼女はシンの帰りを心待ちにしているからだ。
彼が提案した事を無下にはしたくない。
その思いは、早苗も同じだった。
霊夢は信じていた。シンが戻ってきてこの状況を変えてくれる事を。
そして、自分たちでは成しえない“新しい道”を示してくれる事を。
「だからっ!私は!」
叫びと共に対妖怪札“妖怪バスター”を星に投擲する。
星は最小限の動きでかわした後、その鋭い爪で霊夢の胸部を引っ掻こうとした。
虎の如き鋭い爪が近づく。
霊夢は自身の“空を飛ぶ程度の能力”を行使して、後ろへと挙動を変えた。
だが、その一連の思考を星は読んでいた。
伸ばしていた腕を、更に霊夢へと伸ばす様に身体を前に飛ばす。
「それでもッ!」
霊夢も“それ”が読めなかった訳ではない。
上半身を大きく逸らして、迫りくる爪から身を踊らせる。
「なら、これでどうです!」
手を伸ばした刹那、そのまま霊夢の身体に手刀打ちを浴びせようとする。
「だとしても!」
一喝と共に霊夢は相手の腕に回し蹴りをする。
星もそこまでは予想だに出来ず、両腕で巫女の一撃を受ける。
相手を蹴った時の衝撃を利用して、霊夢は妖獣から大きく距離を空ける。
早苗も同様の、もしくは類似した行動を取ったのか、霊夢の背後まで後退した。
4人は互いに消耗していた。
妖怪は人並み外れた体力を有してはいるが、彼女達も人並み外れた体力を持っている。
故に、其々は大して差が無い呼吸を繰り返していた。
吐きだした息が煙の様に空へ送り出される。
夜が近づき、気温が徐々に下がっているに加えて、ここは上空だ。
残雪の地の空は、人里より遥かに冷たい空気が漂っている。
「くうッ……!」
早苗が急に呻き声を漏らした。
「早苗!?」
霊夢が背後へと注意を向ける。
そこには、装束の右の袖が破け、肩で息をしている風祝の姿があった。
破けた箇所の肌は、赤く腫れている。
「喰らったの!?」
「なんとか、大丈夫ですよ。ロッドの防御を少々怠っただけですから……ねッ!」
その言葉は強がりだろう。
腕の骨が折れては無さそうだが、今の早苗に先程までの行動が出来るとは到底思えなかった。
―――まずい。早苗がこれじゃ、二人の相手が出来ない。
霊夢は早苗から二人の妖怪の方へ視線を向ける。
もし彼女らが弾幕でも放てば、両方ともそれから逃れることなど出来ないだろう。
彼女の直感が、告げていた。
「これで、チェックメイトだ」
ナズーリンが呼吸を整えて、言い放つ。
傍で見ていた星は、懐から宝塔を取り出して従者の後に言葉を紡ぐ。
「この力をもってしてもここまで消耗してしまうとは……貴方の言った通り、巫女というのも伊達では無い様ですね」
「それはどうも」
「もうこれ以上傷つく必要も無いでしょう?大人しく飛倉を渡すのです」
「お生憎様、まだこれを貴方に渡す訳にはいかないのよ」
それを星が聞いた途端、口元の奥から鋭い歯が覗いた。
「何故です?」
「私達がこれを渡さなかったのは、来るべき人を待っていたからよ」
「そんな事が何の意味を持つ?」
従者のナズーリンも会話に参加して来た。
主同様に、不機嫌な表情をこちらに向けている。
「この娘の大切な人よ。あの子が見つけ出した答えを知りたいから、私達は態々貴方達と戦っていたのよ」
「ハハッ、強がりを」
「そう取られても仕方ないかもね。だけど、今貴方の言う飛倉を渡す気になんかなれないから」
霊夢は強気に、調子を崩さずにピシャリと言い切る。
この一連の会話にも彼女の意図があった。端的に言えば、時間稼ぎだ。
会話をすることで、この状況をひとまずは止めておける。それを狙ったが故の行動だ。
「ならば」
星がこれまでとは格段に低く、冷たい声を囁く。
金髪の前髪の奥にある鋭い眼光は、獲物を捉えた獣の様だ。
まさしく、虎の眼と形容するに相応しい。
「問答が無駄なら力尽くで排除させて頂く。それからでも貴方達から飛倉を!」
星が右手から金の湾曲する光線を放つ。
反射的に霊夢は早苗の手を手繰り寄せ、回避行動に移る。
しかし、動作が重い。
二人分の重量を満足に動かせる程、博麗の巫女の力は万能ではない。
これは以前、シンを九天の滝の上空へ運んだ際にも問題になっていた。
予想よりギリギリの間合いで回避をする。
業を煮やした星は、特技の接近戦で仕留めようと、光弾を放った後に自らも空中で跳躍する。
―――まずい、避け切れないか!
声に出さずに内心で叫ぶ霊夢。
光弾の最後の一つを回避した後に、虎の爪が接近してくる。
このままだと、回避が出来ない。
なら、早苗を手放して自分だけが避けるか?
その行動着想を即座に却下する。
それを実行してしまえば、早苗は傷付いた身体をシンに見せる事になる。
そうなれば、彼女も彼も心まで傷付くだろう。
ならば、取るべき手段は一つ。
この攻撃を、凌ぐまでだ。
「二重結界!」
前方に金に輝く、霊力で練り上げた結界を展開する。
対妖怪用御札に酷似している模様が広がり、星の繰り出す引っ掻きを受け止めた。
だが、
「こんなもの!」
大きく真横に星が腕を振る。
鋭い一線で彼女が薙ぐと、霊夢の二重結界は破片を散らして空に消えて行った。
「霊夢さんッ!」
早苗がそれを見て、不安から霊夢へ叫ぶ。
霊夢が万全の状態ならば、この様な事は起こらなかっただろう。
だが今の彼女は消耗し、霊力を防御と二人分の飛行に回していた為に、
疲労を加速させている。
そうなると当然、霊力に必要な集中力も落ちてしまい、結界の質も下がる。
星の攻撃に、結界が破れたのはそれが原因だった。
もう術がない。
迫りくる妖怪に対して霊夢は両腕で、後ろにいる早苗を守ろうとする。
「霊夢さん、下がって!」
早苗は辺りを見回して、未だ見えない紅い翼を必死で探す。
霊夢は人間だ。妖怪の一撃を喰らえば彼女とて怪我を免れない筈だからだ。
その様な事は、あって欲しくない。
早苗は必死に叫びながら、霊夢に回避を促せようとする。
だが、目の前の彼女は動く様子は無かった。
霊夢に徐々に近づく切っ先。
霊夢自身も迫りくる痛みを覚悟する。
「これで、終わりです!」
その、言葉の直後だ。

「させるもんかあっ!!」

突如巻き起こる暴風に、星とナズーリンの身体が揺れる。
早苗も霊夢も、例外なく。
だが、予想していた痛みは襲いかかっていない。
早苗は希望を孕んだ瞳で、風が吹いて来た方へ視線を向ける。
紅い翼を広げた巨体。
紅蓮に染まった空間で、それはとても雄大だ。
鋭角的なシルエットの合間から巨体の背後にある陽の光が照りつけ、
人の何倍もある影は4人を簡単に飲み込んでしまう。
早苗にとって、この“希望”は掛け替えのないものだった。
それに搭乗している少年自身も。
“デスティニーガンダム”。
シン・アスカの駆る“力”が、今まさに4人の戦いを止めたのだ。
「来たわね……遅いわよ、もう」
二人の少女が、安堵の眼差しを“デスティニー”に向ける。
シンもモニターから彼女の無事を確信して、安堵する。
だが、心を完全に緊張の波から突き離す訳には行かなかった。
“やるべき事”が、まだ残っているからだ。
「やめろ、こんなことは!争いなんか、やっちゃいけないんだ!」
発言の直後、シンはキラの言葉を思い出す。
『止めるんだ! こんな戦い…やってはいけないんだ!』
彼の言葉の真似という訳ではない。
だが、先程の自らの叫びが敵対していた人物の言葉に類似していた事は、彼の中で複雑な心境をもたらす。
だがその心境に浸っている時ではない。
「何をいってるんだい?大きい機械人形君。私達の手に入れたいものを彼女達が持っているから、私達は戦っているんだよ?」
ナズーリンがシンの言葉の後に疑問の意を込めて言い放つ。
その顔は、不機嫌な表情だ。
そこで、ナズーリンを遮って星が“デスティニー”の前に出る。
「御主人……」
「貴方には、まだ自己紹介はしていませんでしたね。私は寅丸星。こちらは従者、ナズーリン。貴方は一体どのような心持ちで、私達の邪魔をするのですか?」
それを聞かれた時の答えは、既にあった。
迷い無く、彼は星に呼びかける。
「全て、船長達から聞きました」
「どういう事なのですか?シン」
「星さん。貴方達が求めているのは鵺の妖怪が悪戯したことによって、早苗と霊夢さんには、別のものに見えているらしいんです」
「……え!?このUFOがですか?」
「なんだって……?」
早苗が懐から小さい円盤を取り出す。
いや、正確には“彼女達には円盤に見えている物”を。
「二人共、持っている物をよく見て」
シンは二人の巫女に呼びかける。
それに従い、霊夢と早苗はそれを言われたとおりに見直す。
すると、不思議な現象が発生した。
UFOを凝視すると、その鮮やかな色が急に褪せり、形を変えて行った。
よく見ると、そのUFOだった物体は、淡い光を放っている木片に姿を変えた。
そして、その木片に小さく白い“蛇”が乗っている。
「蛇?」
霊夢がその蛇を掴もうとした途端、フッと姿を消した。
「霊夢さん、それが正体なんですよ。ぬえの悪戯で、二人とも別の物に見えていたんです」
シンはぬえの口から経緯を知っていた為、蛇による幻想に惑わされていなかった。
霊夢も早苗も、彼の言葉を受けて疑問の心で“それ”を見た。
見落とした真実は、決して無くなりはしない。
疑問を持った事で、蛇の正体を見る事ができ、正体不明を悟られた蛇は姿を消していったのだ。
「じゃあ、あの妖怪達が言っていた飛倉って…」
「そうだよ、人間。それが私達の欲している代物さ」
霊夢はそこで、彼に言葉を仰ぐ。
「これを……飛倉ってヤツをあいつらに渡していいの?」
「あの人達の助けようとしている人は、悪い人じゃない筈です。……星さん」
シンは機体のハッチを開けて、宝塔を持つ星に問いかける。
「何でしょう?」
「村紗船長から聞きました」
「……?」
「貴方達が不当な扱いを受けて、大切な人を封印されたって。だから、俺は貴方を手伝いたい。俺の力で、この向こうに閉じ込められている白蓮さんを、助けてあげたいんです!」
その意思に、嘘偽りは微塵も無い。
彼はありのままの気持ちを、彼女達に伝えた。
「霊夢さんも早苗も、怪我しているんなら動かなくていいから。俺一人でだって―――」
「勝手に決めないで」
シンが言葉を言い終わるより先に、霊夢が言う。
「シンがやりたい事を、私達が黙って見ている気にはならないわよ……早苗、あんたも動けるわね」
「もちろんです……!結界を破る事なら、妖怪相手よりは楽な筈です…よッ!」
二人は先程の戦いで消耗している。
取分け早苗の方は、空中での姿勢が不安定だ。
起こる心配心から彼女に、
「だけど―――」
「心配してくれて、感謝します。ですが、貴方の手助けをしたいというのは私の意思ですから…」
彼女が果たしたいという事を、否定する気になどなれない。なれなかった。
シンは彼女の意思を尊重して、星達に向き直る。
「貴方達は、本気で私達を手伝うというのですか?」
「ああ、そうです。この想いは、本当だから……船長のあんな顔なんて見たくないから」
船を出る直前にみた水蜜の様子を思い出す。
どんな理由であれ、人が悲しむ様子など放っておけなかったから、彼はそう発言した。
すると。
「……わかりました」
「御主人様、良いのですか?」
「ええ、力が多い事に越した事はありません。結界を破る為ならあてにさせてもらいましょう」
「星さん……ナズーリンさん…」
その言葉を聞いて彼は安堵する。
不要な戦いを交わしていた相手との協力。
その結実に、彼は心底嬉しい思いだった。
「なら、皆であの結界を壊しましょう!」
コクピットハッチを閉鎖して、“デスティニー”を戦闘機動に切り替えるシン。
夕焼けの空の近くにある、法界を隔てる結界へ機体を飛翔させた。
その後を、4人の少女が追う。
シンは外部スピーカーを使用して、彼女達に指示を出す。
「集中攻撃を!」
「いっけえ!」
その言葉を受けて、後続が弾を撃ち出す。
“デスティニー”も“高エネルギービームライフル”を構え、銀の粒子を散らして空高く舞い上がる。
「正面からっ!」
銃の先端から、緑の光弾が連射される。
全ての光弾が結界に命中。
連続して命中した結界は、被弾部分が赤く燃え上がっていた。
―――怒りや憎しみで戦うんじゃない。
―――今度は自分の意思で、俺は!
目の前の結界に集中する。
さとりの力に打ち勝った時と同じように、その人を救いたいという心を強く持つ。
すると、目の前に広がる“世界”が変わった。
機体が自分の意のままに動いてくれる。
“種”が彼の想いに応えるかの如く、その力を発現させた。
“デスティニー”はアロンダイトを引き抜き、正眼に構える。
フル・ウエポン。コンビネーション。早苗が名付けた連続攻撃を、
結界に向けてシンは繰り出す。
「邪魔だっ!」
振りかぶった剣を勢いよく降ろすと、桃色の尾を引いて結界の表面を薙いでゆく。
実体剣の先端が、結界に大きな傷跡を残す。しかし貫通は未だしていなかった。
相手はMS、ましてや命を持っている相手ではない。
容赦をせず、彼は間髪いれずに機体の背部にある“高エネルギー長距離ビーム砲”を構えさせる。
「吹き飛べっ!!」
青白い光が、空を突きぬけて結界に浴びせられる。
赤熱化した霊力の壁は、アロンダイトによる損傷の影響もあり、
徐々に割れ目を大きくさせていった。
だが、まだ足りない。
結界は完全な崩壊を起こしていなかった。
そこを突破する為に、シンは“デスティニー”の“掌の銛”を起動させる。
「とどめだ!」
機体を結界に向けて急激に接近させる。
零距離で、そこに機体のマニピュレーターを押し付けた。
「砕けろおっ!!」
トリガーを引き、彼の咆哮と共に“パルマフィオキーナ”から光線が発射される。
一筋の光線が結界を貫き、ヒビ割れた結界がガラスの様に音を立てて割れる。
「きゃあッ!」
「早苗!」
大きすぎる結界の破片は、すぐには消滅しない。
鋭い破片から守る為に4人の少女の真上へ飛び、
“デスティニー”は彼女達に覆いかぶさる体勢を取る。
機体には傷一つ付かずに、機体に当たった破片が落ちる。
MSの、特にヴァリアブルフェイズシフトを有した機体に、この程度の障害は問題にならない。
破片が止んだ所で、彼女達の安否を確かめる
「皆!大丈夫か!」
「私は大丈夫よ。早苗、あんたは?」
「少し怖かったですけど…貴方のお陰で無事ですよ」
即座に返事が返る。
「星さん達は!?」
「驚いた……私達の力で傷一つ付かなかった結界を、こうもあっさりと」
「主人も、私も無事だね。しかし、宝塔で強化された弾幕とはかなり桁が違う力だな、君のは……」
無事な様子を確認する。
星は“デスティニー”に圧倒されている。
ナズーリンも機体を見上げて平常心ではいられない様だった。
「良かった、みんな無事で」
破った結界の奥へ視線を向ける。
結界によって陽の光が遮られていた法界に、
夕焼けが染み込んでいく。暗闇の世界に陽が満ちてゆく。
その奥に、小さい女性の人影が漂っている。
―――まさか。あの人なのか?
シンは疑問を浮かべたと同時に、機体をそこへ飛翔させる。
近づくにつれ、その人物の容姿が鮮明になる。
腰まで金の長髪が夕日にたなびき、金とも赤とも知れない輝きを放っている。
金髪の先は紫色の色彩に染まり、その神秘的な雰囲気は一層増す。
端正で美しい面相。その瞳は眠っているとでも思えるぐらいに、静かに閉じていた。
黒のドレス調の装束を纏っている優雅なその姿は、まるで中世の物語に出てきそうな姫君にも見える。
純粋な美しさを誇るその人物は、シンも、早苗も、霊夢も、心を奪われた。
“デスティニー”は法界に漂う女性に接近する。
シンはハッチを解放して、近づくその体を抱きあげた。
「この人が、聖……白蓮」
水蜜に存在意義を与え、人と妖怪の生きる未来に思いを寄せていた僧侶。
その人物が、目の前にいる。
その姿は、水蜜曰く千年以上も封印されていたというのに、瑞々しい肌を保っている。
まるで、この女性の周りだけ時間が止まっているかの様に。
「み……う……れ……」
「え?」
抱き抱えた女性から声が聞こえた―――気がした。
シンは声に気付き、ハッと目を見開く。
それから間もないうちに、彼女の瞳が開く。
髪と同じ色の金の瞳が、真っ直ぐにシンへ向けられる。
「ああ、法の世界に光が満ちる」
透き通るような声だ。
声量がか細い訳でも癪に障る不快な大声という訳でもない。
単純に淀みが無い、川の水の様に流れる様な声だ。
「貴方達がこの世界を解放してくれたの?」
その問いは、瞳に映る彼に向けられている。
それを受けて、彼は笑みを浮かべて快活に答える。
「はいっ!」
異変に関わる事で明らかになった水蜜達の真意。
その悲願の目的となるものは、確かにここにある。
彼には、それを手に出来ただけでも満足に値するものだった。


PHASE- 20 命蓮寺


―――遠い昔、私はこの地で封印された。
人は不老の力を有した私を、異種同然の存在と見なしたのだ。
自分達が生きている時代に、私の姿が二度と目にすることの無い様に。
私も、抵抗をしようと想えば実行できた。
しかし私は動かなかった。
私とて、人の子だ。
私が持つ妖怪の力は、人を傷つける為の物ではない。
私が封印される事で、全て事が済むと当時の人は言った。
だから甘んじてその封印を受けたのだ。
人も考えたのだろう。
態々私を、この光も音も無い空間に閉じ込めて、復活する気力さえ奪おうという魂胆だとすぐに察する事が出来た。
しかし私は修業を積んだ身。
常人なら発狂してもおかしくないこの空間の中、私は現に生き、自我を保っている。
私は封印を受けた。
しかし、生きる事を諦めたわけではない。
いつか、ここを出て私の仲間と共に笑いあう事の出来る日々が来る。
私はそれを、それだけを一心に考えてこの空間を漂って来たのだ。
―――そして、時は来た。
何も無いこの“法界”に。
硝子が割れる様な、強大で衝撃的な音が響いた様な気がした。
封印されて以来感じなかった、五感からの刺激が私を襲う。
結界の壁の向こうから、新鮮な空気の匂いと味。
瞼越しに、赤く燃え盛る様な夕焼けの光。
吹いてくる風が私の体を撫で、遠くから聞こえる風切り音。
そう、風切り音。
だがこれ程まで大きい風切り音は聞いたことが無い。
巨大な“何か”が、私に近づいてくるのを感じた。
眼を開けて確認する為に、長年閉じていた瞼を開けようとする。
永い時間、身体を動かさなかった代償で神経が麻痺している。
それを苦と感じながらも、私は眼を開けようとした。その時だった。
巨大な影が、私の極めて近くで制止する。
その“腹”から、赤い人影が出て来た―――様な気がした。
そして、その人物は私を抱いた。
成すがままに、その人物に引き寄せられる自分。
少年だった。
私の触角が、相手の身体と密着した時に分かった事実。
少年から声が聞こえる。
私が封印された僧侶だという事を知っている様だった。
次第に戻って来た感覚で、私は眼を開こうとする。
その直前、私は大切な弟の姿を思い浮かべた。
それは、願望だったのかもしれない。
彼が、命蓮の死を否定している私の心が見せた幻だったのかもしれない。
でも、もう彼はいない。
この永い時で、私はその現実を受け入れたから。
だから私は、その幻を振り払って真っ直ぐに瞼の向こうにある景色を視認する。
やはり、少年だった。
紅い双眸に夕焼けに靡く黒髪。
端正な顔立ちに細身な身体は素敵だが、やはり弟とは似ていない。
それで良かった。
私はもう、弟の死に囚われない事に決めたのだから。
眼だけで辺りを見回す。
法界に、この地に、光が差し込んでいる。
封印が解けた。その実感が、
私の痺れた感覚を途端に鋭敏にさせる。
身体の中から力があふれてくる。
私は彼に問う。
正確には、彼と彼の後ろにいる少女の存在から、複数形で尋ねた。
―――貴方達がこの世界を解放してくれたの?と。
それを聞いた少年は、勢いよく返事をした。
来るべき時が来たのかもしれない。
封印が解かれる事を、許される時が。
過去があるから、未来がある。
ならば、私は希望がある未来に向いて生き続けたい。
私は彼の手を取る。
その時、再び私の“時”は、動き始めた。

「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ね」
シンは抱きよせた白蓮の返事を聞いて、安堵する。
常人なら朽ち果てかねない程の時間を閉じ込められていたというのに、目の前の女性は穏やかに笑みを浮かべている。
それは、先程まで昂っていた彼の感覚を完全に納める程。
彼の緊張が解かれたと同時に、“デスティニー”の背後から二人の少女が彼の前に回り込んでくる。
霊夢と早苗だ。
「その人が、聖白蓮とやらなの?」
第一声は霊夢だった。
彼女は両手で抱き抱えられている女性に対して、疑問を投げかける。
白蓮はシンの腕を優しく解かせて、機体のハッチに掴まりながら霊夢に応える。
「改めまして自己紹介をさせてもらいます。私の名は白蓮。遠い昔の僧侶です。貴方と、貴方は見たところ巫女の様ね?」
白蓮は、霊夢と早苗の方に眼を向けて問う。
「ええ、妖怪退治をする巫女です」
「妖怪退治……?」
早苗の言葉に、白蓮は口元を引き締めた。
妖怪退治、という言葉に疑問を抱いている様だった。
「私も妖怪と……見なしているのですか?」
「その様子、不老の力ね。でも、今の私達にその気はないわ」
霊夢は白蓮の姿の正体をすぐに察した。
だが、発した言葉通り、今の霊夢達に交戦の意思は存在しなかった。
その理由は、シン・アスカの答えからだ。
シンは異変の船の妖怪と争う事を望まない。
それを、無視する事は霊夢には出来なかった。
―――私が他人に感化されるなんてね。
霊夢は心に湧き上がった感情に対して、溜息を軽く吐く。
そして、シンの方へ向いた。
「さあ、目的の人を見つけたわ。シン、これからどうするつもり?」
「とりあえず、あの船に戻りましょう。船長達も心配しているだろうし……それに」
シンは、涙を流していた鵺の妖怪を想起する。
―――封獣ぬえ。あの娘は大丈夫なんだろうか。
自らが傷つけた少女。
彼の中で、その事実は心を締め付ける感覚へと変わっていた。
その想いを含めて、彼は、白蓮を船の方に送りたいと提案した。
「分かりました。行きましょう、シン」
早苗が答え、霊夢と共に船の方向へ先行する。
シンは白蓮の手を取って、コクピットの中へ誘導する。
「狭いですけど、我慢して下さい」
「大丈夫ですよ。私を助けてくれた人の言う事だもの、聞かない訳にはいきませんから」
白蓮の体は大きい。
単純に霊夢や早苗より背が高く、その豊満な体とドレス調の服装はコクピットの中で大きな障害と化した。
内装に引っかけない様に、シンは気を使って彼女を中に入れる。
ハッチを閉めて、“デスティニー”を船に向けた。
「漸く。皆のもとへ帰る事が出来るのですね、私達の聖輦船に……」
白蓮が彼の隣で小さく囁いた。
その声は、先程の問いよりどこか儚げだ。
「みんな、貴方の帰りを待っていますよ。大丈夫ですから」
彼女に呼びかける。
心配の情を込めた表情は、彼女には似合わないと彼は思う。故の一言だ。
「有難う」
白蓮はその言葉を受けて、水面に浮かぶ白い蓮の様な美しい笑顔を彼に向けた。
数分後。
機体を聖輦船の甲板に降ろして跪かせ、
白蓮を抱えてシンは昇降用ワイヤーで船に降り立つ。
床に身体を着かせた瞬間、白蓮の重みから思わず転倒しそうになる。
だが即座に駆け付けた早苗の助けによって、双方共に怪我を免れた。
「サンキュ、早苗」
「いえ、貴方には怪我してほしくないですから……大丈夫ですよ」
頬をほんのり赤らめながら、シンに笑みを向ける。
つられて、シンも口元を緩めた。
「やっぱ、仲いいわね。あの子達」
霊夢はそれを一歩離れた位置から眺める。
彼女にとって、シンは手助けをしてあげた少年に過ぎない。
過ぎなかった、筈なのだ。
―――私ったら、何時の間にお節介になったのかしら。
内心湧き上がる感情に霊夢は悩まされる。
シンと初めて会った時から、他人に対して今まで持っていなかった心配心。
それは、霊夢が初めて明確に、他人に対して興味を持った事だった。
その興味の正体は、自身でも掴めない。
気の迷いなのか、単なる気まぐれなのか。
もしかしたら自分が彼に、何かしらの関係を求める感情からなのか。
今の彼女には、理解できなかった。
「乗り心地は……あんまり穏やかでは無かったわね」
「すみません、白蓮さん」
「でも貴方の力が、この機体が、私を助けてくれたのですね」
降り立ち、機体を見上げて呟く白蓮。
彼女は別段取り乱した様子を見せていないが、彼女なりに驚愕している様子だった。
「シンは外来人……早い話が私達とは別の世界の住人なのです」
「外来人……私が封印されている間に、この世界は徐々に変革をきたしている様ですね」
「私が知っている中でも、この子みたいなケース程驚いた物はないわ」
「よせよ二人共。俺は只、出来ることと船長達の望む事をしただけだから」
シンは笑顔のまま、緩慢に首を横に振る。
「その謙遜の割には、随分と嬉しそうね」
途端。霊夢がシンの横で囁き、からかう様な仕草を見せる。
彼は内心戸惑いながらも、快活な返答をした。
「そりゃうれしいですよ!」
シンにとってモビルスーツを操れる自らの力は、他人の命を奪っていく力と自覚している。
その“強すぎる力”のお陰で、一人の女性を救う事が出来た。
その事実は、彼の中でさらなる高揚感をもたらす。
「むぅ……霊夢さんったら、シンをからかわないでください!」
「うっ!?」
彼に近づいた霊夢に対して羨望の眼差しを向けていた早苗が、
突如シンの腕に抱きつく。
掴んだ彼女は満足げな表情を浮かべているが、
掴まれた彼にとっては堪ったものではない。
何せ早苗の豊かな胸部が、布越しに腕へ押し付けられているからだ。
「そんなにくっつくなっ」
「霊夢さんに褒められて嬉しいんでしょ?なら、私がもっと嬉しくなれる事を―――」
「何を言ってるんだ!?」
「楽しそうなお二人ですね……」
揉めている男女を眺める白蓮。
その愉快な様子は、彼女の中に眠る記憶を呼び覚ます。
―――貴方とも、笑いあった時がありましたよね。
それは実弟との幼い時。
何も考えずに、ただ笑いあえた自分と命蓮の思い出だ。
『あははっ!命蓮、早くこっちへ追いかけてみなさいよ!』
『姉さんは足が速いな……けどね!』
広場で共に遊び合った。
時が経ってからも、共に寺を開いて平和な時を過ごした。
あの時確かにいた命蓮は、今はもう、いない。
―――命蓮。
―――貴方とは永遠の別れになりましたね。
―――ですけど、私はもう貴方の死に囚われません。
―――私は浄土にいった貴方の意思を継ぎ、貴方の命の分まで生きますから。
「聖!」
不意に、船内へと続く通路の奥から少女の声が聞こえて来た。
その声の後に、複数の足音が近づいてくる。
シンはその音の方へ顔を向ける。
「船長達……!」
そこには、水蜜を先頭に星、ナズーリン、一輪、雲山の姿があった。
息を切らしながら、白蓮を慕う者達がこちらへ集う。
「貴方達……! 待っていてくれたのですか?」
「当たり前ですよ!」
水蜜が白蓮の問いに対し、真っ先に返事をした。
「帰って来た…本当に聖が帰って来た!」
「全く……御主人、喜びすぎだよ」
「姐さん、お怪我は!?大丈夫なのですか!?」
口々に心配の情を表す少女達。
雲山は一輪の背後で、満足げに首を縦に振っていた。
彼も、白蓮が戻って来た事を嬉しく思っているのだろう。
「私を待っている人がいてくれた……こんなに嬉しい事はありません…!」
感極まり、白蓮は一筋の涙を流す。
既に涙で濡れ切った水蜜は、白蓮を抱き締めて言葉を放つ。
「貴方が言ってくれたじゃないですか……!」
「私が……!?」
「存在することに意義がある。
だから私達は、貴方が戻って来るまで“存在”し続けていたのですからぁ……」
白蓮の服に顔を押し付けて肩を震わせる。
それを優しく受け止めて、彼女は水蜜の黒髪を撫でた。
「一件落着ですね……」
「そうだな、本当によかったよ……」
傍から眺める二人。
異変の裏に隠された事実。
それを良き方向へ導いた彼に対して、早苗は一層深い親愛の情を向ける。
「シン……」
再度名前を呼ばれ、彼は早苗の方に向く。
すると、彼女の様子を見て気付いたものがあった。
「早苗、怪我してるじゃないか。大丈夫か?」
「大丈夫です。痛くないといえば嘘ですけど、
私としては貴方にこんな恥ずかしい姿を見せる事の方が屈辱ですから……」
「そっか……」
もっと早く気付いてあげるべきだった。
彼女に対して、愚鈍な反応を晒した自分を悔いるシン。
「そんなに難しい顔をしないの」
「霊夢さん……」
「あんたのせいじゃないから」
彼の肩を軽く叩き、笑顔を促す霊夢。
シンは彼女達によって自らの焦りを振り払われたのだ。
気恥しくなって、視線を合わせられなくなる。
そう、幻想郷に起こっていた異変は終わった。
幸せの中にいる船長達から離れようと、シンは機体に戻ろうとする。
しかし、異なる異変が彼らを襲った。
―――ガクン。
突如船体が大きく揺れて、その場にいる全員が転倒し身体が跳ねとばされる。
甲板に噴きつける強風が不安定な体制を取る皆を襲う。
「えっ!?なんだよ、これは…!」
「まさか……!」
必死な問いに答えたのは水蜜だった。
「もしかしたら、聖輦船の法力が底をついたのかもしれません!」
「何!?」
「この船は、過去に蓄えられた聖の法力で飛んでいたのです!聖が戻るまでに尽きる可能性は覚悟していましたが、今この時にくるなんて!」
「どうなるんですか!?」
「このままでは、船が落ちます!」
床に必死で張り付いて、水蜜の叫びを耳にする。
それは、浮足立った自分達を焦燥の中心へ追いやる知らせだ。
「みんな!」
辺りを見回す。
早苗や霊夢、星達は咄嗟に霊力を行使して傾いた甲板から飛翔して難を逃れていた。
寧ろ最も危険な状況に置かれているのは、他でも無い自分だった。
このまま甲板が傾けば、“デスティニー”諸共空に投げ出されてしまう。
「掴まって!」
水蜜がその場から跳び、自らへ手を伸ばしてくる。
迷わず、それに合わせて腕を伸ばす。
「船長!」
「私と聖は船内から制御を試みます!貴方はこれで!」
言葉を発しつつ、水蜜は彼を躊躇なく抱き締めて機体のコクピットに運ぶ。
「船長……わかった!」
放り込まれる様に座席に着いた後、ハッチを閉めて“デスティニー”は飛び立つ。
―――船も船長と白蓮さんも!
―――みんな俺が護る!
“デスティニー”は即座に船体の下部に回り込む。
目前には、大きく下へ傾いた聖輦船。
感情のままに、“デスティニー”は船体を押し上げようと跳び込む。
「はああああッ!」
スラスターを全開。
機体の背後から青白い光が放出される。
船は墜落の速度を落とす。しかし未だに落下を続けている。
機体の推進方向と、船の重みが圧し掛かり、
“デスティニー”の各部フレームが悲鳴を上げる。
損傷率を簡易ディスプレイでチェックする。
やはりか。といった風に、苦い表情で彼は機体のコンディションを視認する。
雲山から受けた一撃。それによって機体そのものに目立った傷は入らなかったものの、
装甲下にダメージを与えるには十分すぎたのだ。
このままでは、いつ機体各部のいずれかが動かなくなろうとも不思議ではない。
だが、手を緩めるわけにはいかなかった。だから。
「ちっきしょおお!」
叫びと共に、シンは機体に“光の翼”を起動させる。
同時に、更に機体へ負荷がかかる。
“デスティニー”の腕に当たる部分が、限界を迎えている。
―――いつ“腕”が壊れても、おかしくない。
そう思いつつも、さらに躊躇い無く機体の推力を上げようとしたその時だった。
「このおッ!」
機体の横に黒い影が過ぎ去る。
赤と青の特徴的な翼。それは船でみた人物に間違いなかった。
「ぬえか!?」
封獣ぬえ。
彼女は船から飛び出して、自らの霊力を行使してシンと共に船を押し上げているのだ。
「危ないから!こんなことにつき合わなくていい!」
彼女の身を案じ、シンは外部スピーカーで呼びかける。
「私は……私はもう絶対に!」
それを意に介さず、青白い霊力の光を散らしながらぬえは船に力を加える。
「私も、手伝います!」
「早苗!?」
ぬえとは反対側の方に、早苗の姿が近づく。
そして彼女もまた同様に、船を必死で押し上げる。
「この先、里の墓地近くに広場があります!そこへ降ろしましょう、シン!」
「霊夢さん達は!?」
「皆は船の横に回って、船の方向を変えようとしています!」
会話はそこまでだった。
それ以降、シンと早苗とぬえは必死で船を上げることに集中した。
徐々に地面が近づく。
シンはそこで再度二人に呼びかける。
「離れろ!二人とも!」
この指示には流石の二人も従った。
船底から離脱し、そこにはシンだけが残される。
だが、この機体には頼れる防御兵装がある。
今まで幾度となく機体の危機を救ったVPS装甲だ。
今回ばかりはそれを宛てにするしか無かった。
「うわああああああッ!!」
地面に船と機体が叩きつけられる。
ヘルメットを被っているというのに、頭の中で閃光が瞬く様な錯覚に彼は襲われる。
衝撃が止んだと同時に、彼の目の前は闇に溶かされていった。
―――ン……シン………!
声が聞こえる。
暗闇の向こう側からの声が。
―――シン!
声は自らの名前を呼んでいた。
身体に迸る痛みに耐えながら、彼は眼を開く。
「シン!ああ……無事でいてくれました!」
その声は、早苗だった。
しかし、呼びかけているのが彼女だけという訳ではない。
霊夢も、水蜜も。シンを囲む少女達みんなが、彼の名前を呼んでいたのだ。
「俺は……船を受け止めようとして…」
「ガンダムは無事に船を停める事が出来ました。ですが、その衝撃でシンは気を失っていたのです」
「私の魔法で、シンの怪我した箇所は治しました。痛みが奔っているでしょうが、時期によくなります」
早苗が状況を説明し、白蓮が優しくシンの髪を撫でる。
周りでは、他の皆が倒れた彼を眺めている。
「みんな無事なんだな……」
「シンのお陰ですよ、けど無茶は止めてください」
「早苗……」
「貴方が怪我してしまったら、私は悲しいから……だから、もうあの様なことは―――」
その若葉の様な瞳には、彼女が見ている少年の姿が映っている。
一呼吸置いた後で、彼女を安堵させる為の言葉を紡ぐ。
「ゴメン、心配させちゃったな」
それだけを彼女に伝える。
この言葉一つに、シンの想いが乗せられているからだ。
そして、早苗もそれを受け取る。
「……はい」
微笑み、敢えて涙を流さずに早苗は答える。
それは、彼にとって十分すぎるほどの鎮静剤だった。

数分の後。
痛みが止み、軍服に着替え直した彼は、早苗達と共に白蓮達と向かい合っている。
今いる場所は不時着した聖輦船のすぐ傍。
そこにシン達は立っているのだ。
「有難うございました。これで、私は再び弟子と共に寺を開く事ができます」
深々と頭を下げて、白蓮が礼を言う。
「いや、俺は無我夢中でしたから…」
「そんな事はありませんよ。あの力は誇るべき力、貴方なら正しき道を貫く事が出来る筈です」
「私達からも礼を言わせて頂きます」
白蓮に続き、星達も頭を下げる。
「いいじゃないの、感謝されておきなさい」
霊夢が小突く。
思わず照れてしまい、自らの浮ついた気持ちを悟られない為に彼女から顔を逸らす。
「ところで白蓮さん」
「何でしょうか、シン?」
気持ちを誤魔化し、真剣な面持ちで白蓮に言葉を投げかける。
そう、問いたい事はまだ残っていた。
元々、シンはこの異変の裏にあるといわれる
自らの世界に戻る手掛かりを発見する為に参加したのだ。
「この船に、俺の世界に帰れる方法か何か、ありませんか?」
我ながら直球すぎた質問だと後悔するシン。
白蓮はそれを受けて穏やかに答える。
「貴方が言う、別の世界ですね」
「はい」
「この聖輦船は魔界や冥界、あらゆる空間を行き来することができます。ですが、その力の源は私の法力。法力の使い様では空間を越えることができます」
「そんなことが可能なの?」
霊夢が問う。
法力について初耳の情報だったからだ。
「あくまで机上の空論です。聖輦船はもう頻繁に空間移動を行使する事は不可能ですし、シンの世界とこの世界とでは隔てる壁が大きすぎます」
「幻想郷と外の世界みたいな関係なのですか?」
「早苗さんの世界はこの幻想郷の外にある様ですから、厳密には違います」
「じゃあ、まったくこの世界とは繋がっていない世界ってことなの?」
「端的に言えばそうなります。ですが、詳しい事は私にも分かりません……ですが、シンが助けを求めるのでしたら、私は全力で手助けをします」
白蓮はシンの右手を、優しく両手で握る。
「貴方が良ければ、何時でもここへ来て下さい。私も出来る限り貴方を応援しますし、もし帰れなくなろうとも、私達が身柄の確保はいたしますから」
その言葉を告げた時の表情は極めて真剣だ。
金の瞳は真っ直ぐにシンに向けて、真摯な態度に裏が無い事を表している。
「わかりました」
だからシンは、それを信じることにした。
白蓮の人柄は、信じるに値するものだからだ。
その直後、白蓮の後ろから二人の人影が歩みをこちらへ進めてくる。
「船長、ぬえ……」
「シンが船内で会った二人ね」
船内で会った二人。
水蜜の手には傷ついた“エクスカリバー”が、ぬえの手にはシンが彼女に投げつけた二振りの“フラッシュエッジ”が収まっている。
「これを…渡しに来ました。この娘と一緒に」
「これ、あの時おいて来た奴か」
船で水蜜達から別れた時を思い出す。
夢中で機体のもとへ駆けたシンは、武器の事など頭に入っていなかった。
だから、彼女達は船内から持ち出して、
返そうと渡して来たのだ。
シンは礼を告げて、其々を受け取る。
「ありがとうございます。船長、ぬえ」
「いえ、貴方のお陰で私の中にあった淀みは消えました。これでは、お礼にもならないくらいです」
「私は…ただ、船長さんともってきただけだから……」
ぬえはばつが悪そうに顔を背けた。
シンは優しく彼女に話し掛ける。
「君は寂しかったんだな……」
「な、なによ」
「でも言ってくれなきゃ分からない事もあるから。もう危ない事は無しだよ」
本心から告げた後、水蜜とぬえから得物を受け取る。
にとりから渡された大切な物。それを再び手に取ると、シンは安堵の表情を浮かべた。
「シン……」
シン達三人と別れた後。
ぬえは広場に暫く立ちつくしていた。
完全に彼の勝ちだった。
無敵だと思っていた自分の力に打ち勝ち、去り際に心に響く言葉を残して行った彼に対し、
如何ともとれない想いがこみ上げてくる。
「私は……どうすればいいの?」
その問いは誰に向けてもいない。
自分が何をしたいかさえ、彼女は分からなくなっていた。
「なら、ここにいてはどうでしょう?」
背後から声が聞こえた。
反射的に振り向く。するとそこには白蓮と慕う者達の姿があった。
「行く宛てが無いのでしたら、是非私達の寺へいらしてください」
「アンタ……」
「門下が増える事はいい事です」
「後輩がいると、寺の掃除が楽になりそうだしね」
「姐さんが戻って来た事で、やることはたくさんあります」
「もしよければ、貴方もこの寺で様々な事を学んでみませんか?」
口々に皆がぬえに呼びかける。
その誘いは、彼女の乾ききった心に大きく変化をもたらした。
だから、彼女は。赤い眼を彼女達に向けて、無言で肯いた。