PHASE- 21 開く道、開く未来


「ここまで来たら、後は自分で帰れるわ」
聖輦船から損傷した“デスティニー”で離れて数分。
赤に染まった空に飛翔する中、唐突に霊夢が口を開いた。
「霊夢さん。大丈夫ですか?疲れているんでしたら遠慮せずに―――」
「早苗、あんたが思っている程、私はヤワな身体じゃないわよ」
心配から早苗が告げるが、当の本人はその言葉を退ける。
その言葉に虚勢や偽りは、恐らくない。
「あんた達と異変を解決するのは……そうね。中々に新鮮で面白かったわよ」
「いえ、俺は自分の為に霊夢さんに無理言っただけだから……霊夢さんにそう受け取ってもらえるなら嬉しいですよ」
「結局、シンの世界に関しての手掛かりは白蓮さんの法力ぐらい。でも、現状は変わらずですね……」
白蓮の力の一端には、空間を越える力があると彼らは聞いた。
だが、今はそれを白蓮は満足に行使することが出来ないという。
彼らの行動は、幻想郷の異変を解決したが、シンの目的を達成できる材料にはならなかったのだ。
「結局、異変以外はいつも通り……解決したらまた暫く平穏な日々が訪れるのね。機体の様子はどうなの?」
「“パルマフィオキーナ”、及び腕とマニピュレーター損傷、装甲で機体そのものに対してのダメージは少ないけど、暫くは整備しないといけませんね……」
「ガンダムは皆を守る為に頑張ったのですよ……シンがそんなに思いつめる事はありませんし、私にも出来る事があるなら、シンのどんな望みでも出助けします」
「ありがと、早苗……ハッチ、開けますね。霊夢さん」
ハッチをシンが開けた後、霊夢が外に出て太陽を眺める。
朱に染まったその光源は時期に沈んでいき、夜を招く。
「大丈夫ですよ、霊夢さん」
「シン……」
「貴方は、まだ帰れそうにない。という事になったわね……大丈夫なの?シン」
その言葉を受けて、シンは小さく溜息を吐く。
顔が一瞬だけ沈むが、再び上げたその顔に陰りは無かった。
「未だ帰れない事に関しての心配が、無いといえば嘘になりますよ。けど、俺はまだこうやって生きているし、帰れない望みが無いと決まった訳じゃない。俺が帰ろうと……元の世界を平和にしようとする意思がある限り、俺は諦めませんから」
シンの表情は明るかった。
一人幻想郷という名の異世界に迷い込み、幾度となく困難に阻まれても彼は元の世界に帰れる方法を模索し続けている。
並の人間の精神なら、とてもじゃないが諦めがついてしまうだろう。
だが、彼は違う。違っていたのだ。
その強い意志は、彼の経験に起因していると霊夢は悟った。
「それに、俺は一人じゃありません。にとりや早苗に……俺を助けてくれる人に会えたから、俺はまだ頑張りますよ」
「シン……!」
彼の横で早苗がうっとりとした表情を浮かべている。
彼の言葉が嬉しかったのだろう、彼女は嬉々とした様子だった。
早苗が彼に惹かれている事も、霊夢は知っている。
―――やっぱり、強い子ね。シンは。
霊夢は内心安堵して、口元を綻ばせる。
彼に心配の心遣いは、無用に等しかった。
「なら」
口を開き、早苗を一瞥してシンの方へ真っ直ぐに顔を向ける。
霊夢は彼に対して好意を抱いていた事に気付いた。
しかしその希求は、所謂“恋”の類では無い。むしろ家族に対する様な親愛に近い。
霊夢には、家族がいない。
“博麗の巫女”と成るべく育てられた彼女には、家族の記憶も存在も、知る由が無かった。
だが、シンに対しては特別だった。
放ってはおけない。見棄ててはおけない。
抱いたその想いは、間違いなく彼女を変えた。
だから、霊夢はシンに対して感謝を込めた言葉を送った。
「がんばりなさいよ、シン。何時でも私は、シンを助けてあげるから」
「……わかりました!」
シンが返事した後、その言葉を最後に霊夢は背を向け、機体から離れた。
太陽を背に、神社への帰路を辿る。
小さく振り返ると、紅い翼が空に羽ばたいてゆく。
それを視認した後、紅白の影は赤の空間を滑空していった。

コズミック・イラ。74年。
地球連合軍、Z.A.F.Tを筆頭とした地球、プラント間の二度にわたる戦役。
その二度目の戦争となるのが、C.E73年から74年に渡って繰り広げられた、通称ユニウス戦役。
ブレイク・ザ・ワールドによって実質的に勃発したかの大戦の傷跡は、既に大戦を経験しているこの世界に甚大な被害を及ぼした。
ユニウスセブンの落下に伴う、世界各国へのコロニー破片落下による災害。
それを火種に、大きく引き起こされる人々の貧富の差、人種差別、テロリズム。
地球とプラントを隔てる、“ナチュラルとコーディネーター”という人種の壁は、世界を巻き込んだ戦争を起こし、過激にさせ、沢山の人命を奪い合っていく形となった。
ユニウス戦役時、プラント最高評議会議長のギルバート・デュランダルは、大戦後期、戦争の終結を目指して“デスティニープラン”なる政策を提唱する。
だがそれも、メサイア攻防戦で当のデュランダル前議長が戦死した事により、世界から否定されてしまった。
立て続けに起こる混乱の中、オーブ連合軍を代表してラクス・クラインが停戦を呼び掛け、ザフト軍はこれに応じる。
亡き前議長に変わって、新たなるプラント最高評議会を率いる存在となったラクスは、大戦の英雄であると共に自らの婚約者、キラ・ヤマトと共にこの傷ついた世界と向き合う事となった。
L4・プラント アーモリーワン
シン・アスカが現在いる世界とは打って変わり、科学で塗り固められたこの空間は、
先の二度目の大戦の“実質的な始まりの場所”となる。

そこに、彼はいた。
キラ・ヤマト。
二度の大戦を生き残り、表舞台に立ち続ける恋人のラクスを陰ながら支える彼は、プラントが保有する戦力を視察する為に、この地へと足を踏み入れていた。
しかしそれは、建前でもあった。
実の所は偶然にも付近へ来訪している、親友の顔を半年ぶりに眼に入れようと彼は動いていたのだ。
これにはラクスの根回しもある。
『お仕事続きで、キラも大変でしょう?偶には“彼”とゆっくりしてみるのもいいですわ』
その言葉を今朝聞いて、彼はその言葉に甘える事にしたのだ。
世界が混乱に苛まれているとはいえ、大戦程の問題は滅多に起きる事は無い。
軍の方も余裕が出来たのか、今やザフトのプロパガンダであるキラの行動の自由も、ある程度は保障している。
宇宙港に向かって、辺りを見渡し目的の人影を眼で探す。
周りには、ナチュラル、コーディネーターの人々が入り乱れ、目的の一人を見つけるのは簡単では無かった。
数分、キラは大して焦る様子も無く彼を探す。
―――おかしいな。来ていると思ったんだけど。
今の彼は私服だ。
既に軍で有名になっている彼は、そう下手に目立って行動出来ない。
幸い、あまりにも若くして高い地位に就いている為、私服程度では身の証明をしない限りは軍人にみられる事はまずなかった。
これに関しては、キラ自身も安心の態度を綻ばす。
元より彼自身は数年前、軍と関わる人物となるとは思ってもみなかった。
工業の学生であった自分が、“ガンダム”によって戦火に放り込まれ尚且つ、大戦の英雄だのザフトのプロパガンダだの、浮世離れした存在になる事にキラはどちらかというと反対の意見を持っている。
だが、キラはラクスの助けとなりたかった。
ラクスはこの世界をより良い方向へ導く為に、隠遁生活から一転して一国の評議会の議長になった。
だから、自分も彼女を助けてあげたい。支えたい。
だから身を削るような想いで、キラは自らの力を軍に提供する道を選んだのだ。
「キラ!」
ふと気付くと、入港ゲートから若い男性の声が聞こえて来た。
自分がそこから目線を外した、直後の事だ。
その声は、幼い時から聞き慣れた響き。
無意識に、キラはそこへ向く。
白い上着に黒のパンツ。
青みがかった前髪の下にある爽やかな表情はこちらに向けられている事がハッキリと見て取れた。
「アスラン!」
彼、アスラン・ザラの姿を視認し、自然と表情を明るくする。
足音のリズムを刻んで近づいたのち、双方の青年は握手を交わした。
「久しぶり、アスラン。元気にしてた?」
「そっちこそ。無理してないか?キラ」
共に質問を投げかける。
だが、双方はそれに口で応えず笑顔で応える態度を取った。
「そっか。あれから半年なんだね……」
最後にプラント首都、アプリリウス市で別れた後、二人は連絡を時々に取り合っていた。
だが多々重なる事情で、実際に対面して声を交わすのは今日まで久しかったのだ。
「とりあえず、この場所から出ないか?ここにいたら軍の関係者が聞いて人が集まるかもしれないからさ」
アスランも所属がザフトから離れたとはいえ、今やオーブ、プラントでも名の知れた“英雄”だ。
特にキラ、アスランが駆る乗機、“ストライクフリーダムガンダム”、“インフィニットジャスティスガンダム”は共にZ.A.F.T.製扱いとされており、パイロット共々C.E上の軍事プロパガンダとして広く知られていたのだ。
最もアスランはオーブ軍の准将となり、ザフト内でニュースの的にされていたのだが、前述した“英雄”扱いで破格の待遇を受けており、禁止されていたプラント間の出入りもこれまでと同じ様に免除されているのだ。
「うん。それじゃ、行こっか」
応え、二人はその場から歩みを進めて離れる。
―――ありがとね、ラクス。
キラは内心この対面の場を設けてくれた彼女に、感謝を告げる。
港の付近に停めてある自動車に乗り込み、二人は柔らかい表情のまま、その場を離れた。
都市の街道を車で通過して行く。
キラは助手席にアスランを乗せながら、街の中を走っている。
行き先は特に決めてはいない。
アスランとは夜まで自由な時間を取る事が出来た為、他愛の無いドライブを満喫する事にしたのだ。
車を運転する際に、アスランからは。
「いいのか?いつもなら俺が車を運転する事が多かったよな」
「僕だって車ぐらい動かせるよ。
アスランは心配性なのも分かるけど、僕ももう昔の頃じゃないんだからね」
アスランは昔からキラの兄貴分を気取って来た。
周りからは兄弟の様だとも例えられた二人の友情は、戦争による確執を乗り越えて、今も健在だ。
「こうやって素直に会話できるのも、最近はすくなかったよね」
「俺もキラも任務、任務……か。
特にキラはオーブ、ザフト共に高い地位に立っていても、軍による“フリーダム”のプロパガンダの為に出撃している、だったよな」
「うん。僕は人に指示を出すのは慣れてないから、そっちの方が助かるといえば、助かるんだけど……やっぱりラクスが目指す平和の為だから、割り切っているんだけど……ね」
「割り切る……か」
キラは今も前線に出る事は少なくない。
それは彼自身の希望もあり、失われる命を出来る限り少なくする為にキラは“フリーダム”で戦っているのだ。
大戦時から貫いている、命を極力奪わないキラの戦法。
MSのメインカメラ、携帯火器等の戦闘能力を奪っていき、コクピット以外の部位を破壊してゆく行為。
一部の軍人からは“偽善”とまでも例えられる、その無謀極まりない戦い方は、キラが考え、キラ以外には成しえない事だ。
だから、戦闘がおこる度、キラは自らの手を使って戦場に出て、相手の戦力を奪う事に尽力しているのだ。
「ラクスには感謝しているよ……裏切り者扱いで下手をすればプラント間出入り禁止だった俺をその点について不問にしてくれたからな……母上やニコルの墓参りには俺、行きたいから……」
「アスラン……」
その二つの名前は、どちらも彼にとって掛け替えの無いものであり、大戦で失った者だ。
アスランの母親、レノア・ザラは大戦前、“血のバレンタイン”と呼ばれるユニウスセブンで起こった大事件によって命を落とし、親友のニコル・アマルフィは他でもない親友のキラ・ヤマトがその手で殺してしまったザフト兵だ。
当時、キラはニコルを知らず、またアスランも殺してしまったキラの友人、トール・ケーニヒの存在を彼が知る事は無かった。
親友が互いの親友をすれ違う様に殺してしまう。
その現実は、彼らの心境に多大な傷を残していった。
これからも、それが完全に晴れていく事は無いだろう。
それを乗り越えた上で、二人の青年はこうして共にいる。
キラもアスランも、世界から“英雄”と呼ばれる存在になってはいるが、その本質は、大人に成りきれていない中途半端な精神の持ち主であり、一人の“人間”に過ぎなかった。
「変わったよね、アスラン」
キラは囁く様な声を漏らす。
その表情は、嘗ての少年の頃の様に柔らかく、明るい。
「どうしたんだよ」
「戦争の時のアスランはいつも難しい感じだからさ……やっぱり僕もアスランも暗い感じは似合わないんだってね、思ったんだよ」
「それを言ったら俺から見てもあの時のキラには驚いたぞ。セイバーで会いに行った時のお前は別人かと思うぐらいに達観した様に見えたからな……」
「あの時の僕は、迷っていたから……」
「やっぱり、お前はお前だよ」
他愛の無い会話。
しかしこの会話は、以前の戦争の情勢が続いていたのなら叶う事の無かった事だ。
陣営が分かれ、対立し、撃ち合い。
その果ての終局は、結局自らの種を滅ぼす事にしかならないのだ。
彼らはそれを常に近い立場で見て来た。
だからこそ、今の様な関係で入れること自体が奇跡に等しいのかもしれない。
ふとキラはアスランに対してある質問を思い浮かべた。
それは、一国の代表となった血を分ける姉妹、カガリ・ユラ・アスハと彼との関係についての事だ。
「ねえ、アスラン」
「……?」
「カガリとは上手くいってる?もう、婚約発表したんでしょ?」
「………な!なにをいってるんだ!?」
本当の事だった。
オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハは大戦時、政略でユウナ・ロマ・セイランとの政略結婚を迫られた。
だがユウナの戦死、その父親のウナト・エマ・セイランの戦時中に起こった暗殺により、その政略結婚の流れは風化していった。
戦後、改めてカガリはアスランとの婚約を発表し、アスランとカガリは将来的に結ばれる事を世界に知らしめたのだ。
「アスランったら、メサイア戦の前にカガリの指輪が無いのを見て焦っていたよね」
「あ、あれは―――」
「分かってるよ。あの時カガリは単に忘れていただけだから」
「メサイアの後、カガリには泣いて飛び付かれるし、メイリンやルナマリアとの関係を問われるし大変だったんだぞ……」
「でも度胸あるよ、アスラン。カガリの夫となる事を皆の前で言うんだから」
「結婚したら、お前とは親族の間柄になる訳か……」
「僕とカガリ、どちらが兄か姉かは分からないけど、アスランが僕の義弟になるのかな?」
「いや、俺がお前の義兄になるだろ」
「アスラン、なんかカガリみたいなこと言うんだね……」
気のせいだろ、とアスランがその言葉を流す。
この時の会話は、戦場で交わす信念ぶつけ合いより、遥かに気楽で幸せな時だった。
陽が沈み、―――正確にはコロニーの光は太陽では無く、コロニー内に定められた時計で規則通りの時間に人工太陽が浮き沈みする様になっている―――アスランの宿泊するホテルのロビーに、二人は車を降りて休憩する。
MSを操る二人だ。この程度の事では疲労にも数えられない。
だが、普段から軍に身体を預けて動かしている二人には、このちょっとした疲労とストレスはとても新鮮なものであり、気分転換にもなっていた。
「こっちへ来て思ったんだけど……プラントってすごいね……昼もあれば夜もあって、地球と同じ様に海も山もあって……今更だけど、プラントを作ったコーディネーターってすごいんだね」
「最悪地球を追い出されると、追い詰められていたかもしれなかったんだろうな……成るべく嘗ての故郷の環境に近づける為に、考えた結果なんだろう」
人類の始まりは、地球以外に無い。
ナチュラルに追い詰められ、故郷の地を追われた彼らには地球に未練を残さない事は出来なかった。
だから、プラントの環境も、地球の景色に近づけられている様に配慮されているのだろうと、キラは推測していた。
いや、推測するまでも無く当たり前のことと分かっていたのだ。
人は、そう地球から完全に離れる事など、出来はしないと誰の心にも分かりきっているのだから。
「実際、コロニーは所詮コロニーだ。宇宙のふるさとと言っても、スペースノイドとして生まれても、地球の景色以外に人は、慣れる事は無いさ……」
「うん……僕も、そう思う。人は何かを求めている。だから、みんな争うんだよね」
「キラ……」
「『お前はコーディネーターだ』『宇宙の化け物はこの世界から消えろ』とか……嫉妬とか、憎悪とか……僕達は普通の人から見ればある意味異常なのかもしれないからね……」
「もう、あんな戦争は、起こってほしくない……そうだろ?」
「うん……」
キラの表情には、憂いがあった。
影を残した表情に収まる、紫の瞳は揺れている。
アスランもまた彼の様子を感じ取り、視線を床に落とす。
―――人々のすれ違いが、争いや傷を生む。
「人がすれ違わない為には、しっかりとそれを言葉に出せる思い切りが必要なんだよ。カガリがやったアスランとの婚約発表の様にね」
「からかうのはよせ、キラ」
「本気だよ、アスラン」
そのやり取りで、二人は暗くなりかけていた表情を再び上げる。
冗談を交わすキラの姿は、戦時、焦りに駆られていたアスランの心を和らげるのに一役買っていた。
「アスランは昔から難しすぎるから」
「そうか?」
「きっとシンならこう言うよ」
キラはシン・アスカと以前に会話を交わした事がある。
戦争が終結し、あまり多く言葉を交わしてはいないが、その人となりはアスランの口添えもあってある程度まで把握する事は出来ていた。
「『アスランは一人で背負いこみすぎる』…って。言うかもね」
「お前も結構まどろっこしいと思うが…」
「あくまで推測だからね。シンとは……いつか握手を交わせるのかな」
キラはシンとの邂逅の時に差し出した、自身の右手を一瞥する。
オーブのオノゴロ島で会った、紅い瞳の少年。
キラは彼に対し不思議と親近感を沸かせていた。それは、いつかの自分と似ていた部分を感じ取ったのもあるかもしれない。
敵を倒す事に集中して、目の前の事しか考えられない所は、シンに対して同情さえ感じた。
その情報はアスランからもたらされた物ではあるが。
結局、彼との握手はお預けになり心にしこりを残したまま、二人はその場を離れたのだ。
だがキラは信じていた。
いつか心おきなく共に彼と想いを同じに出来る事を。平和の為に手を取り合える日を。
だから、キラはあの時の事を出来る限り悔いない事にしているのだ。
「お前なら出来るさ」
「アスラン、うん…」
「俺達はデュランダル議長と戦って、勝った。勝ってしまった。だから、そうなった以上彼の想う以上の未来を俺達自身の手で作っていかなきゃならないんだ」
「そうだね……」
「そうなれば、いつかシンと共に戦えるさ。カガリとも、ラクスとも、ルナマリアとも、メイリンとも……未来に向かって俺達が」
実現してほしい願いをアスランは口にした。
刃を交えた相手と、同じ目的の為に協力する。
その絵空事こそ、漫画や架空の物語にある様な展開に等しいのかもしれない。
アスランは嘗てシンにぶつけた自らの一言を思い出す。
“ヒーローごっこ”
力を振りかざし、自らの視野の中だけで行動をする愚かな行為を咎めた故の言葉だ。
しかしこうやって世界が動く事、それこそ今までの常識では考えられない展開が広げられようとしている。自らの平和を皆が勝ち取る為に。
この変革する世界自体、戦時の夢想家が描いた様な状況へと導かれているのだ。
平和な世界の実現の為に。
「だから、俺達は戦おう。この世界から争いが無くなるまで……」
「うん…!」
ホテルの一角で交わす互いの想い。
それを確かめ合えた事は、双方にとってより良い事だった。
そして二人が望む、彼との共闘。
平和な未来の創造の為に、彼らはシンという少年を必要としていた。
―――いつか、君と笑いあえたらいいな。
コロニーの夜空に。キラはシンと別れた記憶を思い浮かべ、未来への想いを馳せていた。
そしてアスランも、隣でキラを一瞥して、共に外にある夜空を見上げていた。

スクランブル――――。
基地でのあらゆる箇所で警報が鳴り響き、MSの発進準備が急がれる状況。
その中に、キラ・ヤマトの姿がある。
青のパイロットスーツを身につけ、同色のオーブ軍製ヘルメットを被る。
慣れた手順で機体に滑り込み、オンラインにした通信系からオペレーターの声が機体内へ届けられる。
「キラさん!」
「メイリン、どうしたの?」
今回の任務におけるオペレーターは、アスランの友人であり、ザフト所属時の部下であったメイリン・ホークだった。
緑の軍服に、明るい髪の色はキラが乗った戦艦、“エターナル”乗艦時からあまり変化を見せていない。
「今回のターゲットは、連合軍MS、ダガーL数機です。既に偵察用のMSがあちらに向かって、相手の目的は―――」
「うん、わかった」
キラはメイリンが全てを言い終わるより先に返事をする。
「誰も、傷つけさせやしない。皆より先に近づいて、出来る限りやってみるから」
そう告げた後に、キラは機体のステータスを戦闘モードに移行させる。
大戦時から大きくチューンアップを施された、
“ZGMF-X20A ストライクフリーダム”。
ラクスから託されたこの“祈り”は今も尚、彼と彼の行く先を守り続けている。
その彼女想いに応える為に、キラはこの剣を手に取る。
“エターナル”のハッチが開き、“フリーダム”の眼の前に写るものが宇宙空間による闇で満たされる。
―――僕にも、戦う理由があるんだ…!
キラは軽く深呼吸をした後、自らの想いを載せて出撃を宣言する。
「キラ・ヤマト、ストライクフリーダム!行きます!!」
青のトリコロールの巨体が、猛スピードで宇宙へ放り出される。
その空間で、“フリーダム”は“翼”を展開して目的の場所へと飛翔を始める。
シンのMS、“デスティニー”の銀の粒子とは対照的な、赤の粒子を散らしつつ、宇宙(そら)へ飛ぶ“フリーダム”。
キラは人々が望む物の為に、その翼で宇宙へ飛翔していった。


PHASE- 22 続く幻想


月に照らされる宵の中を、“デスティニーガンダム”は過ぎ去ってゆく。
異変の解決を終え、霊夢と別れたシンと早苗はにとりの作業場がある川へ機体を向けて進んでいた。
既に焦る様な事柄は無い為、“デスティニー”の速度も控えめに抑えてある。
正直、シンも早苗もこの異変で披露していたのだ。
シンは聖輦船内での戦闘や機体の全力行使を行い、早苗は強敵との闘いを重ね、今この時ようやく気が抜ける状況が来ていたのだ。
道中、シンは早苗に幾度か怪我の様子を尋ねたりもした。
だが早苗はその度に、ほぼ同じ意の返答をしてくるのだ。
―――私は、大丈夫ですよ。貴方が心配してくれるから―――と。
彼女のはにかみが、視界に入る度にシンも顔を朱に染めた。
柔らかい態度とその綺麗な笑顔はそれだけでも癒しになるぐらい、彼に対して効果が覿面(てきめん)だったからだ。
早苗の怪我は、大したことはない様だった。
そう発言して誤魔化している可能性は無くも無いが、少なくとも右腕の打ち身は出血や骨折の類では無いらしい。
「俺、もっと早くコイツで霊夢さん達の間に入ってれば……」
その言葉の続きを口から出そうとした所で、早苗の細い人差し指がシンの唇に添えられる。
「―――?」
「私が……未熟だったんです。もっとしっかりしなきゃって、もっと上手く戦えていたらシンも霊夢さんも余計な疲れを背負わずに済んだのですから」
「早苗……だけど…」
「どうしてもというのなら、もう少しゆっくり帰ってみませんか?」
早苗がモニターに顔を向けているシンの視線に自らの顔を割り込ませる。
互いの顔が至近距離で向き合う。
「ど、どうしたんだよ」
「急ぐ事も無いのですから……お互いの親睦をもっと深める為にも私はシンと一緒にいたいです」
その言葉は彼の心境を揺るがした。
早苗は実際、美しく可憐な少女だ。その麗しい顔がこうして目の前にある。
それが健全な男子の前で振りまかれたら、放っておかずにはいられないだろう。シンも彼女に対しては美人と認めている。こうして二人きりでいる状況も、優越感に浸れるぐらいだ。
顔の白い柔肌の中にある、瑞々しい唇が目の前にある。その艶っぽい突起は見ている者を悩ましい感情に浸らせた。
だが今はそういう訳には行かなかった。その様な場合ではないのだ。
「早苗!前!見えない!」
「え、きゃあっ!」
思わず見とれたシンは機体のコントロールを怠ってしまい、警告音によって焦りに駆られてしまう。
その際の揺れに、早苗もシンの座席の横へ倒れかけてしまう。
機体の不安定を表す耳をつんざく警告音が、シンを瞬時に現実へ戻す。
まるで自分の愛機に怒鳴られている様だった。
怒りといえばにとりの幼い表情。
あの少女も、想いを真っ直ぐにぶつけてくる娘だ。
「はぁ…」
シンは溜息を軽く吐く。
にとりが汗水たらして修理した機体を、最も整備が困難な箇所を損傷させて、帰還しているのだ。
―――怒られる覚悟はしておこう。
彼女の怒声を想像して、シンは口元を引き締める。
不思議と、不安は過ってこなかった。
心配させるだけの事を、彼女が怒るだけの事を自分はやったのだ。その程度、シンは自覚している。
それに、彼女―――正確には小傘もいるから“達”なのだが―――は自分達の帰りを待ってくれている存在なのだ。
それに対してのお礼は、してみるつもりだ。
引き締めた口元の両端が、徐々に上がる。
シンはごくごく自然に笑みを浮かべた後、隣の転倒した早苗を立たせて陽が沈んだ空を飛び去っていった。

「この馬鹿ァ!」
妖怪の山付近を流れる川。そこに到着し、ハンガーへ機体を停めて数分後。
夜中だというのに、にとりは怒りを隠さない様子で二人のもとへ寄る。
そこで大声を上げてシンの腕を力強く引いて来たのだ。
突然の事態に驚愕する。
「ど、どうしたんだよ!?」
「落ち着いて下さい!にとりさん!」
二人から窘められる。
だがその鋭い眼と力の入った拳が落ち着く様子は無い。
「このっ……このぉ…」
肩を震わせて、彼女は声を唸らせる。
「こんな遅くまで帰ってこなくて……心配させるなっ…!」
「「えっ…」」
思わず拳が飛んでくるかと思いきや、にとりは顔を俯かせたままそう静かに呟いた。
その表情はまだ見えない。
「にとりさん……」
その言葉を耳にした途端、早苗の緊張した表情も解かれる。
「にとり…ゴメン、心配させたんだな」
強く掴まれた腕は、痛くない。
いや、彼女は元から痛みを与えない様に優しく掴んでいたのだ。只、引き寄せる力だけが強かっただけだ。
「お前達が遅いから……小傘は寝ちゃうし…夕方までまっても“デスティニー”は見えないし…うたた寝しかけたところでお前達が帰って来るんだからッ……」
ふと辺りを見ると、確かに小傘の姿はいない。
そこまで彼女は一心に自分たちを待っていてくれた事が、シンにとっては嬉しかった。
「にとり……」
想えば、にとりはいつも『早くもどって来て』と、照れた表情で伝えて来た。
きっと、彼女は一人が嫌いだから。よく知った人物と離れるのが嫌だから。
しかしそれを叶えようとしても思い通りにいかなかった。それ程まで、自分達は異変で困難を極めた状況に陥っていたのだ。
二人きりの時だけに見せる、にとりの寂しそうな表情。
それを想起すると彼の中で胸が痛んだ。
「………」
あの表情を成るべく他人に見せたくないのだろう。シンは無言で俯く少女を見てそう感じた。
だから目の前の彼女に、優しく触れる。
「……………」
触っても相手の顔は俯いたままだ。
シンは横目で早苗の方へ視線を移す。
「早苗…にとりは……ちょっと」
「ええ。……少し身を清めてきます」
彼の意を汲み取り、早苗が静かにその場を離れる。
足取りは作業場の裏手へと向かっている。
そこにはにとりの、川の水を利用した風呂がある。そこへ早苗は行ったのだ。
再び訪れた、にとりとの静かな空間。
辺りに人はいない。妖怪もいない。いつも遊び半分の態度を取る天狗もいなければ、吃驚を迫る傘の少女もいない。
シンは少し屈み、腰を落として彼女と同じ目線に合わせる。
青い前髪の奥で光が揺れている―――様に見えた。
「にとり」
彼女の寂しさを埋めてあげる為に、その小柄な体を両手で包む。
後頭部に回った手で背中をさすってあげる。その様子は、小さい子供をあやすかにも見えた。
顔はすれ違っている為に、にとりの表情は視界に入っていない。
だが今震えているのは彼女の拳では無く、身体だった。
「シ…ン…ん…」
「大丈夫、大丈夫だから」
彼女の耳元で、静かに喉を震わせて語りかける。
いつしか彼女の身体は、震えを止めて力を徐々に抜いていった。
「ゴメン。遅くなって……頑張って君が直してくれた機体は傷付けちゃうし、俺に渡してくれた“フラッシュエッジ”と“エクスカリバー”は酷使させちゃうし……にとりが怒るのも、無理ないよな」
「………そんなこと、どうでもいいよ…」
「格納庫の時も、小傘ちゃんが寝ちゃった時も、君は俺の為に頑張ってくれたんだもんな」
「うん…」
「こうやって夜中まで起きていてくれたんだよね。にとり」
自然な拍子で、彼女の背中を手で軽く叩く。
格納庫で抱きついて来た時も、異変の前に近寄って来た夜の時も、彼女は自分に何かを求めて来た。
だから、出来る限りでシンは彼女に応える態度を取ったのだ。
「お前……よく見たら怪我してるじゃないか」
にとりはシンが負った腫れた箇所に気付き、そう呟いた。
聖輦船でぬえとの戦闘の際、彼女に壁へ叩きつけられた時の怪我だ。
幸い、骨折の類は無かったが痛くないという訳でもなかった。意識を向けると今でも鈍痛が奔る。
最もその後に、自分が徹底的に危害を加えた事が気がかりではある。
あの娘―――ぬえは心の底から悪事を行おうとはしていなかったからだ。
また、白蓮達のところに寄った際に、彼女の様子は知っておきたい心がシンにはあった。
不意に肩に温かいものが零れた。今抱いてある、少女の涙。
「怪我しているのに……お前はいつもいつも…」
「おい、にとり?」
―――泣かせたのか?
そう思いシンは彼女の表情へ眼を移そうとする。そこでにとりが強く抱き返して来た。
それによって、離そうとした身体は強く彼女と密着する。
「見ないで」
「………?」
「人間に…こんなに優しくされたのは初めてなんだ……だから、私の顔…見ないで」
「別に、何とも思わないよ」
「恥ずかしいからだよ…今の私の顔は嬉しくて、ぐちゃぐちゃだから…悲しくも無いのに」
彼女は首を微かに降る。
済んだ水色の髪が、シンの顔を擽(くすぐ)る。
にとりは怒っている訳ではない事に、シンは気付いた。
その照れ隠しに値するのが、先程までの態度だったのだと納得する。
「サンキュ」
「シン……」
「今まで確かに謝ってばかりだからな……にとりにはお礼がいくつあっても足りないや」
「それをいったら…きゅうりの礼も修理の分も傷薬の分も、頂いてないよ……」
「今の俺には、こうやってあげる事しかできないから…そんなに溜めこまなくてもいいんだ、にとり」
涙声を隠さずににとりが囁く。
それに対し、ひたすら彼女を受け止め続けているシン。
「ずるいよ…今の私は……収まりが効かない……」
「我慢しなくて、いいから」
「……ぅうあ……私は……お前が怪我しているのに……でもここに来て嬉しいから……あぁもう……!」
言葉にならない声を漏らしつつ、にとりの身体が、重みが、自らの方に預けて来る。
彼女の希望通り、押し付けられているその表情を窺う事はしない。
暖かい身体が密着してきて、その震えを包み込む。
嗚咽を小さく漏らしながら、その少女をシンは受け止め続けていた。

早朝、鳥のさえずりや、川の流れだけが辺りに響く頃。
シンはやはり早くから眼を覚ましていた。近くには目をつむっているにとりの姿がある。
あの夜。
落ち着いたにとりを作業場にある簡易ベッドに寝かせた後、浴室から上がった早苗を確認した後でシンは近くで眠りについていたのだ。
だが、深くは眠れなかった。
にとりの泣き顔が頭に残っていて、夢にまで出てくるほどだったからだ。
いや、夢に出たのはそれだけではない。
にとりの泣き顔で頭を過(よ)ぎった、“助けられなかった少女”の顔。
―――ステラ。
あの時の悪夢。ベルリンでの悲劇は今でも鮮明に思い出せる。
記憶しているというより、頭に刻み込まれていると形容したほうが正しいのかもしれない。
それほどまでにあの惨劇はシンにとって痛烈だったのだ。
マユ、ステラはもう、どこにもいない。
逝ってしまった命はもう戻ってこない。
戦争だから仕方ないと、簡単に割り切れるならいい。忘れることができるのなら、悲しむことがないのならそのほうが楽と思えるぐらいだ。
でも、忘れるわけにはいかない。
もうあのような悲しい運命を背負う命は、あってはならないから。
にとりにも、悲しい表情をしてほしくはない。
自分にできることがあるのなら、自分で他人の悲しみを和らげるならば、
シンは出来ることを惜しまない。その為にはどんな事でも躊躇わない。
そう、決めているのだ。
「俺達は……もっと単純に出来ていたら、あんなことも、“ここ”の争いも…なかったのかもな」
元の世界でも、この異世界でも他人との確執は必ず生まれる。
それをシンは皮肉に思ったのだ。
あの時から―――今も背負っている悲しみを、“彼女達”にぶつけて甘える訳にはいかない。
この世界とは関係の無い事の上に、自分が相手の優しさから離れられなくなりそうだからだ。
そうすれば、この世界から離れる事が出来なくなってしまう。
元の世界の『未来』を創りあげてゆく職に、戻れなくなる。
何気なく、機体の様子でも確認しようとMSハンガーの方へ足を向けた。
元の世界に帰る為にも“デスティニー”は必要だ。
その修理を可能な限り進める為にそこへ向かおうとした。
「シ~ン!」
「……ん、小傘ちゃん?」
朝だというのに、作業場から紫の傘を持った少女が明るい笑顔を浮かべながら近づいてくる。
眠たそうな様子も無く、こちらに近づいて抱きついた。
「うわぁ!痛い痛い!」
「えへへ♪不意打ち成功!朝からおいしい心を頂いちゃった!」
倒れ込んだ際に河原の硬い小石が服越しに皮膚へ刺さる。目の前には赤い片目を輝かせている多々良小傘の姿があった。
「ホントは寝ている所を襲いたかったんだけど……結果オーライね!」
「お前なぁ……」
小傘を優しく掴んでそのまま起き上がる。軍服に付いた小石を軽く払ってから小傘と正面から向き合う。
「怪我したらどうするんだよ、君は」
「だって……待ち切れなかったんだもの。シンを食べるととても美味しいから」
「ったく……俺が怪我するだけならいいけど…」
そういって、シンは小傘の露出している脚に眼を移す。
淡い水色のスカートの下には、膝下が長く、白磁の様にすらりとした綺麗な脚が伸びている。
「ん?何で私のあしを見ているの?」
転倒する際にシンが下敷きとなったので、河原の石で傷ついてはいない。
それを確認した後でシンは胸をなでおろした。
「ねぇ、シンってば」
「ああ、いや。怪我してないかなって」
「な~んだ、てっきり…私のスカートでもめくるのかなって思っちゃった。シンは男の子だから私を驚かすのかなって」
「それは無いから……」
呆れた風に苦笑いを漏らす。
小傘はシンの言葉を受けて、手で脚についた埃を払う。
心を燻ぶる黒い闇が、小傘によってあっという間に吹き飛ばされた。
それに関して、内心感謝する。
―――この娘たちに、俺は助けられているんだ。
小傘はシンの顔を覗き込んだ後、昇っていく太陽を眺めている。
無邪気な様子をその横で見守るシン。
古くから生きている妖怪だというのに、どう見ても年下にしか見えないその少女を眺めていると心が安らぐ。
戦いから離れているこの時が、とても気に入っていた。
「ねぇ、あれなに?」
気付くと小傘が横にいて、シンの袖を引いている。
彼女が指している指の先は、朱に染まる橙の空。
―――いや、違う。
正確には空を指している様子では無かった。森の上空にある黒い影。
目を細め、近づく影を注意深く観察する。
金髪の少女だ。
少々幼げな印象があるが、見たところそこまで子供という訳でもない。
小柄な体にエプロンを着け、フリルを全体にあしらった御伽話に出てきそうな白黒の装束。
黒い三角帽子と空で箒にまたがるその姿は正に、魔女といったファンタジーな言葉が相応しい。
ふと空中で強い風が吹いたらしく、こちらに向かってくる箒の少女の頭から、その三角帽が離れた。
少女は手を伸ばして掴もうとするが叶わない。
帽子の行方はこっちだ。少女は風邪に揺られてスピードを出せない様だった。
「なんなのあれ……?」
「女…の子?」
「おーい、そこの少年!その飛んだ帽子取ってくれ!」
箒の上からこちらに怒鳴る。
シンが大して動かずとも、極めて近くに帽子が落下した。
それを拾い上げる。
「よしっ!でかしたな、お前」
箒の少女が大声でそう呼び掛け、勢いよく河原の近くで降り立つ。
その大声の影響なのか、作業場で寝ていた筈のにとりが寝ぼけ眼で外へ出て来た。
「うーん、うるさいなぁ……」
眼を擦りながら大きい瞳を瞬かせる。
「にとり…」
シンと小傘がその方へ向く。
箒の少女も同じ方向へ向いた。
「ふぇ……?」
にとりがこちらを向くと、箒の少女と眼が合った。
箒の少女はにとりを指差して言う。
「お前は……にとりじゃないか。随分と眠たそうだな」
この少女はにとりを知っている。
その言葉から察した直後に、箒の少女とは別に大声が聞こえて来た。
「げっ!魔理沙!!」
眠気を飛ばし、心底驚いた様子で魔理沙と呼ばれた少女を見る。
心外だな。―――と呟く魔理沙は、シンから帽子をつかみとって、ムスっとした表情を浮かべた。
数分後。
早苗も起床して、空が十分に明るくなった頃。
河原で皆は一堂に会していた。
早苗が起きる前に、簡単な自己紹介は聞いてあった。
彼女の名前は霧雨魔理沙。
見た目通り、“魔法使い”らしいが、この世界はシンの常識とはかけ離れ過ぎているので深く追求しない事にした。
霊夢とは少々長い付き合いらしく、年齢も同じと言う。
しかし、その割には背が低く説明されないと誤解する様な体躯の持ち主だ。
簡単に説明され、彼女から分かったのはそれぐらいの事だ。
―――あの娘……似合わない喋り方するんだな。
霊夢と同年代の年の割には、大きな瞳と可愛げのある表情は何処か幼げだ。
妙に女性らしからぬ―――と言うより男性の様な口調を使っているが、自らの事を“私”と呼んでいる。それに対しシンは違和感を抱いていた。
「お久しぶりですね、魔理沙さん」
「いつかの風祝か。まさかこんな所で会うなんかな」
早苗も魔理沙の事を知っていたようだ。後に聞いた事だが、早苗が幻想郷に来た際、間もなく霊夢と共に魔理沙の存在も知ったという。
もっとも、その時以来まともに会ってはいなかったらしいが。
「なんだよ、朝っぱらから。私の物は何も盗ませないぞ」
にとりは魔理沙の来訪をあまり快く思って無いらしかった。
その幼げな顔には疑いの色が明らかに表れている。
「そういきり立つなって、きゅうりのキュウちゃん」
「なっ……この―――」
「私がここに来たのは、ある奴がこっちに来たいと言ってきたからさ。私は上からナビゲートしてきただけだ。もうそろそろ追いついてくるんじゃないか?」
にとりをからかって気楽な表情を浮かべて告げる。だがその様な人物は辺りに見当たらなかった。
耳を澄ましてみる。
すると、魔理沙が飛んできた方向の森から、茂みがゆれる音がした。
一瞬熊の類かと思ったが、その割には森の奥に見える影は大柄では無かった。
「早すぎるよ、全く。これじゃ君に道案内を頼んだ意味が無いな」
「お前が遅すぎるのが悪い。頼んできた身ならしつかりついて来い、香霖」
奥から聞こえてきた言葉に、魔理沙は声を上げて返答する。
最後の茂みを掻き分け、声の持ち主である男性の姿が露になった。
青と黒の和装に、首には黒いチョーカーを着けている。魔理沙に比べればかなりシンプルな服装だ。
髪の色は銀で、活動的な魔理沙の性格とは対照的な落ち着いた雰囲気を出している。
見た目は若い方だ。自分達の中で一番背が高く、この中で一番大人に見えた。
「僕は運動が苦手なんだ。いつも賑やかしい君達とは一緒にしないでくれ……」
息を少し荒げながら、香霖と呼ばれた青年が近づいて止まる。
「あの人、だれなのよ?」
「確か……香霖堂の店主さん?」
「知ってるのか、早苗?」
「あんまり行った事はないですが……香霖堂っていう珍しい道具を売る店の店主さんですよ。確か、名前は―――」
「森近、霖之助。それが僕の名だ」
早苗が言いかけたところで、青年が遮った。
霖之助は息を整えた後、シンの方に眼鏡の奥から視線を向ける。
「君は、外来人だね?その風貌、幻想郷ではみかけないからね」
「は、はいっ」
すかさずシンは応答する。
「シン・アスカです。宜しく、お願いします」
「ああ、宜しく。シン」
差し出された右手に、自らの右手を差し出し握手を交わす。
今まで見て来たこの世界の人達の中より、ずっと凡庸で、型通りの人物だった。
「一体どうしたんだ、二人して。そもそもお前達が共に行動する所を目にするのは珍しいぞ」
にとりが口を開き、来訪してきた二人を向く。
シンと小傘は彼らの事に関して無知だ。にとりが一番相手の事を知っているらしく、進んで問いかける。
「いや、ちょっと物運びの手伝いをしてもらいたいんだよ」
「物運び……ですか?」
「一体何を運ぶんだよ、霖之助」
手を顎に当て、霖之助は質問に答える。
魔理沙は箒を持ちながら、彼の横に立っていた。
「ああ、そうなんだが……結構大きく、重たそうだからね。それを教える前に、にとりへ相談があって来たんだ」
腕を組み、説明を続けてくる。
「僕がいつも物を集めに向かう無縁塚でね。大きい……そう、『十枚の翼のある巨神』とでも例えれる様な機械を見つけたんだよ。その下に無縁仏があるからその撤去をお願いしたいんだ」
「無縁塚?無縁仏?巨神?道具屋さん、なにそれ?」
「シンも小傘も知らないんでしたっけ?無縁塚はこの幻想郷の果ての方にあり、外の世界の道具や通貨など、様々な物が流れ着く場所です。無縁仏というのはそこにある、死者や霊魂を祭る石仏ですよ」
「お宝もあるにはあるんだがな。魔法の森近くから再思の道を抜けてそこへは行けるが、なったって無縁塚は冥界、三途の河に極めて近い場所だ。下手に道を迷えば死者のお仲間入りだな」
そこは、幻想郷の中でもかなりの異端の空間とされている場所だった。
阿求が執筆する幻想郷縁起によると、『極高』と示されている程の危険地帯で、死者の世界に極めて近い場所である事を表している事を早苗は知っていた。
「そういえば霖之助さんは無縁仏の弔いをしていましたね……魔理沙さんは何故霖之助さんと共にいるのですか?」
「私もそんな所へは行きたくないんだがな……生憎、無茶してミニ八卦炉が焼きついちまったから香霖に修理をお願いしているんだ」
「魔理沙はいつもまともに代金を払わないからね、今回ばかりは暫くこちらで働いてもらうよ。まあ、今までのツケが来たと思うんだ」
「おかげで面白そうな異変にも行けやしない。この前香霖堂に図々しいネズミが来たんだが、なんか持って行った後に逃げるもんだから、憂さ晴らしになりもしない」
魔理沙は自らの魔法道具であるミニ八卦炉を霖之助に預けていた。
ミニ八卦炉は過去に霖之助から魔理沙へ送った道具で、彼女の宝物でもあった。だが、以前実験と戦闘による酷使で故障してしまい、暫く霖之助に預けることとなったのだ。
魔理沙は霖之助に金銭をあまり払っていない。ついでに言えば度々入り浸っては適当な代物を“借りる”という名目で持ち出してしまう為、泥棒紛いの行為もしている。にとりが先程警戒していたのは彼女の手癖からだ。
「つまりその大きいものをどけたいからにとりの所へ依頼しに来た……と言う事ですか?」
「理解が速くて助かるよ、シン。にとり、なんか役に立ちそうな発明品はあるかな?」
眼鏡の縁を上げて霖之助はにとりの方に向き直す。
「あるにはあるんだけど……あれは私が作ったものじゃないし……っていうかシンの物だからな」
「“デスティニー”なら、それをどかせたり運んだりする事、出来ませんか?」
その聞き慣れない単語を聞いて、霖之助と魔理沙の視線が早苗に向く。
「その“デスティニー”というのは何だい?」
「でっかい翼があって、大きい機械」
早苗が答えるより、小傘が快活に告げる。
「なんじゃそりゃ?」
「シンが持つ巨大な機体……簡単に言えばロボットです」
「俺がこの世界に来た時、乗っていた機体です。今はちょっとダメージがあるけど、応急修理なら腕で物を動かすぐらいなら出来ると思います」
“デスティニー”は早くからの修理のおかげでパルマフィオキーナこそ使用が困難だが、“腕”としての機能は何とか取り戻していた。
今の機体でも、彼らの要望の手助けにはなるだろう。
「ふむ。それじゃその“デスティニー”を見せてくれないかな?その機体を見ない事には実感が湧かないからね」
霖之助の興味は“デスティニー”に向いた様だった。確かにモビルスーツの存在を知らない物からすれば巨大な人型兵器の存在など疑問の一言だろう。
魔理沙もその話を聞いて口元を歪めている。あからさまに疑いの表情だった。
「分かった。いいよな、シン?」
「うん。じゃあ行こう」
一行はハンガーの方に歩を進める。
にとりが戦闘で歩いてゆく中、霖之助はやはりモビルスーツの存在に疑いを示している様だった。
シンは先程耳にはさんだ『無縁塚』、冥界に近い空間の名を想起して視線を河原に落とす。
―――冥界……死んだ人の世界か。
その言葉が頭に引っかかり、釈然としない想いを抱く。彼は既に失った二人の少女の笑顔を思い出した後。
すぐに、その一瞬の幻を頭の中から振り払った。
シン達がハンガーに足を踏み入れ、にとりがライトアップのスイッチを点ける。
カッ。という音と共に、非起動時の鉄灰色を纏った人型兵器が姿を表す。
「な、なんだよこのデカブツ!?」
魔理沙があからさまに驚愕する。無理も無い。
この世界の住民が、目にかかりそうにない物体がそこにあるのだ。
大声を上げた後、好奇の眼差しを“デスティニー”に向ける。
魔理沙は地面を蹴り、作業場の中を飛翔して舐めまわす様に機体を眺めていた。
だが、霖之助は違っていた。
「こ、これは……!」
「どうしたの、道具屋さん。そんなに驚いた顔して?」
霖之助の柔和な表情が崩れていた。
唾を飲み込み、魔理沙とは趣の異なった驚きの表情を浮かべている。
シンもにとりも早苗も、それを訝しむ。
「どうしたんですか?霖之助さん」
シンは堪らず質問をする。
にとりも、早苗も同様の事を聞こうとしたらしかった。
一瞬の間が空いた後、霖之助は静かに応えた。
「この機体……“デスティニー”は、あの無縁塚の巨神に大きさや意匠が良く似ているんだ」
シンは一瞬彼の言っている意味が分からなかった。
この機体に良く似ている物体が、“デスティニー”とは別に存在している?
―――なんでだ。
シンの思いつく限りでは、それはモビルスーツに違いない。
この世界に、ある筈の無い存在。
争いの火種にもなりうる存在がこの世界にあると聞いて、シンの全身から血が引いてゆく。
「その……機体は………」
十枚の翼のある機体。その単語が過った途端、シンの頭にいつか響いた爆音と凄惨な景色が目に浮かんだ。
その上空で舞い踊る、死の天使達―――
「灰色で、天使の様な翼が生えていたよ。この機体に顔は良く似ていたし、僕の能力から察するに、用途は軍事兵器。そしてその機体の名前は―――」
次の瞬間、シンの思考を止める名称が聴覚に飛び込んできた。
「“フリーダム”。」
それは、嘗て撃墜した機体。先の大戦中、戦場に出没しては敵味方関係無く攻撃を放ち、引っ掻きまわした機体。
そして、ステラの命を貫いた機体。
エンジェルダウン作戦で、完膚なきまでに破壊した宿敵の機体の名称だった――――