PHASE- 23 無縁へ堕ちた剣


「まさか……嘘だろ!?」
霖之助から語られた事実。
“フリーダム”。宿敵だった人の機体が、この異世界に迷い込んだ。
「なんで……貴方が“フリーダム”の名前を…」
今のシンにはその一言しか出なかった。
この世界の住人がMSの存在など知る由は無い筈だ。見た目からそれが兵器と分かりはしても、固有名まで知る事はあり得ない。
「ど、どうしたんだい?」
問われた霖之助は目を丸くする。
シンはその時自分が相手に対して鋭い視線を飛ばしていた事にようやく気付いた。
「あ……すいません。でも貴方が言った“僕の能力”って……」
視線を逸らし、小さく謝る。
あまりの衝撃に困惑を隠しきれない。心も平常を保つことができず、苛立ちがシンの中で募る。
「ねぇ、どうしたの?」
近くにいた小傘が心配して傍にすり寄る。
いつもの無邪気な笑顔とは違い、その瞳は真っ直ぐにこちらを覗き込んでいる。
小傘だけでは無い。
早苗もにとりも心配の意を表していた。
―――驚き過ぎだ、俺!
両手で軽く自らの頬を叩き、気を引き締める。
大丈夫だよ。と彼女達に告げ、霖之助に向き直った。
「そういえば、まだ話していなかったね。僕の能力は“道具の名前と用途が判る程度の能力”でね、その機体の名前が分かったんだよ」
「もしかして、道具屋さんもシンみたいに機体を動かせるの?」
「それは無理だね。“フリーダム”の用途や名前は分かっても、使用するとなれば話は別だよ。例えばボールの用途は『遊具として使う』だけど、どうやって遊ぶのかは僕の能力では分からないんだ」
「全くもって、生かすも殺すもない中途半端な能力だ。お前にはせっせと道具を直している姿が似合っているな」
「ホントだね。扱いづらい能力だよ」
言葉の割には悲観している様子も無く、霖之助は肩をすくめた。
魔理沙はちょくちょくと彼には世話になっている身らしい。能力があてにならなくても、道具屋を営んで身に付けた彼の技術を頼りにしているのだろう。
この世界の住人は何かしらの能力を身につけている。
それは別に彼女達限定と言う訳でも無く、ごく自然に持ち合わせている個性とシンは理解した。
「霖之助さん、どうですか?この機体は?」
「この“デスティニー”なら、確かにあの巨神を運べるね。問題なのは、あそこに大人数で近づくべき場所じゃない事なんだけど」
言葉の後にこちらに顔を向ける。
その先にはシンの背後にいる早苗達。
この先行く空間の名は無縁塚。
危険極まりないと書物に記述されている場所で、行く路を違えれば迷ってしまって死に到るとされる。
その様な場所に彼女達を連れていく気は毛頭ない。なのだが。
「シン……私を、無縁塚に連れて行って下さい」
早苗が近づき、シンに進言してきた。
「早苗……」
「ダメだよ。魔理沙さんと霖之助さんはあの場所の歩き方を知っているらしいけど、君が危ない所に近づく必要は無いって。あそこには俺達だけで―――」
「それでも、私は行きたいんです!」
シンの言葉を遮り、語気を強める。
「あの場所は冥界が近いと聞きました……以前私はお話ししましたよね?私の両親の事を……」
初めて守矢神社を訪れた時の記憶が浮かぶ。
早苗がこの世界に来た理由の他に、彼女が語った家族の死―――
「私は両親が死んだ時から、自分が死ぬことが怖いです。でも私達、人間はいつか絶対に死ぬ。だからその場所にいって己の竦みを無くしたいんです。それに」
早苗はその綺麗な二つの輝きを真っ直ぐに向けてくる。
「貴方だけをその怖い場所に行かせたくないから……」
「早苗……」
いつもこうだ。彼女はシンの目的の為に自らの身を危険を晒す。
それは既にシンに分かりきっていた事だ。
だからこそ、早苗にはこの場所に残ってほしかった。
命の危険に晒される地へ赴くのは、自分だけでいいとシンは願っているからだ。
「いかせてやれよ、シン」
「にとり、でも」
意外にもにとりが彼女の進言を肯定した。
「“デスティニー”なら下手な事が無い限り安全だろ?……それにそいつには何を言っても無駄だぞ」
にとりの言う通り、早苗の意思はいつだって堅い。例え強く否定して残るように説得しても、彼女は飛翔してまで追いかけてくる可能性がある。
それに生身で飛翔するよりかは、機体で移動する方が安全で気楽だ。
「またお留守番か……でもシンはちゃんと帰って来るよね?」
小傘がこちらの顔を覗き込んでくる。
彼女は自分達が無事に帰って来る事を信じている様だった。シン自身もこの異世界で立ち止まるわけにはいかない。必ずここへ戻ると、聞かれるまでも無かった。
「まだまだシンには借りがあるんだ。ちゃんと帰ってこないと許さないぞ」
にとりは幼さの残る顔を突き出してくる。その表情は突っ張った声とは反して、穏やかで優しい。
その表情を曇らせない為にシンは快活に返事をする。
「わかった!」
言葉の後ににとりの頭をそっと撫でる。
やめろよと言い、にとりは手を払いのけようとした。だが怒っている表情では無い。ほんのり顔を朱に染めてにとりは俯いて力無く手に触れてくる。
にとりの頭を撫でると、いつだって口では反論しつつも可愛らしい表情を出す。それは彼の中で安らぎと化した。
「それじゃ、私達は先に行くか。霖之助は私の箒に掴まれ。流石にあそこは遠いからな」
「魔理沙もめずらしいことを言うもんだね。その言葉に甘えさせて貰うよ」
魔理沙がハンガーの外に駆けだし、霖之助が苦笑してその後を追った。
シンは機体に登り、早苗の手を引いてコクピットへ潜り込む。
OSの機体チェックを引き出して、修復中の“デスティニー”をアクティブにする。
キーボードを使って問題の腕部を作業に使う為に調整を行った。
「腕部の機能チェック……兵装システムを一時的に停止させて機体に負荷を掛けない様に…」
淡々とつぶやいてシンはディスプレイを覗き込む。
にとりの応急修理はあらかた終わっている。問題なのはシステム面だ。腕部の損傷が酷くても、腕自体が無くなった訳ではない。
河童の技術は頼りになるが、だからといってあてにしすぎる訳にもいかない。
当然にとりの労力は増えるし負担も大きい。
小柄なあの体躯に無理をさせたくない想いがシンにはあった。
急ピッチで作業を済まし、機体の眼に灯が点る。
センサーに魔理沙達の行方が映っている。“デスティニー”は翼を広げてその後を追い始める。
「きをつけてねー!!」
ハンガーから飛び立つ直前に、小傘の大声がコクピット内に届けられる。
シンは振り向いて外部スピーカーで一言呼びかけた。
「ああ、任せろ!」
そのまま、青空へ機体は飛翔する。
瞬く間に機体は魔理沙の駆る箒に追い付き、風を切る音が辺りにこだまする。
「行きましょう、無縁塚へ」
「…ああ!」
操縦桿を固く握り、目の前のモニターに眼差しを向ける。
その先にある嘗ての敵機の姿を回想しつつ、シンは無縁塚へと飛び立っていった。

魔理沙の後を、速度を合わせて“デスティニー”は追う。
青空の下、シンは過去に見た“フリーダム”の姿を思い出していた。
前々大戦の英雄であり、幾度となく自らの邪魔をしてきた機体―――
その存在は少なくともシンにとって良い物では無かった。
同僚の死因を作り、戦場を混乱させ、自分が苦戦した敵機をあっさりと撃墜していく様はとても腹が立つ存在だった。
その機体が何故この世界に?今のシンはその疑問で一杯だった。
霖之助から無縁塚の特徴は、『忘れ去られた物、不要となった物』が流れ着く場所だという事を聞いている。
つまり自分が“フリーダム”を討ったあの後、必要とされなかった機体の末路がこの地へと流れ着いた原因なのか。
ひたすら考えても答えは分からない。だが、疑問に思わずにはいられなかった。
自分がこの世界に来た理由と関連性があるかもしれないからだ。
「シン」
隣から早苗が囁いて来た。
「さっきから黙り込んでどうかしましたか?体調が悪いのでしたら、私に出来る事を言ってくれてもいいのですよ」
その心遣いはありがたい。それだけでもシンの悩みからくる心配心は紛らわされた。
「大丈夫だよ…ただ」
「ただ?」
「“フリーダム”の事が……気になってさ」
早苗はその時悟った様だった。シンの悩みを。暗い表情の正体を。
「“フリーダムガンダム”……もしかして地底で見たあの“ストライクフリーダムガンダム”と何か関係があるのですか?」
「うん……」
“ストライクフリーダム”は“フリーダム”の後継機に当たる。そしてそのどちらもキラ・ヤマトの駆る機体であり幾度となく自らの敵となった機体だ。
ビームを放ち、青い翼が空を縦横無尽に跳び回るコクピット内の映像が、今でも頭に強く焼き付いている。
「なんで、こっちへ来ちゃったのかなって」
作り笑いを浮かべて彼女へ向く。無論彼女の心配性を和らげるための笑顔だ。
「無理しないで、シン」
「うっ……」
「それくらい私にはお見通しですよ……貴方さえ良ければ、貴方の過去をまた話してくれませんか?」
見事に考えを見透かされて、シンは一瞬たじろぐ。
―――はあ、敵わないな。早苗には。
内心そう呟いた後に観念してシンは、昔―――前大戦中、自分が戦場で戦っていた時の事を口に出し始める。
あの時の自分は、とても必死だった。
まだ自分の乗機が“インパルス”だった頃。それは突然舞い降りて来た。
ダーダネルス海峡で飛翔する“フリーダム”は、当時シンが所属していた艦の“ミネルバ”と連合軍を区別無く攻撃した。
争う者の武器を奪い、墜としていき、戦場に混乱をもたらした存在だ。
カガリ・ユラ・アスハの駆る“ストライクルージュ”、旗艦のアークエンジェルと共に介入した第三軍は、双方の軍にとって非常に厄介者扱いにされた。当然のことだった。
彼らによって予期せぬ事態は幾つも引き起こされた。
“ミネルバ”の主砲であるタンホイザーを発射直前に狙撃されてしまった故の多大な犠牲。
船に着任したばかりのハイネ・ヴェステンフルスの撃墜。
アスランが駆る最新鋭のセカンドステージシリーズ、“セイバー”の戦闘不能。
そしてシンが守ろうとした存在、ステラの殺害。
シンはあの機体を憎んで、怒りにまかせて―――討った。
結果的に搭乗していたキラの命を奪うには至らなかった。
だが、今はあの人を殺さずに済んで良かったと思っている。
キラとはもう、争い合う関係じゃないのだから。
憎しみの連鎖はもうあってはならない。
討っては討たれ、血が血を呼ぶことは許されないのだ。
「そのガンダムは、“ストライクフリーダム”と同じ人が乗っていたのですね」
「ああ……」
簡単に説明した所で、口を止める。
出来れば、彼女に自分達の世界をあまり語りたくは無かった。
狂気が渦巻く戦を乗り越えたとはいえ、この平和で自然豊かな世界で暮らしている住人にそんな現実を教えたくは無かったからだ。
「どこにでも戦争はあるのですね……」
「早苗の世界でも……あったのか?戦争が」
その呟きに反応して、彼女へ顔を振り向かせる。
「ええ、私が生きる時代には既に終わっていましたが……“私の世界”では世界中で戦争が起きていた事は知っています」
外の世界にも戦争はあった。
シンの世界、コズミック・イラの大戦の様に人型兵器を使っての争いではないが、人々の命が世界各地で奪われた悪夢は存在していた。
国の問題に巻き込まれて、関係の無い人々が死んでゆく。
実際にそれを経験していない早苗でも、それがいかに惨たらしいものであるかを想像するまでも無い。
「私は戦争の時代に生まれてはいませんから……シンみたいに戦ったり怖い想いをした事はありません」
視線を落として早苗は続ける。
「でも、私は両親を失いました」
「ああ……」
守矢神社で聞いた、彼女の言葉。
親を無くし、何かにすがらなければ生きてゆけない、と。
「神奈子様と諏訪子様がいたから今の私はいますが……あの時の悲しみは今も忘れ得ません」
「早苗……」
「シンが辛い顔をしていると、私も辛いですから……」
首を振り、先程までの遠い目をした表情を振り払って笑顔になる。
「シンはもう、怒りと憎しみだけに囚われちゃいけません。その“フリーダム”だって、きっと平和の為にその力を行使したのですよ」
「……そうだな」
「シンの言う、キラって人も世界の為にがんばっているのでしょう。今のシンはすこし、ゆっくりすべきですから……」
「でも、俺は」
「もう、そうやって無理をするから、貴方は……」
肩に手を置かれ、シンはたじろいてしまう。
彼女の表情は真っ直ぐにこちらを覗く。
「出来る限りでいいから、私に色んな事を話して下さい」
真摯な響きをもたらして彼に告げる。早苗はシンが好きだ。
孤独な環境で戦ってきた彼は強くて、時に見せる表情は可愛くて、とても頼りになるシンという少年が。
好きだから―――彼の助けになりたい。
「……面白いことなんか、何も無いよ」
「ええ」
「よく分かんない事も多いと思うよ?」
「構いません」
「俺だって、どんな表情で言えばいいのかわかんないよ」
「お好きなように」
シンは彼女の笑顔に、自らの笑顔を返した。
そして、コクピットのモニターに再度注目する。
自分にこんなにも共感してくれる人がいてくれる事に、シンは張り裂けそうな嬉しさでいっぱいだった。
この世界に来てしまった時は、心の中が絶望で溢れた。
だけどこの世界の人達が自分を助けてくれた。見ず知らずの自分を、親身に思ってくれる人に出会えた。
そのめぐりあいは、掛け替えの無いものだ。
―――俺は、どうしたらいいんだろう?
彼女達との別れの時。それは避けられようも無い未来だろう。自分が元の世界に戻ろうとする限りは。
この世界での出会いは大切なものだが、一つの不安を彼の中で生んだ。
その解決の答えは未だ見つからない。
元の世界をとるか、この世界に残るか。
その選択は、まだ彼には出来なかった。
「それにしても凄いなぁ」
「どうしたんだよ、香霖」
“デスティニー”の先を先行する魔理沙。箒にまたがる彼女の後ろで霖之助は背後の巨体を見やり、感嘆しながら呟いた。
「君だって驚いてたじゃないか。今まであんな巨大な機械なんかみたことないんだろ?」
「それは確かだな。あんなデカい外来人がいてたまるか」
魔理沙が初めて見たあの機体―――確か“デスティニー”と言ったか―――は、今までにないタイプだ。
視覚に飛び込んできたあのインパクトは強く、恐怖にも似た驚きに心を動かされた事が気に入らない。
「僕だって驚いたね」
「当然だろ」
「いや、“デスティニー”の事じゃない」
魔理沙の予測を即座に否定する。
「この先にある無縁塚で見た奴さ。金属でできた建造物なのに、あの姿は武骨さと清廉さを持ち合わせている。兵器として作られた割には“フリーダム”と“デスティニー”はあまりにも格好がいい代物だ」
「気に入ってるのか?」
「個人で所有するには勘弁だね。置き場が無いし、店に来てくれた人が怖がって逃げるかもしれないだろう?あんなものは見れただけで幸せだ」
「今度河童の連中が、似た様なものを作るとか聞いたな」
「確か、山の神様達が大きいアドバルーンを作るんだったっけ。それも相当なものになりそうだが、僕としては珍しいものほど興味がわくからね。まさか、魔理沙はシンの“デスティニー”を悪用しようとしてるのかい?」
魔理沙はムッとして、鋭い視線を霖之助に向ける。
「馬鹿言うな、あんな物動かせれる訳ないだろう。あれで何かを“借りる”にはあまりにも邪魔すぎる。私の家もあんな物を置いておくには無理だ。ああいう機械は河童の所に置いておくのが一番いい」
「……そういうと思っていたよ」
魔理沙の素直な感情の表現に、思わず口元を曲げる。
霖之助は昔から魔理沙の世話係だった。
魔理沙の親から命じられ彼女が自立できるまでは共にいた、いわば兄妹の様な関係だ。
魔理沙は名士の箱入り娘だ。
だが家族に反発して勘当された彼女は行く宛ても無く、霖之助の営む店、『香霖堂』で厄介になっていたのだ。
そんな彼女に霖之助が差し上げたのが、霖之助が作ったマジックアイテム“ミニ八卦炉”。
彼女の操る魔力を増幅させるそれは力の使い方によって、火や風、あらゆるエネルギーを操れる万能の代物だ。
十八番である攻撃魔法、通称“マスタースパーク”も、八卦炉を通した方が強い。
彼女にとって八卦炉がない生活は考えられなかった。もっとも、それを故障させてしまったのは愛用していた自分なのだが。
「お前の家で厄介になる事にも、なれちゃったな」
「道具はいつか壊れる物だが……まさかヒヒイロノカネ製のアレを壊してしまうなんてね。やはり魔理沙の使い方は荒いと―――」
「うるさい」
振り返らずにピシャリと言い放ち、霖之助の言葉を断つ。
「私だってあれを故意に壊したくなんかないさ。だけどお前がいるから頼るんだ。でなきゃ修理ぐらい一人でやっている」
魔理沙は霖之助を心から信頼していた。
分からない事や難解な魔法の方程式を解く為に彼の博識を頼る事もあり、霖之助なくしては今の自分は無いからだ。
普段から語気の荒い口調を使っている為、時に彼の表情を歪ませてしまうが構わなかった。
親しい相手にはこれぐらいが丁度良いと、魔理沙は思っているからだ。
「もうすこし女の子らしくしてもいいとは思うが……小さい頃の君はあんなに可愛くて―――」
「ストップだ。その話をしたら落とすぞ」
魔理沙はあからさまに、捻くれた顔を浮かべて頬を膨らませる。
「ここはかなりの高さだよ」
「構わん。死にはしないだろう」
「僕は体が弱いし、八卦炉が修理できなくなるよ?」
「その時はお前の店を貰い受けるぜ」
「冗談だよ、そうムキにならなくてもいいだろ?」
「女の子らしさとかいう奴はいつまでも古い。お前の言っている事は差別だ」
昔の魔理沙を語るといつもこれだ。照れ隠しをするように声を少し荒げて冗談を次々と吐く。
分かりきっているから霖之助はこの様な事が言えるが、怒らせ過ぎると彼女は自分を躊躇い無く落とすだろう。何事も程々がいい。
「わかった。わかった」
彼女から小突かれ、肩をすくめて微笑する。
背後からうつる彼女の背中はとても小さい。
だからこそこんな華奢な少女が一人で生きて行ける為にも、自分は八卦炉を直してあげなくてはならない。
霖之助は妹分の彼女に穏やかな表情を向ける。
当の本人は前を向いていた為に、こちらの真意を知っているかどうかは窺えなかった。

青空が淀んでいき、曇り空に似た灰色で埋め尽くされてゆく。
“再思の道”と呼ばれる道の先に、目的の空間は広がっていた。
辺りには血の色に似た彼岸花が咲き誇り、靄がかかったこの地の全てを知る事は難しい。
日が照っている筈なのに妙な薄暗さが覆うこの地は、生きた人間が来るにはあまりにも不相応だ。
花の集団は見方によっては、血溜まりのようにも見える。
不吉な印象を抱くこの花は、死人花、地獄花、幽霊花とも呼ばれ、死者の世界が近いこの地には不思議と似つかわしい存在だ。
その奥に三途の河と呼ばれる、彼岸と此岸(しがん)を隔てる境界となる河がある。
一般的な川と同じ様に水が流れているが、その水の色は無機質な灰色だ。
河岸には無数の無縁仏と彼岸花が散りばめられており、この地の不気味な印象を加速させた。
「さあ、ついたぜ」
魔理沙の一言が聞こえてくる。
シンは機体に制動をかけて、静かに河岸の傍に機体を降ろした。
着地の揺れが身体に伝わった後、ハッチを開いて早苗と共に地面へ降りる。
魔理沙達も既に箒から降りて、彼岸花が咲き誇る地面に立っていた。
「ここが…無縁塚。この河の向こうには死んだ人達が……」
早苗は河の向こうにある黒い闇を眺めて静かに呟く。
「私達の目的はそれじゃないだろ?香霖の言う“フリーダム”を無縁塚からどける為にわざわざ来たんだからな」
魔理沙が手招きをして河岸に近い早苗を誘う。
早苗はどこか名残惜し気に彼岸を一瞥した後に、シンの横へ歩みを向けた。
シンはこの地の異様な光景に圧倒されていた。
「ここが、死んだ人の世界の近くか……」
元の世界では絶対に目にする事は無い光景だ。
彼岸の奥へ続く空には黒い闇が伸びていて、自分達が来た現世へと続くへは白い光が照りつけている。
白と黒が混ざり合う、中途半端な灰色の世界。
そこに唯一彩られているのは、彼岸花の毒々しい派手な赤色だけだ。
―――俺が殺した人達は、こんな世界に逝ってしまったのか?
大戦時、同僚に『ザフトのスーパーエース』と呼ばれるほど戦果を上げていたシンは、それに見合う分の沢山の敵機を討った。
ただひたすらに、戦争を無くそうとするために。
その彼らの行き先が、あんな竦みそうな暗い空間で過ごしていくと思うと胸が痛む。
死んだ人達―――自分の家族やステラの顔が目に浮かぶ。
「シン……」
心境を察した早苗がシンの手を握る。
「大丈夫ですよ……ここは幻想郷です。シンさんの世界の人達はあんな暗い所へいっていないと思います……」
「うん……」
根拠の無い慰め。
だが今の早苗にはこれ程度の事しか彼にしてあげれるものが無かった。
「うん、あれだな。おーい!シン!こっちだこっち!」
急に離れていた魔理沙がこちらに大声で呼びかける。
恐らく“フリーダム”が見つかったのだろう。心を切り替えて彼女の方へ足を向けた。
河岸に咲き誇る彼岸花を踏みながら、声の方へ歩く。
その先に、河岸にうつ伏せている鉄灰色の巨体があった。
墜とした筈の“フリーダム”は、ある程度修復されていた。
“インパルス”にもがれた片翼は一対に戻り、“エクスカリバー”に貫かれた腹部は塞がれ元に戻っている。
が、細かな部分―――ビームで爛れた左肩は相変わらずで、中途半端な修復が目立つ。
恐らくキラの為に“アークエンジェル”の整備班が尽力したのだろうが、“ストライクフリーダム”の存在によって破棄されたようだ。
霖之助曰く、行き場を失った物はこの地へ流れ着くらしい。
その対象に選ばれた“フリーダム”は役目を終えた様にその地に腰かけていた。
「シンの言う通り、“ストライクフリーダムガンダム”に似ている……」
「あの機体の原型だからな……」
近づき、“フリーダム”のコクピットハッチ付近の簡易コンソールを操作する。
モビルスーツには怪我等で搭乗者が自力で出られない時の為に、外部に緊急用の操作系がある。
軽快な指捌きでパネルを叩く。
程無くして“フリーダム”の胸部ハッチが前方にスライドした後、内部のシートがせり上がってきた。
そこには、一人の女性が座っていた。
瞳を閉じ、硬い座席の上で静かに寝息を立てている。
赤髪で青い和装を纏った女だ。
「この人…なんで?」
“フリーダム”の中に何故この女性がいるのか?
この機体のパイロットのキラ・ヤマトならまだしも、明らかにこの世界の住人と思わしき人がいる事に違和感を覚えた。
「コイツ……小町じゃないか」
いつの間にか背後に立っていた魔理沙がそう囁く。この女性の名前だろうか。
「確か、閻魔の部下の……」
「小野塚小町。この三途の河の舟頭をしている“死神”だよ」
霖之助が発した不吉な単語を耳にした途端に背筋が凍る。
一般的な死神といえば黒い装束を纏い、恐ろしい形相で鎌を振るって魂を刈り取ってゆく―――という負のイメージが目立つ。
目の前の彼女も鎌を持ってはいる。
だが頭の中に浮かぶ姿とは似つかわしくなく、気楽そうに寝息を立てているその姿を見ていると、動転した自分が腹立たしくなる。
少なくとも、今の小町を見ても恐怖は感じる事は出来なかった。
「ほら、起きろ」
魔理沙がシンをのけて小町の肩を揺らす。
力無く首が前後に揺れた後、赤髪の女は気だるそうに瞼を開けた。
「うーん、なんだいなんだい大きな声で……そんなことしなくてもあたいは起きれるよ」
うっとおしげに凛とした声が響く。
瞼を擦りながらシートの上にいる魔理沙の顔に視線を合わせる。
「おっ、あんたは霧雨魔理沙か……お前の様な人間がここへ来るなんて珍しいね」
「またこんな所でサボタージュか?上司の閻魔がお怒りになるぞ」
軽口を叩く魔理沙。
二人の様子から面識がある事はすぐに分かった。
「彼女と魔理沙は異変の時に知り合ったらしいんだ。小町はああいうタイプだから馬が合いやすいだろうね」
「私達が“ここ”へ来るよりも前の事ですね」
霖之助と早苗に相槌を打って応えた。
シンはこの世界に来てまだ新参の身だ。彼女達の交流の広さに思わず舌を巻く。
「ちがうよ、あたいはサボってなんかいないさ。ただこの中なら四季様には見つからないし、雨も風も入ってこないから身体を休めるにはマシな所なだけさ」
「お前の事だ、そんな理由だろうと思ったぜ」
小町は笑いながらシートから腰を上げる。
機体の胸部から降り、彼女は河岸に足を降ろした。
「おっ、あんたは時々来る道具屋の店主だね。今日も無縁仏の弔いかい?」
「ああ、そのことなんだが…」
霖之助は本題を切り出す。
そう、自分達はこの気さくな死神と談笑する為に来た訳ではない。
「その巨神。“フリーダム”があるせいで無縁仏の弔いが出来なくてね。どけようとしていた所なんだ」
小町は聞き慣れない単語が混じったその言葉を受けて、眼をぱちくりとさせた。
「ふりーだむ?ってなんだい?」
「貴方が寝ていた機体の名前です、小町さん」
早苗が口を挟んで説明する。
「シンの“デスティニー”を使ってあれを回収しようとしていた所です」
小町の双眸がシンの方へ向く。
「俺、シン・アスカっていいます。こんにちは、小町さん」
「ふうん……へぇ~」
互いに初対面だ。小町は真っ直ぐにシンの眼を見つめて一言呟いた。
「先の長そうな人生だね、アンタ」
「え?」
「なんでもない。あたいの言った事は忘れな」
彼女が口にした言葉の真意が掴めない。
唐突に言われ呆気にとられた隙に、小町はシンの肩に馴れ馴れしく手を乗せた。
「それにあたいの事をさん付けするのは却下だ。あたいの事は小町と呼びな、シン。畏まった態度とかそういうの、あたい嫌いなんだよね」
「え、でも小町さん―――」
再度口にしたシンに小町は人差し指を横に振りながら、おどけた態度で注意する。
「こーまーち。何度も言わせるじゃない。あたいが呼び捨てているのに、お前は私を腫れもの扱いにするのかい?」
「す、すみません!」
「ま、いいよ……外来人に会うのはあんまりないしね。アンタみたいな奴もこんな辺鄙な場所に来るなんざ珍しいたらありゃしないよ」
腕を組み、わざとらしく溜息を吐く。
「さて、アンタらの言うコイツの移動の事だが」
小町は“フリーダム”を指で差す。
「こんな中で寝るのも結構おつなもんでね。こいつを取られると私としても気に入らないのさ」
「サボりたいからか?」
「あたいが年中サボってる様な言い方するな!」
ムキになって小町は反論する。
「僕が見てる限りじゃいつもフラフラしてるんだけど……」
「心外だね!あんたもそういうのかい!?」
霖之助にまで指摘されて不服そうに声を荒げる。
あまり誠実に仕事をこなす人物では無い様だ。
「あったまきた。魔理沙、あんたと勝負だ!あたいに勝たないとこのデカブツはぜーったい渡さないからな!」
「実力行使ってわけか。いいぜその話、のった!」
小町は啖呵をきって、手に持つ鎌を大きく構えた。
歪な刃の切っ先が、魔理沙の方へ向けられる。
魔理沙も小町の方へ身構え、手のひらをかざす。
「迂闊にあたいに近づく奴は、死ぬよ……!」
死鎌の刃が踊り出す。
小町は地を蹴り、白黒の少女へと得物を走らせた。


PHASE- 24 死神の鎌


「どうしたら、アレを元通りに直せるんだ……?」
にとりは思案していた。
河原の傍で座り込み、シンの傷ついた“デスティニー”を如何にして修復するかを。
あの夜、シンと早苗は無事に帰ってきてくれた。
随分と人を待たせたくせに、シンは柔らかい笑顔を浮かべてくれて、抱き締めてくれた。
危険な異変から、ちゃんと帰ってきてくれた事は嬉しい。
そして自分が修復した機体が、彼を守ってくれた事もまた嬉しかった。
その彼の力である機体が、今は致命的な損傷を抱えている。
出撃する前に簡易的なチェックをしてみると様々な事が分かった。
異変で負ったダメージは、外部装甲に支障を殆どきたしてはいない。だが、内部フレーム、主に腕部に深刻な損傷をもたらしていたのだ。
恐らく、異変の最中にて機体の何倍もの重さが一気に圧し掛かった為だと思われる。
“デスティニー”が有する相転移装甲システム―――ヴァリアブルフェイズシフトでもその衝撃を緩和しきる事が出来なかった程の。
船の異変が終わったとしても、シンは元の世界に帰る為に“デスティニー”を行使し続けるだろう。
だが肝心の機体が問題を抱えていては、この先の不和に対応できない恐れもある。
「一度、大掛かりな修理が必要かもな……」
あのダメージは今まで施してきた応急修理では間に合わない。
仲間の河童を呼んで本格的な整備を施し、尚且つシンが元の世界に帰る際、再度の衝撃を想定した改良を施さなければならない。
河原に墜落していた時点で機体には負担が蓄積しており、機体パーツは軋みを上げていたのだ。
時間を掛けてでも、オーバーホールを行わなければ“デスティニー”のダメージはいつか取り返しのつかないレベルに進行してしまう。
それだけではない。“デスティニー”が使えない間、その間の代用策も考える必要があった。
シンが無理に“デスティニー”に負担を掛けない為にも、代わりとなるモビルスーツが。
「もう一つ、あいつの力になるヤツがあればいいんだけど」
頭で考えていたはずの事が口から漏れた。
シンの事を考えるといつもこれだ。心配ばかりしてしまい、いつも彼の事を考えてしまう。
これも文が言っていたように、自分がシンに好意を寄せているからなのか―――
「ダメダメ!いまは、こんなの考えたって仕方無いんだ」
首を激しく横に振り、今までの暗い気持ちを振り払う。
そうだ、今は考えたって何も出来ない。彼の帰りを待つ事以外、ここで小傘と共にシン達を待つしか今の自分には無いのだ。
―――でも、あいつの力になってあげたい。
只待っているだけでも、自分の無力さから憤りの感情が沸いてくる。
シンと一緒にいたい気持ちが、身体を駆け巡ってのたうちまわるかのように。
だが、自分は整備士だ。
自分が機体を修理できなかったら、いざという時どうなる?それこそ彼の目的の妨げになりかねない。自分はいつでも彼に協力出来なければならない。
『シン……私を、無縁塚に連れて行って下さい』
だから、シンに訴えた早苗の言葉を肯定した。
早苗の性格ならシンの無茶な行動を、抑える事が出来るかもしれない。シンは誰がが付いていないと自己犠牲も厭わない性格だから。
「早く戻ってきてくれよ……あのやろう」
一緒に居たい。“あの時”のように、また優しくして欲しい。
胸の鼓動が速くなり、身勝手な欲望が彼を求めている。
誰にも知られずに、にとりはそれに耐え忍び、彼らが飛び立っていった方の空を静かに眺めていた。

「おらおらっ! 死神様のお通りだよっ!!」
河岸を蹴り、灰色の空間の中で死鎌が疾る。
力強い威勢と共に、小町は啖呵を切って魔理沙に獲物を振った。
「よっと!」
箒を構え、柄で鎌の柄にあてがう。
刃が身体に届く前に、咄嗟に魔理沙は相手の得物を受け止めた。
相手の体重を乗せた重みが箒越しに伝わり、地に着いた足が地面を抉る。
手にもつ箒に汗がにじんで、気が抜けない。
単純な力比べだとこちらが不利だ。
体格に差があり、小柄な魔理沙に接近戦は向いているとは言い難い。
「なら!」
一喝し、箒を叩きつけてその場から跳躍する。
小町は難なくその一撃を受け流し跳んだ魔理沙を見やる。
距離が出来た―――
上空に跳んだ魔理沙は、小町に向かって右手を伸ばす。
かざした掌から緑色の光が生まれ、それは徐々に大きさと輝きを増した。
まるで日の光を受けたエメラルドのように。
「喰らえ!」
魔理沙が輝く手を横に振ると集まった魔力は分裂し、無数の光条となって小町に放たれる。
彼女の得意な魔法、“マジックミサイル”だ。
「そんなもんで、あたいは!」
小町はミサイルの射線上に、その手から鈍色の輝きを投擲する。
「あれは……?」
二人の戦いを傍から見ていたシンが、眼を細めてそれを注視する。
それは、硬貨だった。
小町は手持ちの“宵越しの銭”をミサイルに投げつけたのだ。
両者が放った無数の飛び道具が接触し、爆発する。
辺りに大きな爆音と衝撃をもたらして、彼女達の弾幕は辺りに風を巻き起こした。
「きゃぁ!」
小さく悲鳴を上げ、早苗が風で姿勢を崩して隣のシンに倒れかかる。
「早苗!」
無意識に名を叫び、早苗に向く。
素早く手を握って、
バランスを崩して倒れかけた彼女の身体を引き戻した。
「大丈夫?」
華奢な早苗の身体をしっかり受け止め、怪我の有無を問う。
真っ直ぐに彼女の端正な顔を覗き込むと、その白い肌は次第に紅潮していった。
「えっ?ええ……だい、じょうぶです」
小さく囁き、シンの肩を掴む。
目と鼻の先にまで迫った彼の表情に戸惑いつつも、早苗はゆっくりと浮いた足を地面に着けた。
「いやはや……いつ見ても凄いものだね、あの娘達の戦いは」
二人の傍にいる霖之助が、魔理沙達の攻防を見て一言呟いた。
その視線の先で少女達は交錯し、はげしく弾幕を散らしている。
小町も鎌で魔理沙の攻撃を弾きながら、地面を蹴って飛翔した。
「だけど、今更ながら見切り発車はやめとくべきだったかな……」
箒の上で、魔理沙は歯噛みして不平を洩らす。
自らの魔力を増幅するミニ八卦炉を持っていない事に対してだ。
魔理沙は魔法の使い手でありながら、人間の身だ。
所謂、魔力で身体の能力を向上させている訳ではない為、運動能力は人並みで行使できる魔力量も無尽蔵ではない。
本来“魔法使い”と呼ばれる者は、『魔法を使える者』を指す言葉では無い。
魔力で自らの身体に手を加えた、“妖怪”と化した者を指すのだ。
魔法使いとなった者は不老長寿、魔力による体の構成等、様々な超常の力を行使できる。
だが、魔理沙はあえてそれをせず、人間のままで魔法を操っているのだ。
魔理沙の魔法は光や熱などの直接的なエネルギーを使える事に限定されてはいるものの、その扱い方は一級品だ。
魔法の森に生えてある茸を媒介にしているとはいえ、人間離れした力を持った彼女はある意味では人を越えている。
魔理沙は自らのポリシー―――あくまで人の身で魔法を使う―――を念頭に置いて魔力を手に入れたものの、やはり補助となる道具が無ければ純粋な妖怪には力負けしてしまう。
現に魔理沙は防戦一方になりつつあり、小町に苦戦を強いられていた。
「どうしたどうした! その程度!?」
小町は体を大きく捻り、真横に鎌を大きく一閃させる。
次の瞬間、魔理沙の横腹に銀の光が突き抜けた。
小町の有する“距離を操る程度の能力”を利用した距離不問の一撃だ。
魔理沙は焦りを感じた。
売り言葉を買ったとはいえ、これでは外来人や霖之助の前で失態を晒す事になる。
だがそんなことは自分の矜持が許さない!
ずれかけた帽子を片手で直して、魔理沙は両手を相手に向ける。
今度は緑色の光ではなく、青白い稲妻の閃光―――
「ナロー……スパーク!」
その技の名を叫んだ途端、相手に向かって一筋の光線が突き抜けた。
十八番の“マスタースパーク”の魔力消費を抑えた技であるこの“ナロースパーク”は研究の末に生み出した、今持ちうる中でも高威力の魔法だ。
「うおっ!?」
その一瞬とも例えれる光の速度に驚愕し、不安定になりつつも小町は回避を選ぶ。
気持ち早めにその場から離れたつもりでも、自慢の赤髪に掠っていた。あと一歩遅ければ直撃の可能性もあったかもしれない。
「外した!?」
渾身の一撃のつもりだったが、詰めが甘かったらしい。
仕留め切れなかったツケが自分に降りかかる事は、これまでの戦闘で魔理沙は良く知っていた。
牽制に、マジックミサイルをばら撒いて小町に浴びせる。
だがそれも瞬く間に消えた。小町は素早く得物の鎌を回転させて、ミサイルの方向を弾いて変えたのだ。
―――そんなのありかよ!
歯軋りをして小町を睨みつける。
小町は回転させた鎌を止めて、肩に担いで凛とした態度で告げた。
「よっととと! 自慢じゃないけどあたい、こういうのは得意なんでね!」
どう見ても自慢げだ。
魔理沙はその様子を滑稽に思いながら、抜け目なく魔力の詰まった瓶を空中にほうり投げた。
青白い煙みたいなものが詰まったそれは、小町の周りに浮き始める。
「なら、こういうのはどうだ!」
ただ浮かせて弄んでいる訳ではない。
すかさず魔理沙は“ナロースパーク”を瓶へ発射した。
魔理沙の投げた瓶の中身は、強力な熱を有した魔力だ。
そこに輝く光が当てられ、限界に達した魔力はガス同然に引火して勢い良く膨張した。
「なっ――――――」
爆発。
青白い炎が次々と爆発して、小町の至近距離で襲いかかる。
大きな衝撃と爆音が小町を襲い、受け身を取る事も出来ずに河岸へと失速した。
「へぇ……」
霖之助は感嘆する。
八卦炉なしであれ程の戦闘力。少ない威力の技で機転を利かせた彼女の判断。そのどれもが、過去の魔理沙とは比べ物にならないほどの成長を遂げている事に驚愕したのだ。
そしてそれが、嬉しくもあった。
家族同然に育ってきた彼女に対し、心配の情を向ける必要が無い事に。
河岸の草むらに小町は落下する。
茂みが揺れる音が小さく響いた後、その体躯は地面へ墜ちた。
「小町!」
シンは心配心から弾みでそこに駆けより、早苗もその後を追う。
幾ら小町が人間では無いといえ、高所から人の身体が落ちるのを見ては堪ったものではない。
なによりこの世界の勝負事とはいえ、
他人が怪我しているのを黙って眺めているほどシンは落ち着いた心境ではなかった。傍に座り込み、倒れている小町の頭を抱える。
「大丈夫ですか?小町さん!」
早苗がそう叫ぶと、小町は瞼を震わせて痛そうに頭をさすっている。
命に別条は無さそうだ。
「いたた……存外マジにやってくれるじゃないのさ……死神でも痛覚は人間と同じなんだよ…?」
「うるさい、お前が売ってきた喧嘩だ。大人しく“フリーダム”を渡しとけばいいものを」
魔理沙が高度を下げ、箒から腰を上げて告げる。
元はこちらが“フリーダム”を要求したの事がが発端ではあるのだが、確かにその言葉の通りだった。
「なにを!言ってくれたな魔理沙!こうなりゃ第二ラウンドと洒落込もうじゃないのさ!」
その魔理沙の発言が癇に障ったらしい。小町は頭に血が上った様子で素早く立ちあがり、再び鎌を相手に向けて真っ直ぐに向けた。
「え!ちょっと、二人とも!」
シンはその行動に困惑して、二人の間に入る。
そもそも自分達は無縁塚にある機体を回収しに来たのだ。
ここで小町と喧嘩をすることが目的ではない。
だがそのシンの願いも叶わず、魔理沙は両手に虹色の光を溜め、小町は鎌の切っ先に紫色の霊力を流す。互いに必殺の一撃で相手を仕留めようとしていた。
「やめてください、二人とも!これ以上は無意味です!」
「魔理沙も小町も、もう十分じゃないか?」
シンに続いて早苗達も制止を呼び掛ける。
「そこをどいてろ早苗、香霖!このサボり死神にはキツイお仕置きが必要とみた!」
「痛い目に遭いたくなければ引っ込んでな!久々にイラついたよ!」
早苗と霖之助が呼びかけるが、双方まるで忠告を耳に入れる様子が無い。
二人を止める事は無理に等しかった。
魔理沙の手にある魔力の塊が、臨界に近づく。
小町はそれに合わせ、目の前の少女へ駆けた。
「吹き飛べぇ!」
「これで終わりだぁ!」
魔理沙の手から虹色の光線が迸り、小町の一閃が魔理沙を捕えようとする。
両者の力が正面からぶつかろうとした瞬間、不意に暗灰色の空から怒声と桃色の光条が飛び込んできた。
「いい加減にしなさい!!!!」
光は魔理沙と小町の間に撃ちこまれ、辺りの彼岸花と共に彼女達を吹き飛ばす。
当然近くにいたシン達もその衝撃を避ける術は無い。足が浮き、彼らは河岸の草むらに身体を叩きつけられた。
「今度はなんだよ!?」
視界はぐるぐると回り、痛みが身体の全身を駆け巡る。まともに思考が働かない。
―――魔理沙さん達は!?みんなはどうなったんだ?
痛みをこらえ、シンは倒れていた身体を懸命に起こした。
顔を上げて辺りを見回す。
例外なく皆は先程の光の被害に遭い、河岸の草むらにうつ伏せている。その中でも着弾地点に最も近かった魔理沙と小町は大きく距離を引き離され、苦悶の表情を浮かべて倒れていた。
早苗も霖之助も無事なようだった。
自分と同じくそこから離れていた事が幸いだったのだろう。大した怪我も無くその場で倒れている。
改めて光が落ちた場所に目を見やる。
そこには人影があった。黒い衣装を纏い、モスグリーンの髪を靡かせた少女。
その表情は酷く不機嫌で、肩を震わせていた。
「し!四季様!?」
苦悶の表情を浮かべつつも立ちあがった小町は、少女の姿を目に入れた直後に酷く取り乱した。
さっきまで怒りを露にしていた時の態度とは、雲泥の差がある程の。
「あの人は……もしかして閻魔?」
早苗がいぶかしむように呟く。
「なんだよ、それ?」
シンは聞き覚えの無い言葉に質問をする。
「閻魔というものは……簡単に言うと死後の世界の裁判官です。人物の生前の行動を見通して罪の判決を行う方なのです。実際に見るのは初めてですが……」
「名は四季映姫・ヤマザナドゥ。あの方は小町の上司でもあるんだ。僕も久しぶりに見たね、まさかこのような所に出てくるなんて」
早苗の説明に付け足す霖之助。映姫と呼ばれた少女は腰を上げている小町に駆け寄り、怒声を浴びせた。
「一通りの仕事を終えたので、貴方の様子を見に来てみれば。彼岸花は咲き放題!仕事をせずに他人とお遊び!漂着物の片付けは全然ですし、随分と無駄な事をしているではありませんか……」
「いえ!私はそんなつもりなど―――」
「言い訳など無用です!そう、貴方は自らに甘過ぎる」
豪快に鎌を振っていた先程の彼女のイメージとは程遠い。
小町は映姫の剣幕に必死で頭を下げ、情けない姿を晒していた。
「痛てて……くっそう、なんなんだよ一体」
魔理沙も身体に付いた埃や汚れをはらいつつ、シン達の下へ歩みを寄せて来た。
「大丈夫かい?」
「心配するな香霖、ちょっと擦れただけだ」
「血が出ているじゃないか、あとで傷薬をあげるよ」
「いらん、いらん。そんなもの、あってもなくても今の私には不必要だ」
魔理沙は霖之助の提案を、首を振って断る。彼女に心配の情は無用の様だった。
シンは小町と魔理沙の無事を確認し、ほっと胸を撫でおろした。
「貴方達が小町と戦っていた人達ですか?」
気付けば、映姫は小町から離れ自分達の方に足を向けていた。鋭い針のような視線がシンに刺さる。
小町は彼女の背後で力無く項垂れていた。よっぽど、彼女にしぼられたのだろう。
「ああ、いや。こちらから喧嘩を売った訳じゃないんだ、閻魔様。僕達はただあそこにある巨神を持っていきたいだけなんだよ」
霖之助がシンの横から進み出て、河岸に座り込んでいる“フリーダム”を指差しながら簡単な事情を映姫に告げた。
閻魔にとってもモビルスーツの存在は意外だったらしい。鉄灰色の“フリーダム”を見た直後、映姫は眼をぱちくりとさせた。
「いつの間にあんなものが……」
「ついでに言えば小町はあの中でサボってたぞ、閻魔様」
「なんですって!?小町、どういう事なのです?」
「あはは……それには深い事情がありましてですね……いたたっ」
告げ口を真に受け、映姫は小町に再び問い詰めた。
魔理沙の言っている事は間違いではないが、あの小町が頭を下げて怒声に耐えている様子は見ていて気の毒になる。
シンは説教を受けている小町に近寄り、映姫に声をかけた。
「四季さん……でしたよね」
「ええ、そうですけど。貴方は……外来人?ですね。何の用ですか?今日こそはこの娘に仕事というものをきっちり教えようと思っているのです。邪魔をしないで下さい」
映姫は非常に慇懃な調子で、横槍を入れたシンに返答する。
「でも、小町が可哀そうですよ。今は怪我もしていますし」
糾弾を受け続けていた小町は暗い表情を浮かべていた。
それを黙って見ているのは我慢ならないし、そもそもの原因は流れ着いた“フリーダム”にあるのではないか?
さらにはこの機体が流れ着いた原因を作ってしまったのは、他ならぬ撃墜した自分かもしれないのだ。
シンは映姫に進言する。
「この“フリーダム”があったから魔理沙さんも小町も戦ったんです。だから、ここは許してあげてくれませんか?」
「シン……あんた」
小町は顔を上げてシンへ視線を向ける。
閻魔の映姫に小町の行動を黙認させようとしているのだ。映姫を知っている者からすれば、それは閻魔の判断に反対している事に等しい。
「いいよ、シン。どうせ四季様に散々怒られるぐらいなんだから。あんたが態々言ってくれなくてもいいよ」
「でも、小町が!」
「大丈夫さ、四季様も鬼じゃないんだ。あんたがそういってくれるだけで嬉しいよ」
「少し気に入らないもの言いですが……いい心構えです、小町。」
シンの言葉を受けて、白い歯を見せて小町は控えめな笑みを浮かべる。映姫は小町の従順な態度に小さく首を縦に振って感心しているようだった。
「それでは判決を下します。覚悟はいいですか?小町」
「は、はいっ!」
映姫は腰に下げていた裁判用の道具、“悔悟の棒”を小町に向けた。
そして力強い声で小町への罰を宣告する。
「小野塚小町。貴方は自らの業務を疎かにし、あろうことか他人と余計な“遊び”を行なった。よって―――」
小町は唾を飲み込み、映姫の宣告の直前に目を瞑った。
「―――丸一日、この無縁塚を清掃なさい。以上」
「……は?」
映姫の意外な言葉に、小町は眼を丸くする。
いつものはもっと辛い内容で、さらには長時間にわたって説教を喰らわされるというのに。
「そこの男の子に感謝なさい。全般的に貴方が悪いのでしたらもっと別の宣告もあったのですが、今貴方にお説教を施した所で効果は薄いでしょう」
「は……はい」
「今後はサボりに対してもっと厳しく当たろうと思います。それに貴方達にはあの巨神を持って帰ってもらいますよ。あれがあればまた小町は仕事を疎かにすることもあり得ますから」
その判決は、“地獄の最高裁判長”と恐れられる映姫にしてはあまりにも罪状が軽すぎる。
シンの進言があったとはいえ、その結果に対してはこの中で彼女の性格を痛いほど知っている、小町本人が一番驚いていた。
「貴方達は早速あの余計なものを持って行って下さい。さあ小町。頼みの綱も無くなった所で、たまっている仕事も含めていろいろと動いてもらいますよ」
「わ、わかりました。けど、ちょっと待って下さい」
小町は映姫の言葉を遮り、シンの方へ近づく。
頬をほんのりと赤く染め、頭をかきながら小町は囁く様に言った。
「あの……シン」
「えっと…なんでしょうか?小町」
「あ~うん。大したことじゃないんだけど、さ」
小町は頭を小さく下げて、礼を言う。
「ありがとう、な。まあ、四季様もあの程度で許してくれたのはあんたのお陰だ」
「い、いえ。そんな」
小町のしおらしい態度に虚を突かれ、対応に困る。
シンは小町と同様に顔を赤らめた。
「まあ、大したお礼は出来ないけどさ。言いたかっただけだから」
小町はそう告げた後で、シンから離れて映姫へ向き直す。
振り返った際の横顔は何処か嬉しそうにも見えた。
「それではお別れです皆さん。あの巨神は忘れずに持ち帰ってくださいね、では」
映姫は最後にそう言って、小町と共に河岸の向こうへ歩きはじめる。
後に残されたシン達は、映姫の後ろ姿を見届けた後から溜息を吐いた。
「相変わらず厳しい性格だな……あの閻魔」
「よすんだ魔理沙。もし聞こえたら僕達の身が危ない」
「手厳しいお方でしたね……」
「ああ、そうだな……ホントに」
其々は映姫が発する重い空気から解き放たれ、その場に座り込む。
結局、小町の上司から機体の持ち出しの許可を貰えたが、それに至るまでの空気には耐えられない。
幻想郷には色んな人がいるんだな。シンは映姫と小町の顔を思い出して一言呟く。
そして、ゆっくりと主を無くした“フリーダム”の方へ眼を向けた。
―――これがキラさんの剣、“フリーダム”。
灰色の空から差し込む日の光が、機体の装甲に当たり、弾ける。
その“デスティニー”と似通った翼を持つ鉄の天使は、傷ついていながらも美術品の様な精錬されたフォルムを保ち、神々しさを絶えず放っていた。