PHASE- 29 雷鳴の天女


「よし…これで整備は終わったよ」
太陽が空に登り切り、正午も過ぎた頃。
天子との戦いで受けた“フリーダム”の損傷の修理も兼ねた整備は漸く終わりへと漕ぎ着けた。
OSの再調整も時間こそ要したが、シンの操縦に追随できるように改良が加えられた。中でも最新型の“デスティニー”の設定より、“インパルス”に合わせた設定の方が“フリーダム”の特性に最適だった。これは、“フリーダム”の兵装―――接近戦用細剣“ラケルタ・ビームサーベル”、背部の“能動性空力弾性翼”、フルバーストモードに用いられる砲門“バラエーナ”、“クスィフィアス”が其々、“インパルス”の各シルエット形態の兵装に酷似していたからだった。
加えて“デスティニー”の兵装は“インパルス”の全武装を統合したものとなっている。“デスティニー”の兵装が携帯式に集中しているのは、モビルスーツ元来の発想である『人間と同じ動きで同じコンセプトで武器を扱う』という理念の究極系であるからだ。
“フリーダム”の場合はZAFT製モビルスーツのコンセプトである、『複合兵装の使用による臨機応変性』と『圧倒的火力による戦地の制圧』を念頭に置かれている。これは、プラント前最高評議会議長であり“フリーダム”と“ジャスティス”の命名者、パトリック・ザラの方針が由来とされているのだ。
“フリーダム”と“デスティニー”はパトリックとデュランダル、二人の議長が生み出した最高のモビルスーツ。
その二つが今、シンの目の前にある。
「議長…」
一つ呟く。デュランダルから託された運命の旗印は異変によって傷つけてしまった。
彼が残してくれた力は、“デスティニープラン”の象徴であるこれだけなのだ。兄弟機である“レジェンド”のデータは、“デスティニー”の内部データにしか残されていない。
そして……共に闘ってくれた親友ももういない。
『戦争の無い世界。議長の下に、お前が築く世界。早く見たいものだな』
『シン。お前はその後(のち)の世界を…お前たちの世界を守れ!』
『アスラン……レイは…!?』
『レイは…………分からない』
『!?』
『俺達は…何も出来なかった。キラも…』
レクイエム攻防戦の後(のち)の、アスランへの問い。その返答はレイの行方不明を示す言葉だった。
便宜上、同時に行方をくらましたギルバート・デュランダル、タリア・グラディス艦長も戦死扱いとなり今となっては軍籍から除外となっている。
あの時のZAFTは、もう無いのだ。
「シン?」
「お、おい。どうしたんだよ、そんな悲しそうに」
「あ、ああ…何でもないよ」
小傘とにとりが近づき、シンの瞳を覗き込む。物思いにふけ過ぎてしまったようだ。我に返り、薄く笑顔を浮かべて誤魔化す。
「どうしたのです、シン?これから天界に行くというのに何か迷いが……」
早苗が憂いを帯びた眼で向けて問いかけてくる。
彼女はいつだってシンの感情の振れ幅に敏感だ。シンが嬉しい時も悲しい時も、何時だって傍にいて一緒に感情を出してくれる。
その彼女に、心配を掛けさせる訳には行かない。
「大丈夫だよ、ちょっと考えてただけ」
「シン…」
「でも、俺は大丈夫だから。迷う訳には、いかないから」
天子を今度こそ止めて見せる。小傘を傷つけられたから戦う訳じゃない。この異変を俺が解決する。もう誰にも、“力”に怯えなくてもいいように。
その為ならば、迷いなんか些末(さまつ)な事に過ぎない。(些細じゃなくて些末なのかー?)
「俺が…俺がやるんだ!」
―――天子の暴挙を止める為にも、この“世界”の為にも。
「あんた達ー!」
シンが決意を固めた直後、空から女の澄んだ声が届き各人の鼓膜を叩く。
「あれは…」
「ようやく来たか……あの巫女は」
見上げると、青い空の真ん中に一点の二色。空という広大な空間を滑る様に飛翔し、真っ直ぐにこちらへと接近してくる。
見間違う訳も無い。聖輦船の異変に手を貸し、尚且つシンを助けてくれたあの少女は―――
「霊夢さん!」
空に向かって声を発し、彼女の名を呼ぶ。
「そんなに大声出さなくても……聞こえてるわよ、シン」
天を駆ける赤と白の二色。それは幻想郷(らくえん)の守り手である博麗の巫女。博麗霊夢の姿があった。
≪場面変更≫
霊夢が作業場に降り立ち、シンの下に駆け寄って来る。その顔はいつもの不遜の物では無く、何処か不安げだ。
「あんた達…あの地震の時に里にいたんでしょ?異変の事も知ってるわ、大丈夫だったの?」
「私達は、シンに助けてもらったんです。“非想天則”は壊れてしまいましたが…シンと“フリーダム”の力で」
「あの新しい機体の事ね……」
「霊夢さんは大丈夫でしたか?神社は?」
「問題無いわ、シン。前にも似たような事があったしね。偶々(たまたま)神社から離れてある所に行ってたから里には行けなかったけど……やっぱり、あの地震は天人くずれの仕業なのね」
霊夢は既に大方の察しは着いているらしい。説明の手間が省けるだけ話の本命に入れるのが救いだ。
「で、私を呼んだのは何用かしら?河城にとり」
霊夢はシンの横にいるにとりに向かう。
先程もにとりは霊夢を見ながら『ようやく来たか』と発していた。恐らく、彼女がこちらに出向いたのは単に気まぐれや心配の情だけでは無いらしい。
「霊夢。お前に頼みたい事がある」
「にとり、一体…?」
にとりの水色の双眸が霊夢を捉える。何時に無く真剣な表情。真っ直ぐな想いは態度にも視線にも表れ、シンにもハッキリと見て取れた。
「お前に“デスティニー”の修理を手伝ってほしい」
彼女の言葉は意外に尽きる。
機械や整備という言葉に無縁に思える霊夢に、“デスティニー”の修理の手助けをしてほしいだと?
「やはり、私のあの能力目当てね」
「ああ。お前の神降ろし―――“金山彦命”(カナヤマビノミコト)と“住吉三神”(スミヨシサンジン)の力による修理の為の材料の精製をお願いしたいんだ」
にとりの口から聞き慣れない言葉が出て来た。
シンの疑問の矛先はすぐさまそれに向けられ、二人に問う。
「神降ろし…って?」
「シンは知らなかったわね。私の能力は別に飛べるだけじゃないの。神の力を借りて多種多様の能力を引き出す―――それがこの博麗の巫女が持つ能力の一つよ」
「“金山彦命”は金属を司る神の名前。“住吉三神”は航海の神。以前霊夢は“住吉三神”で月に行く時のロケットの燃料を精製した事があるんだ」
「そんな事が出来るものなのかよ?」
「修理に難航している“デスティニー”の“ヴァリアブルフェイズシフト装甲”の精製。そして、より純度の高い推進剤の生産に協力してほしいんだ。河童の力をもってしてもこれ程の機体を直すには苦労しているからな」
「…要は、便利な材料扱いってわけね。博麗の巫女も楽じゃないわ」
霊夢は小さく溜息をつきながら肩をすくめる。
「でも」
直後、シンの深紅の瞳を真っ直ぐと覗き込んだ。
「霊夢さん…」
託された力である“デスティニー”は直したい。だが、それを助けるのは霊夢次第なのだ。霊夢の機嫌を損ねてまでシンは彼女に、ものの頼みはしたくない。
霊夢は自らの力を利用される事を快く思いはしないだろう。シンだってそうだ。自らの持つ“力”―――デュランダルが唱える“遺伝子”の力に目を付けて人を利用する事に、反発心は持っている。
それが、唯一の人にしか成せない事ならば尚更だ。
「いいわよ」
「えっ?」
「いいわよって言ってるのよ。悔しいけど、シンには異変で助けてもらったし。それに、他の奴は別だけど、シンは…放っておけないしね」
「いいのか?霊夢」
「二言は無いわ。今回の異変は早苗の方に任せちゃって、私は休暇をもらう事にするわ。“あいつ”に怒られるかもしれないけどね…」
「霊夢さん…!ありがとうございます!」
「なんであんたがお礼を言うのよ、早苗。あんたはさっさとシンと一緒に解決でもしてなさいよ」
早苗の嬉々とした様子につられ、同様に顔を綻ばす霊夢。
その言葉は嘘偽りない、本心からだろう。
「ありがとうございます…霊夢さん。でも―――」
「“本当にいいのですか?”っていう台詞なら聞かないわよ。私はあんたの嫌な顔なんか見たくないし……」
優しい声がシンに向けられる。
それは、ただの少女の想い。博麗の巫女としてではなく一個人、博麗霊夢としての言葉。
「また機会があれば、“デスティニー”で一緒に飛びましょう?ああいうのも、私は好きだからね」
「…ええ!必ず!」
満面の笑みで霊夢に肯き、彼女との約束を交わした。
“フリーダム”に乗り込み、システムを起動させる。
メインディスプレイに『Generation,Unsubdued,Nuclear,Drive,Assault,Module,COMPLEX』―――核駆動使用複合モジュールの制御OSの名称が表示される。
シンに遅れて早苗がコクピットの目の前まで跳ぶ。
少女の心配顔を目にして、シンは薄く笑みを浮かべる。
―――やっぱり、心配なんだな。彼女は俺の事が。
内心で呟き、シンは外の早苗に手を伸ばす。
「一緒に、来てくれるか?」
差しだされた手を見て、早苗との間に数瞬の間が空く。
この先は異変。今度は聖輦船の時の様に霊夢の助けは無いし、敵も強大な力を有している。それにたった二人で挑むのだ。
―――出来れば危険には遭わせたくない。たとえ霊夢さんでも、早苗でも。
力の弱い小傘を向かわせられない。にとりは他の河童と共に機体の修理。しかし、一度敗北を喫した相手に単独で向かうのは無謀だ。残されたのは力を持ち、シンと共に戦える力を有する早苗だけなのだ。
早苗はシンの差しだした手を一瞥する。そして―――視線を上げてシンの視線と合わせた。
「はい。行きましょう、シン。貴方と共に…」
早苗はシンの手を握り、“フリーダム”のコクピットに入る。
ハッチを閉鎖して操作系をチェック。全オールグリーン、何時でも空へ飛べる。
「いってくる!みんな!」
「私達の…ガンダムで!」
外部スピーカーで眼下のにとり達に呼びかけた後、シンは操縦桿を力強く握る。
「シン・アスカ。“フリーダム”、 いきます!」
“フリーダム”の瞳に光が灯る。背部バインダーが展開し、蒼の翼が勢いよく広げられる。推進口から青白い閃光が火を噴き、河岸に暴風が巻き起こる。
そして、シンは機体の出力を全開にした。
「帰ってきてなさいよね、シン…」
「バカ…いっつも何処かにいっちゃうんだから」
「シン…いつかいっぱいお礼するから……だから、帰ってきてね」
瞬く間に機体は空へ場所を移し、霊夢の比では無いスピードで飛翔する。
目指すは天界。
二人を乗せた“フリーダム”は天界を目指して空を切り裂いた。

―――天界に向かうには“山”付近の山岳地帯から向かうのが一番です。あそこなら、天狗を考慮しなければ他の邪魔は入りませんし、トラブルがあっても神奈子様達を呼べます。
早苗のこの言葉で、天界への経路は決定した。
妖怪の山にいる天狗は極端に不利な相手には姿を見せないというのが早苗からの情報だ。
それに、闇雲に空に飛んでも天界には辿りつけない。『天界』とは名ばかりで、実際は空の幾分かにしかその世界は存在していないらしい。
「それでもかなり広い土地だと聞いています、天界は」
「天に浮かぶ楽園…聞こえはいい感じだな」
「比那名居天子さんは“天人くずれ”。いわば不良みたいな人との噂です。本当の“天人”はいつも宮殿や雅な場所で呑んだり食べたり……お気楽な成り上がりの人が沢山だと神奈子様から聞いています。それならば、天子さんみたいな方はかなり珍しいケースの天人ともいえます」
「あの娘が…」
天界に向かう途中、シンは隣に寄り添う早苗の話を聞いていた。
シンが来るより前に起きた天子による異変。それによって幻想郷の受けた被害の顛末。霊夢の博麗神社が崩壊した事。
「なんでそんな事を……」
「私はさとりさんのように人の心を読む事は出来ないから、詳しい事は分かりませんが……あの人は天人に相応しく無い……というより、人間より人間らしいんだと思います」
「どういう意味だ?」
「天子さんが広場に降りた時、何処か寂しそうな目をしてました…もしかしたら、天界の生活が退屈過ぎてずっと一人でいたのかも…」
「何で?他の天人と一緒に遊んどけばいいんじゃないか?」
「天子さんは名士、比那名居一族の女の子。旧来の他の天人とは違って、人からの成り上がりの中でも最も大きな力を持っている人なんです。元からいた天人からすれば、天子さんは忌避の的なんです……」
「そんな………!それにさっきも“人から”って」
「御察しの通り…彼女は元、人間です」
早苗が神奈子達から知った話。
短い命の時を拡大された存在である“天人”は死を恐れる事は無い。死神をも退ける力を持ち、半永久的に生きていられる特別な存在となった人は、程無くして感受の基準を変える。
快楽へと身を委ね、最早“何時までも生きている事”が当たり前だと考えているのが天人なのだ。
「でも、天子さんだけはそれを望まない」
「だから…一人か」
永遠の孤独。
それを味わってしまったら、人の心は何処まで耐えられるだろうか。
絶望に押し潰されて、自らの死を望むか。心を閉ざして、何も行動を起こさないか。
―――力を振りまいて、自らの不幸を他人に押し付けるか。
「シンはこの世界に来ましたけど…私が絶対に一人にさせませんから」
「大丈夫だよ。俺は絶対、自分の“力”で誰かを傷つけたくないから。でも…時には、戦わなきゃいけない時もあるんだ」
“力”は争いを呼びよせる。
しかし、時には守るために“力”を使う時もある。シンはそれを熟知していた。
「大切な人達を守るために…!」
接近警報。
コクピット内に警告音が鳴り響き、外界の異常を二人に知らせる。
「シン!」
「敵か!?」
熱源接近。この反応は―――
「天子さんの“要石”!」
「当たってたまるか!」シン
推進ノズルを操作して“フリーダム”は急上昇。刹那、緋色の光条が真下を突き抜けた。
「天子か!?」
コクピットの球体レーダーを見る。しかし、無数の点滅光のなかに青色の反応は無い。
「妖怪の反応が無いという事は、石だけを遠隔操作ですか?」
「ああ…そういうことだね!」
通すつもりは無いという事か。
空中に待機していた“要石”は“フリーダム”に反応して牙を見せた。予め察知済みという事だろう。あの少女にこの様な罠を仕掛けられたとは、意外だった。
「シン!私が出ます。一気に私の技で―――」
「いや、隣に居てくれ」
何でですか!と、早苗がシンに訴える。
理由ならある。早苗を危険に遭わすわけにはいかないという理由が。
ならば、自らの力でこの火の粉を払うまで。
「俺がやる!」
「シン…」
「俺が薙ぎ払ってやる…全て!」シン 再生:ZIPSアンダーカバー
≪サーベルバンク≫
上昇しつつ“フリーダム”を戦闘機動へと移行させる。シンは“ラケルタ・ビームサーベル”を抜き放ち、手近の要石に急接近した。
「そんな所にいたって!」 
まず一つ。光の細剣が武骨な石を薙ぎ、空へと散らしてゆく。
「やりました!」
「まだ一つだ!」
簡単に見積もっても20、30機は軽い。一機ずつ倒しては不効率極まりなく、消耗戦に追い込まれるだけ。
しかし、それはついこの前までの話だ。
マルチロックオンシステムを起動。コクピットの前面にあるレーダーシステムが展開して、敵機の複数同時照準モードに切り替わる。
「ターゲット・ロック!よし!」
それをOSを介した神経接続で直感的にロックオン。シンは“フリーダム”の全砲門を解放、“ハイマット・フルバースト”を起動させた。
「纏めて吹っ飛ばしてやる!」
“フリーダム”の各所から五つの光条が空を貫く。“ハイマット・フルバースト”による射撃は空に浮かぶ“要石”を吹き飛ばし、密集していた無数の石はあっという間に数を減らした。
「まだ残っています!」
「それなら!」
もう片方の“ラケルタ・ビームサーベル”を引き抜いて擦れ違いざまに残りの石を切り裂き、墜とし続ける。
大出力スラスターによる接近は敵の弾を寄せ付けず、機体を掠った石は“フェイズシフト”の装甲に負けて砕け散った。
「叩き斬ってやるっ!」
叫びと共に桃色の一閃が石を切り裂く。十字に引き裂かれた“要石”は浮力を失い眼下の地面へと墜落する。
「すごい…“フリーダムガンダム”なのに!」
早苗の称賛。里の一戦とは別物同然の動きに、希望の笑みがこぼしながら彼女は彼の姿に魅了されていた。
「…!シン、後ろっ!」
「させるか!」
しかし警告音が鳴り止む暇は無い。同時に彼女の叫びを聞いて直感的に機体を転換させる。
「ぶつかってきます!」
反応が僅かに出遅れた。“要石”の一つが光を散らしながら“フリーダム”に突進してくる。物凄い勢いだ。
「っ!」
「きゃあぁっ!!」
直撃による衝撃。
物体による直接的衝撃は“フェイズシフト”でもシャットアウトは不可能だ。しかし―――
「効かない!」
装甲には傷一つ付いていない。シンのOSアップデートによる再調整で制御できる程度まで機動力をデチューンした分、防御力は比較的向上している。より実戦向き、現実的にカスタマイズを行った故の結果だ。
「撃ち抜く!」シン
―――この一撃で、終わらせる!
残りの“要石”を、全て一網打尽にする。再度マルチロックオンを起動。一機逃さず墜とす為に石を射程範囲内に誘い込む。
「“ハイマット・フルバースト”で!」
「吹っ飛べぇ!」シン
二人の叫びと共に、“ハイマット・フルバースト”が放たれる。
目の前に爆煙が広がり、赤い炎が“フリーダム”を照らしつけた。
しかしここで惚けて立ち止まっている訳には行かない。目指す場所は天界。幻想郷の空の果てへ。
「このまま突っ込む!」
「ええ!」
シンの問いかけに迷いなく応える早苗。爆煙の中心を貫いて、蒼の翼は空へ上昇する。
程無くして山岳地帯の上部に、暗雲が立ち込めてきた。
「“山”と天界を隔てる広大な雲です!雷は私達にとっては脅威ですが、“フリーダム”なら!」
雷程度、“フリーダム”には障害にすらなりはしない。
暗雲の中へとスラスターを吹かし、彼らは雲を突き進んだ。

日が傾き始め、空が徐々に赤に支配される刻。
俺は天子に連れられて例の機械を目にして来た。
確かにあれは興味深い代物だ。俺がまだこの地に現れる前、それは見るも絶えないほどの損傷を負っていたらしい。
密かに一部の物が修復を始めてはいたものの結局、この世界の住民達にはシステム面が理解出来ない為、天界の果てに置き去りにされて忘れ去られたも同然の存在になり下がったという訳だ。
この事実を下界の住民は誰も知らない。どんな異変が起ころうともあの機体に関わる事は皆無だった為に、今では天人の中でも知る人はまずいないようだ。
ただ、例外である彼女を除いては。
天子はそれを知っていた。俺に力のありかを告げ、衣玖と共にそこへ連れ出してくれた。
そして初めて、俺はこの世界の空を天子と共に飛んだ。
当然俺自身は空を飛べず、またその場所は徒歩では辿り着けない。仕方なく俺はあいつに抱えられて飛んだ。本来彼女らの“飛翔”は自分単体だけを飛ばせる為にあるのだが―――
『感謝しなさいよ。この崇高なる私があんたを抱えて飛ぶんだからねっ!』
不遜な態度を崩さずに奴は言った。正直、天子に抱えられた所で何も俺の感情は揺れる事は無いのだが、空から世界を眺めた時は一種の感動を覚えた。
……俺の記憶通りの言葉で形容するなら、“嬉しい”とか“楽しい”というものだろう。
『どう?私に抱えてもらって空を飛んだ感想は?』
『驚いたな』
『それは飛べたこと?それとも、私と一緒に密着していれるから?』
『お前の身体の起伏が少ない事だ』
冗談交じりにその言葉を発した途端、俺は天子の拳による一撃を喰らった。
手加減してくれたとは思うがかなり痛かった。あまり奴の身体についての話題を上げるのは今後よそう。今度こそ命の危険に苛まれる危険性がある。
いや、いっそあの時、衣玖に連れてもらった方が良かったか…
今考えている事も、天子に知られてしまったら手痛い一撃を喰らうかもしれないな。そんな気がする。
俺達が見た機械人形。内部電源は生きているらしく、俺は天子に命令されて中身、コクピットに入った。
途端、俺は身体になじむような懐かしさを覚えた。力に包まれる高揚感。自分の身体が機体と一体化した様な錯覚。そして、今の“俺”には未体験の感覚の筈なのに不思議とそれを受け入れられる自分。
身体が勝手に機動手順を踏む。自らの手が淀みなくコクピットの各部に触れ、闇に包まれていた機器が点滅し始める。
『あんた…これが分かるの!?』
俺は天子に問われたが、答えようがない。正(まさ)しく今俺が行なっている行為は、俺が意識的に起こしている行為ではない。
無意識的な―――当然の様に身体に染み付いた動きなのだ。
インターフェースの一角。操作系の各種情報を表すメインディスプレイが、やや遅れて起動する。
しかし、まだ本格的に起動した訳ではない。漆黒のディスプレイに流れるのはシステムチェックをアルファベットで表す詳細情報。機体の調整をオペレーションシステムが最適化を促し、機械音の無機的な響きがコクピットに鳴り響く。
恐らくは、長らく起動していなかった為と機体の損傷から察するにシステムメモリの一部が異常をきたしているのだろう。
そんな些細な事に何時までも待っている俺では無い。
俺は記憶を辿って―――コクピットの上部に腕を伸ばす。手ごたえがあった。そこには灰色の入力装置、機体のシステムを直接操作するキーボードが備え付けられていた。
『当たりだな』
満足感から一言呟いて、俺は適当にキーボードに指を巡らせる。
『ちょっと待ちなさいよ!』
『何だ…』
『ここまで連れて来て上げたのは誰のおかげ?』
またか。俺の主人は本当に大人しくしているという事を知らない性質(たち)らしい。
『お前だな』
『だったら、私もその中に入れなさい!あんたの横でその機体の操作をじっくり眺めさせて貰うわ!衣玖、あんたも来なさい!』
『私もですか?』
『二人きりでいるより、あんたもいる方が私の身が安全でしょ!いいから来なさい!』
『私がいなくても、貴方様に勝手に手を出す彼だとは思えませんが…』
『ああ、ないな』
衣玖の言葉は俺にとって唯一の癒しかもしれない。
『~~~!いいから三人で入るわよ!』
結果、狭いコクピットに三人で入る事になった。
スレンダーな天子は兎も角(ともかく)、衣玖は羽衣もあって操作の邪魔でしか無かった。
俺の二人に対して覚えた緊張感も妨げの一つに数えられるが。
機体設定をアップデート。俺の記憶に刻まれている文字列をOSに打ち込み、欠損部分を埋めていく。
程無くして、OSの完全機動にこぎ着けるまでさして苦労はなかった。
OSの名称が俺達に表示される。
[MOBILE SUIT NEO OPERATION SYSTEM]
どうやら、この機体はモビルスーツを呼ばれる区分に属しているようだ。
毎度この機体を指す時に適当な名称が見つからなくて苦労はしていたからな。個人的には有難い便宜だ。
続いて、文字列が表示される。
[Generation Unsubdued Nuclear Drive Assault Module Complex]
訳するならば…“核駆動を使用した強襲複合モジュール”といった所か。この頭文字が都合よく並ぶ綴りといい、外見といい、恐らくは開発者の趣味が多少混じっているな。
『ガンダムコンプレックス?』
天子が隣でディスプレイを眺めて疑念の声を漏らす。頭文字だけを呼んだ略称だろう。
『変わった名前ですね…』
『違う、衣玖。これはあくまでこの機体の仕組みの名前だ』
『面倒くさい名前ね。語呂よく縮めて“ガンダム”にしなさいよ』
ガンダム…か。この機体の通称としては妙にマッチしているかもな。
『だが正式名称は別に表示されているぞ。見ろ』
続いて現れた名称を俺は指し示す。
[ZGMF-X13A Providence]
『プロヴィデンス…ですか?』
『直訳で天帝…だな。大層な名前だ』
『そう?この私が所有するにはピッタリの名前じゃない』
『仰々しくないか』
『違うわよ!元々私の名前の意味は“天帝の子”って意味なんだから!』
成程。たしかに理にかなっているか。
『ま、動かすのは私じゃなくてあんたなんだけどね!』
かくして俺達はモビルスーツ、“プロヴィデンス”を手に入れた。燃料や核駆動は機体の動力が補っているらしく、大した整備も今は必要ない。
天子は『もう少し眺めてから戻る』といい、俺は先程衣玖と共に例の場所へ戻って来たという訳だ。
やはり衣玖は余計に口を叩かない分、空を飛んでいた時も心地がいい。
飛ぶ速度も天子ほどせっかちじゃない分、眠気さえ誘われるほどだった。あのまま寝ていたら格好がつかないくらいにな。
「うふふっ、眠たそうですね。私の身体の方が気持ちよかったのですか」
「態度を隠すには少し無理がある程な」
「素直なのですね…貴方さえ良ければ、何時でも腕をかしますよ」
「止してくれ、天子になにを言われるか分からない。見つかったら殺られる」
調子に乗って酷い目にでもあったら沢山だ。
「お前は、天子の保護者というより、姉みたいだな」
「なら貴方は即ち、総領娘様の兄ですか?」
「まさか」
「私から見れば、貴方も弟みたいなものですよ」
「俺に家族がいた記憶は無い…お前の様な姉も。父も母も知らない」
「私達妖怪だって、自らを産んだ者の事を覚えてません。言い換えれば、それだけの時を生きて来たという事です」
「俺は人間だ。お前たちの様に力も、永く生きられる命も持っていない」
「私は、貴方がどんな人種であろうと偏見を持つつもりはありません。貴方もそうでしょう」
俺の言った言葉全てに淡々と返してくる。嫌な気分ではない。
今まで接した事の無いタイプの女性だが、邪険にする気は毛頭起きないからだ。
どこか親密感が沸く程に。
「そろそろ私は行きます」
「何処へだ?」
「こちらに向かってくる人達の前へ」
「お前が出向く事も無いだろう。お前は天子の親から頼まれただけだ、そこまでする義務は無い。加えて言えば、危険に遭う必要もない。無駄な行為同然だ」
「しかし、行動を起こしておくに損はありません。万が一総領娘様が怪我でもなされたら上に言い訳が面倒です」
「何気に個人的な言い分だな」
「私にも自分の意思があります。妖怪(ひと)ですから」
個人の意思か…
「怪我をするな、とだけ言っておく」
意思なら、俺にもある。
「貴方から心配されるなんて…意外とお優しい殿方なのですね」
誰の物でもない、俺だけが持っている自分の意思が。
「お前がいなきゃ、あいつを押さえつける負担が俺に大きくなる」
衣玖を心配するのは、間違いなく俺自身の意思に違いない。
「無理だと思ったら下がれよ…」
「…そういうことにしておきますよ」
優しい一言の後に、衣玖は羽衣に包まれた身体を空に投げ出して雲海の中へ沈む。
俺は、それを崖から見送って彼女の無事を密かに祈った。

「あと少しで、天界です」
突入して数分。
雷が鳴り響く暗雲の中で“フリーダム”は空へと突き進んでいく。
空に敷き詰められた広大な雲はまるで、空に敷かれた絨毯の様だ。辺りを見渡すと所々で雲が点滅するように光っている箇所がある。あれは雷による幕電現象だ。一瞬だけ光っては直ぐに元通りの灰色に戻り、別の個所で再び薄っすらと光を雲の中で放つ。さながら巨大な天然の電球の様にもそれは見えた。
先程の“要石”意外、未だ目立った邪魔はない。
このまま天界で待ちうけるつもりなのか。それとも……この場で仕掛けてくるか。
「…あれは」
しかし、どの想像とも現実は違った。
モニターが移す機体の視界の中心の奥に、雲の中でも目立つ緋色が見える。
海の奥に漂う、深海魚のヒレにも例えれる羽衣を羽織った影が。
「天子を連れ戻した……」
「永江衣玖さん…ですね」
里の上空に現れた雷を操る妖怪。永江衣玖の姿がそこにあった。
「お待ちしていましたよ。私の領域で」
暗雲の薄暗い空間の中で、幕雷による光源が彼女の広がる羽衣を映す。
帽子の鍔に隠れた笑みが、光の反射によって初めてシンの瞳に届けられる。
その不敵な笑みは、仄かな色気さえ纏っている。正に天女と呼ぶに相応しい程の美しさを秘めている少女だ。
「そこを通してくれ。俺達は天子を止めなきゃいけないんだ」
「その言葉を聞き入れません。私は臨時召使を命じられた者。総領娘様に危害を加える者を黙って通す訳にはいかないのです」
やはり予想通りの返答だった。通せといわれて通す者など、今まで相手にして来た相手に一人もいない。何らかの抵抗をするのが常だ。
「やめてください。貴方では、今の“フリーダム”を止めることはできません。幾ら妖怪でも死んでしまうかもしれません!」
「そう簡単に命を散らすほど、私も愚かではありません。私は貴方達を止める為にここにいるのです。ならば、持てる限りの事を行うのが私の務め」
衣玖の意思に淀みは無い。言葉で語りかけても絶対に通しはしないだろう。
ならば、物理的手段でしか方法は残されていない。
「警告は…したからな」
殺すつもりは毛頭ない。ただ彼女の横を振り切って天を目指せばいい。
彼女に告げて、操縦桿を巡らせようとする直前。
「シン、私がでます!」
「早苗?」
「霊夢さんじゃありませんが、私の勘が告げているんです。シンは早く天界に向かってください!」
「でも、それじゃ君が―――」
相手はシンにとって未知の存在だ。
この状況で、彼女を置いて一人だけ天界に向かう気にはなれない。
「私なら大丈夫……信じて」
しかし早苗は静かにシンの手を取り、柔和な笑みを向けてくる。
その顔を曇らせる訳にはいかない。この世界に来て彼女共に行動してからは、早苗も何の考えなしに一人で向かう少女じゃない事は、シンにも承知済みだった。
「…うん。分かった」
だから、彼女の言葉を信頼した。
「シン!」
「でも怪我しないで。直ぐに終わらせてくるから…早苗」
「その言葉、そっくりそのままお返しますよ…シン」
ハッチを解放して、外界の風がコクピットに流れ込む。
隣で待機していた早苗が立ちあがり、ゆっくりと空気を吸い込んで―――吐く。
深呼吸による身心のリラックスだ。
「東風谷早苗、行きます」
宣言の直後に身を機体から離し、“飛翔”を始める。細い身体が神風に乗り狭いコクピットから自由の空へと舞台を移す。雷鳴の描かれた空のキャンパスに、新たな二色を加えるように。
「行かせはしません。光星、“光龍の吐息”!」
ハッチを閉鎖し、“フリーダム”が衣玖の側を駆け抜ける。が、その瞬間衣玖の放った電撃が機体に直撃した。
「うわあああああ!」
通さない筈の電撃がコクピットに伝わり、シンに激痛を齎(もたら)す。衣玖の電撃は通常の電撃とは違う。単なる電気エネルギーの塊では無く、竜神の超常力。科学で塗り固められた金属を貫通して、直接シンの身体に流し込んだのだ。
「やらせはしません!“星落とし”!」
早苗の獲物である御幣から、霊力で練り上げられた星の様に眩い光弾が煌めき、“フリーダム”に意識を向けていた衣玖の背後に向かう。
シンに集中していた衣玖の反応は遅れ、その揺らめく羽衣に直撃して爆煙が巻き起こった。
「今です!」
早苗の一撃によってシンに向けられた電撃が止まった。衣玖が怯んだ隙に早苗はシンに呼びかける。
「はぁ…はぁ…サンキュ」
沈黙していた“フリーダム”の動きが戻り、暗い空の果てに突き進む。
後に残されたのは二人の少女。衣玖と早苗だけだ。
「よくもシンを…!」
お淑やかな彼女の中に芽生えた怒りを、押し殺さずに衣玖へ向ける。
普段の彼女からは考えられない、珍しくもある表情だ。
「あの少年は行きましたか…幾ら調子が戻った所で、“彼”がいるならば、総領娘様に大した危害は起きないでしょう」
「どういう意味です?」
「私は別に本気であの機体…モビルスーツを止める気はありませんでした」
早苗の耳に、今となっては聞き慣れた単語が入る。
「…!私達のガンダムを知っている!?」
「その名称も既に知っていますよ、当の前にね。天界に現れた“彼”によって…」
「彼…」
「せめて貴女だけでも止めなければ、私の存在意義が問われますからね」
衣玖の言葉には妙な含みがある。淡々とした言葉の中に、彼女の思惑が存在する含みが。
「さあ、やりましょう?東風谷早苗さん。あの少年を想っているならば、私を討たない限り通る事は叶いませんよ」
「言われなくても!」
その言葉が開戦の合図だった。お互いの間合いは急激に接近して、早苗の御幣と衣玖の硬質化した羽衣が交錯する。
二人の少女が想う、二人の少年。交錯するのは想いだけでも力だけでもない。
自らの願いに従って、少女達は激突した。


PHASE- 30 自由と天帝


灰色の雲を抜けて、白い巨体は翼を広げる。
早苗が衣玖を引きつけた隙に“フリーダム”はようやくして空へ辿りついた。
「ここが天界。天人達の楽園……か」
モニターに映る外の景色を見てシンは呟く。
幻想郷の上空に位置する“天界”は、殆どが雲海によって敷き詰められた世界だ。下界の山と天界の土地は、上空から見ると海に浮かぶ島の様にも見えて、普段見る事の無い幻想的な景色を作り出す。
夕焼けが眩しい。
気付けば周りはすでに赤く染まり、橙色の太陽が空間を染め上げる。
“要石”と衣玖の相手で少々時間を費やしてしまった。あと数刻もすれば日が沈み空は暗闇に包まれるだろう。しかし、置き去りにした彼女の為にもこの景色に見とれている場合ではない。
シンの目的は、天子の暴挙を止める事だ。破壊された人里、崩れ落ちた“非想天則”、シンを庇い怪我をした小傘。全てが天子によって起こった被害だ。この身勝手な“異変”を見過ごすわけにはいかない。
「天子……」
早苗から天子の事情は聞いた。自らの孤独を埋めるために力を行使して発散する。本来人間は思うようなことが行かない場合、自らの中でその憤りを殺すか他の事で紛らわすぐらいかの選択しかない。
恐らく天子の場合は“緋想の剣”という拠り所があるから異変を起こしたのだろう。
だが、それだけの為に関係のない人々を混乱に落とす事は見過ごす訳にはいかない。
そんな事を繰り返していては、やがて取り返しのつかない事になる。
里での一戦の時、小傘が守ってくれなければ自身はどうなっていたか分からない。もしかしたらあのまま撃墜されていた恐れもあった。
助けられたから、皆の為にも天子を止める。再び力でぶつかり合う事になろうとも。
それだけの覚悟がシンにはあった。
「へぇ…石で妨害した筈だったのに、無傷でここへ来るなんてね」
外界から女性の声が入る。それと同時にコクピットの球体レーダーに生体反応が示される。反応パターンは―――“人間”では無い生命を示す、青。
即座にその方向へ機体を転換させる。
「待ってたわよ……“フリーダム”」
夕日を背に、空色の髪が靡く。
浮遊する“要石”に腰かけて、空中に一人の少女が空にいる。
蒼と白の二色のスカートが髪と同様に靡いて広がり、彼女の華奢な身体を飾る。“天人”の象徴である桃が乗せられた帽子の下にある少女の表情は、真っ直ぐに“フリーダム”に向けられ、眼を背けようとしない。
「比那名居、天子…!」
彼女の存在を確認するように、シンが目の前の少女の名を呟く。
異変の元凶で小傘を傷つけた剣の使い手。そして、元人間の少女―――比那名居天子がそこにいた。
「あんたが来るまで退屈だったわ…絶対ここに来ると信じていたけれどね」
「俺は…あんたを止める為にここに来たんだ。皆を守るために、あんたの好き勝手を止める為に」
「好き勝手したっていいじゃない。此処【ここ】は“幻想郷”よ?妖怪と人間の楽園なのよ?堅苦しい束縛なんて無くていいものなのよ」
「だからって、他の人を傷つけてまでして暴れたいのかよ!満足か、それで!」
不遜な態度を崩さない天子の言葉に真っ向から反論する。
「あんただって……この世界の人間だったろ!何であんなこと―――」
「うるさいっ!」
直後、機体の背後に“要石”が現れて緋の光が放たれる。
シンがその存在に気付いたのはレーダーの反応と殆ど同時だった。
「そんなもんに!」
推進ノズルの向きを変えて機体を回転させる。
石からの光線を辛うじて避けてシンはビームライフルで迎撃、粉砕した。
「やめろよ、この馬鹿!あんたってホント、何も分かってないよな!」
力のままに暴れたって、得るものは無い。
心を満たすのは孤独と失望に塗れた空虚だけだ。
彼女の行動は自らの心の隙間を埋めるための、身勝手な自己満足に過ぎない。それを止めなければ、今度は天子自身に危害を及ぼす存在だって現れる。
それだけではない。このままではいずれ天子は、人間にも天人にも見放されて孤立する可能性だってある。何時かの自分と同情の念も込めてシンは彼女へ呼びかけた。
「黙って…!黙りなさいよ!」
怒声を放ってシンの言葉を遮る。その瞳は彼女の黒い帽子の唾に隠れ、窺う事は出来ない。
「何がこんな事よ……何が満足よ……」
天子の剣の切っ先が震える。手元は剣の柄を握りつぶしてしまいそうな程の力が込められ、もう片方の手は持つものが無いせいか、握り拳を作っている。
「そうやってお前達は私を縛り付ける!私は“天人”なのにっ……天の…人を越えた頂点の存在なのに!」
下げられていた“緋想の剣”が“フリーダム”に向けられる。同時に隠れていた双眸が剣と同時に向けられた。その瞳は炎の様に燃え盛る情を込められた、怒りの色だった。
「私は天人!もうあの時の様に短い命に怯える事も無いし、死神だって越えた存在!他の奴とは違ってこの剣を振う事だって出来る!好き勝手して何が悪いのよ!」
天子は怒号を放って、剣に両手を添えた。そして―――“緋想の剣”を天に向ける。
「いいわ…あんたの言葉も、その力も、私に通じないってことを教えてあげる。私の剣は万物の“摂理”に手を出す事が出来る…あんたなんか、私には及ばないってことを思い知らせてあげるわ! 」
「あんたって人は!」
天子が右手を宙に振うと、霊力で創造された“要石”が現れた。里の上空や、“妖怪の山”で襲撃に使われた物と同じ石だろう。
「カナメファンネル!あの機体を取り囲みなさい!」
数十機の“要石”が天子の指示によって“フリーダム”を取り囲む。レーダーには円状に石の位置が表され、逃げ場が無い事を示している。
「戦いは数によって決まる。“あの子”に頼らなくても、あんたを墜とすぐらい、私にも出来るわ」
「ちっ…」
「先手は取ったわよ…大人しくしたら、私だって殺す様な事はしないわ。逆に言えばそれ以外は躊躇しないけど」
確かに、並のモビルスーツならばこの包囲網を抜けて、尚相手の攻撃手段を封じる手立ては皆無だろう。是は対オールレンジ攻撃における基本だ。過去、“エグザス”等の戦闘で撃退できたのも自機の卓越した機動性と僚機の援護によって難を免れた事が多かった。
だが、今はあの頃と違う。
「このっ!」
機体を包囲網が一番薄い方向へ。真下に急加速して“要石”を振り切ろうとする。
「そう易々と逃がすと思ってるの?」
予想通り、シンの背後を石が追ってくる。機体の速度を殺さず、そのままシンは雲海に突入した。
「ちっ…雲に!」
モニターが白一色に染まり、機体の位置を知らせるのはレーダーの類のみになる。運悪く雲海の下にある地面に直撃したら最悪だ。だが、突入する直前に赤外線で雲海の奥を察知出来ていた為、その様な事は回避していた。
機体のスラスターの向きを急転換させる為に機体を捻らせる。地面へ向いていた“フリーダム”は雲の中で再び空へ向き、強大な出力によって推進力を殺す。
そのまま、“フリーダム”は雲の上に再度飛翔する。
「何!?」
天子が驚愕の表情を露呈する。“フリーダム”を追っていた筈の石は雲海の直前で静止し、大きく距離をあけられている。シンの狙いはそこにあった。
単体で“カナメファンネル”によって大火力の遠隔操作が出来るのは確かに脅威だ。だが、天子とモビルスーツには“オールレンジ攻撃”を行う上で徹底的な違いが一つだけある。
それは射出した機体をいかにして認識するかだ。モビルスーツには多種多様なレーダーが搭載されてあり、モニターから外れてもある程度の位置を知ることが出来る。
だが科学的な方法を一つも有していない天子は視覚聴覚でしか石を操作する事は出来ない。急激な動きを目前にしては幾ら妖怪でも追随は難しい、そこをシンは突いたのだ。
―――叩くなら、ここしか無い!
“フルバーストモード”で全砲門を解放。硬直して密集している“要石”を全てロックオン、斉射した。
「いけぇ!」
五つの光条が迸り、無数の石に浴びせられる。全弾命中。全ての“要石”は灰になり、天子の攻撃手段を封じた。
「私の石が……!」
「もうやめろ!こんな事したって無駄だって…何でわからないんだ!」
天子の攻撃を凌ぎ、外部スピーカーで呼びかける。例え以前の様に剣を突き立てようとしても、今の“フリーダム”ならば脅威にもならない。
勝敗の行方は明白だ。
「馬鹿にして…!どいつもこいつも私を縛りつけようとする!」
「そんなこと!」
「無い訳無いでしょう!私の邪魔をする奴は許さない!……しかし、あんたが私と渡り合えたのは称賛に値するわ……流石は“モビルスーツ”の力と言う事かしら?」
天子の口からシンの聞き馴染んだ単語が出て来た。
その事実に一瞬意識が硬直する。
「何で“モビルスーツ”の事を知って!?」
「衣玖も知ってるわよ、あんた達の機械人形の正体を。それらが幻想郷【このせかい】とは別の世界から来た事も」
その瞬間里の上空で耳にした天子の言葉が思い起こされた。“フリーダム”が損傷して身動きが取れなくなった時、天子が不敵にシンへ言い放った一言が。
『“あの子”には悪いけど、ここでさよならよ!』
天子が知る“あの子”。恐らくは、その人物が天子と衣玖に“モビルスーツ”の存在を教え、彼女達に組している。
その人物は自分達の世界の技術を知っている、つまり―――
―――俺以外に、この世界へ来た奴がいるのか!?
シンの結論はそこに至る。しかし一体誰が?天子の言う“あの子”とは何者なのか。
しかし、今は天子の暴走を止めなければ彼女に問う事は叶わない。目の前の事に集中しなければ。天子の暴走を許すわけにはいかないのだ。
「何処で誰から知ったのかは知らないけど……俺はあんたを、天子を止める!もうこれ以上好き勝手にさせるもんかよ!」
「いい度胸ね…!なら、最高の勝負をあんたと“私達”としようじゃない!」
天子は急に“フリーダム”と距離を離し、手近の地上―――雲海に浮かぶ天界の地面に降り立つ。
―――何をする気だ!?
シンは彼女の跡を追い、同様に地面に機体を降ろす。天子は地面に降り立つと同時にその手に持つ剣に両手を添え、切っ先を真っ直ぐに地面へ向ける。
「私達に相応しい、最高の場所でね!」
天子が“緋想の剣”を地面に突き刺した途端、世界が揺れた。
爆発音にも似た空気の振動が空に、辺りに木霊して、鼓膜を激しく突き刺す。常人ならまともに立つ事すらかなわない揺れが、機体越しにシンに伝わる。あまりの揺れに悲鳴を上げる事も出来ない。
地殻変動の類か?―――浅はかな想像が脳裏に浮かぶも、目の前で起きた現象とは結びつかない。この揺れは天子によって起こされたものであり、一般的な自然現象とは全てが異なるからだ。
そして一際大きな揺れが襲いかかった後、急激な重みがシンの身体に圧し掛かって来た。
例えるなら人が一気に落ちてきてそれを受け止めたような重みだ。全身の血が足元に集中して気を失いそうになりながら、モニターの外を見る。夕焼けに染まる雲海が次第に眼下に下がっていき、空が近づいてくる。その向こうにある星さえ見えてきそうだ。
そこで漸く事態を把握した。今、“フリーダム”は何かによって空へ押し上げられている事に。
「がっ………あああっ!」
必死にスラスターを操作しようとするも、襲いかかる全身の重みで操縦桿を動かす事が叶わない。自分は何処に連れ去られようとしているのか、それさえも分からない。
意識は次第に遠くなり―――シンの視界は暗闇へ誘【いざな】われた。
PHASE-30 自由と天帝
意識が戻ると、そこは暗闇だった。
“フリーダム”の周りには無数の石の残骸が漂い、荒唐無稽な世界が広がっている。光源は存在するが大気が存在しない為、空は無い。一見それは夜の景色に似ているが、星と言う名の無数の光源は一方だけにあるのではなく上下左右、全ての視界から映り込んでくる。
この空間をシンは良く知っていた。しかし、幻想郷に来てからは一度も足を踏み入れていない所でもある。元の世界の戦争で、何度も争い合う舞台となった空間。空気が存在せず、宇宙用のスーツ無しでは人は行動する事も出来ない広大な空間。宇宙【そら】だった。
「俺は、いつの間に…ここに」
眼下には青く光る星が見える。大気越しに所々に見える白のカーテンが大地を隠し、天然の模様を作り出している。命を育み無数の生物が生んだ聖なる惑星、地球だ。降りてみては全く違う世界でも、遠目から見たらそれはコズミック・イラの同名の星と何ら変わら無い美しい星だ。
「宇宙へ飛ばされたのか…!?」
身体を襲った勢い。あれによって自分は天界から勢いよく宇宙へと押し出されたという事なのだろうか。
ならば、辺りを漂う残骸の正体も恐らくは天界で墜とした“要石”だろう。天子のもつ剣によって“フリーダム”を飛ばした際、石の残骸も巻き添えを喰らったならば周辺の状況についても説明がつく。
しかし、シンの知る宇宙とこの宇宙には最大の違いがあった。外界の気圧の数値が天界の時と一切変化していない。これが何を表しているか、戸惑いつつもシンは即座に理解した。
宇宙に空気が存在している。幻想郷の世界ではあらゆる現象がシンの常識とは異なり、宇宙空間もまたその類に入るのであろう。流石に重力が無い事は共通してはいたが、その事実を認識する。
―――なら、天子は何処だ?
モニターを見回して警戒しているが、状況に変化は無い。この状況を作り出したのは彼女だ。ならば絶対に天子は“フリーダム”へ再度攻撃を仕掛けて来る筈。空気があるという事は彼女も宇宙に来ているのではないのか。あの少女はここで身を引くような性分だとはシンには思えない。
「!」
警告音が鳴り響いて視線が即座にレーダーへ向く。今までに無い熱量、それが急激な速さでこちらに接近してくる。
―――遠距離からの攻撃!?
シンは直感的に判断して“フリーダム”は転換、急速回避。機体の側を通過した何かは眩い光を散らしつつシンの目の前を通過していった。
「天子!…でもこれは!?」
しかし、天子の攻撃にしては妙だった。今まで彼女は遠距離からの不意打ちは一度も行なっていない。石による待ち伏せこそはあれど、あれは天界への経路に設置してあっただけに過ぎない。そして何よりあの熱量は―――
「天子の攻撃じゃない…別の何か?」
幾ら幻想郷の住民が単独で飛び道具やビームを放てるとしてもその火力はモビルスーツに遠く及ばない。レーダーに辛うじて反応する程度であり、ビームによる攻撃でも“フェイズシフト”を通す事は叶わない。早苗の攻撃がさとりの“ストライクフリーダム”に通じなかった様に。
だが明らかに今の一撃を通せば“フリーダム”は損傷していただろう。天子の有効な攻撃手段は知る限り、“緋想の剣”か、剣で強化した天子の技だけだ。ならば恐らくは天子の言う“あの子”とやらが攻撃を行なったのだろうか。
ビームが放たれた方向に向いて、モニターのズームを行なう。10倍、20倍。遠くに視野を向けると次第に影が見えてくる。
「あれは……!」
更にズームの倍率を上げる。そこには二つの影が存在していた。
一つの人影は天子だった。緋色の光を放つ剣を片手に持ち、鋭い視線をこちらに向けている。宇宙には大気が存在しない為、遠くからでもこちらで漂うデブリを目視することが可能なのだろう。逆にこちらはデブリが視界を邪魔して遠くを見る事に意識を向けていなかった。
しかし、もう一つの影。それを視認した途端シンは大きく目を見開いた。それはこの世界に存在する物ではない筈の物だからだ。
石灰色の巨大な影が、天子の横に居る。機械による人を模した体躯は天子の数倍もあり、印象も大きく異なる。それは人間では無く、妖怪でも無い。
機械の巨人。目の前に表示されている姿はその言葉がふさわしい。しかし、その幻想的な言葉ではなく、最も単純にそれらを表す単語をシンは知っていた。
「まさか…嘘だろ!?」
―――“モビルスーツ”!?
シンの世界で一般的に認識されてある人型軍事兵器、それが目の前にいた。“フェイズシフト”の分子配列反応で、目の前の機体に色が灯りだす。灰色のボディの背後には大きな円盤状のバックパックを背負っており、そこに円錐状の無数の砲塔が突き出している。その背部の強烈な印象はまるで後光を表しているかのようでもあった。
右腕には遥かに大型の“ビームライフル”を手にしてあり、左手には“フリーダム”等が持つ防盾より僅かに小型の盾が収まっている。盾の先には三つ程度の口径が確認でき、恐らくは只の盾に限定された装備では無いと推量出来る。
外観に現れている重装甲とは裏腹に、腹部にはパックパックに繋がる幾つものケーブルが露出している。それは正規に建造されたモビルスーツならばあり得ない欠陥だ。しかし、通常には見られない外観なだけに、発せられるプレッシャーは異質で、重苦しい。
即座にOSに簡易アクセスの操作を行ない、目の前の機体とデータの照合を取ろうとする。だが。
―――データが無い!?
[unknown]
表示された文字列が、データの無を伝えて来る。“フリーダム”のOSは改良時に“デスティニー”のデータと同期を取っている為最新の情報に更新されている。しかしライブラリデータと照合出来ない機体となれば、それは新造された機体であるか、もしくはデータ自体が抹消された機体に他ならない。
そして、目の前の機体は明らかに旧式と散見できる部分が多くあった。目の前の機体と最も類似している機体をシンは知っていた。“ZGMF-X666S レジェンド”、嘗ての戦友が搭乗していた機体と目の前の機体は、背後のバックパック、各部装備、配色と、大部分が似通っている。
類推に過ぎないが、あの灰色の機体は“レジェンド”の先代機だろう。背部の円盤も恐らく、“分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム”。通称“ドラグーン・システム”のプラットホームだろう。
―――まさか、天子の言う“あの子”が、“モビルスーツ”なのか!?
通信を灰色の機体に全チャンネルで発信するが、繋がらない。辺りに妨害電波は見受けられないし、この世界には通信妨害機器“ニュートロンジャマー”も存在しない。
「さあ…行くわよ!“プロヴィデンス”!」
天子の一喝と共に、“プロヴィデンス”から無数の砲塔が射出され、“フリーダム”を包囲する。
異世界であり得る事の無い“モビルスーツ”同士の戦闘。コズミック・イラと唯一変わらない景色である宇宙で、それは遂に起こった。

俺の目の前に現れた白い機体。蒼い翼を有し、太陽の光を眩く反射するあのモビルスーツは僅かに残った俺の記憶にあるそれと一致した。
天子の言うとおり、確かに“フリーダム”だ。俺の討つべき敵、今俺はそれと戦いを繰り広げている。
「この装備…俺に馴染む…」 
俺は“プロヴィデンス”の中で高揚感から一つ呟く。修繕されたパイロットスーツに身を包み、天子の剣が起こす地殻変動の反動で予め機体を宇宙へ待機させていた俺は、一通りの機体の仕組みを理解していた。
いささか俺の知る操縦法と比べるとクラシックだが、あらかたの勝手は同じだ。機体を動かして、発砲する。時には組み合って格闘攻撃に持ち込む。思っていたより単純で効果的な戦いだ。
だが、その中でも特に異質で変則的な装備がこの“プロヴィデンス”には搭載されていた。
通称ドラグーン・システム。この“ドラグーン”は機体に設置してある砲塔を量子通信で同時操作して、対象に遠隔攻撃を仕掛ける特殊兵装だ。
対象を砲塔が取り囲み、全方位からの射撃を浴びせる。天子の得意とする“カナメファンネル”と酷似しているが、核エンジンが生み出す破壊力は、もはや比較するまでも無い程に強力だ。
「これだけの攻撃…かわせるか!」
搭載されてある全11機の砲塔を展開、こちらの攻撃から回避を繰り返す“フリーダム”に射出する。“ドラグーン”はその攻撃の特殊さ故に、パイロットの“空間認識能力”に大きく左右される兵装だ。
その操作を簡単に例えれるならば、11個の人形の一挙一動をたった一つの手で操る様なものだろう。空間の何処にどの砲塔があって、それをどういう風に相手に攻撃するか。それを瞬時に把握、行動に起こさなければ“ドラグーン”の真価は発揮できない。
しかし俺は恵まれていた。OSを介した神経接続で俺は“ドラグーン”を伝達操作をしているが、初めての筈なのに操作に慣れを感じる。いや、むしろ瞬時に記憶が思い起こされたと錯覚するまでにシステムを行使できる。眼前に繰り広げられる幾つもの光条は、まるで光で出来たカーテンだ。その様子に近くにいる天子も圧倒されている。通信機器が壊れていなければ即座に注意を促したい所だが、俺自身も目の前で精一杯だ。
懸命に“フリーダム”は無数のビームを躱す。時には周辺のデブリを身代りにしながら、レールガンとビームライフルによる反撃を行なうが―――
「どこへ逃げようと無駄だ!」
小回りの効く“ドラグーン”ならば、多少の障害を無視できる。即座に裏手に回り込ませて集中砲火。空間の座標を即座に把握して向かわせる。

―――爆発。目の前のデブリが光に包まれ、辺りの残骸が砕け散る。しかし、熱量からして“フリーダム”は墜とせていない。変わりに爆発したのは向かわせた“ドラグーン”の内一つだ。奴は即座にこちらの攻撃を見切って反撃したのだ。
反射的に舌打ちして、俺自身も“フリーダム”に攻撃する。左腕に装備された“複合兵装防盾システム”。そこから光の剣が伸び、“フリーダム”の剣と交錯する。
防盾から伸びる大型ビームサーベルは近接戦において最も大きな出力を出せる。スラスターを全開にして力で押しこむ。が、対する“フリーダム”も必死に押し返す。
恐らく機体性能自体は互角なのだろう。データでは相手も核を有し、エネルギーに際限が無い。となれば、装備の数で勝っているこちらが有利。
そう、俺は何としてもこいつに勝たなければならない。この機体のOSに残されたパイロットの名、それは俺が天子達に名乗った名と同一だった。
ラウ・ル・クルーゼ。彼が残してくれたこの力で、俺は“フリーダム”に負けるわけにはいかない。俺が俺である為に。最高の命である“フリーダム”のパイロットに勝る為に。
“スーパーコーディネイター”………キラ・ヤマトを、倒す為に。
「行こう、ラウ!新しい世界の為に!!」

「一機撃破だ!」
シンが“ドラグーン”に狙われる中で、彼の中の“種”が弾けた。咄嗟の攻撃で11台の“ドラグーン”の内、一つを破壊してシンは反撃に転じる。
しかし状況が劇的に一変した訳ではない。残り40門以上のビーム砲が未だシンに向かって斉射を繰り返しているのだ。
“フルバーストモード”で多重射撃を試みるが、まるで当たらない。正確無比な攻撃と回避は、空間の把握だけで出来る芸当では無い。未来予知でもしているのかと疑いたくなるぐらい、最小限で無駄の無い動きだった。
「墜ちなさい!」
そこに天子の“要石”が加わり、注意の対象が倍増する。このままでは劣勢に追い込まれるだけだ。決断して、シンはマルチロックオンを起動させた。
「見えた!そこだぁ!」
全ターゲットをロック。相手の攻撃手段を封じるために“フリーダム”は“ハイマット・フルバースト”を放った。
目の前に爆発と閃光が巻き起こる。光が石と砲塔に命中してその姿を完全に無くす。だがレーダーにはまだ反応が幾つか健在している。爆風の影響で“要石”は全て墜としたが、“フェイズシフト装甲”の“ドラグーン”はそうにもいかない。また一つ破壊には成功したがこれでは消耗戦になるだけだろう。
「ぐうッ!」
不意を突かれた。撃って来る“ドラグーン”の内一つの攻撃に神経が追い付かなかったことが災いした。放たれた光が“フリーダム”の右脚に命中して爆散した。
大きな衝撃と揺れが同時に襲いかかり、身体がコクピット内で暴れる。だが機動を止める訳には行かない。

反射的に操縦桿を巡らせてシンはビームサーベルを引き抜いて、“プロヴィデンス”に叩きつける。正確な防御で防がれるも、敵の動きを縫い付ける事は出来た。
が、“ドラグーン”は停滞せず、機体の危機に応じて射撃を繰り出してくる。お互いに機体各部に損傷を残して再び距離を離した。
―――このままじゃ!
次第に損傷が増して機体性能が低下すれば、撃墜は免れない。“ドラグーン”は例え機体に大きな損傷を負ったとしても、操作系統が無事ならば問題無く攻撃を行える。その点も“ドラグーン・システム”のメリットの一つだ。
そして何より、“プロヴィデンス”を討つ上で最大の障害がある。
“プロヴィデンス”、“フリーダム”はニュートロンジャマーキャンセラー搭載型の核エンジンを有している。それはつまり、撃墜されればパイロットだけでなく周囲に死を撒き散らしてしまう恐れがあるのだ。
この場には機体の他に、唯一の存在である天子がいる。幾ら妖怪といえども核爆発に耐える事は無理だ。それに、幻想郷にも悪影響を及ぼす可能性がある。
「どうにかして、爆散させないようにしないと…!」
手加減して撃墜した事例は、ロドニアでの“ガイア”戦のみだ。あれ以来同じ様な事をする余裕も目的も無く、また上手くいくか分からない。
だがやるしかない。早苗や、にとりや、沢山の人が住むこの世界に、科学の毒を撒く訳には行かない。
そして何より、天子達を止めたい。ここで死なせるような最悪の事にはさせたくない!
決死の覚悟で“プロヴィデンス”へ飛ぶ。その手には、幾多の戦場を切り拓いて来たであろう、桃光の細剣が握られており、真っ直ぐへと相手へ向けられる。
「俺は…俺はどんな奴にだって、負けない!」
ビームの嵐が飛び交う中で、少年の想いと共に白の輝きは灰の巨体へ向かう。
世界を越えて争う巨人同士の戦いは荒々しくもありながら、戦いの光の美しさが辺りに散らばる。
それを目にしていた天子の心は魅了され、“彼”を助けるための“プロヴィデンス”の援護も気付かぬ合間に静止していた。

「今はただ攻撃するのみ…!」 
中々しぶとい奴だ。既にいくつもの箇所に傷を負っているというのに、こちらの動きに遅れを取らず、必死に食い下がって来る。
機動力は“プロヴィデンス”も劣っていない。だがこの機体の唯一の弱点は、“ドラグーン”以外の武器が大型な為に、取り回しの自由があまり利かないという点だ。
これは接近戦、中距離戦で絶対的な弱点と化す。それを“ドラグーン・システム”でカバーしつつ戦闘を行なうのが最も効率のいい戦闘方法だ。
俺は、残りの“ドラグーン”の射撃に加えて右腕にある銃、“ユーディキウム・ビームライフル”と防盾のビーム砲を加える。ビームライフルは砲塔の射撃よりも遥かに高威力であり、本機の携帯武器では高威力の射撃兵装だ。
弾幕を張れば、簡単には接近出来ない。このまま“フリーダム”の戦闘力を削り、撃墜に持ち込めばこちらの危険は少なくなる。何より、“フリーダム”を破壊した際に、天子に爆風が及ばずに済む。俺としても恩人に怪我は負わせたくないからな。
俺は死ねない。こいつを、“フリーダム”を倒すまでは。
だが、その後はどうすればいい?戦闘中だというのに、未来への疑問が脳裏を過【よ】ぎる。
俺は異世界の人間だ。だが、この“殺し合い”に勝利した所で元の世界に帰れる訳ではない。俺は天子から称賛をもらい、目的を達して満足して、その後はどうすればいいんだ?
『それが…君の運命なんだよ…』
頭の中で、長髪の男の言葉が何度も再生される。運命?俺の?それ以外は選べない?
―――考えるな!
集中しろ。“ドラグーン”は使用者の精神に左右される武器でもある。ここで俺が迷えば、このチャンスを逃してしまう。最悪、“フリーダム”に墜とされる。
“フリーダム”が“ドラグーン”の包囲網をかい潜って、再度接近する。しまった、俺の油断が接近を許してしまった。
「反撃のチャンスを与えるのは一度きりだ!」
頭に稲妻が走り、直感的に俺は大型ビームサーベルで対応し距離を離して、状況をこちらに誘い込む。油断は死を招く、ならば俺は迷えない。
…だが。俺は勝った後、どうすればいいんだ……?

「あの子……“フリーダム”に苦戦してる…?」
一見、状況は“プロヴィデンス”の方が有利だ。“フリーダム”がダメージを重ねる中、“プロヴィデンス”は“ドラグーン”の損傷だけで済んでいる。
しかし、 “フリーダム”の動きは鈍りもせず、何度も接近戦を仕掛けている。
恐らくは、射撃戦で劣る分、唯一勝っている点である接近戦で倒そうという魂胆なのだろう。“プロヴィデンス”の装甲には露出しているケーブルがあり、武器の大きさもあって幾らかの不安点が散見される。
“フリーダム”が頭部に設置されてある固定武器、“ピクウス・76mm近接防御用機関砲”をフルオートで撃つ。狙いはやはり、腰部の露出ケーブルだった。
が、開発者もその点を考慮していた。ケーブルの表面も“フェイズシフト”を纏っている為、弱点となる事を防いでいたのだ。
“フリーダム”のパイロットの舌打ちが聞こえてきそうだ。天子は“プロヴィデンス”の善戦に心が躍り、笑みを浮かべてしまう。
―――これなら、私が手を貸さなくてもいいわ。
戦闘に水を差すのは自他共に興が逸れる。傍観者に徹しつつ、二体の戦闘を眺め続ける。
―――あの子が危険そうなら、私が助けてやろうかしら?
内心で、“プロヴィデンス”の危険を防ぐ自分を想像する。それはとても格好がつくシチュエーションだろう。また“あの子”に借りを作る事も出来、自分の人格に箔が付く。
―――この戦いが終わったらあいつに……“ラウ”に何かご褒美をやろうかしらね。
小さく呟いて、少年の戦いを見続ける。初めて少年の名を口に出した事に天子は、しばらくの間気付いていなかった。

―――あの戦い方…俺は見た事がある?
長く銃を交わし合っている内に、シンはふとそう思った。
あの正確な攻撃、必要最小限の動き。そして何より、“レジェンド”と同等の“ドラグーン・システム”と思わせられる挙動。
だがその動きが出来る少年はもういない筈なのだ。この世界に居る事はあり得ない。
判断に迷う理由はそれだけではない。自分の知っている戦い方より、目の前の機体は何処か荒削りなのだ。“ドラグーン”の動きは若干消極的で、繊細すぎる。まるで初めて扱っている様な、丁寧過ぎる動きなのだ。
それでも、この戦い方はシンの戦友―――レイに酷似している。
何度も通信は投げかけている。が、相手は一向に応じようとしない。いい加減こちらも防戦一方に追い込まれるのは限界だ。次の攻撃で勝敗を着けなければ、恐らく“フリーダム”は限界に達し、墜ちる。
「俺は戦う!」
一喝と共に、二刀の“ラケルタ・ビームサーベル”を連結させる。“アンビデクストラス・ハルバード”を敵機に構え、真っ直ぐに突進した。
狙いは動力源の停止。ならばサーベルの正確な一撃であのケーブル近くの個所に損傷を与えなければならない。遠距離からではそこを狙うのは無理だ。
「大切なもの全てを、守って見せる!」

「“フリーダム”の攻撃だろうと!」
相手は必死の一撃を繰り出すつもりだ。もう後戻りはできない。ここで沈めなければ、俺は討たれてしまうだろう。
覚悟を決めて、“ドラグーン”を撃ちこみ続ける。だが、相手はもう躱そうともしない。死ぬ気なのか?いや、道連れに追い込む気なのか?
「これで終わらせる…!」
例え機体が壊れたっていい!討てば俺の勝ちなんだ!
俺は反射的に“ドラグーン”の集中砲火を浴びせかける。これで勝った―――そう確信した直後。
『それが…君の運命なんだよ…』
全ての感覚が麻痺して、激痛が身体に襲いかかる。俺の中で再びあの男が優しい表情で語りかけてくる。
俺は……死ぬのか………?

―――もう誰も傷つけさせない!
その想いを一心に剣先に込め、“フリーダム”は突進する。“プロヴィデンス”が近づけさせまいと“ドラグーン”を乱射してくるが、防御は出来ない。すれば、隙が生まれて敵に一撃を与える事は叶わない。
「うおおおおっ!!」
機体の距離は瞬く間に零距離に達し、シンはサーベルで相手の両腕を削ぎ落す。ビームライフルと防盾が宇宙に散り、敵機はもう“ドラグーン”しかビームは使えない。
“プロヴィデンス”は距離を離して、“ピクウス”と“ドラグーン”を発砲する。だがシンは回避しなかった。自らが調整した機体を信じて、ただ真っ直ぐにサーベルを振う。
が、内一機の“ドラグーン”がシンのサーベルを撃ち落とした。万事休すか―――そう思うより先にシンは残った携帯武器、“ルプス・ビームライフル”を相手に向けた。
発射―――
二体の発砲は同時だった。“フリーダム”はライフルを持った腕を撃ち抜かれ、“プロヴィデンス”は肩口とケーブルを損傷し、煙を上げながら反動で地球へ―――天界へ墜落する。
「あ……ああ…いやよ、嫌ぁ!ラウウッ!」
天子の悲痛な叫びが響き渡り、“フリーダム”も限界に達して共に地球に墜落する。二体のモビルスーツは寄り添うように並列して、蒼の星へと身を沈めた。

 


【次回予告】
傷つきあう二人。寄り添う少女達。
全てが“争い”という名の枠の中で、二人の少年は墜ちていく。
生き残った命は何のために?死んでいった命は何のために?
まだ命を落とす時ではない。生きて成すべき事を掴み取るまでは。
そして、もう一つの世界。彼らがいない間で、コズミック・イラの行く末は。
撒かれた種が芽吹くときは、未だ遠い幻想なのか。
次回!運命の赤い瞳
『分岐点』
自由への祈りを込めて、飛べ!フリーダム!