PHASE- 31 分岐点


雷鳴が瞬く。
轟音が鳴り響く。
天界の下部に位置する広大な空間。
灰色の雲海で相対する二つの影がある。
「はあああっ!」
若葉のように瑞々しい長髪を揺らして、早苗は御幣を全力で振り下ろす。
相対するのは雲海で彼女の行く手を阻む妖怪、永江衣玖。
「………ッ!」
霊力で増幅された早苗の一撃を、その身に纏う羽衣で受け流す。
辺りに鋭い反響が鳴り響き、勢いから早苗の動きが止まる。
その隙を見逃す衣玖ではなかった。
体を大きく捻り、右手から硬質化させた羽衣を突き出してくる。
反射的に早苗は衣玖から体を離すために、神風を吹かせて慣性を殺してそのまま背後へと跳ぶ。ある程度は防御することも可能だが、躱【かわ】すという選択肢があるのなら二の次だ。
組み合っていた二人の距離は一瞬の内に離され、幾度と交わされてきた視線のぶつかり合いに戻る。
お互いのどちらかに格段な力の差があるわけじゃない。むしろ全力を出してしまったら双方無事では済まないだろう。
その己に対する無意識下の恐怖が、互いの力を惜しませる。
二人の躊躇は何も自己の保全という理由だけではない。
“宇宙”【そら】にいる少年―――彼らの身を案じるばかりに今の状況に集中することができない。
早苗はシンを。衣玖は“彼”を。今すぐこの場を切り抜けて彼のもとへ行きたい―――!
しかし状況がそれを許さない。
想いの矛を邪魔する盾が目の前に憚る。眼前の障害を討たなければ、その奥にいる彼の元へは行けない。
「あまり、時間はかけられない!」
己を奮い立たせるよう一喝して、早苗は衣玖へ急接近を仕掛ける。
御幣の先端に、星を模した眩い閃光が集まる。必殺の一撃で衣玖を仕留める気だ。
「墜ちてください!」
早苗の姿が一瞬にして消えた瞬間、衣玖との距離を急激に詰める程に加速する。その勢いのまま相手を叩き割る勢いで御幣を真正面から振る。嘗てシンから借りたエクスカリバーで行なった一撃、“モーゼの奇跡”。あの時とは異なり、今度は彼女本来の得物での技だ。
「させません!」
しかし、対する衣玖も攻撃をただ黙って受けるつもりは毛頭ない。
早苗の技が炸裂する直前に、衣玖は袖の羽衣を早苗の手足に巻き付けた。
俊敏な動きを発揮していても身動きが封じられれば一撃は届かない。
御幣は衣玖の帽子の直前で止まり、焦りが早苗の心境を満たし尽くす。
「この“天女の一撃”で!」
衣玖の羽衣から青白い稲妻が弾ける。
やがてそれは衣玖自身をも発光させる程の強大なものと化し、捉えた早苗の体に流し込み始めた。
早苗の接近を逆手に取った衣玖の反撃は、躱すことすら出来なかった。
「くっ……ああああああっ!!」
鋭く、焼けるような痛みが全身を襲う。
視界が明滅して、絹を裂く様な悲鳴が口から流れ出す。幾ら幻想郷上のルールで死なない程度の攻撃で収まっていても意識がある限り痛みはある。
激痛で衣玖の電流に気を失いそうになる。だが気力で保たせる。そうしなければ神風による空力を失って地面へ墜落する。そうなれば衣玖の攻撃では死ななくとも、墜落の衝撃で命を失ってしまうだろう。
―――痛い……けど!
悲鳴が流れ続けていた口を結んで、力を振り絞って電撃が流れている体を動かそうとする。
「無駄です。今の貴方は電撃でまともに動けない。まして、並の人間に羽衣が解【ほど】けるほど柔な“天女の一撃”ではありません」
抵抗に気付いた衣玖が淡々とした調子で告げる。
彼女に言われなくとも、ビクともしない羽衣の感触で既に早苗は単純な力押しで解くことができないことは悟っていた。
けれども、現状を切り抜けなければ彼―――シンの元へ行けない。ならば。
早苗は何とか届いた右手で、懐から数枚の札を取り出す。
衣玖の有利を崩す方法。それが閃いた途端、無意識に手が動いた。
「!」
衣玖の表情が僅かに揺らぐ。対する早苗は痛みから苦悶の表情のままだが、密かに内心で笑みを零した。
次に起こす行動で、この状況を一転出来ると確信したからだ。
衣玖は攻撃を警戒して、硬質化した羽衣を盾代わりに早苗へ構える。
彼女は初めから札を投げつけられると予想したのか反応が早い。確かにこのまま衣玖へ当てても難なく防がれてしまうだろう。
しかし、衣玖の予想と早苗の狙いが別ならばその反応は裏目に出る。
―――私は、シンを助けたい!
その思いが早苗にある僅かな躊躇を払った。
手薄になった早苗を巻き付ける側の羽衣に“対妖怪用爆弾札”を押し当てて、爆発させる。
「きゃああっ!」
衣玖の羽衣が衝撃で吹き飛ばされ、早苗の拘束が解ける。
しかし目の前で爆発を起こした早苗は、空中に投げだされて平衡感覚を失う。
それでも、気力で早苗は体制を立て直した。
全身は爆発ですす焼け、衝撃の威力の凄まじさから青と白の二色で彩られた服は破けて激しく傷ついていた。
「はぁ…っ!」
痛む体に歯を食いしばり、再び衣玖と対峙する。
しかし羽衣から抜け出すために酷く消耗してしまったため、形勢は衣玖が有利だ。
「……もういい加減にやめたらどうです?私は貴方を討つ気などさらさらない。ただ、貴方を天界へ行かせたくないだけなのですから」
早苗の姿に、衣玖は呆れたように問う。
まるで、この戦いにつき合っていられないと言わんばかりに。事実そうなのだろう。彼女自身も不安要素を天子に抱いているから、自分の足止めをここで全うしている。そうに違いない。
「そんな訳には…いかないんです…!」
声を振り絞って衣玖の言葉を撥ね退ける。
その両眼は衣玖を見ていない。その先にある、深紅の瞳をもつ少年の背中を早苗は眺めている。
「…何故?」
問いの答えは初めから用意していた。
それを口にすることに、躊躇いはない。
「私は―――彼が好きだからです」
「………!」
衣玖の眉が僅かにつり上がる。
見開いた両目は自分の言葉が相手に届いたことを早苗に認識させた。
「だからここを通る。例え貴方を討ってでも!」
そうだ、好きなのだからシンの傍にいたい。シンが危険に遭う遭わない以前に、自分がそうしたいからこうして堂々と戦っている。シンの元を目指す自らの邪魔をするのなら、何が相手でも足を止める気はない。障害を退けて、なんとしてもたどりついて見せる。
それだけ、早苗の想いは確固としたものだった。
「―――そうですか…」
衣玖はつり上がっていた眉を再び元の冷ややかな視線に戻して言う。
言葉は届いている。だがやはり通す気はないのか、こちらへの対峙は解かれていない。
「なら、私と似たようなものなのかもしれませんね」
淡々とした言葉から、思いもしない響きが早苗の両耳に入る。
「え……!?今何と?」
思わず動じて問い直すが対する衣玖は微笑を浮かべているだけだ。初めてみたときからこの戦いの間でも変わらない、常に浮かべている掴み所のない微笑を。
「そういうことです」
衣玖はただそれだけを早苗に言う。察しろ、ということなのか。
同じ女だからこそ、衣玖の言葉が身近に感じられる。何故衣玖がこの場に留まったのか、その理由を早苗は感付いた。
―――彼女もまた……
自分と似た想いで戦っている。ならばその想いの矛先にあるのは衣玖の言う“彼”に対するものなのか。
幾ら予想しても、直に目にしていない者のことを考えたところで仕方がない。
早苗は傷ついた体に鞭打って、再び衣玖の元へ跳ぼうとした。
「衣玖!!」
その瞬間だった。
天から悲痛な叫びが辺りに鳴り響く。名を呼ばれた衣玖は反射的に声の方向に見上げ、早苗も首を天に向ける。
灰色が広がる雲海の上空から、三つの影が降りてくる。
いや、内二つは“降りてくる”という表現ではなく、“墜ちてくる”と言ったほうが正しい。
声の正体は天界にいる筈の天子だった。しかし後の二つの影は分厚い雲の絨毯を突き抜けて、その姿を早苗と衣玖に晒す。
片方は、シンが搭乗している“フリーダム”の惨憺【さんたん】たる姿だった。
蒼の翼は傷つき、機体の残骸が共に墜落してゆく。あのままでは彼が危ない。
それだけでも驚愕に値するが、さらなる感情の揺さぶりが早苗を襲う。
それは“フリーダム”と共に墜ちる灰色の巨体だった。
こちらも傷ついて、力なく雲の下へと墜落している。各所の無骨なパーツ。“フリーダム”と似通った頭部。間違いない、あの機体も“ガンダム”だという事はすぐに確信できた。
「“フリーダム”と…灰色の“ガンダム”!?」
「ラウさん!」
突如、耳にしたこともない悲鳴が早苗の近くから発せられる。
落ち着いた物腰で、全てにおいて達観している様なあの衣玖からこれほどの悲鳴を出させるとは。聞きなれない名前に疑問の矛先を向ける。
「衣玖!“プロヴィデンス”が!」
「わかってます!」
衣玖は今まで微塵も見せなかった焦燥を露呈して、墜ちる灰色の巨体へ跳ぶ。
もはやこの戦闘自体が無意味という事なのだろう。衣玖は天子と共に墜落する“ガンダム”の後を追った。
「シン!!」
―――あの方向……妖怪の山!?
“フリーダム”の墜落する方向の先にある地形を思い浮かべて愕然とする。
このままではシンの無事はおろか、衝撃で山近くの妖怪や人間にまで被害が及んでしまう。
考えるより先に早苗は“フリーダム”を追っていた。
持てる全ての霊力を移動に回してシンの元へ飛ぶ。
其々が想う少年の無事を祈りながら、少女達は灰の空間を飛び去っていった。


「カタパルト用意。X20A“ストライクフリーダム”、発進どうぞ」
「キラ・ヤマト!ストライクフリーダム!行きます!」

「進路クリア。“インフィニットジャスティス”、発進どうぞ!」
「アスラン・ザラ!“ジャスティス”出る!」

「カガリさん。無茶はしないでね」
「大丈夫だ、任せろ!カガリ・ユラ・アスハ、“アカツキ”発進する!」

「システムオールグリーン。“ストライクルージュ”発進どうぞ!」
「ムウ・ラ・フラガ、ストライクルージュ、出るぞ!」

「お姉ちゃん!がんばって!」
「了解!それじゃ、行くわよ!」
母艦、“ミネルバ”から青のモビルスーツが出撃する。機体名はZGMF-X56S“インパルス”。“フォースシルエット”と呼ばれる武装を装着したこのモビルスーツを操る少女は、無線通信で送られる妹の激励にコクピットから笑顔で返す。
名はルナマリア・ホーク。麗しい赤毛をヘルメットのバイザーから覗かせる彼女が向く先には、メインカメラを介した宇宙空間が広がっている。暗闇の空間に幾千の星。それらが無数に瞬いた景色は非常に美しい。
だが、その淡い光を打ち消すように激しい閃光が彼女の前を過ぎる。
「さっそくお出ましって訳?」
閃光の正体はビームだ。今回の任務―――オーブ軍の精鋭と共に護衛対象である宇宙ステーション、“トロヤステーション”を守りきる事だ。救難信号をキャッチしたオーブはザフトとの合同部隊を編成して向かわせている。今回ルナマリアも、その腕を見込まれて合同任務に当たる兵士の一人として選抜されたのだ。今や世界各国で紛争やテロが発生している中、ついに中立機関を謳う施設にも戦いの火は伸びてきたようだ。
「こちら、“トロヤステーション”。D.S.S.D所属のセレーネ・マクグリフです」
暗号回線を通じて、コクピット上部にあるサブディスプレイが点灯する。
セレーネと名乗る声の主は見目麗しい黒髪を伸ばした、妙齢の女性だ。
「現在我々は、所属不明の武装組織から攻撃を受けています。こちらも“アストレイ”を向かわせていますが状況は不利となりつつあります。どうか、貴方達の力を貸していただけないでしょうか」
口調は丁寧だが、モニター越しに映る彼女の両目は凛としている。
ルナマリアが彼女を見るのは初だ。彼女の性格など知る由もない。しかし、彼女が少なくとも戦いの火から臆病に背を向ける者でないことは直ぐに感付いた。
「こちら“オーブ連合臨時部隊”隊長、アスラン・ザラだ」
この回線はルナマリアだけに発信されている訳ではない。今回の任務に参加した全ての戦艦と機体に等しく通信が届けられている。
その部隊の中で隊長の任に就いたアスランが代表して、“トロヤステーション”からの通信に応じる。
「本部隊はこれよりそちらの防衛任務に当たる。現在判明している武装集団のデータをこちらに転送してもらえないか?」
「ええ、わかったわ。その代わり必ず奴らを追い払って頂戴」
アスランの対応にセレーネは強気に返す。やはり、自分の予想は当たっていたらしい。
彼女の言う武装集団というのも、恐らくこれまでの任務と同様にテロリストの仕業となるだろう。半ば予想しながらもルナマリアはステーションから送られたデータを閲覧する。
「…これって!?」
送られてきた映像データ、照合データを眼にして思わず動揺する。そこに映っていたのは紛れもなく自分が所属している軍の機体、ザフトの機体だ。“ザクウォーリア”、“グフイグナイテッド”。それだけではなく、機種転換によって退役に追い込まれた“ゲイツR”や“ジン”のデータもある。
「ルナマリア、聞こえるか?」
「アスラン!」
アスランから通信が入る。この部隊は複数の部隊から形作られてはいるがその実、殆どがオーブ所属軍だ。その内でキラを除いた数少ないザフト所属であるルナマリアに通信が入るのは、この部隊内でのザフトの代表を任されているためだ。
「敵はこれまでの地球連合軍のモビルスーツに加えて、ザフトの機体も保有する様になったらしいな……厄介なことになった」
「そうみたいね。でもだからと言って、討たないわけにはいかないでしょう?私たちの機体を使うなんてとっても気に入らないけど」
これまでにテロで使われた機体の数多くが前大戦での遺物とまで言われる旧式の機体だ。しかし近日になってから急に敵は徐々に軍備を整え始めている。
これはもはやテロリストだけで起こる事態ではない。それほどまでに、軍の中にも今の世界を望まない人間がいるという事なのか。
「こっちも確認したよ、アスラン!」
「キラ!」
アスランの声に混じって、“もう一人の英雄”―――キラ・ヤマトが通信に入る。
「ていうか、どうする?この状況」
「どうするも何も、敵であることには変わりない。警告はかけるつもりだが、恐らく今までと同じように応じてはくれないだろう」
「多分、そうだとおもう。僕達が戦う以外にステーションを守る方法は…」
「恐らく、相手の狙いはD.S.S.Dの技術だ。あの中には“フリーダム”にも転用されている技術がある」
アスランの言う技術とは、“ストライクフリーダム”、“デスティニー”等に使われている光パルススラスター、“ヴォワチュール・リュミエール”の事だ。この技術はD.S.S.D以外ではザフト、オーブの一部でしか利用されていない。それも例外なく、公には公表されずに使われているものだ。
どういった方法で技術の出所をテロリストが掴んだかは知る由もない。だがステーションを守らないと、罪なき人々が被害にあう。それを防ぐためにも自分達が行動する必要がある。
「俺は前線に出てステーション周辺の指揮を執る。先行して敵を引きつけてくれる機体はいないか?」
「僕と“フリーダム”が行く!」
「了解した。カガリとフラガ一佐は一個小隊を連れて防衛任務にあたってくれ!」
「こちら、ムウ!了解!」
「分かった、やってみる!」
アスランの指示を受けて、カガリとムウが応答する。
まさかこの任務に、オーブ代表まで出てくるとはルナには予想できなかった。曰く、“自分の力で守れずして何が代表か。”とは本人の弁だ。
「ルナマリア、君は俺達と一緒に前線で戦うぞ。出来るな?」
「私のほうは大丈夫よ。ご心配無く」
「言ってくれるな…期待しているぞ!」
ルナマリアの勝気な返答に、アスランは苦笑する。
嘗ての上司は未だに成長した自分の腕前を知らないのか。それとも見越した上での対応なのか。釈然としない心境で、ルナマリアはキラ、アスランと共に先行するために機体のスロットルバーを押し込んだ。


各隊がアスランの指示によって散開した後。指揮官機の“インフィニットジャスティス”と共に“ストライクフリーダム”と“インパルス”は並空する。
ステーションが近づき、肉眼で捉えられるほどの距離になったと同時に、テロリストの機体がこちらに向かってくる。データと照らし合わせるまでもない。見慣れたヘルメットのような頭部パーツ。各部の無骨な曲面アーマー。間違いない、確かにザフト軍の機体であるはずの“ザク”や“グフ”がいた。
その事実にルナマリアの心が沸騰する。戦争を無くすために作られた兵器が戦争の火種になっていることが腹立たしい。二度の大戦が終わって、尚も戦場を作っているテロリストがいる事が許せない。
この状況、共に戦った“彼ら”―――シンとレイならばどんな反応をするだろうか。恐らく、自分とさして大差ないだろう。
―――もう、あの頃の…シンに守られるだけの私じゃない!
大戦がオーブ軍の勝利に幕を下ろした後、ルナマリアは己の力を強めるために精一杯の訓練を重ねた。レイはMIA扱いになり、シンは”FAITH”の腕を買われて“デスティニー”で単独の任務に就くことが多い中、取り残された彼女はシンは勿論、アスランやキラに少しでも追いつくようにとパイロットとしての技術を高めたのだ。
「この泥棒があっ!」
“インパルス”は前に出て、モビルスーツが飛び交う戦場に“ビームライフル”を向ける。
この戦いを一刻も早く終わらせる。そのためには、彼らを討つ以外に方法はない。
ルナマリアは“ジャスティス”と“フリーダム”に通信をつないで言い放つ。
「先の大戦の英雄なら、やれるわね!行くわよ!」
一喝と共にライフルを連射する。
発射された光条は、ステーション所属の“シビリアンアストレイ”隊とテロリストのモビルスーツ群との間に割って入り、双方の距離を無理矢理離す。
「なんかすごいね……彼女…」
「あっ…ああ……」
彼女の剣幕に戦慄しながらも、キラとアスランは“ビームライフル”を構えて発砲する。
“アストレイ”から敵を引き離して、三機は敵機の群に立ち塞がる。
「お前達の好き勝手にさせておく訳には!」
「あの戦争で、何も学ばなかったのか!」
「今更返すって言っても、許さないわよ!」
無数の敵機に対し、憶することもなく言い放つ。
二人と共にルナマリアは無数の敵機の中に躍り出た。

「行くぞ!お嬢ちゃん!」
“ストライクルージュ”のコクピットからムウは咆哮する。
“アカツキ”を本来の持ち主であるカガリに返還した彼は、代機として“ストライクルージュ”に乗り込んでいる。本来この機体の装甲は高電圧の“フェイズシフト”で赤が主体なのだが、キラが施したOS調整で以前の愛機、“ストライク”と殆ど同色のトリコロールに変色している。外見上の違いを挙げるにしても、新しく新造してもらったシールドを除いたら、ツインアイの部分程度だ。
「お姫様からの預かり物だ! 撃墜マークを刻んで返すぜ!」
「勝手に壊したら許さないからな!」
「うるせぇ!生意気言うんじゃないよ!」
景気付けの一声を放った途端、カガリの耳をつんざく声が通信で入る。“アカツキ”も“ルージュ”も元は彼女の機体だ。今や自分専用の機体を失ったムウからしてみればその言葉はかなり苦しい。思わず気恥ずかしさから声を荒げる。
「お前こそ“シラヌイ”、満足に使えんのか!?」
ムウも仕返しに意地悪半分でカガリに言う。
今カガリが使用している“アカツキ”の換装パックは、宇宙戦用の“シラヌイ”パックだ。“シラヌイ”に搭載されている“ドラグーンシステム”は開発時期の関係上初期型の為に、本来ならば卓越した空間認識能力の持ち主でないと扱えない筈なのだが―――
「大丈夫だ一佐。私だって何も考えずにこれで出ている訳じゃない」
そうは言うが、一国の代表になったとはいえ、あの単純な少女がよく考えて機体を選んだとは考えにくい。前々大戦の時も『強そうだから“IWSP”にしたい』とほざいていたカガリが本当に自らの技量を考慮したうえで“シラヌイ”を使っているのか、どうもムウには疑問が捨てきれない。
「お父様の遺してくれた…この“アカツキ”で!」
次の瞬間、“アカツキ”の周りから黄金が散った。
背部に無数にセットされている金の“ドラグーン”が宇宙空間に射出され、敵機の周辺を一瞬で包囲したのだ。
爆発。
幾重にも張り巡らされた“ドラグーン”の光条は捉えた敵を瞬く間に蹴散らせてゆく。彼女の自負の通り、“ドラグーン”を自在に使いこなしたのだ。これには流石のムウも息を呑む。
「うっひょ~!やるねお嬢ちゃん!」
「どうだ?見直しただろ?」
自慢げにカガリは笑顔を浮かべている。今となっては初期型の“ドラグーン”を扱えるのは自分くらいだと思っていたムウにとって、先程のカガリの活躍は意外の一言だった。こうなっては最早“アークエンジェル”の兄貴分としては立場がない。こう思ってしまう時点で、予想以上に歳を食ってしまったかとムウは内心で自嘲した。
「だが、まだまだ若い奴らには負けねーよ!」
“ルージュ”の推進口を全力で吹かして、敵の“ザク”に接敵する。キラたちに比べたら幾分かパイロットとしての腕前が劣るようになったかもしれないが、まだまだ現役のつもりだ。愛する妻であり、“アークエンジェル”で待つマリューの為にも、こんな戦場如きに屈するつもりはない。
「ようし、捉えた!」
手近の“グフ”に急接近して“ビームライフル”を照準、発砲。
放たれたビームは一瞬で敵との間合いを詰め、命中する。“ルージュ”が旧代機でも、自分の腕にかかればこんなものだ。
「やったか!」
「…!まだだ、油断するな!」
カガリの注意の直後に、撃墜した機体の爆煙の奥から無数のビームが放たれる。高出力の“フェイズシフト”とかろうじて機体の中心をシールドで防御したため、致命的な損傷は見当たらないが、それまで傷一つなかった装甲にダメージを受けてしまった。
「すまん!って、謝ってもすまないよな普通…」
「だから“ルージュ”で無茶をするな!私がやる!」
「っへへ、わり」
カガリの悲痛な叫びに軽い表情で誤魔化す。カガリの言うとおり、自分の無茶に非があるのだがまさか反撃をもらってしまうとは思いもしなかった。だからこそ、彼女の叫びたい気持ちもよく分かるが。
「その分、墜としまくってやるぜ!」


「よし、大体片付いたな」
「こっちもOKだ、嬢ちゃん」
周辺の敵機を掃討して、二人は戦闘機動を止める。
あらかたテロリストの機体は全て撃墜した。戦闘の前に警告はしたものの例外なく敵はこちらに攻撃を仕掛けてきた。恐らく自分達だけに限らず、他の部隊でも同じように戦いが起こっているだろう。
「どうしてこんな…」
「敵さんのことで悩んでも仕方無いぜ、お嬢ちゃん。それよりも、もう一人の嬢ちゃんの方はどうなってる?キラとアスランもだ」
陰りが入ったカガリの言葉をさえぎって現実に引き戻す。カガリはムウの言葉通りに戦況を確かめるため母艦、“アークエンジェル”に連絡を入れる。
「ミリアリア、戦況は?」
「第2、第3部隊の“ムラサメ”数機がシグナルロスト。後の部隊は皆無事みたい。その様子だとカガリさんも一佐も無事みたいね」
「何とかな。ここから一番近いのは?」
「そこからだと、キラ達と第6部隊が近いみたい。どっちも大して被害は見当たらないけど、用心はして。それにもうすぐ“エターナル”が戦闘エリアに到着するから、そちらの守備もお願い」
「了解した。一佐、私は第6部隊の方へ加勢する。一佐は?」
報告を聞いて、カガリはムウに問う。機体の特性上、“アカツキ”一機で第6部隊は優勢に持ち込めるだろう。ならば自身はキラの方に向かったほうが賢明だろう。キラとアスランは心配するまでもないが問題は先行した“もう一人のお嬢ちゃん”、ルナマリアだ。幾ら“坊主”の機体に乗っているとは言え、彼に比べたら腕前はまだまだ未熟だ。実際に剣を交えた自分が言うのだから間違いない。
ならば、自らが向かう方はただ一つ。
「俺はキラ達の方に行く。正直、この機体で戦うのも疲れるんでね。あいつらのお零れを墜としに行くよ」
「なっ…随分な言い草だな!」
「冗談だよ、冗談」
その言葉を捨て台詞に、すぐに“アカツキ”から別れて次なる戦闘エリアに向かう。本当の所、誰にも死んでほしくない気持ちがあるから向かうのだが、この歳になるとそんなことさえ他人に面と向かって言えない。幾らキラやアスランが強くても、若盛りの少女を手懐ける程人格者じゃない。ここは自分のような役が活躍する番だ。
「って……こんなこと考えていちゃ、俺もおっさんだな」
自嘲して、真剣な眼つきでモニターを眺める。ルナマリアが“坊主”―――シンと関わりのある以上、絶対に危険な目には遭わせはしない。それが、嘗てシンの約束を破った自分に出来る唯一の償いだった。


「ターゲット確認、マルチロック…」
「行っけえええ!」
「目標確認!マルチロックオン!」
「戦いを生み出す者を、俺は討つ!」
“ジャスティス”と“フリーダム”の各所から、無数の炎が放たれる。
息を合わせた二人の一斉射撃、“コンビネーション・アサルト”が敵機を捉えて次々と戦闘不能へ追いこんでゆく。
「すごい……」
ルナマリアは共に戦う二人の英雄の雄姿を眼にして、しばし呆然とする。
自分とは比べ物にならないあの二人との差。機体の性能だけじゃない、戦いを終わらせたいと願う強い想いから湧き上がる、無限の力。
数多もの戦場を生き残ったのは、伊達ではないということだろう。自らも悪夢のような戦場を必死に生きてきたからこそ、その絶対的な格差に愕然とする。
「でも、私だって!」
ルナマリアはコクピットのコンソールを操作して、“ミネルバ”への通信を繋ぐ。応じたのは通信士である実の妹、メイリン・ホークだ。
「ミネルバ!“ソードシルエット”射出!」
「分かりました!ハッチ解放、“ソードシルエット”射出!」
メイリンの指示を受けて、遠方レーダーに映る“ミネルバ”から新たな熱源が生み出される。“インパルス”の支援機体、“シルエットフライヤー”が“ソードシルエット”を携帯して宇宙空間を飛翔する。
目視出来る範囲にまで接近した“シルエット”から一つの長刀が射出された。伝説の剣の名を冠したレーザー対艦刀、“エクスカリバー”が“フォースインパルス”の手に握られる。
「これだけ大きいんだもの!威力は保証付きよ!」
並のモビルスーツが有する“ビームサーベル”とは比べ物にもならない程、強大で無骨な長刀。
それを有した“インパルス”は莫大な推進力と共に敵機へと突進した。
「いっけええ!」
“エクスカリバー”の先端は最大出力で光を纏い、易々と敵の装甲を紙のように貫く。すぐさま敵の“ザク”は爆散して、ルナは爆発から逃れる。一機撃破だ。
「前に出過ぎだ!ルナマリア!」
キラの警告が耳に入った途端、コクピット内に敵機接近を示すアラートが鳴り響く。
油断した。機体のすぐ傍で“グフ”がこちらに向けて、右腕にある“スレイヤーウィップ”を放とうとしていた。この距離では回避もシールドも間に合わない。万事休すか―――
「くそっ!」
突然の衝撃が“インパルス”とルナマリアを襲い、ヘルメットを壁にぶつけてしまう。痛みをこらえてモニターを見ると、“スレイヤーウィップ”に足を捉えられた“フリーダム”の姿があった。
「キラ!」
反射的に叫んだ直後、“グフ”の鞭からスパークが迸る。機体とパイロットを襲う高圧電流を敵は流し込み始めたのだ。
「があっ!」
幾らキラといえども生身の人間である以上、長時間の電撃を受ける事は死に値する。
キラが自らの身代わりとなったことに対して、ルナの中で無力感と絶望感が押し寄せてくる。
―――私が、彼の足手まといに―――?
動揺しながらもライフルを“グフ”に発砲する。しかしこちらの精神と射撃の腕が災いして上手く命中しない。焦燥と怒りがルナを襲い、手汗がパイロットスーツの下で滲む。
「誰か援護を!」
通信を全チャンネルで開き、救難を求める。自分ではキラを助けられない、早く誰か力を貸してほしい。誰か!
「了解した」
聞きなれない声が不意に耳に届く。友軍機の反応が数機こちらへ近づいてくる。
あれは―――D.S.S.D所属の“シビリアンアストレイ”だ。
「標的を確認。これより排除を開始する」
通信の主は部隊の先頭に立つ“アストレイ”の様だ。“アストレイ”は量産機の為、特化した武装を持っていない。だが、先頭の“アストレイ”は他の機体と違うところが一つだけあった。“ビームガン”を両手に装備していたのだ。
「迂闊だな」
二丁の“ビームガン”を巧みに操る“二丁銃のアストレイ”は的確な一発で“グフ”を退ける。“フリーダム”から離れた“グフ”は逃走しようと背を向けるが、“二丁銃のアストレイ”は見逃さなかった。護衛機と合わせて銃の一発一発を全て“グフ”に命中させて撃墜する。今までにこんな動きをする民間機は見たことがない。量産機のデチューンやリミッターを外したところで相応の腕前がなければ一線を張ることも難しいのだ。
「敵機撃破」
冷徹なまでに淡々とした報告が届けられる。
この男は只者では無い。民間機を操っているものの、もしかしたらザフトレッドの自分より腕が上かもしれないと、ルナマリアは戦慄した。
「危ない所だった。助かったよ」
解放されたキラが、ぎこちない笑みで感謝を“二丁銃のアストレイ”のパイロットに告げる。
恐らくは先程受けた電撃の痛みがまだ抜けきっていないのだろう、無理もない。
「…的になりたいのか」
パイロットはそれだけをキラに告げて、自分達の元から去る。まだ戦闘が終わったわけではない。次の場所へと戦いの場を移したのだろう。
―――あんな人がいるなんて……
「ルナマリア、ボーっとしてちゃダメだ。もうすぐラクスがこっちに来る。アスランとも離れたみたいだし、一旦“エターナル”と合流しよう。“インパルス”のエネルギーももう限界の筈だ」
気がつかなかった。敵ばっかりに気を取られていて、残エネルギーがレッドゾーンを示している。あのまま“アストレイ”が来なかったら自分も餌食になっていたのか。
「…はい」
苦虫を噛みしめた様な気分になりながら、弱弱しくもキラの言葉に応答する。
まだまだ自分は未熟だ。だからこそ、この場で死ぬ訳にはいかない。ルナは自らの行動に負い目を感じながら、補給のために母艦へと向かった。

「アスラン!」
「キラ、そっちは大丈夫か?」
無事に母艦が集う合流地点へと後退し、離れ離れになっていた“ジャスティス”を確認する。敵の攻撃によって分断されつつも、アスランは無事だったようだ。
「ルナマリアも僕も大丈夫だよ。ただ、油断して“アストレイ”に助けられちゃった。カガリ達は?」
「私達ならここにいるぞ。心配するな」
キラの問いに“アカツキ”が通信に入る。背後にいる“ルージュ”は多少の損傷を受けた以外は問題ないようだ。
「ムウさんも無事なんだね」
「無茶して私の機体を傷物にしたけどな」
「キラ、もうすぐ前線に向かった交代部隊も消耗する。その前に“ミーティア”で蹴散らすぞ。カガリ、ルナマリア、フラガ一佐は補給後、他部隊の支援を頼む」
「「「了解」」」
アスランの指示に合わせて、三機は各母艦へと向かう。残ったアスランとキラは“エターナル”へ通信を繋いで、武装モジュールの装備を射出を命じる。
「ラクス!“ミーティア”を!」
「“エターナル”!“ミーティア”を!」
「分かりました、貴方達に託します」
「了解した!“ミーティア”、リフト・オフ!」
“エターナル”からキラの恋人、ラクス・クラインと艦長のアンドリュー・バルトフェルドが射出の許可を出す。
多目的複合兵装モジュール“ミーティア”を素早く装着した二機のモビルスーツは、その莫大な推力で戦場の最前線へと飛翔した。


「戦うんだ!全ての人たちと、世界の未来の為に!」
「託された“想い”…未来へ連れて行く!」
多数の敵機を掻き分けて、二機が前線へと着く。テロリストとの戦いでムラサメ部隊は数機減らしていたが、彼らも前大戦を生き残った者たちだ。懸命に敵を退け、徐々に追い詰めている。
これ以上戦闘を長引かせたら、双方に無駄な犠牲が出るだけだ。キラは国際救難チャンネルを開いて敵機全てに告ぐ。
「もうやめろ!戦いは終わったんだ!」
こんな言葉をかけたところで、敵が簡単に戦いを止めるとは到底思わない。だが、自分の想いとしては誰にも死んでほしくないのが正直だ。これは癖と例えるよりも、今まで手にかけた屍の上に立つ、自分へ戒めに近い。だから無駄だと分かっていてもこのような言葉を敵にかけてしまう。
「何を言うか、“フリーダム”!」
敵の一人が、こちらの通信に攻撃的な返答をする。やや掠れ気味の青年の声だ。その調子と不安の素振りも感じさせない態度から、年齢も自分達よりも相当上だろうと予想する。
「全ては貴様らが議長を討ったのが悪いのだ!我々の様な他者に不当に扱われた人間にとって有意義な政策…“デスティニープラン”を!」
半ばまで予想できていたことだったが、やはりデュランダル前議長の信望がテロリスト達の中心を担っていたようだ。デュランダルの行ないは多くの人の心を掴み、世界にその名を轟かせていたのだから。
「この世界は力こそで示されるべき世界なのだ!それを潰して更なる混乱を招き入れ、偽りの平和と夢を見せているだけのお前達は愚かの極みだ!なぜ分からん!」
だがキラ達は彼を討った。遺伝子だけで―――力だけで支配される世界は傲慢だから。一人一人が自らの手で未来を掴む事こそが、真の未来を創るのに相応しいのではないか。その想いを皆と共に貫いて、あの大戦に勝利したのだ。
勝った以上―――自分達はより良い未来の為に戦う責任がある。その為にも今もモビルスーツのパイロットであり続けているのだ。
「こいつもか、やはりみんな目指す“夢”は同じなのか…」
アスランもテロリストの言葉でキラと同じ思いをしていた。自分の信じていたものが壊されるという事は、確かに何物にも代えがたい絶望を味わうことになる。復讐、怨念、怒り。彼らが勝利者である自分達にぶつけたくなるのも無理もないのだろう。
だが、それらを受け続けても、自分達は前へ進むしかないのだ。勝利者には勝利者の責任がある。敗北者を作った以上、彼らが望む以上の事を自分達が為すべきなのだ。
「力を手にした時から、自分が誰かを泣かせるものになる…わかってるさ」
「でも、それでも!」
キラはテロリスト達に訴える。与えられた運命。決められたレールの上をただ生きるだけの世界は、人に支配されることと同じだ。自分達の未来は自分達で紡ぐ。そこに他者の意思が介入してはならない。
大戦時、幾多の戦場に介入した自分達がそれを訴えるのも皮肉なことかもしれない。だけど自分は、人々が安心して暮らせる世界を作るためにも、様々な反発と接していかなければならない。それが誰よりも優れた力を持った“スーパーコーディネイター”として生を与えられた自分と、人々を先導していたデュランダルへ勝利した自分達の使命だ。
「自分の未来を、勝手に決められたくは無い!どんなに苦しくても…この力で僕は抗う!」
「ああ!行くぞ、キラ!」
“ミーティア”と連動したマルチロックオンを起動する。全てのターゲットをロックオン。この無意味な戦いを終わらせるために、二人の精神は研ぎ澄まされる。
「人も世界も、無限の可能性を秘めている!」
「今度こそ、正しい道を選んでみせる!」
もう迷わない。全ての未来の為にどんなに苦しくても、どんなに厳しい道でも、最後まで戦ってみせる。それがデュランダルに対する答えと、戦いを無くしたいと同じ想いを抱く、シンへの誓いだ。
「俺はそれを守るんだ!」
「守りたい世界の為に!」
機体の全砲門を開放。“ミーティア・フルバースト”の光によって、幾千もの炎が次々と武装を貫き、全ての敵機は戦闘不能に追い込まれる。
キラとアスランは、その光景をしばしの間、悲しげな表情で眺めていた。


「貴方…なかなかやるわね!」セレーネ
戦闘が終了した後、テロリストの機体を回収してステーションに着艦した“エターナル”に帰投した直後、セレーネからキラは称賛を浴びた。
「あんな動きができるなんて…驚いたわ」
「すごかった!あーあ、僕も活躍できたらなあ…」
セレーネの隣に立つ金髪の少年、ソル・リューネ・ランジュも称賛をかける。自分達は戦いに勝った。だが、その為に他者を退けた事に対してキラは素直に喜ぶ事が出来なかった。
「キラ、そう考え込むな」
「アスラン…僕たちのやってる事は、本当に正しいのかな…?」
自分達の行動事態が、戦いを加速させているのかもしれない。キラは敵の言葉でより一層深まる疑念をアスランに吐露した。
「そんなことはない、キラ。周りを見ろ」
アスランに促されて、キラは俯いていた視線を上げる。勝った事で笑顔を浮かべている兵士。生き残った事を喜ぶ兵士。温かく迎えてくれるクルー達。そして、共に戦ったルナマリア、ムウ、カガリ。皆が疲れてはいるものの、涙を流したり、悩んでいる様子はない。
「俺達がしっかり同じ方を向いているんだ。流れも俺達に味方してくれるのさ!」
「うん…そうだね…」
アスランの言葉で、キラは心の底から安心する。自分の中に巣食う疑念の元が、皆のおかげで晴れてゆく。
それだけでも、彼には十分だった。
「ところで、セレーネさん。一つ聞きたい事があるのですが…」
キラはセレーネにあの“二丁銃のアストレイ”の事を聞く。自分とルナマリアを救ったパイロット。彼に礼を言いたくて仕方がないからだ。
「ああ、彼ならさっきここに―――」
「それは俺の事か」
聞き覚えのある、芯まで通る声。声の方へ振り向くと、紫色のパイロットスーツに身を包んだ青年の姿が見える。
しかしそのスーツの形状は、D.S.S.D固有のものではなく、地球連合軍のものだった。
「ミス・セレーネ、彼は……」
アスランが一目で感じた疑念から、セレーネに問う。
「ああ、彼はちょっと訳ありなの。確かに元は連合軍だけど、パイロットスーツの替えがなかったから」
彼女の言葉に納得し、キラやアスランを含めた辺りの兵士達は露わにしていた警戒を解く。
青年はキラに近づき、鋭い視線を向けて口を開いた。
「あんたが“フリーダム”のパイロットか」
「…はい。僕はキラ・ヤマト。オーブ軍に所属しています」
「噂には聞いている。あの二つの大戦を生き残ったパイロットだそうだな。俺はスウェン・カル・バヤン。D.S.S.D所属だ」
「貴方が、私とキラを?」
ルナマリアがスウェンに言う。
スウェンの援護のおかげで、この戦闘は勝ったにも等しい。それだけ、キラの戦闘力は戦況を大きく揺るがす元なのだ。失えば万が一、ステーションが墜とされていた可能性もあった。
「お前はあの青い機体のパイロットか……なるほど。ならば、ああなっても仕方ないな」
「ちょっと!どういう意味?」
スウェンはにこりともせずに只淡々とキラとルナマリアに告げる。戦場で遭った時と変わらない、あの淡々とした口調と同じ様に。
だが、あの時よりも彼の言葉の内に熱が入っているようにも感じる。
「今回の戦闘…お前が討った敵は一人も死んでいないらしいな。だが、敵を前にして情けをかけていると、思わぬしっぺ返しを食らう羽目になる」
キラが墜とした敵は、一人も戦死していない。回収したテロリストの残員は、この後しかるべき場所で処罰されるために、ステーションの一角で拘束されている。スウェンはここに来る前にそのあたりの情報に眼を通していたようだ。
「そうですか……」
「だが、今の戦い方ではいずれ限界が来る。ますますお前の前に立つ敵は増え、お前でも抱えきれない敵がお前をつけ狙う」
「……!」
「倒さねば…お前が死ぬぞ…!」
怒気を静かに孕んだ警告をかけた後、スウェンは静かにその場を立ち去る。
その話を耳にしていたその場の誰もが、彼の言葉に戦慄し、硬直していた。
―――僕が……死ぬ…か。
内心で呟く。彼はきっと、彼なりのやり方で自らへ警告を促したのだろう。その言葉は無下にできない。だが自らの戦い方も、そう簡単に変えられる事は出来ない事が相反する。彼の言葉は正しいのかもしれない。だがその正しさを呑みこむ事がキラにとっては難しかった。
「おーい!キラ!」
その場に加えられる、新たな一声。
自らを呼ぶ男性の声は、大声と共にこちらに近づいてくる。
「ロウさん……!」
キラが呼んだ彼の名はロウ・ギュール。キラの恩人であり、クライン派にとって信頼性の極めて高いバックアップのジャンク屋のメンバーの一人だ。この戦闘が始まるより前に、彼らジャンク屋は“エターナル”に着艦していた。この任務自体が急だった事により、艦を降りてもらう事が出来ず、同行してもらう事になったからだ。
「おつかれさん!どうやら無事だったみたいだな。俺も作業運搬の際に“レッドフレーム”のっけときゃ、戦いに参加できたんだけどな…うっかりしちまったぜ」
「いえ、ロウさんには機体の整備で助けてもらいましたから……カガリの“シラヌイ”も調整してくれましたし」
「何!?じゃあ嬢ちゃん、改良型の“ドラグーン”使ってたのかよ!そりゃ、使える訳だぜ。あれならコツさえ掴めば誰でも動かせるらしいしな」
「う、うるさい!ロウも余計なこと言うな!」
「あ、わりい」
全然悪びれた様子もないロウの謝罪でムキになるムウとカガリ。その微笑ましい光景に、キラは自然と笑みを浮かべる。
「でも、なんでいきなりこっちへ?D.S.S.Dの研究者の立場から言わせてもらうとあまり部外者が入るのは困るのだけれど…」
セレーネがロウに言う。機密が集中している研究施設の中に多人数を抱えるのは不本意なのだろう。ラクスでさえ、今は“エターナル”の方で待機している。なぜ、代理クルーである筈の彼が突然こちらへと駆けてきたのか、キラとしても理由が知りたい。
「あ、そう!それなんだよ!お前、ザフトのシン・アスカ知っているよな!?」
「えっ…シンがどうかしたの!?」
「どういう事だ?ロウ!」
シンの名が出た事に、ルナとアスランも反応する。ムウとカガリも口論を止め、こちらに注意を向ける。
「“ターミナル”から極秘情報が入ったんだ!ラクスから伝えてほしいと言われたんだが……どうやらMIAになったらしいぞ」
「なんだって!?」
“ターミナル”とは、クライン派が利用する情報源を担う組織だ。主に極秘の情報をキャッチし、いち早くクライン派に伝達する。この組織によって大戦時バックアップの少ない彼らが、多くの情報を得る事が出来たのだ。
「今、一部のザフトは混乱しているって。単独で、しかも外部には知らされていない任務だったらしい……俺もダコスタから聞いたときはびっくりしたぜ、いつか会いたいと思ってた奴だからな」
「シンが…MIA!?」
突然の報告にシンを知る皆が驚愕する。アスランやキラと肩を並べる程の腕の彼がMIA―――戦闘中行方不明になるとは。
何かの間違いであってほしい。キラはそう叫びたかったが、驚きの方が勝ってしまい、何も口から発する事が出来ない。
「嘘!?シンがなんで!?何かの間違いでしょ?」
「嘘じゃねぇ。とにかく、この事はまだ公になっていない。俺がここで口走ったのは謝るが、とにかくそいつを探さないと…お前達の仲間だろ?」
「いや、そう簡単には出来ない」
ロウの訴えに、アスランは静かに口を開いて遮る。
「今、俺達の戦力を分断することは出来ない。もともと“エターナル”には、保有モビルスーツは少ないし、俺達を除けばラクスが狙われる。オーブ軍は“アークエンジェル”とカガリがいなければ動けないも同然だし、“ミネルバ”はザフトから遠征に出せる戦力の中心核だ。本国から簡単に動けないイザーク達は調査に向かわせられないし、代理も立てられない」
「でも、アスラン。シンだってザフトの貴重な戦力よ!あの子を早く探す事も、私達によってプラスでしょ!」
「甘い事を言うな、ルナマリア!」
アスランの表情は苦しい。敵対したとはいえど、嘗ての部下がMIAになったことで、彼もショックを受けているのだろう。キラやルナがショックを受けているのに、彼が受けないわけはない。少し考えていても分かる事だ。
「ねえ、その騒ぎ…もしかしてこのポイントじゃないかな?」
苦しむ様子を見ていたソルが、手近のパネルを操作してディスプレイに表示する。
それに気がついたロウが、眼を見開いて反応する。
「そうだ、コイツだ!ダコスタが見ていた情報には確かにここって示されていたぜ。でも、なんでお前が知ってんだ?」
「君たちは知っているかもしれないけど、僕たちD.S.S.Dは外宇宙へ進出するための研究を行ってる。その関係で様々な研究を行っているんだけど、つい先日“ヴォワチュール・リュミエール”と思わしき反応をキャッチしたんだ。不自然にその反応はロストしたけど…ここの機体で積んでいる者は最近外に出していないからね」
「“ヴォワチュール・リュミエール”……確か、俺の“レッドフレーム”にも積んでいるけど…あ、そうか!」
ロウは全てを理解したらしい。重要な事に気づいた様子で、ロウはセレーネに問う。
「なあ、あんた。“ヴォワチュール・リュミエール”の詳しいデータ教えてくれねーか?」
「それって、言わなければいけない事?研究ってものは、あんまり外に情報をばら撒くものじゃないのよ?」
「いいから教えてくれよ!たしかその装備、空間に干渉するんだよ。“デスティニー”と“フリーダム”が採用された時期と、改良段階から考えると…ちょっと面白い事が起きたかもしんねーぜ?」
面白い事というのは、普段起きる筈の無い現象の事を指しているのだろう。
ロウは興味深さと不安をそれぞれ半ずつ含んだ顔で、彼らに言う。
「俺の予想だと…“ヴォワチュール・リュミエール”の空間干渉でシンって奴、どこかに転移したんじゃないか?」
「そんなことがあるの!?ロウさん?」
「多分な…お前の“フリーダム”だって、もしかしたら同じ現象が起きるかもしれないぜ。多分天文学的な確率だから、まず無理だろうけどな」
「僕達の研究でも机上の論としてそれは挙がっている……けど、もっと別の原因がないと無理だよ。そんなの下手をすれば機体に危険がありすぎる。ユニットが暴走して機体が持たないよ」
ロウの予想にソルが反論する。こればかりはその手に詳しい彼らでないと話の内容すら理解できない。
「とにかく、あんた達がいうには一体どれくらいの確率なのよ?武装として採用されているんだから、安全面は考慮されているでしょ?」
「あまいな、あんたら。99%は100%じゃねぇぜ?万が一の確率が起きたから現にシンはいないんだろうさ」
ルナマリアの言葉に返す。
シンの欠落が、皆にとって痛手になっている事は明確だった。
「たしかに、俺達がそう簡単に坊主を探しに行ける事は出来ないかもしれねえ…」
ムウが腕を組んで皆に言う。
「だが、あいつも俺達と同じ仲間だ。俺達とは別々に戦っているとはいえ、目的が同じなら探すだけの理由があるだろ。俺は例え一人でも行くぜ。空いた時間があるなら“ルージュ”でも“アカツキ”にでも乗ってあの聞かん坊を探してきてやるさ…ステラの為にもな」
「私も行くぞ。さすがにオーブの状況が悪い時は無理だが、シンもオーブの子供だ。人一人助けれずに何が代表だ。そんなの、こっちから願い下げだ」
「私も行く!私がだめならザフトの先輩にでも頼みこんでやるわ!これでも、アスランはダメっていうのかしら?」
カガリ、ムウ、アスランが一堂に言う。
「僕も行くよ、アスラン」
「キラ…だが、俺とおまえは…」
「確かに全体でみればシンの為に構ってられないのかもしれない…けど、交代制でもなんでも、シンを探すだけの時間は取れる筈だよ。アスランだって、本当は“ジャスティス”で今すぐにでも行きたいでしょ?」
「それは…そうだけど…」
アスランの本心はキラの言う通りなのだろう。顔に手を当てて苦しげな顔で誰にでもわかる。こういうときのアスランは直ぐに内面が顔に出る事は付き合いの長い彼らには周知の事実だった。
「助けてもらったお礼に、私達D.S.S.Dも出来る限りのことなら協力するわ」
「ミス・セレーネ…」
「そのポイント辺りを定期的に警戒しておけばいいんでしょ?これなら貴方達が動けなくても、そのいなくなったと言われてる機体ぐらい探せるわよ」
「……すみません」
「謝るぐらいなら、さっさと次に向けて準備をしたらどう?まだまだ世界は混乱から抜け切れそうにないみたいよ。貴方達が頑張ったら少しは時間も空くでしょ?」
アスランは頷いて、決心を固める。
これだけの人間がシンを助けたい自分の想いに同調してくれているのだ。自分がその想いを閉ざしては話にならない。
「一緒にさがそう、アスラン。それに、彼がいない分まで僕達が頑張ろうよ」
「ああ……絶対…」
笑みと共に手を差し伸べるキラに対して、しっかりと結ぶアスラン。不在の彼の分までこの世界を守る決意を、今この時確固に固めた彼らだった。

雷鳴が瞬く。
轟音が鳴り響く。
天界の下部に位置する広大な空間。
灰色の雲海で相対する二つの影がある。
「はあああっ!」
若葉のように瑞々しい長髪を揺らして、早苗は御幣を全力で振り下ろす。
相対するのは雲海で彼女の行く手を阻む妖怪、永江衣玖。
「………ッ!」
霊力で増幅された早苗の一撃を、その身に纏う羽衣で受け流す。
辺りに鋭い反響が鳴り響き、勢いから早苗の動きが止まる。
その隙を見逃す衣玖ではなかった。
体を大きく捻り、右手から硬質化させた羽衣を突き出してくる。
反射的に早苗は衣玖から体を離すために、神風を吹かせて慣性を殺してそのまま背後へと跳ぶ。ある程度は防御することも可能だが、躱【かわ】すという選択肢があるのなら二の次だ。
組み合っていた二人の距離は一瞬の内に離され、幾度と交わされてきた視線のぶつかり合いに戻る。
お互いのどちらかに格段な力の差があるわけじゃない。むしろ全力を出してしまったら双方無事では済まないだろう。
その己に対する無意識下の恐怖が、互いの力を惜しませる。
二人の躊躇は何も自己の保全という理由だけではない。
“宇宙”【そら】にいる少年―――彼らの身を案じるばかりに今の状況に集中することができない。
早苗はシンを。衣玖は“彼”を。今すぐこの場を切り抜けて彼のもとへ行きたい―――!
しかし状況がそれを許さない。
想いの矛を邪魔する盾が目の前に憚る。眼前の障害を討たなければ、その奥にいる彼の元へは行けない。
「あまり、時間はかけられない!」
己を奮い立たせるよう一喝して、早苗は衣玖へ急接近を仕掛ける。
御幣の先端に、星を模した眩い閃光が集まる。必殺の一撃で衣玖を仕留める気だ。
「墜ちてください!」
早苗の姿が一瞬にして消えた瞬間、衣玖との距離を急激に詰める程に加速する。その勢いのまま相手を叩き割る勢いで御幣を真正面から振る。嘗てシンから借りたエクスカリバーで行なった一撃、“モーゼの奇跡”。あの時とは異なり、今度は彼女本来の得物での技だ。
「させません!」
しかし、対する衣玖も攻撃をただ黙って受けるつもりは毛頭ない。
早苗の技が炸裂する直前に、衣玖は袖の羽衣を早苗の手足に巻き付けた。
俊敏な動きを発揮していても身動きが封じられれば一撃は届かない。
御幣は衣玖の帽子の直前で止まり、焦りが早苗の心境を満たし尽くす。
「この“天女の一撃”で!」
衣玖の羽衣から青白い稲妻が弾ける。
やがてそれは衣玖自身をも発光させる程の強大なものと化し、捉えた早苗の体に流し込み始めた。
早苗の接近を逆手に取った衣玖の反撃は、躱すことすら出来なかった。
「くっ……ああああああっ!!」
鋭く、焼けるような痛みが全身を襲う。
視界が明滅して、絹を裂く様な悲鳴が口から流れ出す。幾ら幻想郷上のルールで死なない程度の攻撃で収まっていても意識がある限り痛みはある。
激痛で衣玖の電流に気を失いそうになる。だが気力で保たせる。そうしなければ神風による空力を失って地面へ墜落する。そうなれば衣玖の攻撃では死ななくとも、墜落の衝撃で命を失ってしまうだろう。
―――痛い……けど!
悲鳴が流れ続けていた口を結んで、力を振り絞って電撃が流れている体を動かそうとする。
「無駄です。今の貴方は電撃でまともに動けない。まして、並の人間に羽衣が解【ほど】けるほど柔な“天女の一撃”ではありません」
抵抗に気付いた衣玖が淡々とした調子で告げる。
彼女に言われなくとも、ビクともしない羽衣の感触で既に早苗は単純な力押しで解くことができないことは悟っていた。
けれども、現状を切り抜けなければ彼―――シンの元へ行けない。ならば。
早苗は何とか届いた右手で、懐から数枚の札を取り出す。
衣玖の有利を崩す方法。それが閃いた途端、無意識に手が動いた。
「!」
衣玖の表情が僅かに揺らぐ。対する早苗は痛みから苦悶の表情のままだが、密かに内心で笑みを零した。
次に起こす行動で、この状況を一転出来ると確信したからだ。
衣玖は攻撃を警戒して、硬質化した羽衣を盾代わりに早苗へ構える。
彼女は初めから札を投げつけられると予想したのか反応が早い。確かにこのまま衣玖へ当てても難なく防がれてしまうだろう。
しかし、衣玖の予想と早苗の狙いが別ならばその反応は裏目に出る。
―――私は、シンを助けたい!
その思いが早苗にある僅かな躊躇を払った。
手薄になった早苗を巻き付ける側の羽衣に“対妖怪用爆弾札”を押し当てて、爆発させる。
「きゃああっ!」
衣玖の羽衣が衝撃で吹き飛ばされ、早苗の拘束が解ける。
しかし目の前で爆発を起こした早苗は、空中に投げだされて平衡感覚を失う。
それでも、気力で早苗は体制を立て直した。
全身は爆発ですす焼け、衝撃の威力の凄まじさから青と白の二色で彩られた服は破けて激しく傷ついていた。
「はぁ…っ!」
痛む体に歯を食いしばり、再び衣玖と対峙する。
しかし羽衣から抜け出すために酷く消耗してしまったため、形勢は衣玖が有利だ。
「……もういい加減にやめたらどうです?私は貴方を討つ気などさらさらない。ただ、貴方を天界へ行かせたくないだけなのですから」
早苗の姿に、衣玖は呆れたように問う。
まるで、この戦いにつき合っていられないと言わんばかりに。事実そうなのだろう。彼女自身も不安要素を天子に抱いているから、自分の足止めをここで全うしている。そうに違いない。
「そんな訳には…いかないんです…!」
声を振り絞って衣玖の言葉を撥ね退ける。
その両眼は衣玖を見ていない。その先にある、深紅の瞳をもつ少年の背中を早苗は眺めている。
「…何故?」
問いの答えは初めから用意していた。
それを口にすることに、躊躇いはない。
「私は―――彼が好きだからです」
「………!」
衣玖の眉が僅かにつり上がる。
見開いた両目は自分の言葉が相手に届いたことを早苗に認識させた。
「だからここを通る。例え貴方を討ってでも!」
そうだ、好きなのだからシンの傍にいたい。シンが危険に遭う遭わない以前に、自分がそうしたいからこうして堂々と戦っている。シンの元を目指す自らの邪魔をするのなら、何が相手でも足を止める気はない。障害を退けて、なんとしてもたどりついて見せる。
それだけ、早苗の想いは確固としたものだった。
「―――そうですか…」
衣玖はつり上がっていた眉を再び元の冷ややかな視線に戻して言う。
言葉は届いている。だがやはり通す気はないのか、こちらへの対峙は解かれていない。
「なら、私と似たようなものなのかもしれませんね」
淡々とした言葉から、思いもしない響きが早苗の両耳に入る。
「え……!?今何と?」
思わず動じて問い直すが対する衣玖は微笑を浮かべているだけだ。初めてみたときからこの戦いの間でも変わらない、常に浮かべている掴み所のない微笑を。
「そういうことです」
衣玖はただそれだけを早苗に言う。察しろ、ということなのか。
同じ女だからこそ、衣玖の言葉が身近に感じられる。何故衣玖がこの場に留まったのか、その理由を早苗は感付いた。
―――彼女もまた……
自分と似た想いで戦っている。ならばその想いの矛先にあるのは衣玖の言う“彼”に対するものなのか。
幾ら予想しても、直に目にしていない者のことを考えたところで仕方がない。
早苗は傷ついた体に鞭打って、再び衣玖の元へ跳ぼうとした。
「衣玖!!」
その瞬間だった。
天から悲痛な叫びが辺りに鳴り響く。名を呼ばれた衣玖は反射的に声の方向に見上げ、早苗も首を天に向ける。
灰色が広がる雲海の上空から、三つの影が降りてくる。
いや、内二つは“降りてくる”という表現ではなく、“墜ちてくる”と言ったほうが正しい。
声の正体は天界にいる筈の天子だった。しかし後の二つの影は分厚い雲の絨毯を突き抜けて、その姿を早苗と衣玖に晒す。
片方は、シンが搭乗している“フリーダム”の惨憺【さんたん】たる姿だった。
蒼の翼は傷つき、機体の残骸が共に墜落してゆく。あのままでは彼が危ない。
それだけでも驚愕に値するが、さらなる感情の揺さぶりが早苗を襲う。
それは“フリーダム”と共に墜ちる灰色の巨体だった。
こちらも傷ついて、力なく雲の下へと墜落している。各所の無骨なパーツ。“フリーダム”と似通った頭部。間違いない、あの機体も“ガンダム”だという事はすぐに確信できた。
「“フリーダム”と…灰色の“ガンダム”!?」
「ラウさん!」
突如、耳にしたこともない悲鳴が早苗の近くから発せられる。
落ち着いた物腰で、全てにおいて達観している様なあの衣玖からこれほどの悲鳴を出させるとは。聞きなれない名前に疑問の矛先を向ける。
「衣玖!“プロヴィデンス”が!」
「わかってます!」
衣玖は今まで微塵も見せなかった焦燥を露呈して、墜ちる灰色の巨体へ跳ぶ。
もはやこの戦闘自体が無意味という事なのだろう。衣玖は天子と共に墜落する“ガンダム”の後を追った。
「シン!!」
―――あの方向……妖怪の山!?
“フリーダム”の墜落する方向の先にある地形を思い浮かべて愕然とする。
このままではシンの無事はおろか、衝撃で山近くの妖怪や人間にまで被害が及んでしまう。
考えるより先に早苗は“フリーダム”を追っていた。
持てる全ての霊力を移動に回してシンの元へ飛ぶ。
其々が想う少年の無事を祈りながら、少女達は灰の空間を飛び去っていった。


「カタパルト用意。X20A“ストライクフリーダム”、発進どうぞ」
「キラ・ヤマト!ストライクフリーダム!行きます!」

「進路クリア。“インフィニットジャスティス”、発進どうぞ!」
「アスラン・ザラ!“ジャスティス”出る!」

「カガリさん。無茶はしないでね」
「大丈夫だ、任せろ!カガリ・ユラ・アスハ、“アカツキ”発進する!」

「システムオールグリーン。“ストライクルージュ”発進どうぞ!」
「ムウ・ラ・フラガ、ストライクルージュ、出るぞ!」

「お姉ちゃん!がんばって!」
「了解!それじゃ、行くわよ!」
母艦、“ミネルバ”から青のモビルスーツが出撃する。機体名はZGMF-X56S“インパルス”。“フォースシルエット”と呼ばれる武装を装着したこのモビルスーツを操る少女は、無線通信で送られる妹の激励にコクピットから笑顔で返す。
名はルナマリア・ホーク。麗しい赤毛をヘルメットのバイザーから覗かせる彼女が向く先には、メインカメラを介した宇宙空間が広がっている。暗闇の空間に幾千の星。それらが無数に瞬いた景色は非常に美しい。
だが、その淡い光を打ち消すように激しい閃光が彼女の前を過ぎる。
「さっそくお出ましって訳?」
閃光の正体はビームだ。今回の任務―――オーブ軍の精鋭と共に護衛対象である宇宙ステーション、“トロヤステーション”を守りきる事だ。救難信号をキャッチしたオーブはザフトとの合同部隊を編成して向かわせている。今回ルナマリアも、その腕を見込まれて合同任務に当たる兵士の一人として選抜されたのだ。今や世界各国で紛争やテロが発生している中、ついに中立機関を謳う施設にも戦いの火は伸びてきたようだ。
「こちら、“トロヤステーション”。D.S.S.D所属のセレーネ・マクグリフです」
暗号回線を通じて、コクピット上部にあるサブディスプレイが点灯する。
セレーネと名乗る声の主は見目麗しい黒髪を伸ばした、妙齢の女性だ。
「現在我々は、所属不明の武装組織から攻撃を受けています。こちらも“アストレイ”を向かわせていますが状況は不利となりつつあります。どうか、貴方達の力を貸していただけないでしょうか」
口調は丁寧だが、モニター越しに映る彼女の両目は凛としている。
ルナマリアが彼女を見るのは初だ。彼女の性格など知る由もない。しかし、彼女が少なくとも戦いの火から臆病に背を向ける者でないことは直ぐに感付いた。
「こちら“オーブ連合臨時部隊”隊長、アスラン・ザラだ」
この回線はルナマリアだけに発信されている訳ではない。今回の任務に参加した全ての戦艦と機体に等しく通信が届けられている。
その部隊の中で隊長の任に就いたアスランが代表して、“トロヤステーション”からの通信に応じる。
「本部隊はこれよりそちらの防衛任務に当たる。現在判明している武装集団のデータをこちらに転送してもらえないか?」
「ええ、わかったわ。その代わり必ず奴らを追い払って頂戴」
アスランの対応にセレーネは強気に返す。やはり、自分の予想は当たっていたらしい。
彼女の言う武装集団というのも、恐らくこれまでの任務と同様にテロリストの仕業となるだろう。半ば予想しながらもルナマリアはステーションから送られたデータを閲覧する。
「…これって!?」
送られてきた映像データ、照合データを眼にして思わず動揺する。そこに映っていたのは紛れもなく自分が所属している軍の機体、ザフトの機体だ。“ザクウォーリア”、“グフイグナイテッド”。それだけではなく、機種転換によって退役に追い込まれた“ゲイツR”や“ジン”のデータもある。
「ルナマリア、聞こえるか?」
「アスラン!」
アスランから通信が入る。この部隊は複数の部隊から形作られてはいるがその実、殆どがオーブ所属軍だ。その内でキラを除いた数少ないザフト所属であるルナマリアに通信が入るのは、この部隊内でのザフトの代表を任されているためだ。
「敵はこれまでの地球連合軍のモビルスーツに加えて、ザフトの機体も保有する様になったらしいな……厄介なことになった」
「そうみたいね。でもだからと言って、討たないわけにはいかないでしょう?私たちの機体を使うなんてとっても気に入らないけど」
これまでにテロで使われた機体の数多くが前大戦での遺物とまで言われる旧式の機体だ。しかし近日になってから急に敵は徐々に軍備を整え始めている。
これはもはやテロリストだけで起こる事態ではない。それほどまでに、軍の中にも今の世界を望まない人間がいるという事なのか。
「こっちも確認したよ、アスラン!」
「キラ!」
アスランの声に混じって、“もう一人の英雄”―――キラ・ヤマトが通信に入る。
「ていうか、どうする?この状況」
「どうするも何も、敵であることには変わりない。警告はかけるつもりだが、恐らく今までと同じように応じてはくれないだろう」
「多分、そうだとおもう。僕達が戦う以外にステーションを守る方法は…」
「恐らく、相手の狙いはD.S.S.Dの技術だ。あの中には“フリーダム”にも転用されている技術がある」
アスランの言う技術とは、“ストライクフリーダム”、“デスティニー”等に使われている光パルススラスター、“ヴォワチュール・リュミエール”の事だ。この技術はD.S.S.D以外ではザフト、オーブの一部でしか利用されていない。それも例外なく、公には公表されずに使われているものだ。
どういった方法で技術の出所をテロリストが掴んだかは知る由もない。だがステーションを守らないと、罪なき人々が被害にあう。それを防ぐためにも自分達が行動する必要がある。
「俺は前線に出てステーション周辺の指揮を執る。先行して敵を引きつけてくれる機体はいないか?」
「僕と“フリーダム”が行く!」
「了解した。カガリとフラガ一佐は一個小隊を連れて防衛任務にあたってくれ!」
「こちら、ムウ!了解!」
「分かった、やってみる!」
アスランの指示を受けて、カガリとムウが応答する。
まさかこの任務に、オーブ代表まで出てくるとはルナには予想できなかった。曰く、“自分の力で守れずして何が代表か。”とは本人の弁だ。
「ルナマリア、君は俺達と一緒に前線で戦うぞ。出来るな?」
「私のほうは大丈夫よ。ご心配無く」
「言ってくれるな…期待しているぞ!」
ルナマリアの勝気な返答に、アスランは苦笑する。
嘗ての上司は未だに成長した自分の腕前を知らないのか。それとも見越した上での対応なのか。釈然としない心境で、ルナマリアはキラ、アスランと共に先行するために機体のスロットルバーを押し込んだ。


各隊がアスランの指示によって散開した後。指揮官機の“インフィニットジャスティス”と共に“ストライクフリーダム”と“インパルス”は並空する。
ステーションが近づき、肉眼で捉えられるほどの距離になったと同時に、テロリストの機体がこちらに向かってくる。データと照らし合わせるまでもない。見慣れたヘルメットのような頭部パーツ。各部の無骨な曲面アーマー。間違いない、確かにザフト軍の機体であるはずの“ザク”や“グフ”がいた。
その事実にルナマリアの心が沸騰する。戦争を無くすために作られた兵器が戦争の火種になっていることが腹立たしい。二度の大戦が終わって、尚も戦場を作っているテロリストがいる事が許せない。
この状況、共に戦った“彼ら”―――シンとレイならばどんな反応をするだろうか。恐らく、自分とさして大差ないだろう。
―――もう、あの頃の…シンに守られるだけの私じゃない!
大戦がオーブ軍の勝利に幕を下ろした後、ルナマリアは己の力を強めるために精一杯の訓練を重ねた。レイはMIA扱いになり、シンは”FAITH”の腕を買われて“デスティニー”で単独の任務に就くことが多い中、取り残された彼女はシンは勿論、アスランやキラに少しでも追いつくようにとパイロットとしての技術を高めたのだ。
「この泥棒があっ!」
“インパルス”は前に出て、モビルスーツが飛び交う戦場に“ビームライフル”を向ける。
この戦いを一刻も早く終わらせる。そのためには、彼らを討つ以外に方法はない。
ルナマリアは“ジャスティス”と“フリーダム”に通信をつないで言い放つ。
「先の大戦の英雄なら、やれるわね!行くわよ!」
一喝と共にライフルを連射する。
発射された光条は、ステーション所属の“シビリアンアストレイ”隊とテロリストのモビルスーツ群との間に割って入り、双方の距離を無理矢理離す。
「なんかすごいね……彼女…」
「あっ…ああ……」
彼女の剣幕に戦慄しながらも、キラとアスランは“ビームライフル”を構えて発砲する。
“アストレイ”から敵を引き離して、三機は敵機の群に立ち塞がる。
「お前達の好き勝手にさせておく訳には!」
「あの戦争で、何も学ばなかったのか!」
「今更返すって言っても、許さないわよ!」
無数の敵機に対し、憶することもなく言い放つ。
二人と共にルナマリアは無数の敵機の中に躍り出た。

「行くぞ!お嬢ちゃん!」
“ストライクルージュ”のコクピットからムウは咆哮する。
“アカツキ”を本来の持ち主であるカガリに返還した彼は、代機として“ストライクルージュ”に乗り込んでいる。本来この機体の装甲は高電圧の“フェイズシフト”で赤が主体なのだが、キラが施したOS調整で以前の愛機、“ストライク”と殆ど同色のトリコロールに変色している。外見上の違いを挙げるにしても、新しく新造してもらったシールドを除いたら、ツインアイの部分程度だ。
「お姫様からの預かり物だ! 撃墜マークを刻んで返すぜ!」
「勝手に壊したら許さないからな!」
「うるせぇ!生意気言うんじゃないよ!」
景気付けの一声を放った途端、カガリの耳をつんざく声が通信で入る。“アカツキ”も“ルージュ”も元は彼女の機体だ。今や自分専用の機体を失ったムウからしてみればその言葉はかなり苦しい。思わず気恥ずかしさから声を荒げる。
「お前こそ“シラヌイ”、満足に使えんのか!?」
ムウも仕返しに意地悪半分でカガリに言う。
今カガリが使用している“アカツキ”の換装パックは、宇宙戦用の“シラヌイ”パックだ。“シラヌイ”に搭載されている“ドラグーンシステム”は開発時期の関係上初期型の為に、本来ならば卓越した空間認識能力の持ち主でないと扱えない筈なのだが―――
「大丈夫だ一佐。私だって何も考えずにこれで出ている訳じゃない」
そうは言うが、一国の代表になったとはいえ、あの単純な少女がよく考えて機体を選んだとは考えにくい。前々大戦の時も『強そうだから“IWSP”にしたい』とほざいていたカガリが本当に自らの技量を考慮したうえで“シラヌイ”を使っているのか、どうもムウには疑問が捨てきれない。
「お父様の遺してくれた…この“アカツキ”で!」
次の瞬間、“アカツキ”の周りから黄金が散った。
背部に無数にセットされている金の“ドラグーン”が宇宙空間に射出され、敵機の周辺を一瞬で包囲したのだ。
爆発。
幾重にも張り巡らされた“ドラグーン”の光条は捉えた敵を瞬く間に蹴散らせてゆく。彼女の自負の通り、“ドラグーン”を自在に使いこなしたのだ。これには流石のムウも息を呑む。
「うっひょ~!やるねお嬢ちゃん!」
「どうだ?見直しただろ?」
自慢げにカガリは笑顔を浮かべている。今となっては初期型の“ドラグーン”を扱えるのは自分くらいだと思っていたムウにとって、先程のカガリの活躍は意外の一言だった。こうなっては最早“アークエンジェル”の兄貴分としては立場がない。こう思ってしまう時点で、予想以上に歳を食ってしまったかとムウは内心で自嘲した。
「だが、まだまだ若い奴らには負けねーよ!」
“ルージュ”の推進口を全力で吹かして、敵の“ザク”に接敵する。キラたちに比べたら幾分かパイロットとしての腕前が劣るようになったかもしれないが、まだまだ現役のつもりだ。愛する妻であり、“アークエンジェル”で待つマリューの為にも、こんな戦場如きに屈するつもりはない。
「ようし、捉えた!」
手近の“グフ”に急接近して“ビームライフル”を照準、発砲。
放たれたビームは一瞬で敵との間合いを詰め、命中する。“ルージュ”が旧代機でも、自分の腕にかかればこんなものだ。
「やったか!」
「…!まだだ、油断するな!」
カガリの注意の直後に、撃墜した機体の爆煙の奥から無数のビームが放たれる。高出力の“フェイズシフト”とかろうじて機体の中心をシールドで防御したため、致命的な損傷は見当たらないが、それまで傷一つなかった装甲にダメージを受けてしまった。
「すまん!って、謝ってもすまないよな普通…」
「だから“ルージュ”で無茶をするな!私がやる!」
「っへへ、わり」
カガリの悲痛な叫びに軽い表情で誤魔化す。カガリの言うとおり、自分の無茶に非があるのだがまさか反撃をもらってしまうとは思いもしなかった。だからこそ、彼女の叫びたい気持ちもよく分かるが。
「その分、墜としまくってやるぜ!」


「よし、大体片付いたな」
「こっちもOKだ、嬢ちゃん」
周辺の敵機を掃討して、二人は戦闘機動を止める。
あらかたテロリストの機体は全て撃墜した。戦闘の前に警告はしたものの例外なく敵はこちらに攻撃を仕掛けてきた。恐らく自分達だけに限らず、他の部隊でも同じように戦いが起こっているだろう。
「どうしてこんな…」
「敵さんのことで悩んでも仕方無いぜ、お嬢ちゃん。それよりも、もう一人の嬢ちゃんの方はどうなってる?キラとアスランもだ」
陰りが入ったカガリの言葉をさえぎって現実に引き戻す。カガリはムウの言葉通りに戦況を確かめるため母艦、“アークエンジェル”に連絡を入れる。
「ミリアリア、戦況は?」
「第2、第3部隊の“ムラサメ”数機がシグナルロスト。後の部隊は皆無事みたい。その様子だとカガリさんも一佐も無事みたいね」
「何とかな。ここから一番近いのは?」
「そこからだと、キラ達と第6部隊が近いみたい。どっちも大して被害は見当たらないけど、用心はして。それにもうすぐ“エターナル”が戦闘エリアに到着するから、そちらの守備もお願い」
「了解した。一佐、私は第6部隊の方へ加勢する。一佐は?」
報告を聞いて、カガリはムウに問う。機体の特性上、“アカツキ”一機で第6部隊は優勢に持ち込めるだろう。ならば自身はキラの方に向かったほうが賢明だろう。キラとアスランは心配するまでもないが問題は先行した“もう一人のお嬢ちゃん”、ルナマリアだ。幾ら“坊主”の機体に乗っているとは言え、彼に比べたら腕前はまだまだ未熟だ。実際に剣を交えた自分が言うのだから間違いない。
ならば、自らが向かう方はただ一つ。
「俺はキラ達の方に行く。正直、この機体で戦うのも疲れるんでね。あいつらのお零れを墜としに行くよ」
「なっ…随分な言い草だな!」
「冗談だよ、冗談」
その言葉を捨て台詞に、すぐに“アカツキ”から別れて次なる戦闘エリアに向かう。本当の所、誰にも死んでほしくない気持ちがあるから向かうのだが、この歳になるとそんなことさえ他人に面と向かって言えない。幾らキラやアスランが強くても、若盛りの少女を手懐ける程人格者じゃない。ここは自分のような役が活躍する番だ。
「って……こんなこと考えていちゃ、俺もおっさんだな」
自嘲して、真剣な眼つきでモニターを眺める。ルナマリアが“坊主”―――シンと関わりのある以上、絶対に危険な目には遭わせはしない。それが、嘗てシンの約束を破った自分に出来る唯一の償いだった。


「ターゲット確認、マルチロック…」
「行っけえええ!」
「目標確認!マルチロックオン!」
「戦いを生み出す者を、俺は討つ!」
“ジャスティス”と“フリーダム”の各所から、無数の炎が放たれる。
息を合わせた二人の一斉射撃、“コンビネーション・アサルト”が敵機を捉えて次々と戦闘不能へ追いこんでゆく。
「すごい……」
ルナマリアは共に戦う二人の英雄の雄姿を眼にして、しばし呆然とする。
自分とは比べ物にならないあの二人との差。機体の性能だけじゃない、戦いを終わらせたいと願う強い想いから湧き上がる、無限の力。
数多もの戦場を生き残ったのは、伊達ではないということだろう。自らも悪夢のような戦場を必死に生きてきたからこそ、その絶対的な格差に愕然とする。
「でも、私だって!」
ルナマリアはコクピットのコンソールを操作して、“ミネルバ”への通信を繋ぐ。応じたのは通信士である実の妹、メイリン・ホークだ。
「ミネルバ!“ソードシルエット”射出!」
「分かりました!ハッチ解放、“ソードシルエット”射出!」
メイリンの指示を受けて、遠方レーダーに映る“ミネルバ”から新たな熱源が生み出される。“インパルス”の支援機体、“シルエットフライヤー”が“ソードシルエット”を携帯して宇宙空間を飛翔する。
目視出来る範囲にまで接近した“シルエット”から一つの長刀が射出された。伝説の剣の名を冠したレーザー対艦刀、“エクスカリバー”が“フォースインパルス”の手に握られる。
「これだけ大きいんだもの!威力は保証付きよ!」
並のモビルスーツが有する“ビームサーベル”とは比べ物にもならない程、強大で無骨な長刀。
それを有した“インパルス”は莫大な推進力と共に敵機へと突進した。
「いっけええ!」
“エクスカリバー”の先端は最大出力で光を纏い、易々と敵の装甲を紙のように貫く。すぐさま敵の“ザク”は爆散して、ルナは爆発から逃れる。一機撃破だ。
「前に出過ぎだ!ルナマリア!」
キラの警告が耳に入った途端、コクピット内に敵機接近を示すアラートが鳴り響く。
油断した。機体のすぐ傍で“グフ”がこちらに向けて、右腕にある“スレイヤーウィップ”を放とうとしていた。この距離では回避もシールドも間に合わない。万事休すか―――
「くそっ!」
突然の衝撃が“インパルス”とルナマリアを襲い、ヘルメットを壁にぶつけてしまう。痛みをこらえてモニターを見ると、“スレイヤーウィップ”に足を捉えられた“フリーダム”の姿があった。
「キラ!」
反射的に叫んだ直後、“グフ”の鞭からスパークが迸る。機体とパイロットを襲う高圧電流を敵は流し込み始めたのだ。
「があっ!」
幾らキラといえども生身の人間である以上、長時間の電撃を受ける事は死に値する。
キラが自らの身代わりとなったことに対して、ルナの中で無力感と絶望感が押し寄せてくる。
―――私が、彼の足手まといに―――?
動揺しながらもライフルを“グフ”に発砲する。しかしこちらの精神と射撃の腕が災いして上手く命中しない。焦燥と怒りがルナを襲い、手汗がパイロットスーツの下で滲む。
「誰か援護を!」
通信を全チャンネルで開き、救難を求める。自分ではキラを助けられない、早く誰か力を貸してほしい。誰か!
「了解した」
聞きなれない声が不意に耳に届く。友軍機の反応が数機こちらへ近づいてくる。
あれは―――D.S.S.D所属の“シビリアンアストレイ”だ。
「標的を確認。これより排除を開始する」
通信の主は部隊の先頭に立つ“アストレイ”の様だ。“アストレイ”は量産機の為、特化した武装を持っていない。だが、先頭の“アストレイ”は他の機体と違うところが一つだけあった。“ビームガン”を両手に装備していたのだ。
「迂闊だな」
二丁の“ビームガン”を巧みに操る“二丁銃のアストレイ”は的確な一発で“グフ”を退ける。“フリーダム”から離れた“グフ”は逃走しようと背を向けるが、“二丁銃のアストレイ”は見逃さなかった。護衛機と合わせて銃の一発一発を全て“グフ”に命中させて撃墜する。今までにこんな動きをする民間機は見たことがない。量産機のデチューンやリミッターを外したところで相応の腕前がなければ一線を張ることも難しいのだ。
「敵機撃破」
冷徹なまでに淡々とした報告が届けられる。
この男は只者では無い。民間機を操っているものの、もしかしたらザフトレッドの自分より腕が上かもしれないと、ルナマリアは戦慄した。
「危ない所だった。助かったよ」
解放されたキラが、ぎこちない笑みで感謝を“二丁銃のアストレイ”のパイロットに告げる。
恐らくは先程受けた電撃の痛みがまだ抜けきっていないのだろう、無理もない。
「…的になりたいのか」
パイロットはそれだけをキラに告げて、自分達の元から去る。まだ戦闘が終わったわけではない。次の場所へと戦いの場を移したのだろう。
―――あんな人がいるなんて……
「ルナマリア、ボーっとしてちゃダメだ。もうすぐラクスがこっちに来る。アスランとも離れたみたいだし、一旦“エターナル”と合流しよう。“インパルス”のエネルギーももう限界の筈だ」
気がつかなかった。敵ばっかりに気を取られていて、残エネルギーがレッドゾーンを示している。あのまま“アストレイ”が来なかったら自分も餌食になっていたのか。
「…はい」
苦虫を噛みしめた様な気分になりながら、弱弱しくもキラの言葉に応答する。
まだまだ自分は未熟だ。だからこそ、この場で死ぬ訳にはいかない。ルナは自らの行動に負い目を感じながら、補給のために母艦へと向かった。

「アスラン!」
「キラ、そっちは大丈夫か?」
無事に母艦が集う合流地点へと後退し、離れ離れになっていた“ジャスティス”を確認する。敵の攻撃によって分断されつつも、アスランは無事だったようだ。
「ルナマリアも僕も大丈夫だよ。ただ、油断して“アストレイ”に助けられちゃった。カガリ達は?」
「私達ならここにいるぞ。心配するな」
キラの問いに“アカツキ”が通信に入る。背後にいる“ルージュ”は多少の損傷を受けた以外は問題ないようだ。
「ムウさんも無事なんだね」
「無茶して私の機体を傷物にしたけどな」
「キラ、もうすぐ前線に向かった交代部隊も消耗する。その前に“ミーティア”で蹴散らすぞ。カガリ、ルナマリア、フラガ一佐は補給後、他部隊の支援を頼む」
「「「了解」」」
アスランの指示に合わせて、三機は各母艦へと向かう。残ったアスランとキラは“エターナル”へ通信を繋いで、武装モジュールの装備を射出を命じる。
「ラクス!“ミーティア”を!」
「“エターナル”!“ミーティア”を!」
「分かりました、貴方達に託します」
「了解した!“ミーティア”、リフト・オフ!」
“エターナル”からキラの恋人、ラクス・クラインと艦長のアンドリュー・バルトフェルドが射出の許可を出す。
多目的複合兵装モジュール“ミーティア”を素早く装着した二機のモビルスーツは、その莫大な推力で戦場の最前線へと飛翔した。


「戦うんだ!全ての人たちと、世界の未来の為に!」
「託された“想い”…未来へ連れて行く!」
多数の敵機を掻き分けて、二機が前線へと着く。テロリストとの戦いでムラサメ部隊は数機減らしていたが、彼らも前大戦を生き残った者たちだ。懸命に敵を退け、徐々に追い詰めている。
これ以上戦闘を長引かせたら、双方に無駄な犠牲が出るだけだ。キラは国際救難チャンネルを開いて敵機全てに告ぐ。
「もうやめろ!戦いは終わったんだ!」
こんな言葉をかけたところで、敵が簡単に戦いを止めるとは到底思わない。だが、自分の想いとしては誰にも死んでほしくないのが正直だ。これは癖と例えるよりも、今まで手にかけた屍の上に立つ、自分へ戒めに近い。だから無駄だと分かっていてもこのような言葉を敵にかけてしまう。
「何を言うか、“フリーダム”!」
敵の一人が、こちらの通信に攻撃的な返答をする。やや掠れ気味の青年の声だ。その調子と不安の素振りも感じさせない態度から、年齢も自分達よりも相当上だろうと予想する。
「全ては貴様らが議長を討ったのが悪いのだ!我々の様な他者に不当に扱われた人間にとって有意義な政策…“デスティニープラン”を!」
半ばまで予想できていたことだったが、やはりデュランダル前議長の信望がテロリスト達の中心を担っていたようだ。デュランダルの行ないは多くの人の心を掴み、世界にその名を轟かせていたのだから。
「この世界は力こそで示されるべき世界なのだ!それを潰して更なる混乱を招き入れ、偽りの平和と夢を見せているだけのお前達は愚かの極みだ!なぜ分からん!」
だがキラ達は彼を討った。遺伝子だけで―――力だけで支配される世界は傲慢だから。一人一人が自らの手で未来を掴む事こそが、真の未来を創るのに相応しいのではないか。その想いを皆と共に貫いて、あの大戦に勝利したのだ。
勝った以上―――自分達はより良い未来の為に戦う責任がある。その為にも今もモビルスーツのパイロットであり続けているのだ。
「こいつもか、やはりみんな目指す“夢”は同じなのか…」
アスランもテロリストの言葉でキラと同じ思いをしていた。自分の信じていたものが壊されるという事は、確かに何物にも代えがたい絶望を味わうことになる。復讐、怨念、怒り。彼らが勝利者である自分達にぶつけたくなるのも無理もないのだろう。
だが、それらを受け続けても、自分達は前へ進むしかないのだ。勝利者には勝利者の責任がある。敗北者を作った以上、彼らが望む以上の事を自分達が為すべきなのだ。
「力を手にした時から、自分が誰かを泣かせるものになる…わかってるさ」
「でも、それでも!」
キラはテロリスト達に訴える。与えられた運命。決められたレールの上をただ生きるだけの世界は、人に支配されることと同じだ。自分達の未来は自分達で紡ぐ。そこに他者の意思が介入してはならない。
大戦時、幾多の戦場に介入した自分達がそれを訴えるのも皮肉なことかもしれない。だけど自分は、人々が安心して暮らせる世界を作るためにも、様々な反発と接していかなければならない。それが誰よりも優れた力を持った“スーパーコーディネイター”として生を与えられた自分と、人々を先導していたデュランダルへ勝利した自分達の使命だ。
「自分の未来を、勝手に決められたくは無い!どんなに苦しくても…この力で僕は抗う!」
「ああ!行くぞ、キラ!」
“ミーティア”と連動したマルチロックオンを起動する。全てのターゲットをロックオン。この無意味な戦いを終わらせるために、二人の精神は研ぎ澄まされる。
「人も世界も、無限の可能性を秘めている!」
「今度こそ、正しい道を選んでみせる!」
もう迷わない。全ての未来の為にどんなに苦しくても、どんなに厳しい道でも、最後まで戦ってみせる。それがデュランダルに対する答えと、戦いを無くしたいと同じ想いを抱く、シンへの誓いだ。
「俺はそれを守るんだ!」
「守りたい世界の為に!」
機体の全砲門を開放。“ミーティア・フルバースト”の光によって、幾千もの炎が次々と武装を貫き、全ての敵機は戦闘不能に追い込まれる。
キラとアスランは、その光景をしばしの間、悲しげな表情で眺めていた。


「貴方…なかなかやるわね!」セレーネ
戦闘が終了した後、テロリストの機体を回収してステーションに着艦した“エターナル”に帰投した直後、セレーネからキラは称賛を浴びた。
「あんな動きができるなんて…驚いたわ」
「すごかった!あーあ、僕も活躍できたらなあ…」
セレーネの隣に立つ金髪の少年、ソル・リューネ・ランジュも称賛をかける。自分達は戦いに勝った。だが、その為に他者を退けた事に対してキラは素直に喜ぶ事が出来なかった。
「キラ、そう考え込むな」
「アスラン…僕たちのやってる事は、本当に正しいのかな…?」
自分達の行動事態が、戦いを加速させているのかもしれない。キラは敵の言葉でより一層深まる疑念をアスランに吐露した。
「そんなことはない、キラ。周りを見ろ」
アスランに促されて、キラは俯いていた視線を上げる。勝った事で笑顔を浮かべている兵士。生き残った事を喜ぶ兵士。温かく迎えてくれるクルー達。そして、共に戦ったルナマリア、ムウ、カガリ。皆が疲れてはいるものの、涙を流したり、悩んでいる様子はない。
「俺達がしっかり同じ方を向いているんだ。流れも俺達に味方してくれるのさ!」
「うん…そうだね…」
アスランの言葉で、キラは心の底から安心する。自分の中に巣食う疑念の元が、皆のおかげで晴れてゆく。
それだけでも、彼には十分だった。
「ところで、セレーネさん。一つ聞きたい事があるのですが…」
キラはセレーネにあの“二丁銃のアストレイ”の事を聞く。自分とルナマリアを救ったパイロット。彼に礼を言いたくて仕方がないからだ。
「ああ、彼ならさっきここに―――」
「それは俺の事か」
聞き覚えのある、芯まで通る声。声の方へ振り向くと、紫色のパイロットスーツに身を包んだ青年の姿が見える。
しかしそのスーツの形状は、D.S.S.D固有のものではなく、地球連合軍のものだった。
「ミス・セレーネ、彼は……」
アスランが一目で感じた疑念から、セレーネに問う。
「ああ、彼はちょっと訳ありなの。確かに元は連合軍だけど、パイロットスーツの替えがなかったから」
彼女の言葉に納得し、キラやアスランを含めた辺りの兵士達は露わにしていた警戒を解く。
青年はキラに近づき、鋭い視線を向けて口を開いた。
「あんたが“フリーダム”のパイロットか」
「…はい。僕はキラ・ヤマト。オーブ軍に所属しています」
「噂には聞いている。あの二つの大戦を生き残ったパイロットだそうだな。俺はスウェン・カル・バヤン。D.S.S.D所属だ」
「貴方が、私とキラを?」
ルナマリアがスウェンに言う。
スウェンの援護のおかげで、この戦闘は勝ったにも等しい。それだけ、キラの戦闘力は戦況を大きく揺るがす元なのだ。失えば万が一、ステーションが墜とされていた可能性もあった。
「お前はあの青い機体のパイロットか……なるほど。ならば、ああなっても仕方ないな」
「ちょっと!どういう意味?」
スウェンはにこりともせずに只淡々とキラとルナマリアに告げる。戦場で遭った時と変わらない、あの淡々とした口調と同じ様に。
だが、あの時よりも彼の言葉の内に熱が入っているようにも感じる。
「今回の戦闘…お前が討った敵は一人も死んでいないらしいな。だが、敵を前にして情けをかけていると、思わぬしっぺ返しを食らう羽目になる」
キラが墜とした敵は、一人も戦死していない。回収したテロリストの残員は、この後しかるべき場所で処罰されるために、ステーションの一角で拘束されている。スウェンはここに来る前にそのあたりの情報に眼を通していたようだ。
「そうですか……」
「だが、今の戦い方ではいずれ限界が来る。ますますお前の前に立つ敵は増え、お前でも抱えきれない敵がお前をつけ狙う」
「……!」
「倒さねば…お前が死ぬぞ…!」
怒気を静かに孕んだ警告をかけた後、スウェンは静かにその場を立ち去る。
その話を耳にしていたその場の誰もが、彼の言葉に戦慄し、硬直していた。
―――僕が……死ぬ…か。
内心で呟く。彼はきっと、彼なりのやり方で自らへ警告を促したのだろう。その言葉は無下にできない。だが自らの戦い方も、そう簡単に変えられる事は出来ない事が相反する。彼の言葉は正しいのかもしれない。だがその正しさを呑みこむ事がキラにとっては難しかった。
「おーい!キラ!」
その場に加えられる、新たな一声。
自らを呼ぶ男性の声は、大声と共にこちらに近づいてくる。
「ロウさん……!」
キラが呼んだ彼の名はロウ・ギュール。キラの恩人であり、クライン派にとって信頼性の極めて高いバックアップのジャンク屋のメンバーの一人だ。この戦闘が始まるより前に、彼らジャンク屋は“エターナル”に着艦していた。この任務自体が急だった事により、艦を降りてもらう事が出来ず、同行してもらう事になったからだ。
「おつかれさん!どうやら無事だったみたいだな。俺も作業運搬の際に“レッドフレーム”のっけときゃ、戦いに参加できたんだけどな…うっかりしちまったぜ」
「いえ、ロウさんには機体の整備で助けてもらいましたから……カガリの“シラヌイ”も調整してくれましたし」
「何!?じゃあ嬢ちゃん、改良型の“ドラグーン”使ってたのかよ!そりゃ、使える訳だぜ。あれならコツさえ掴めば誰でも動かせるらしいしな」
「う、うるさい!ロウも余計なこと言うな!」
「あ、わりい」
全然悪びれた様子もないロウの謝罪でムキになるムウとカガリ。その微笑ましい光景に、キラは自然と笑みを浮かべる。
「でも、なんでいきなりこっちへ?D.S.S.Dの研究者の立場から言わせてもらうとあまり部外者が入るのは困るのだけれど…」
セレーネがロウに言う。機密が集中している研究施設の中に多人数を抱えるのは不本意なのだろう。ラクスでさえ、今は“エターナル”の方で待機している。なぜ、代理クルーである筈の彼が突然こちらへと駆けてきたのか、キラとしても理由が知りたい。
「あ、そう!それなんだよ!お前、ザフトのシン・アスカ知っているよな!?」
「えっ…シンがどうかしたの!?」
「どういう事だ?ロウ!」
シンの名が出た事に、ルナとアスランも反応する。ムウとカガリも口論を止め、こちらに注意を向ける。
「“ターミナル”から極秘情報が入ったんだ!ラクスから伝えてほしいと言われたんだが……どうやらMIAになったらしいぞ」
「なんだって!?」
“ターミナル”とは、クライン派が利用する情報源を担う組織だ。主に極秘の情報をキャッチし、いち早くクライン派に伝達する。この組織によって大戦時バックアップの少ない彼らが、多くの情報を得る事が出来たのだ。
「今、一部のザフトは混乱しているって。単独で、しかも外部には知らされていない任務だったらしい……俺もダコスタから聞いたときはびっくりしたぜ、いつか会いたいと思ってた奴だからな」
「シンが…MIA!?」
突然の報告にシンを知る皆が驚愕する。アスランやキラと肩を並べる程の腕の彼がMIA―――戦闘中行方不明になるとは。
何かの間違いであってほしい。キラはそう叫びたかったが、驚きの方が勝ってしまい、何も口から発する事が出来ない。
「嘘!?シンがなんで!?何かの間違いでしょ?」
「嘘じゃねぇ。とにかく、この事はまだ公になっていない。俺がここで口走ったのは謝るが、とにかくそいつを探さないと…お前達の仲間だろ?」
「いや、そう簡単には出来ない」
ロウの訴えに、アスランは静かに口を開いて遮る。
「今、俺達の戦力を分断することは出来ない。もともと“エターナル”には、保有モビルスーツは少ないし、俺達を除けばラクスが狙われる。オーブ軍は“アークエンジェル”とカガリがいなければ動けないも同然だし、“ミネルバ”はザフトから遠征に出せる戦力の中心核だ。本国から簡単に動けないイザーク達は調査に向かわせられないし、代理も立てられない」
「でも、アスラン。シンだってザフトの貴重な戦力よ!あの子を早く探す事も、私達によってプラスでしょ!」
「甘い事を言うな、ルナマリア!」
アスランの表情は苦しい。敵対したとはいえど、嘗ての部下がMIAになったことで、彼もショックを受けているのだろう。キラやルナがショックを受けているのに、彼が受けないわけはない。少し考えていても分かる事だ。
「ねえ、その騒ぎ…もしかしてこのポイントじゃないかな?」
苦しむ様子を見ていたソルが、手近のパネルを操作してディスプレイに表示する。
それに気がついたロウが、眼を見開いて反応する。
「そうだ、コイツだ!ダコスタが見ていた情報には確かにここって示されていたぜ。でも、なんでお前が知ってんだ?」
「君たちは知っているかもしれないけど、僕たちD.S.S.Dは外宇宙へ進出するための研究を行ってる。その関係で様々な研究を行っているんだけど、つい先日“ヴォワチュール・リュミエール”と思わしき反応をキャッチしたんだ。不自然にその反応はロストしたけど…ここの機体で積んでいる者は最近外に出していないからね」
「“ヴォワチュール・リュミエール”……確か、俺の“レッドフレーム”にも積んでいるけど…あ、そうか!」
ロウは全てを理解したらしい。重要な事に気づいた様子で、ロウはセレーネに問う。
「なあ、あんた。“ヴォワチュール・リュミエール”の詳しいデータ教えてくれねーか?」
「それって、言わなければいけない事?研究ってものは、あんまり外に情報をばら撒くものじゃないのよ?」
「いいから教えてくれよ!たしかその装備、空間に干渉するんだよ。“デスティニー”と“フリーダム”が採用された時期と、改良段階から考えると…ちょっと面白い事が起きたかもしんねーぜ?」
面白い事というのは、普段起きる筈の無い現象の事を指しているのだろう。
ロウは興味深さと不安をそれぞれ半ずつ含んだ顔で、彼らに言う。
「俺の予想だと…“ヴォワチュール・リュミエール”の空間干渉でシンって奴、どこかに転移したんじゃないか?」
「そんなことがあるの!?ロウさん?」
「多分な…お前の“フリーダム”だって、もしかしたら同じ現象が起きるかもしれないぜ。多分天文学的な確率だから、まず無理だろうけどな」
「僕達の研究でも机上の論としてそれは挙がっている……けど、もっと別の原因がないと無理だよ。そんなの下手をすれば機体に危険がありすぎる。ユニットが暴走して機体が持たないよ」
ロウの予想にソルが反論する。こればかりはその手に詳しい彼らでないと話の内容すら理解できない。
「とにかく、あんた達がいうには一体どれくらいの確率なのよ?武装として採用されているんだから、安全面は考慮されているでしょ?」
「あまいな、あんたら。99%は100%じゃねぇぜ?万が一の確率が起きたから現にシンはいないんだろうさ」
ルナマリアの言葉に返す。
シンの欠落が、皆にとって痛手になっている事は明確だった。
「たしかに、俺達がそう簡単に坊主を探しに行ける事は出来ないかもしれねえ…」
ムウが腕を組んで皆に言う。
「だが、あいつも俺達と同じ仲間だ。俺達とは別々に戦っているとはいえ、目的が同じなら探すだけの理由があるだろ。俺は例え一人でも行くぜ。空いた時間があるなら“ルージュ”でも“アカツキ”にでも乗ってあの聞かん坊を探してきてやるさ…ステラの為にもな」
「私も行くぞ。さすがにオーブの状況が悪い時は無理だが、シンもオーブの子供だ。人一人助けれずに何が代表だ。そんなの、こっちから願い下げだ」
「私も行く!私がだめならザフトの先輩にでも頼みこんでやるわ!これでも、アスランはダメっていうのかしら?」
カガリ、ムウ、アスランが一堂に言う。
「僕も行くよ、アスラン」
「キラ…だが、俺とおまえは…」
「確かに全体でみればシンの為に構ってられないのかもしれない…けど、交代制でもなんでも、シンを探すだけの時間は取れる筈だよ。アスランだって、本当は“ジャスティス”で今すぐにでも行きたいでしょ?」
「それは…そうだけど…」
アスランの本心はキラの言う通りなのだろう。顔に手を当てて苦しげな顔で誰にでもわかる。こういうときのアスランは直ぐに内面が顔に出る事は付き合いの長い彼らには周知の事実だった。
「助けてもらったお礼に、私達D.S.S.Dも出来る限りのことなら協力するわ」
「ミス・セレーネ…」
「そのポイント辺りを定期的に警戒しておけばいいんでしょ?これなら貴方達が動けなくても、そのいなくなったと言われてる機体ぐらい探せるわよ」
「……すみません」
「謝るぐらいなら、さっさと次に向けて準備をしたらどう?まだまだ世界は混乱から抜け切れそうにないみたいよ。貴方達が頑張ったら少しは時間も空くでしょ?」
アスランは頷いて、決心を固める。
これだけの人間がシンを助けたい自分の想いに同調してくれているのだ。自分がその想いを閉ざしては話にならない。
「一緒にさがそう、アスラン。それに、彼がいない分まで僕達が頑張ろうよ」
「ああ……絶対…」
笑みと共に手を差し伸べるキラに対して、しっかりと結ぶアスラン。不在の彼の分までこの世界を守る決意を、今この時確固に固めた彼らだった。


PHASE- 32 空ける空、空けない空


「状況最悪だな…どうする?」
宇宙での一戦の後。幻想郷の上空で落下を続ける“フリーダム”の中で、シンは独りごちた。
ノイズ混じりに外の景色が表示されるモニターの奥で、地表がこちらに迫って来る。薄れていた重力の感覚が再び蘇り、この落下の先に見える死の色が次第に明確に、濃くなっていくのを間近に覚える。
このままではダメだ。操縦桿を握り、機体のバランスを取ろうとする。この“フリーダム”のハイマットモードならば、大気圏内の空力を利用して、並以上のアドバンテージを空中で有する事が出来る。
直感的に、ハイマットモードを起動。しかし機体の不安定は治まらなかった。ダメージコントロールチェック。背部にある筈の一対の空力弾性翼片側が焼け落ち、空力を得られない事が示された。この世界は宇宙と地上共に空気が存在するため、大気圏突入による空気摩擦が殆ど発生しない。ならば原因は“プロヴィデンス”との戦闘による損傷だろう。
ビームという名の光の矢が貫いた箇所は、腕部を貫通してメインスラスターにダメージを与えている。こうなれば、あとの残った各所スラスターを利用した姿勢制御で安定させるしかない。
「ぐうっ!」
速度を抑えるために、スラスターによる空中制動をかける。その時の強い反動でシンはうめき声が漏れた。しかしそれでも落下速度か少しだけ緩くなっただけだ。原因はスラスター数の減少。幾つかはダメージの影響で故障して、機能の低下を明確に表わしている。
手に収まる操縦桿も鉛の塊のように重い。自分の手でどうする事も出来ない物は想像以上に重く感じるものだ。機体が思い通りに動かない事と、安定に入らない危機感覚が相まって心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。
「ま、まだ死ねないんだ!」
一喝を放ってシンは自らを鼓舞した。
生きてやる。家族を失い、孤児となりながらもようやく力を手にしているというのに。元の世界に戻れぬまま、異世界で墜落して惨めな死に方をするのか? 
自分を心配する少女達が頭に浮かぶ。早苗、にとり、小傘。そして…霊夢。この世界に迷い込んで、沢山の出会った人たち。彼女らに何の恩も返せぬまま、自分はここで墜ちると?冗談じゃない!
『次は勝ちます』
墜落する機体の先にある“妖怪の山”がモニターに越しに眼にした途端、犬走椛の言葉がよぎった。
そうだ、返すべきお礼だけではない。彼女との決着もまだだ。今度は一対一で、彼女の満足する結果も出せずに自分は無様に死ぬのか?
―――“フリーダム”…!
この機体の名を噛みしめる。
敵だった機体。今は自らの力であり、“デスティニー”の代わりとして皆を守る機体。その機体に乗っているのは自分だ。自分が諦めたら、自分を救う者は誰一人いない。そして今、己の望みに応えてくれるのはこの機体だけだ。
「俺を助けろ、この野郎!」
稼働するスラスターの最も多い面を、地表に向けて落下を殺す。加速した落下速度は完全にゼロには出来ない。だか確実に機体は減速している。これならば何とかなるかもしれない。
同時に軌道修正。幾ら“フェイズシフト”でも、岩壁に当たれば確実に生身の自分はショック死だ。ならば最も衝撃を分散できる位置を探さなければ。眼だけでモニターの景色の中から探して、狙いを定める。“九天の滝”の滝壺近くの川。霊夢と初めて守屋神社に向かう際に足を運んだ場所だ。
迷わず、そこに機体を運んだ。あの付近ならば近辺に人間もいない為に被害も少なく出来る。右へ左へ、フラフラと機体は揺れる。対ショックに備えて、シートベルトで繋がれた体を精一杯身構える。だが冷静を保って、操縦桿を持つ手は絶対に離さない。
衝撃。
モニターに映る景色が闇に覆われる。自らのまぶたも開いているかも疑わしい。頭が衝撃で暴れ、視点が回転した途端―――
既に、意識は消えていた。


「これは……!」
白狼天狗の少女は、轟音を耳にして現場に駆け付けた途端、絶句する。
青い翼を有した白い巨人が、滝近くで墜落している。しかし、巨人というには余りにも外見は鋭角的で、機械的だ。恐らく、河童の類が得意なカラクリ仕掛けの建造物だろう。
幸い火の手は上がっていない。それを確認して、少女は巨人に接近する。
この辺りを警備する立場としてこの異常は見逃せない。自らの種族である天狗の矜持にかけても、このままにはしておけない。
「……中に誰かいるのか?」
頭部にある獣耳が、巨人の胸部の奥にある命の響きを捉える。微かな鼓動を頼りに、胸部に飛翔して、入口を探す。しかし、なにも取っ手らしき物は見当たらない。
いや、一つ怪しげなものはあった。自らが立つ足元に、小さい区切りが見られる。そこに爪を引っ掛けて引いてみると、幾つもの突起が見受けられた。
「押してみましょうか」
好奇心と中の生物に興味を抱き、少女は突起を押し込む。どうやらボタンの類だったようで、適当に押すと胸部がせり上がり、少女は衝撃から飛翔で逃れる。
「シン!」
空から声が聞こえる。女の声だ。先程聞こえた轟音の方向から聞こえたあの声は―――何時か対峙した風祝の声だ。
それと同時に、目の前にある異常にも気がつく。
少女がボタン―――“フリーダム”の外部緊急操作パネルを押した事により、コクピットが外に晒される。そこに力なく項垂れる深紅のヘルメットとパイロットスーツを纏った姿を見て、少女は驚愕した。
「貴方は、シン・アスカ…」
ヘルメットのバイザーの奥に見える、幼さを残した少年の顔が収まっている。少女は彼を知っていた。外来人であり、自らの力を上回った少年の名を忘れるわけもない。いつか必ず再戦を望む相手だからだ。
「貴方は…犬走椛さん!?」
いつの間にかこちらに接近していた風祝―――東風谷早苗が少女の名を叫ぶ。
白狼の少女―――犬走椛はシンを一瞥して、鋭い視線を早苗に向けて相対した。


意識を覆う暗闇の向こうに、木目を刻んだ天井が見える。
目蓋という視界の窓が開き、曖昧な景色が視界に入る。
「シン…!」
聞きなれた声が耳に入った。急いで体を起こそうとするが、全身を襲う激痛で行動が中断される。
せめて曖昧な視界を正そうと、眼を擦ろうとしても、刺すような痛みと痺れたような感覚が邪魔をする。しかしそれでも行動には移せた。
「早苗……か?それに、みんな…」
「…はい」
布団の上に倒れている―――いや、寝かせられているシンを囲むのは、早苗、にとり、小傘。そして、白蓮と水蜜の姿もある。
「大丈夫ですか?、シン…!」
「早苗、その格好…………!それに、ここは?なんで白蓮さん達が…?」
シンが目にした早苗は巫女服の至る所が破け、合間から肌とさらしが透けている姿だった。衣玖との対峙でどれほどまでに激しい戦いが起こったのか。シンがそれを聞くよりも先に、早苗は言葉を続ける。
「シンを里へ運ぼうとした途中、寺近くで水蜜さんがこちらへ招いてくれたのです。私は包帯を巻いて、シンの怪我は白蓮さんが治しました…本当に良かった…無事で…」
「お久しぶりですね…シン。ここは私達の寺です。こういった形で来てくださるとは思いもしませんでしたが……お怪我の方は私が魔法で治療しました」
「じゃあ俺…また、墜ちたんだな。聖輦船の時のように…」
今にも涙を流しそうになっている早苗に、ほんの少し浮かべれる笑顔を向けて呟く。
あの後、山の麓から早苗に運ばれて、ここまで連れてきてくれたのだろう。自らの軍服の懐には通信機もあり、それを使ってにとり達もここに呼んだのであろう。
気付けば、自分の姿はパイロットスーツではなく、上半身裸の上に包帯がいくつも巻かれていた。とくにアバラ辺りがきつく巻かれており、動こうとした瞬間、そこが酷く傷む。
「ダメです!アスカ君は骨折しているのですよ!?包帯は私が巻かせて頂きましたから…動かないでください」
水蜜が動こうとするシンを布団の上から静かに押さえつける。衰弱が酷いのか、それとも水蜜の力に単純に負けているのか。痛みでどちらが原因か解らない。しかし、無駄な抵抗をしても仕方がない。なすすべもなく再び布団に倒れ込んだ。
「シン…今は休みなよ。“フリーダム”はさすがにここまで持ち込めなかったけど、あれはお前以外扱えないから安心しなよ……治ってから戻ればいいんだからさ」
「シン…私、シンが死ぬのやだよ?皆の言うとおりにしてよ…シンが痛がるの、怖いよ…」
「にとり、小傘…」
皆が例外なく休むことを勧めてくる。確かに、酷い眠気と疲労を感じる。それほどまでに自らは体力的にも精神的にも追い詰められて無理をしていたのか。自分の感覚の鈍さに呆れる。
というよりも、疲れた事を彼女達に気付かされたから、無視していた疲労を今感じているのだろう。どの道ろくな行動が行えない自分には、選択肢が一つしか選べない。
「ありがとう……」
かろうじて発せる感謝を彼女達に告げて、目蓋を再び閉じる。最後に誰かの嗚咽が聞こえた気がしたが、それを確認するだけの体力も、今のシンは持っていなかった。


「チッ!手こずる!」
気付けば俺は墜とされていた。
機体ダメージが限界を超え、安定を取れぬまま俺の“プロヴィデンス”は地面に向かって墜落している。
ダメージコントロール。機体の各所から炎が上がり、機体の70%以上が深刻な損傷で役に立たなくなっている。“フリーダム”の仕業だ。サーベルの一撃やビームによる攻撃は、機体本体だけではなく余波で様々な障害を各所に与えていた。
これではまともな着地態勢でさえ取れはしない。
苦し紛れに“フリーダム”に与えた一発は、確かに有効だったはずだ。恐らくは相手も自分と同じように墜ちている筈なのだが―――辺りに姿は見当たらない。恐らく雲海の辺りから墜落地点に差が生まれたらしい。それはある意味幸運なことかもしれない。生身での戦闘になると、近くに天子や衣玖がいた場合確実に不利だ。俺としても出来るならモビルスーツで墜としておきたかったのだが…いや、今は考えても仕方がない。まずは現状打破が最優先だ。
今俺がいる空中からは大きな山が見える。しかし、このままの方向では裏手の森の方に墜ちてしまうだろう。幾らこの機体でも、墜落の衝撃に耐えられるかどうかは分からない。とてもではないが―――誰かが俺を助けてくれるとも思えない。墜落の衝撃で命を失うかもしれないからだ。
―――それでも、俺は死ねない。まだ何もできていないんだ!
俺は“フリーダム”を討てたと確認するまでは絶対に死ねない!天子にも、衣玖にも―――礼の一つも返せぬまま、ただ無様に死ぬというのか!?
何としても生きる。操縦桿を必死で動かして、不時着に備える。接地面積を接触に備える。フェイズシフトのエネルギー経路を可能な限りコクピット付近に回す。これで出来る限りのことはやった。後は運を天に任せるのみ。
「天子…!」
地面にぶつかる瞬間、無意識にあの女の名が口に出た。何故だ?俺を助けてくれたからか?それとも俺があいつを気にする理由があるからか?
自問しても、返って来るものなど何もない。思考を巡らせている間も地面がモニターの中で迫ってきて―――
そのまま、俺の体はコクピット内で叩きつけられた。


目覚めたときには、空に朱が差し込み始めていた。
痛みも当初より退いて、手足を少々動かしても問題ない。依然として手足を動かしたり、体を起こそうとすると激痛が走る事には変わらない為、まだしばらくは休まないといけない事に変わりはないらしい。
けれども、痛みが走るという事は神経が繋がっていると同義だ。戦いの傷で体の機能を失った兵士は珍しくない。そう考えれば後遺症の危機が無く、全快の見込みがある自分はまだ幸せなケースなのだろう。
周りを見渡しても誰一人見当たらない。と思いきや、シンが眠る前に早苗が座っていた場所手前に置き手紙があった。
親切にも、不自由な自分の手が届く範囲だ。腕を伸ばして中身を開き、細筆の跡に眼を通してみる。
『気がつきましたか?シン。早苗です』
手紙の文には、最初に早苗からの挨拶が記されていた。やはり彼女が書き残しておいたのかと、一人納得する。
『これを読んでいる頃には、私達はみんなその場所から離れているかもしれません。その場に残る事が出来なかった事を、皆さんの分も兼ねてこの手紙でお詫びいたします。私としても、これ以上貴方以外にこのはしたない姿と情けない顔を見せるわけにはいきませんので………シンがお休みになった後、私はまずこの騒動の顛末について神奈子様達に伝えるために、命蓮寺を出ます。恐らくシンが起きる頃には、里か守矢神社の方に私はいると思います』
元々、里の騒動から自分と早苗は天界に出撃していたのだ。里の方は今頃どうなっているのか?天子によって被った広場の損害を、神奈子は修復すると言った。ならば、彼女もそこで修復の手伝いをしているのか。もしくは既に終わっていて、天界での戦いの事を報告しているのか。いずれにしても、既にこの場にいない事は明確だ。それに、文章にはまだまだ続きがある。
『次に。にとりさんは作業場の方にお戻りになったそうです。部屋を出るとき、彼女はとても寂しそうでしたので…今度顔を合わせたときには、気を遣ってあげてくださいね?』
にとりの最後の表情を思い出す。小傘と共に休めと勧めてくる彼女の表情は、酷く沈んでいるようにも見えた。注意深く彼女の顔を思い出してみると―――涙さえ浮かべていた気がする。気丈な振舞いがこちらの認識を欺いたのだろうか。
『小傘さんはそちらの方に残ると仰っていました。おそらく、命蓮寺のどこかで時間を潰していると思います。あと、白蓮さん達は寺の勤めに戻ると伝言を預かりましたので、この手紙で伝えさせていただきます』
水蜜も、白蓮と同じ寺の人間だ。寺だの宗教だの、シンには馴染みが一切無い為、彼女らがどのような勤めを果たしているか見当がつかなかった。だが善意で治療も施されたのだ。自分の我儘で彼女達をここに縛り付けるわけにはいかない。
『最後になりますが、こちらの用事にしばらく足を取られそうです。迎えには勿論向かうつもりではいますが、シンの怪我の様子からしても、しばらくは無茶は出来ないと思います。それとついでに伝えておきますが、墜落したシンを助けたのは私ではありません』
「…?」
自分を助けた人物が早苗ではない。
それはつまるところ、コクピットで意識を失っていた自分を救った人物が他にいるという事なのか?文章にはまだ続きがある。シンはその先に両目を滑らせた。
『貴方を助けた方は―――』
手紙のその先を読もうとした途端、部屋と外を仕切る障子から視線を感じて黙読を中断する。
水蜜や小傘かと思ったが、向こうにある影は明らかに別人を示す特徴があった。
頭頂に生えている、一対の獣耳。あれは明らかに人間にあるものではない。妖怪の中でもあの様に明らかな獣のパーツを露わにしている妖怪はシンの記憶では少ない。
影越しで見える華奢な体の線は、その者の性を女と示している。しかし、目の前の影の腕部はシンの知る女性より僅かに太い。あれは、普通の女性には現れない。水蜜は錨を振るうが、あれは幽霊としての力だと聞いている。
「誰だ?」
手紙を置いて、軋む体に鞭打って立ち上がろうとする。だが無理だった。足がよろけ、大きくバランスを崩して倒れそうになる。
重ねて、今の自分の服装は殆ど裸だった。幸い下着は身につけているが、この状態で女性の前に出る度胸は流石に持っていない。例え早苗が相手でも。
「…入ったら?」
自分が動けないのなら、相手を誘うまでだ。影に語りかけて、部屋への侵入を促す。
いつもの自分に比べたら小さく、しゃがれた様な声だったが、扉の向こうに言葉は届いたようで、向こう側の者は無言で障子を開いた。
「!」
途端、脊髄に電流が走った。
自らと相手の仕切りが開かれ、影の正体をシンに晒す。
それと同時に、シンの中の記憶がよみがえる。
満月の夜。この世界に迷いこんだ当初、作業場に襲撃を仕掛けた獣耳の天狗。
再戦の意思を残し、自分達の場から姿を消した彼女の名は―――
「犬走………椛…!」
『貴方を助けた方は―――椛さんです』
「久しぶりですね。シン・アスカ」
表情を変えずに、ただ淡々と再開の言葉を彼女は告げる。
早苗の手紙の最後に記されていた人物、犬走椛は倒れるシンに向けて愛想のかけらもない無表情を浮かべていた。


「ぐあっ……!」
なんとか……俺はまだ生きているらしい。
俺は墜落の衝撃で、意識を失っていたようだ。打撲で酷い痛みを全身から感じるが、俺が生きているのは事前に来ていたパイロットスーツのおかげらしい。このスーツ自体、俺が初めから着ていたものを天子の従者が治してくれたものだ。天子だけではなく、感謝の対象が増える事になるとは。だが、悪い気はしない。おかげで最悪の事態に陥ってはいないようだからな。
機体自体も思ったより頑丈のようだ。随分と強いダメージを受けているのに、墜落で出来た損傷は殆どない。データにある“フェイズシフト”がなければ、今頃俺は炎の中か。
とりあえず、コクピットから出る。震える手足を全力で行使して、暴走防止の為に機体の電源を全カット。ウエポンラックから護身用の拳銃を握って、俺は這いずるように外に出た。
何とか、骨はヒビ程度で済んでいる様だ。走って遠くに逃げる事は出来ないが、天子から聞いていた地上の“妖怪”を退けるだけならば、今の俺にも出来る。
周りは霧と木に覆われ、視界も殆ど確保できない。どうやらモニターで見えた樹海の中に俺は墜落してしまったようだ。天から届く筈の日光が殆ど届かず、宵闇の様な暗闇が俺を囲う。機体がどこから墜ちてしまったのかもわからないぐらいにだ。これでは天子達が俺を探そうとしても、時間がかかるかもしれない。
「まいった…っ」
機体は大破。武器は段数も知れてる護身用の短銃のみ。おまけに食料もなく、痛みで倒れる寸前の俺の体は思いのほか長続きしそうにない。天子達が俺を見つけられないのなら、その時点で俺に打つ手は残されていない。
俺の運命―――頭の中のあの男が口にするとおり、俺はここで消えるのか?
「あらあら、この場に人間?」
鼓膜が震えたと同時に、俺は体を振り向けて躊躇なく銃を向けた。
この場に人間がいる筈がない。いるとしたら―――いとも簡単に人を殺めれる、“妖怪”。
「なに?その小さいのは?とても弾幕を撃てそうなものとは思えないわね……」
フリルのついた深紅のドレスを纏う妖怪は、特にこの銃に恐怖している様子はない。あたりまえだろう。この世界にこのような“無慈悲なまでに生物を殺すためだけに作られた”物がないのだから。道具を用いない生活をする者が多い妖怪にはなおさら馴染みがないだろう。
「動くな。動けば……撃つ」
低く、脅す。
明らかな警戒を示し、相手の行動を許さない。妖怪といえども、心は人間と大差ないという。ならば戦わずして勝つ方が効率がいい。その為の脅迫だ。
「貴方が何言ってるのかわからないわ。貴方、怪我してるのに何でそんな怖い顔をしているの?」
「何だと?」
返答するが、銃の先は相手を捉え続ける。相手の誘導に引っかかるつもりは微塵もない。
「あなた、ここに望んできたわけじゃなさそうね。…たとえ望んでも、私が送り返すつもりだけどね」
「…どういう意味だ?」
「少なくとも。私は貴方達、人間の味方よ。その手に持ってるもの、私に向けないでくれない?貴方の視線もあってなんか穏やかじゃないわ」
「そのつもりはない。その言葉が罠ではないと言いきれない」
「それじゃあ、これでなら信じてもらえる?」
妖怪は、落ち葉を踏む音を響かせながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
「動くな…ッ」
言うが、相手は聞かない。銃を突きつけてた上に、警告もしているのに。
奴は次第に俺との距離を縮める。限界だ。この距離ならば妖怪の頭を撃ち抜くのは容易だ。
カチッ―――
引ける筈のトリガーが、引けない。
何故だ?何故俺は今更になって他人を殺める事が出来ない?
『今まで』だって、自らの意思で無くても撃てたはずだ。
なぜ、自らの意思では人を殺せない?
目線を戻せば、妖怪が俺の銃を両手で握りしめている。
一体何をするつもりなのか。
「怖がらなくていいわ…人間さん。私は鍵山雛……災厄を集める厄神よ」
やわらかくはにかんで、雛の手は銃を静かに下げさせる。
魔境の樹海で、一筋の希望を担う存在に―――俺は出会った。


『貴方を助けたのは―――椛さんです。感謝の言葉は彼女に伝えてください。命蓮寺まで運ぶ時も、椛さんは無言で私を手伝ってくれました。本来ならば私が助けるのを、私の力が及ばなかったばっかりにこのような事を招いてしまった事を、深くお詫びします。それでは、また次に会える時まで。 東風谷早苗』
「犬走………椛…!」
「久しぶりですね。シン・アスカ」
完全に予想の範疇外である人物の登場に、シンの双眸が見開かれた。
白髪の髪に白い服装。彼女の象徴である大剣の姿は今はない。流石に寺の中にまで持ち込む訳にはいかなかったのであろう、いまの椛は丸越しだった。
「貴方程の人が、そこまで手痛い怪我を負うとは…流石に予想できませんでした」
語りつつ、椛はシンの眼の前まで迫った後、正座する。
「お前は……それよりも、なんで椛が俺を―――」
助けたんだ?と、言葉は続いた。
「何故って…貴方が私の区域内に墜ちたからです。九天の滝周辺は私のテリトリー。そこに貴方の機械人形が派手に落ちた後、私がここまで運びました。私の言葉、まだ忘れたわけではないでしょう」
椛の言葉。
『次は勝つ』再戦を望むあの言葉の責任感から、彼女は自分を助けたというのか。
「だけど、今の俺は―――くっ…!」
突然、アバラ辺りが再び痛覚に襲われ、滝汗を浮かべて蹲【うずくま】る。
例の骨にヒビが入った箇所だ。
「シン・アスカ!」
椛が名を呼び、痛みで震えるシンの横に迫った。
巨大な剣を振るうというのに、彼女の手に肉刺【まめ】は一切なく、触れてくる指は指は細くて柔らかい。こそばゆくもあるが、痛みの圧倒的な自己主張でシンの感覚を上書きする。
「だ、大丈夫…だ。少し、じっとしとけばこれくらい……」
上げていた上半身をゆっくりと横に戻そうとする。
背中を動かすだけでも、骨には響いていた。ただ骨が傷ついた程度なのに、どうして骨折というものはここまで厄介なのか。血は出ていないというのに、折れている訳でもないのに、どうしてこうも人間の体は脆く弱いのか。
「…手伝います。力を抜いて」
「なっ…」
またもや予想もしない志願が告げられ、シンの体を椛が支えながら促す。
不自由な体を考慮してくれたのか、丁寧にも椛は起き上った際で乱れた布団をかけ直してまでくれた。
「あ、ありがと……」
「礼にはおよびません」
シンの感謝に椛は淡々と答える。
しかし、最後の一言だけはそれまでと明らかに異なるトーンだった。
「貴方は、私が仕留めるのですから」
言葉とは裏腹に、鋭さを潜めた表情で語りかけてくる。
嘗ての敵の手厚い介抱に、しばらくどぎまぎしていたシンであった。


「アスカ君…あんなボロボロになって……」
水蜜は、廊下を歩きながら一人呟く。
彼女、村紗水蜜は聖輦船の一件以降、密かにシンという少年を気にしている。
異変の解決に力を貸し、未知の力によって結果をよりよい方へ導く彼の姿が頭から離れない。
それでいてどこか危なげで後先を気にせずに行動するシンは、保護欲をかきたてられる存在であるからだ。
「聖はお勤めで忙しいし……星は寺の仕事の板挟みで大変らしいし……一輪と雲山は力仕事で必要だし……ナズは子ネズミの世話と寺の見回りばっかだし。どうせ私は船がなかったらただの幽霊だもの」
聖輦船は白蓮の力で、この命蓮寺へと姿を変えている。重要な役どころである船長をする必要がなくなった為、宙ぶらりんの位置にいる水蜜は毎日暇な時間を買い物に費やすか、寺の者の手伝いをするかで潰していたのだ。
―――でも、しばらくはアスカ君もここにいるみたいだし。わりと退屈せずに済む…かな?
両手で持つ小鍋をしっかりと握りながら、水蜜は笑みを浮かべる。鍋の中身はお手製の雑炊だ。
怪我でまともに体が動かないシンの為に、自分が介抱してあげるつもりだからだ。
腹部に怪我を負っていたが、シンは両手にも打撲傷を負っていた。比較的軽症のようだが、体を起こすだけでも一苦労の彼には堪えるだろう。
ここは自らが、直に優しく彼に接して療養を促すのが一番いい。料理は特別得意というわけではないが、人が満足できる程度の腕は持っている。味見も問題無い。
「喜んでくれると……いいな」
自然と笑みを浮かべて、彼が横になっている筈の部屋に手をかける。
扉の底には、白い布団の下で大人しく彼の姿が―――
「?」
見ない姿が加えられていた。
獣耳を生やした、華奢な体の女性がシンの横に座っている。
「誰なの、あなた!」
一目で警戒した。
あの白い意匠…そして獣耳。間違いない、“天狗”だ。その中でも執念深い事で有名な“白狼天狗”。
あの矜持を鼻にかける種族の生物が、穏やかな事で里付近にいる筈がない。加えてこの場は我らが構える寺だ。シンと関わりがあり、私怨をもってこの場に来たのだとしたら、倒れている者に容赦なく手をかけるかもしれない。
鍋を明後日の方向に投げ捨てて、飛び込むように天狗とシンとの間に割り込む。その手には既に霊力で練りこんだおよそ人間には持てそうにない巨大な錨が添えられ、まっすぐに天狗へ突きつける。
「何の用です。この子に恨みがあるなら……この私がお相手しますよ」
先程の浮かれた感情を投げ捨てて、低い声と共に警戒を露わにする。
船幽霊時代の片鱗を惜しげもなく表面に出して、目の前の天狗に敵意を集中させた。
「なっ、どうしたんですか!船長!」
「アスカ君、怪我はない?大丈夫、私が守ってあげるから―――」
「いや、だから!とにかく!何勘違いしてんです!」
背後にいるシンが水蜜の両腕を掴んで拘束する。
密着状態に密かに恥じらいながらも、シンの必死な訴えから水蜜は錨を消滅させた。切っ先の鋭い錨を背後のシンに当てるわけにはいかないからだ。
「…とにかく、落ち着いて!今の椛は敵じゃないんです!」
「椛?この天狗が…?」
焦る水蜜を説得した後で、シンは解放する。
天狗―――椛は突然の部外者の登場で、穏やかだった顔を再び元の鋭い両目に戻していた。
「椛は、俺を襲いに来たわけじゃなくて…俺と椛はこれをしてたんです」
訴えと同時に、腕を特定の場所に伸ばす。
指の先には水蜜の乱入によって散らばった、将棋盤と将棋駒が転がっていた。
「ちょうどこの部屋の棚に置かれてあったので、拝借させていただきました。彼はルールを知らないようでしたので、つい先ほどから教えていたところです」
「えっ、ああ……そう、なの?」
「貴方が私と戦いたいのなら、引き受けましょう。ただし、場は外に移させていただきますが」
「やめろ、椛…船長も。とにかく二人とも落ち着いて」
シンは痛む体を押さえながら彼女達をなだめる。自身の早とちりを酷く悔いながら、包帯姿ののシンを眼にして今更のように赤面する水蜜だった。


「あの子、どこに墜ちたのかしら!こんな広くて深い森じゃ、一苦労じゃ済まないわよ!」
「ラウさん…!…ラウさん!」
天から舞い降りる少女の姿が二つ。
“プロヴィデンス”を追って地上まで降りてきた、天子と衣玖だ。
「 “妖怪の山”の裏手の樹海……!あそこ、天界からも見えるぐらい広すぎて、あんなでかい物でもどこいるのか分からないわよ!」
「それよりも彼を!とにかく彼を探さないと…この辺りは夜になったら妖怪が森を埋め尽くします!」
「衣玖、アンタもどうしたのよ!焦るなんて、アンタらしくないじゃない!」
「貴方だって、平然としていないでしょう!なんで“緋想の剣”の力がありながら、彼の墜落を許したのですか!」
今までに一度も見た事がない、衣玖の焦燥と激情。
口調に大差はなくても、いつもの穏やかでゆったりとした柔らかい両目が、今では前にするもの全てを脅えさせるものに変化を遂げている。
「そ、そんな!私が悪いっていうの!?冗談じゃないわよ!」
「なら、なんだというんです!貴方だけでも、あの機体を追い詰める事は出来ていた筈でしょう!?なのになぜ、あの人が墜ちなきゃならないんですか!」
「わ、私は―――!」
「私だって、あの風祝を抑えるために雲海にいました!なのに……っ」
言葉を続けていくうちに、衣玖の視線が徐々に俯く。両目が完全に帽子の鍔【つば】に隠れたところで、衣玖は剣幕を堪えて天子に背を向ける。
泣いているのか―――と天子は思ったが、そうではないようだった。ただ、悔しさで衣玖は震えていた。今までに味わったこともない感情。天界に住む彼女は、今までに特別苦労した記憶は殆どないだろう。それだけに、経験のない感情の爆発に自らも気付いていないのだ。
一方で天子は他の天界の住民とは異なり、喜怒哀楽を素直に受け止めて表現している。
喜びも楽しみも彼の存在で格段に増え、哀しさと怒りは今までに沢山遭っている。
今より過去に起こした異変―――“緋想の剣”の力で博麗神社を崩壊させて自らが博麗神社を再建という名の占領を行なおうとした際、突然現れた妖怪の手によって完膚なきまでに叩きのめされた記憶。
それだけではない。天界の一部を生意気な鬼に押収され、大勢の妖怪、人間から自らの力の限界を知らされた事も記憶に新しい。悔しさも惨めさも含めて感情は自己の表現だ。彼女からすれば今更認めない事が馬鹿馬鹿しい。
しかし、今覚えているこの感情はその悔しさとはまた異なるベクトルのイメージだった。
“フリーダム”を墜とせなかったから?通じる筈だった自分の力が、いとも簡単にあしらわれたから?行なうべきだった自らの攻撃を、行なわずに、ただ“フリーダム”と“プロヴィデンス”の戦いを眺めていたから?
それとも―――ラウが墜とされたから?
衣玖の言葉など聞かなくても解っている。
今確かに、自分は悔しい。だけどそれ以上に、彼の命に別状がないかが怖くて仕方ない。人間の身で、あれだけの高所から墜落すれば只では済まない。自分が元人間だからこそ、それに関する想像は明確に出来る。
「衣玖の言ってることぐらい……わかってるわよ!」
「総領娘様……」
「でも、だからこそあの子を探さなきゃいけないんでしょ!それを知っているから、私達は追ってきてるんじゃない!こんなところで言い争ったって、しかたないじゃない!!」
歯が砕けてしまいそうな―――いや、人間の時だったらすでに自らの歯は砕け散っていただろう。天子は叫ぶ様な勢いで衣玖に訴える。
「喚くんだったらさっさと行くわよ!あれだけ大きかったら、墜ちてる場所の木はなぎ倒されているはずだわ。そこから探せば、ラウだっているんだから!」
体に霊力を奔らせて、滑るように空を飛翔する。衣玖も湧き上がる感情から両手を握りしめながらも、天子と二手に分かれて墜落の跡を探した。


「厄神……?」
俺の目の前に現れた、ゴシック調のドレスの女。
緑の長髪を顎の下でリボンでむすび、全身に無数のフリルとリボンをあしらった服装。この殺風景な霧の樹海に、それは酷く似合わない。自らを神と称するあたり、この妖怪も只者ではないのか。それとも全くのハッタリか。
だが、敵意の無い事を明確に表している者に銃を向ける趣味はない。彼女が下げた銃を俺はスーツのホルスターに入れて、こちらもこれ以上の敵対意思がない事を示す。ただし、警戒を解くつもりはない。
「鍵山雛……それがお前の名か」
「そうよ、人間さん。さあ、こちらが名乗ったのだから貴方の名前も教えてくれないかしら?」
「俺は……」
名前など持っていない。
天子達に名乗ったのは、ただ偶然閃いたものが“ラウ”であって、俺個人を示すものなどなにもない。
「名前は忘れた。だが、俺を知る妖怪には“ラウ”と名乗っている」
「変な紹介の仕方ね。素直に『俺はラウだ』と言えば可愛いのに」
「悪いが、愛想の仕方も俺は忘れている。覚えているのは、この銃とあれの使い方ぐらいだ。他には何もない」
自らの顔を振って、無様に倒れている“プロヴィデンス”を示す。
「随分と騒がしく落ちてきたものね。それに、貴方はどうも人間にしては危ない感じがするわね」
「なんとでも言うんだな」
「いや、貴方のその攻撃性の事じゃないわ」
雛はその場でゆっくりとドレスを翻す。まるでダンスの舞者、ミュージカルの演者の様だ。その着ているドレスの広がりも相まって、俺は舞台の講演でも眼にしている様な錯覚さえ覚える。
その様子は彼女の陰りを秘めた神秘的な美貌と相まって、優雅で美しい。
「貴方……沢山の厄が憑いているわね」
「厄?」
「災厄とか不吉とか不運とか。そういうおっかない事まとめてよ。知らないの?」
「生憎だがな」
「貴方の背後には、ものすごく黒々としたものが見えるわ…もちろん、それが見えるのは厄神である私だけ。私の様な厄神だけが人間や妖怪の産む厄を集める事が出来て、かつそれを神々に受け渡す事が出来る」
「…何を言っているのか、何を説明しているのか、全く見当がつかないな」
厄がどうとか、神々に渡すとか。あまりにもファンタジックで非現実的な説明ばかりだ。そもそも、天子と行動を共にした時点で想像もできない事ばかりを眼にしているのだが―――それは天界でしか味わっていない。
「貴方…その厄を払わなければ、最悪死ぬわね」
「!」
「でも、もう大丈夫……私が…抜いてあげるから」
動揺してる間に、雛は俺の目の前に立つ。
「何をする気だ」
「大丈夫よ、優しくするから。痛かったら、ごめんね?」
「何を言ってるんだ―――」
雛は両腕を伸ばして、俺の頭に手を回す。
そしてそのまま、俺と雛の体は重なった。


「将棋していたなんて…いくらなんでもそんなの想像できませんでしたよ。天狗と外来人の遊戯だなんて」
「私は彼と勝負がしたい。けれども、シン・アスカは負傷している。ならば自分にできる事は何か?その結果、この部屋の将棋盤をお借りすることにしたのです」
「これ、結構面白いな。リーダーがいて、兵士がいて、強い兵士がいて……原始的だけど、よく出来たシミュレーションだよ」
水蜜は投げた鍋を片付けたあと、将棋を教えてもらったシンの笑顔を見るや否や、自身の早とちりに頭を抱える。
椛は普段の無表情に戻り、水蜜によって散らばった将棋盤を手早く元通りにしていた。
「そもそも!なんでここに白狼天狗!?この部屋付近はナズが見回りして教えてくれるはずだけど―――」
「射命丸ではありませんが、足には自信があります。ネズミと白狼の反応速度ならば、こちらに分があります」
「ようするに速さだけで気付かれずに忍び込んだってことですか……はあ」
「ごめん、船長。俺も先に教えに行った方がよかったよな…」
「アスカ君はなにも心配しなくていいから……気にしないで。それよりも、あんまりその姿で布団の外に出ないで……その、みえちゃうから」
「え、何が?」
「貴方の姿!恥ずかしいからに決まってるでしょ!」
「いや、別に全裸じゃないからそこまで恥ずかしいってわけじゃ。そもそも包帯で服が着れないって―――」
「見てる方が恥ずかしいんですっ!」
水蜜は珍しく、ムキになってシンに怒鳴りつける。
「この程度でうろたえるなどと……白狼天狗には男性もいますし、そもそも意図しないものが見えたところで動揺していては、山の警備など務まりません。……流石に機械人形となると話は別でしたが」
「うう……別に私だって男が苦手って訳じゃありません!ただ、接する機会が一度もなかったからです!そりゃ、知識だけはそれなりに色々と最低限知っていますけど……って、何言わせてるんですか!」
「船長が勝手に言ったんじゃん……」
「ひ、ひどいです。アスカ君!」
「個性の強い寺ですね……」
椛の冷静な返答に、水蜜は焦る。
「私を甘く見るのはいいけど、聖達は許さないわよ。幾ら白狼でも、私達みんなの敵じゃないのですから…!」
「船長、落ち着いて…」
シンは怒る水蜜をなだめようと頭を優しくなでる。
「っ……私、アスカ君にこうされるほど、年下じゃありませんから。ていうより、私、生前もアスカ君より年上ですから」
「あ、ゴメン…」
「…いいですよ、特別に許してあげますから」
「それよりも。シン・アスカ、将棋の続きをしましょう。忠実に状態を戻しましたので、今すぐにでも出来ます」
水蜜の怒りを鎮めた後、椛はちょうど復元した将棋盤を出してくる。
「これ、どういう風にしてました?アスカ君」
「どうって言われても…俺もまだルールがよくわかっていなくてさ、椛に手取り足とり教えられてたんだ。“歩兵”とか“桂馬”とか“王将”とか色々あるから」
「以前、シン・アスカと戦った時は、明らかに私が有利だったはずでした。ならば、今貴方が動けない以上は、こちらで勝負を仕掛けさせていただきます。自慢じゃありませんが、これまで川の河童相手に私はしばらく負けていません。ただ、全くの無知だと勝負の意味がありませんから、彼に勝負の仕組みを教えていたのです。そこに船幽霊の貴方が飛び込んできた」
「それについては謝ります…けど、部屋で半裸の男と薄手の女がいた時点で、私が焦るのも無理ないと思いますけど?」
「どういう意味ですか、船長?」
「どういう事です?」ミックス
どうやら、水蜜の危惧は椛とシンの予想の範囲外だったようだ。
「はあ……まあ、いいです」
ため息をついて、彼らの反応に失望する。
シンは女の子といる事に意識しないのだろうか?水蜜の疑問を秘めた言葉を投げかけるが、当の本人は椛と共に将棋のルールを習うのに夢中になっている。
彼も、過去に様々な経験をしたのだろう。恋や、人生を謳歌する間が無いほどに。自分と動揺に、幼い身でありながら重すぎる宿命を目の当たりにしたのだろう。
ならば、このように一時の安らぎを得てもいいではないか。負傷して動けない間ながらも、楽しく過ごしてもいいではないか。
自分も、彼と共に生きる事を楽しんでみたい。水蜜の中でその気持ちが芽生えた途端、盤越しに椛と相対するシンの隣に、水蜜は座り込んだ。
「アスカ君。将棋、私も混ぜてくれません?」
「船長?」
「熟練した棋士に、教えてもらったばかりの君が勝てるわけないでしょ?私も少しは知っているから、一緒に天狗を倒そう?」
「束になったところで、私は構いません。どの道、ルールでは一回ごとに攻守交代するのですから。……本当に貴方は、誰かに好かれるのですね」
椛は水蜜とシンを見て、少しだけさびしそうな表情を見せる。
「どれだけ厳しく、真面目に警備に取り組んだとしても……他者との関係が深まるわけではない。河童はまだしも、天狗は一人一人が誇り高く、勝手だ。貴方達の様に纏【まと】まれる事が、私にとっては本当に信じられない」
椛は少しだけ、寂しげな顔を二人に向けている。
将棋は一人ではできない。彼女はしばらく負けていないというが、それは勝負で勝ってから長い間手合わせにつきあう存在がいなかったからではないのか?
「別に、いいんじゃないか?」
「え?」
「俺だってアカデミーの時は同情とか、なれ合いとか、まっぴらだって思ってた。けど、俺は大切な仲間と一緒に戦ってきたから、今も俺は生きてるんだ」
「今も生きてる?貴方は過去に、死にそうになった事が何度もあるのですか?」
「…色々ね。けど、仲間は持っていたほうが楽しいと思うよ、椛」
シンは頬笑みながら、止まっていた一手を盤に指す。何の策もない、真ん中の“歩兵”を動かしただけだ。
「そうですか…シン・アスカ」
「そんな、わざわざ呼びにくいやり方で俺を呼ばなくてもいいからさ。もっと気楽になろうよ。俺は椛って呼んでるんだからさ」
「気楽………」
椛の番に入り、手早く駒を前に出す。奇襲に用いられる“桂馬”だ。あらかじめ“歩兵”を動かすことによって、経路を作っておいたのだろう。
「さ、次はアスカ君の番ですよ?えっと、この位置からなら、こういったやり方とか…ここから裏をかくとか…」
水蜜がまだまだ初心者のシンに助言をする。シンはパイロットである以上、一人の兵士でしかなく、こういった全体を統括しながら指揮の経験は殆ど無い。幾ら遊戯の一つでも、慣れていない彼にとってこの勝負は極めて困難だ。
「へえ、こんなやり方もあるんだな。船長、こういうの得意?」
「これでも、みんなを指揮する立場にいた私ですから。アスカ君みたいに前線で戦うのが、私の仕事じゃないんですよ?」
椛はシンと水蜜、二人を見て考えていた。あんな風に自分も関わりを持てるだろうか。敵対していた彼に、自分から関係を求める事が出来るだろうか。
「シン・アスカ」
椛はシンの一手が繰り出されるより前に、彼の名を呼ぶ。
シンもそれに反応して、伸ばしていた手を止めた。
「この勝負が終わっても…また、こうして付き合ってくれますか?」
恐る恐る、といった表現が似合うような、椛にしては慎重すぎる問いだ。
いや、これが普通なのだ。その先にある恐れを完全に無視して、行動に移せる者などいる筈がない。普段から無表情を押し切り、戦闘に自身を持つ者でも勝算が無ければ必ずその顔は崩れる。
今、椛は自身の問いに対する拒否に恐れを抱いているから不安の感情を露わにしていた。
「あたりまえだろ?っつーか、戦うよりもこうしてた方がよっぽど気楽だよ」
当たり前のようにシンは言う。だが、椛にはその当たり前が嬉しくて仕方がなかった。恐れていた拒否を受けずに済んだのだから。
「ありがとうございます……シン」
シンが初めて目にする、椛の外見相応の笑顔。彼女との間に存在していた確執が薄れていく事実に、シンは嬉しく思った。
「おーい、シン!元気?小傘と一緒に見舞いきたよー…って、普通に誰かさんと将棋してる!?」
「えっ、あんた誰?どうして三人で遊んでるの?」
いきなり椛の背後の障子が開け広げられ、二人の闖入者【ちんにゅうしゃ】が現れる。シンの周りで眩しい笑顔を絶やさない小傘と、この寺に住み着いているぬえだ。
「あっ!シン達なんか面白そうなことしてる!ずる~い!」
「将棋か~そういえばこの寺には娯楽の物が殆ど無いからね。退屈してたとこだし、小傘と一緒にあたし達も混ぜてよ!あっ、そうだ。聖達も呼んで将棋の大乱闘と洒落込もうよ!」
「いいね、ぬえ!」
どうやら、いつの間にか小傘とぬえは意気投合しているらしかった。どちらも単に妖怪の身だからなのか、それとも子供っぽい性格がうまく噛み合うのか。
「えっ!?ええっ!」
「こら、君達。ここは仮にも神聖な寺よ!大声で騒いじゃダメ!」
「ちょっと、おい!あんま騒ぐなよ!うるさいって!」
あまりの空気の変わりように、椛は言葉にならない驚きしか発せない。水蜜は苦笑いし、シンは痛みを堪えながら騒ぐ二人をたしなめている。
「ふふっ…」
その様子を、椛は傍から静かに忍び笑いを漏らす。
こんな空気もたまには悪くないと、少し前の彼女ならばあり得ない考えが彼女の中で生まれていた。