PHASE- 49 命のある限り 後編


そこは森の中だった。
薄暗く、湿り、それでいて冷たい世界の中で、鈴仙・優曇華院・イナバは独り力なく帰路に就いている。
てゐとのトラブルを解決に導いてくれた、深刻な病状から回復したあの少年。ラウと名乗った彼から言い渡されたモビルスーツ“デスティニー”の奪還と、鈴仙の能力で河童を操り奪取したデータを元にしてラウの“プロヴィデンス”を“レジェンド”へ改修させる作業に手を貸す。鈴仙は持ちうる限りの力を使い、借りを返した。それでラウへのやりとりは全て終わり。
終わりだった、はずなのだ。永江衣玖からの言葉を受けるまでは。
『貴方はなんて事をしてくれたのです!貴方は知らずとも、鈴仙さんのしてしまったことはあの人の復讐の助けになること。貴方のしてしまったことは間違いなのですよ!?』
衣玖からの糾弾。その必死な言葉を受けた時、自身の誇りが全て後悔へと塗りつぶされていくのを感じた。
自分は良いように使われて。それでは自分は何のためにあの少年の言葉を受け止めてしまったのか。
『あいつらを危ない目に遭わせたくない―――』
そのラウの言葉を正直に受け止めた事が間違いだと、気付いていれば。いや、気付けるものか。彼とは会って間もないが、それでも信頼はあった。その裏切りが、堪らなく悔しい。
今、鈴仙は現在“レジェンド”となった機体を安置していた妖怪の樹海から抜けようとしている。元よりこの場所は人妖が寄りたがらず、巨大な建造物すらを隠す場所にはあまりにも最適だった。ここで河童を操り作業をさせたのだが、迷いの森であるが故に操られてきた河童が自力で帰れる場所ではない。他の彼らが散り散りになってしまった以上、鈴仙が全ての河童の面倒を見る羽目になるのは当然とも言えた。
鈴仙は最後の河童を森の外へと操り終えて作業跡地に見逃しがないか確認した後無気力から俯きつつ、徒歩で歩き続けていたのだ。自身の波長を捉える能力があるのだから、他の人妖とは違って迷うことはない。それは、永遠亭の庭とも言える“迷いの竹林”でも同様だ。
「私のやっていることは、間違いなのか…な。月の時も、今の時も」
「さあ?違うかどうかなんて、誰が決めてしまうものなのかしらね。それは神?それは人?否、断じて否」
目の前に視える波長が増える。赤の眼光の先に立つのは緋色の衣を全身に靡かせる少女の姿。
波長が全てを教えてくれる。この存在は、人間ではない。だからと言ってそこいらの有象無象が生む妖怪のものでもない。明らかに異なるこのパターンは、嘗て感じたこともある。その答えとなる単語を鈴仙は紡いだ。
「………神、様。の一つですか」
「そうね、私は人呼んで厄神。名を鍵山雛と言うわ」
「私の事を、知っているようですね。その自信の表れ、波に出ています」
「これでも、流し雛で里には度々足を運んでいる身ですもの。薬売りの妖怪ぐらい、存じているわ。そして今、貴方がそれほど傷ついている理由も、私は全てお見通し」
妖怪の樹海には厄神が住み着いている。それは月から地上に降り立ってほどなく永琳から聞いていた予備知識だ。気配無くして自分達の様子を窺うことなど容易いどころか、片手間だろう。
「………そう、貴方はラウ…いや、レイの厄にあてられたのね。彼を取り巻く、不幸な厄。彼を蝕む、災いの毒」
「厄がどうってのは知りませんけど、今の私に構わないでください。今の私に、余裕なんてあるわけない」
「今の貴方がどうかは関係ないわ。むしろ大切なのは何時だってこれから。それは貴方の向かうべき先についても同じ」
雛が右足を軸にしてたった一回、優雅に回る。ドレスを翻し、美しき貌は鈴仙へ再び向けられ、透き通るような声が耳朶を打つ。
「貴方の揺蕩【たゆた】いの元が、人々の命を脅かしている。同じ機械人形を退けた影響で人間の里に今、考えられないほどの厄が集まっている。これは自然の摂理からは到底考えられない急な出来事。そして私の視える厄の流れの先には……レイがいる」
「あの、彼が…?」
ここまで言われたら想像もつく。自分の助けたあの少年が里に、何らかの災いを持ち込んでしまったということ。それは遠からず、自分に責任が有ることは明白だ。鈴仙は苦々しい現実を噛み締めつつ、拳を作っているしか無い。
「でも、その少年の間違いを正す事も貴方は出来る。貴方の学んだ、癒しの知識で」
「師匠から学んだ、私の医学が…!?」
「貴方無しで、救えない命を厄が招こうとしている。けれどもそれは絶対的な運命じゃない。貴方の悔いを貴方が晴らすことが、レイへの過ちをも償う道となるはずなのだから」
「厄神様………」
鈴仙にはそう伝える雛の顔が、一瞬陰りを持っていたことを見逃さなかった。波長が伝えてくれる。目をそらし、自身が他者に頼むでしか無いその言葉に、無責任さを感じているような、そんな悔しさを。
「だから、行って。そして、助けて。あの彼を。厄に汚れ、運命に翻弄されているばかりの不幸な彼を。貴方達が、助けてあげて」
肯定以外の返しなんて、ありえない。小さく首を振り、木々の向こうの空へと見上げる真紅の瞳。気力を得た鈴仙は勢い良く空へ跳び、明けたばかりの空の下を、滑るように飛び去った。


テロリストは里を襲撃していた。いの一番に歯向かった里の男性の脚を撃ち抜き、食料、酒などの要求を言い渡す。村人の代表のひとりとして慧音、阿求が反抗の意思を示すが、テロリストたちには切り札があった。
一緒に転移した戦艦の中にデストロイガンダムがあり、それを使って里を焼きつくすと宣言したのだ。
運悪く慧音の親友、妹紅は竹林へと帰っていて、更には里の若い男性達も紅魔館のバイトに向かっている影響でろくな対応ができなかったのだ。
嘗てこれまでに恐ろしい世界を見たことがあっただろうか。
地には人々の嘆きが満ち、天は沸き立つ黒い煙で汚されてゆく。波のように蠢く人々が逃げ惑った後には、それまでの活気など微塵も感じさせない景色が、御阿礼の少女、稗田阿求を包む。
笑顔の絶えなかった里の子供達。今日も元気に働こうと気合を引き締める若者達。仕入れたばかりの肉や野菜を並べるおじさん。我が子を里の広場で見守るお母さん。歳を召し、残り少なくなった余生をのんびりと過ごしているおじいさん、おばあさん。
それら全てが、どこにもいない。有るのはただ、掛け値なしの哀しみ、嘆き。
代わりにあるのは…見せしめに殺されたのだろう。広場へと続く里路の奥には死体が、ただ一つ。
「うっ……!?ゴボッ…!かはっっ!」
殺人者は正確に即死させたのだろう。命を失った男の頭を穿った穴からは血と共にその赤黒い中身をだらし無く漏らしている。弛緩した顔は地に伏せ、光なき瞳を阿求の方に向けている。自身の能力で、他者よりも精神が丈夫だと自負があったがそれを見てしまってはさすがの阿求も堪らず嘔吐した。
そもそもの始まりは、里の空が不自然なほど暗くなったあの時からだ。
影は次第に黒い巨人だと認識し、その巨躯は里の中心にしてもっとも人が集う広場へと甚だしく降り立った。
その勢いによりあたりの人間は一瞬にして血煙へと身を包み、命を失った亡骸は広場のいたるところへとその残骸をまき散らし、里の人々は慟哭し、悲鳴を上げ、蟻のように一目散に散った。
人妖の戦から離れて数十年と経つ現在。平和へと馴染みきった生き物たちは老若男女、人妖問わずその刹那にして広がった死の空気に晒されて正気でいられるものは少なかった。阿求はその例外のうち一つだろうが、それを目にして平気でいられるほどではない。
まずかった。己の能力は“一度見た物を忘れない程度の能力”。外の世界では病気ともされるこの力が、死体から目を逸らした後も何度も阿求の中でフラッシュバックを繰り返し、阿求を苦しめる。もう腹の中には何も残っていない。農家の人が丹精込めて作ってくれた赤い人参も、緑のきゅうりも、白米だろうか汁物だろうが一纏めにして出されてしまった。
今の阿求は、自分がまともであることさえ、やめたかった。いっそパニックになっている住人達のほうが羨ましいと思えるくらいだ。
「阿求!!!!」
舌をさす刺激のひどさに苦しめられながら、何とか耳に入れた声の方へ口元を拭いつつ振り向いてみる。そこには、恐らく自分の持つ交流関係の中では最も親しい存在にいるだろう、赤毛を二つの髪留めで結んだ幼い少女がこちらへと駆けて来た。
「阿求、あなた……大丈夫!?怪我はないの!?」
「………小鈴…」
本居小鈴。自分のような精神と肉体が剥離した存在には貴重と言ってもいい理解者の一人だ。里随一の読書家である彼女とは阿求の使命柄、互いに親しくなるほどまでそれほど時間は必要ではなかった。普段は敬語で他人と話す小鈴も、自身とは気兼ねなく話せる間柄であり、息抜きの時には阿求が小鈴の家である鈴奈庵に出向いて、お互いが持つ本についての思い入れを語り合ったりしたものだ。
だが、今はそんなことが出来る状況とはほど遠く。普段の柔らかい表情が目立つ小鈴もこの時ばかりは緊迫しているものだった。
「大丈夫よ、ちょっと具合が悪くなっただけよ。ただ、二度と見たくはないものね……ずっと頭から離れない…小鈴。貴方、母親は大丈夫なの?」
「そんなこと、あとでいくらでも忘れさせてあげるわ。私の方は大丈夫、人通りの少ない場所に里の人達が誘導してくれて無事に門の外へ避難していると思う。私は、『阿求が遅れてる』って阿求の屋敷の人に聞いたから、ここまで走ってきたのよ」
「逃げ遅れ………そうだ、私は縁起の持ち出しで遅れるからって、使いの人達を先に……」
目の前の景色があまりにも印象的すぎて己の本分を半ば見失いかけていたことに阿求は苛立つ。薄い己の体を包む着物に収めているのは、今朝まで自分が記してきた幻想郷縁起の原本。執筆の際に必要な他の資料は数にしてとてもすぐに持ち出せる物ではなかったために、どうしてもこれだけは肌身離さずにしておきたかったのだ。その際、己を引き止める屋敷の使いの言葉を振りきって、書斎の方へ駆けたことは記憶に新しい。
すぐに合流しようと屋敷の外に出たが、里のパニックで逸【はぐ】れてしまったのだ。小鈴に遭うまで頭のなかから引き出せなかった。
「あの機械人形に見つかると何されるか分からないわ、阿求、立てる?運動は苦手だろうけど、ここは我慢して裏手から逃げるわよ?」
「っ………うん………ッ!!?」
小鈴の差し出した手を掴み、履いたわらじで地を蹴りだす二人。そこに、背後からの突然の殺気を感じて阿求は隣の小鈴を有無いわさず突き飛ばした。
「なっ…!?」
即座に発砲音。足の方とは逆から―――つまり広場の方だ―――撃ちだされた何かが阿求の横髪を掠る。その地に伏せた阿求が凛とした両眼で見やる先には、見たこともない金属の武器から煙を上げるタイトスーツの男が一人。確か、あの手にあるものは外の世界に伝わる、拳銃―――!
「広場で何十人、見せしめに一人……略奪目当てでここに来てみれば、まだ呑気に残っている子供がここにいるとはな……」
男は銃の具合を確かめるように一目した後、こちらに向けたままゆっくりと歩んでくる。恐怖。普段阿求を脅かさない恐怖という感情が心を蝕んでくるのがわかる。恐怖なんて、遠い昔、まだ“阿求”でなかった頃の自分が妖怪に襲われて以来感じなくなっていないものだと思っていたのに。
どうして、いざ感じるとこうまで震え上がってしまうものなのか。
「人がいないと落ち着いて食料を差し出せとも言えやしない。お前達二人には人質となってもらう。鈴のお前、YESなら首を縦に。NOならば5秒後にあの死体の仲間入り。簡単なものだろう?」
「そっ……!」
地面がえぐれ、撃鉄が弾ける音。『そんな選択』と言おうとした小鈴の目の前を弾が跳ねた。そう、元から男に阿求らと会話する気などなかった。あるのは苦渋の選択のみ。あるのはどうあがいても絶望のみ。
いうことを聞けば殺されなくとも、これから何をされるのかわからない。首を横には振れはしない―――!
男が銃爪に力を入れ始める、小鈴の大きな瞳に涙が滲み始める。阿求が小鈴の身体をせめてものと庇う。あと数瞬で、死が等しく訪れる――――――その時だった。
「人形よ!!壁にッ!」
発砲と第四者の声が同時に重なった。死を覚悟した阿求の前には無数の少女達。いや、よく見てみればそれはあまりにも人間にしてはあまりにもか弱く、眇眇【びょうびょう】たる体躯。掌に収まるがごとくのそれは、集団で瞬く間に男と阿求らの間に壁を作り文字通り体を張って二人を助けたのだ。こんなことが出来るのは生粋の魔法使いであり、幻想郷における唯一無二の人形遣いである彼女しか出来ない―――!
「アリス・マーガトロイドさんっ!」
霊力で編み上げた操り糸で人形を使役する、青のゴシックドレスに身を包んだ少女が阿求と小鈴の前に立つ。その直後、急激に自分達とアリスの距離が急激に離される。自分達は地面に倒れこんでいるにもかかわらず、だ。これが為せるのは三途の川の距離を自由自在にできる水先案内人。
「貴方は…小野塚小町さん!」
涙ぐみながら一筋の希望にすがるように小鈴が明るくその名を呼ぶ。男から離脱させたのは“距離を操る程度の能力”をもつ小町だった。小町は二人を抱き上げながら男と退治しているアリスに向かって叫ぶ。
「よっしゃ、これですべて避難成功のはず!間に合ったよアリス!」
「上出来よ、小町!」
小町のサムズアップに目を離さないまま応えるアリス。アリスの人形が男を囲い込み、形勢は完全に逆転したのだ。アリスの顔にも、自信を含んだ笑みで口元が引き締まる。
「観念なさい、貴方。外の人間…にしてはやはり、見覚えのある格好ね」
すぐに悟った。この男、そして背後の機械人形の集団。間違いなくシンと同じ世界の住人。灰色のパイロットスーツはシンのものとまるで異なるが、その未来的な代物は早苗の世界にはまず存在しないと聞いたことがある。
「言葉は…通じるようね。さっき二人と話せていたんだもの。分かったならさっさとあの後ろの機械達をどこかに引き上げさせなさい。でなければ、一斉にこの娘達が貴方を刺す。脅しじゃないわ、本当よ」
殺気を孕んで、本気で脅す。つい先ほど知人が殺されそうになったのだ、手加減など、遠慮など、出来るはずがない。せめて、殺させるな―――そう思うからこそ、相手に逃げの一手を打たせるように誘う言葉がアリスから出た。
「………これは参った。どういった手品かはわからないが、こいつらは本気で俺を殺せるみたいだな。銃弾も見る限り、お前には通じないか」
「そんな言葉は求めていない。すぐに去りなさい。でなければ私は、この手で貴方のような輩を討たなきゃいけなくなる。遊びでない戦いなんて、まっぴらごめんよ」
殺人なんて、妖怪の宿命だ。人を食らう妖怪がゴマンといるこの幻想郷で、アリスは元人間の妖怪だ。同胞なんて、殺したくもないしそれ以前に死んでほしくすら無い。だが、こうでもしなければ今頃阿求達は周りに散らばる死体の仲間入りをしていたのは明白だ。
「…だが、モビルスーツならばどうかな?」
「ハッ―――!?」
男が何かをつぶやいたような気がした。それはアリスには分からなかったが、男の首元には小型の通信機が備わっていたのだ。重い金属音が周りの民家を踏み潰してアリスや離れた小町達を囲うように着地する。里は広いが、モビルスーツにとっては庭にもならないほど狭い。暴風が吹いたかと思えば一瞬でアリス達が不利な状況に回ってしまった。
「いくらその人形だろうと、ビームの一撃どころか、“ウィンダム”の12.5mm重機関砲も防げまい。もっとも、今ここでやれば俺もろとも血煙になるが……試してみるか?この妙な世界に来た時点で俺達は生きた心地がしないんだからな」
くっ、と言葉にならない悔しさがアリスを襲う。この男を殺せてもその直後に自分達は殺されてしまうだろう。そうなれば、こいつらは自分達では飽きたらず更に人を襲う可能性だってある。どうにかここで食い止めなければと、アリスの思考は苦しく回る。
「………条件は何かしら?」
毅然とした態度を崩さず言い放つ。弱みは見せられない。この場には自分達以外に救いなんてないのだから、自分が弱気になることなど決してあってはならない。
「水と食料、そして継続的な俺達へのバックアップ。でなければこの里を焼く。元の世界には戻れないのだから、こうでもしないと俺達は生きていけそうにもないのだからな」
「ならば少なくとも交渉の場が必要ね。貴方達の提案にやすやすと乗れるほどこの幻想郷の里も優しくないの。その内、大きなしっぺ返し位で貴方達、みんな殺されてしまうわ」
「そんな脅しこそ、モビルスーツをもつ俺達の前では無意味だ、女。子供二人が無理な以上、今度はお前が人質になってもらうしかないようだ」
「…嫌だと言ったら?」
「避難先の宛は掴めてある。ここからなら空からの狙撃も可能だ。ジェットストライカーパックのミサイルならボタンひとつであそこの住民を全て殺せるだろう。だが、出来ることならばある程度人は活かしておきたい。自分達で食料を作るのも面倒だ」
「そんなことをしても、貴方達の言うことなんて誰も従わない!」
「従わせてみせるさ。だからこそ、お前には協力してもらう。拒否すれば、殺すだけなのだから」
男に対して言葉が通じると思った自分を殴ってやりたい気分だった。元よりこちらの意見を耳にしていない。それどころか自分の身まで危険にさらしてしまうとは。
「部下も子供より、お前のような年頃の女のほうが喜ぶ。もちろん、こちらの要求が終わるまでは丁重に扱うと約束しようか。だが………そこから先は俺の管轄外だ」
背筋に悪寒が走るのを必死でこらえながら、淡々とつぶやく男の言葉を耳にしてしまう。本音を言うと、自分だって逃げ出したい。だけど、今の自分の肩にはこの里の数万人の命がかかっているのだ―――!
「…わかったわ、私が、人質になる」
「理解が早くて助かるな。……フォックストロットより各機へ。首尾は上々だ。これより広場に集合しろ。GFAS-X1はパイロットの投薬補給後、オスカー以外の機体を広場に集結させろ。指揮は引き続き俺がやる。そこの三人にはもう用はない、離してやれ」
首元の通信機につぶやいた後、周囲の機械人形が銃を下ろす。どうやら、目の前のこの男がこれらを率いる統率者だったようだ。
「小町、私なら大丈夫よ!貴方は阿求達を連れて安全な所へ!そして、シン君を!」
「お前はどうするんだよアリス!?置き去りにしろっていうのかい!?」
小町の能力にも限界があった。二人を連れ出した時、アリスの人形による銃弾の防御が十分に間に合う距離を稼ぐためにさらに退いたのだ。ここからでは小町の能力でアリスを連れ出すことは出来ないし、よしんば出来たとしても周囲のモビルスーツの猛攻を防ぐ手段などなかった。
「大丈夫よ私は…信じて。シン君が来るまで、生きていてみせるから」
「アリスさん……私達のためにそんな…!」
「ぐっ……」
震えた声を阿求が出し、苦虫を噛みしめるような思いで小町は二人を抱えて地上を滑るように飛ぶ。引き返すことは出来ない。アリスの覚悟を無駄には出来ない。
「必ず戻るからな!あたいが、かならずシンを連れてくるからッ!」
「ええ…お願い…」
「「アリスさぁんッ!!」」
逃げることしか出来ず、自分の能力がこんなことでしか役に立たないことに小町は憤慨し、離脱する。後に残るのはアリスとフォックストロットと名乗った男とその部下と思わしき機械人形。アリスの打つ手は、これで全て打てた。
「さて、可愛い手品師とやら。おとなしくしていてもらおうかな。これからお前を使った喜劇で俺達を楽しませていただこうか」
―――シン君…!
底知れない恐怖がアリスを襲う。しかし泣くことも出来ないせめぎあいがアリスの中で痛いほどの苦しみを生む。いつ男が裏切って残酷な目に合わされるのではないかと思うと、怖くてたまらなかった。
今のアリスには、シンがきてくれる事こそが只一つの道しるべだった。


帰還した小町から事情を簡潔に聞き、永遠亭に停めてある“デスティニー”の発進準備を進めるシン。発信直前ににとりからの警告が耳朶を打つ。元が格納庫に眠っていた機体をいきなり無縁塚で全力稼働させてしまったために、長丁場の戦闘とフル・ウエポン・コンビネーションの使用は一回が限度だと。シンはそれを重く承諾し、早苗、小町とともに現場に急行する。にとり、小傘達はその姿が戻ってくることを祈ることしか出来ない。
「そういうことなのかよ……アリスさんっ…!」
「シン、絶対にアリスを助けてくれ。あいつは、お前だけが頼りなんだ。口ではああ言っていたけど、絶対に怖いだろうさ。だから頼むッ!!」
小町から事情を聞き出し、はやる思いでシンは永遠亭の庭で発進準備を進める。恐らく、無縁塚で自分達を襲ったテロリストの残党だ。小町から聞いた話だが、無縁塚の奥深くにシンの世界の戦艦らしきものがあったという。調達のしやすい宇宙艦艇となれば連合軍のネルソン級か、ドレイク級あたりか。前回の十機という数から推測してこっちに来た戦艦は一隻ではない。しかし、それでもNジャマー圏内とはいえ宇宙の中で身を隠しながらシンを欺いてきたということは恐らく搭載数の改修を加えているのだろう。残るモビルスーツの数は多くて二十機程度か。
安全手順前スキップ、VPS電圧確認。設定している時間はやはり無い。前と同じ、ハイネのパーソナルカラー、黄昏色の“デスティニー”で迎え撃つ。十分な整備はできていないが、戦闘には支障ない。そう思っていた矢先、外のにとりが手元の通信機でシンに通信を入れてきた。
「どうした?にとり?」
モニター越しに、シンの瞳がにとりを捉える。外からすれば“デスティニー”が首を向けてにとりに話しかけているようでもあった。
「いいかシン、よく聞け。その機体はもともとお前向けの調整がされていない上に、長期にわたって整備が満足にされていない。全開機動が出来るのは、整備抜きだとこの戦闘が最後だ」
「…ああ」
分かっている。レバーの感覚も、機体の微細な動きのズレも、シンの“デスティニー”とはほど遠い。キラやアスランと対峙したならば、傷一つすら付けられないほどのパイロットにとって致命的なウィークポイントとなり得る要因だ。前回無縁塚で勝てたのは、恐るるに足らない有象無象の集団だっただけのこと
「特に、“フル・ウエポン・コンビネーション”は一回しか使えない。使った直後は安定した作動すら保証できない。正真正銘の切り札だ。絶対に焦るんじゃないぞ…!」
「大丈夫さ、任せろ。………早苗もついてくるんだな?にとりはこっちに残るんだし、君も安全な所へ…」
「はい。私はあなたとともにいたい……この気持ちだけは譲れませんし、霊夢さんがいない今。あの里を守るのは私の役割ですから」
早苗は里の皆の避難を助けるという名目でシンとの同行を譲らなかった。シンとしてはここに残っていて欲しかったのだが、一度ここまで覚悟を決めた早苗は誰が何を言おうとも言葉を曲げないのは最早よく知っていた。
こんな時になっても、霊夢は里には現れない。それが彼女に一体どんな変化をもたらしたのかは知るすべもない。でも、幻想郷のことをいつも憂いていた霊夢なら、絶対に自分の味方をしてくれるはずだ。共に肩を並べなくても………
「みんな、作戦の説明をするぞ」
シンは外部スピーカーでその場に居合わせている早苗、にとり、小傘、小町、永琳、そして永遠亭の妖怪兎達に一斉に指示を与える。
「俺と早苗は現地まで“デスティニー”で飛び、現地で解散。早苗には里の先見を任せる。にとりと小傘、そして何人かの妖怪兎は戻ってきた時の整備や、万が一ここが避難先として使われた時の受け入れ準備だ」
「あたいは距離の能力で避難を助けられるから、里の避難先であるはずれまで行って誘導の手助けだね」
「そうだ。永琳さんは医学に詳しい人員を集めて避難先の怪我人の手当を。里なら、慧音さんや阿求がいる。あの人達に協力をお願いすれば里の人を纏めて、住人のパニックだって抑えられるはずだ」
「そうね、わかったわ。鈴仙なら、あの子の能力でこの騒ぎも聞きつけているはず。てゐにも手伝ってもらうわよ」
「うう、タダ働きはご勘弁なんだけどな~払う人がいなければ儲からないし、恩を売って損はないしね!」
指示を終えた後で、“デスティニー”のステータスパネルがオールグリーンを示す。OSの戦闘ソフトウェアにおける異常は今のところ見受けられない。きっと、無事に戦える。
「いくぞ、みんな!」
その一声とともに、“デスティニー”のスラスターの出力を司る操縦桿を押し込む。灰色の翼に色が灯り、真紅の翼を広げた炎の巨人が再び姿を現す。
「シン・アスカ!“デスティニー”、行きます!」
不死鳥の羽撃きとも見紛う黄昏色の光翼を広げて、黄昏色の“デスティニー”は竹林を勢い良く抜け、人々の悲しみが集う“人間の里”へと向かうために飽くなき天へと飛翔した。
「あぁっ……!?っ…!」
永遠亭を出て数分も立たない内に全速力の“デスティニー”は里の上空圏に近づいた。安全面を確保するため、高高度から地上の様子を知ろうと、シンは“デスティニー”で空高く飛び上がったのだ。
「こんなボロボロに…なんでこんなことになるんだよ…!」
眼下には、おぞましいほどの黒さをたたえた煙がいたるところから吹き上がり、地上―――特に人が日々多く行き交っていた里の道路には見るも無残な死体の数が連なっており、被害状況を確認しようとモニターに表示した途端、早苗が小さく怯えた。
「よせ、目をつぶってろ。こんなの見るもんじゃない」
「………だけど、これぐらいのことで怖がっていては、私はシンの足手まといです。目を背けてなど、いられません…」
「我慢することと無理をすることは別だ。早苗には、こんな景色、絶対に見てほしくなかった………!」
許せない。
絶対に、許さない。
シンの紅い瞳に怒りの炎が宿る。一体どこの誰が、なんの目的でこんな惨たらしいことを。許せるわけがない。この地獄ともいうべき絶望を極みに極めた景色が、あっていいはずあるものか。操縦桿を握る手が震え、形容しがたい怒りに焦がれる。
「私だって同じ思いです、シン…!私達の幻想郷を、世界を!これ以上好きにしてたまるものですかッ!」
シンはその言葉に頷き、早苗を里の地面に下ろそうと高度を下げる。しかしレーダーに機影確認。“デスティニー”のブレードアンテナが受信した反射波は里の周りを囲うようにいた、“ウィンダム”の群れだ。その数、二十五機。仮にも“ウィンダム”は連合軍量産型の最新モデルだ。それをここに来て里に出してきたとは……!
「ッ!?」
さらに大きな熱源を確認。この位置は、里の中央広場だ。ほかの“ウィンダム”とは一線を画すジェネレーターの熱量を感知。シンは即座にモニターでその熱源付近を拡大表示させる。
「この黒い巨体は…!」
「“デストロイ”!?こいつら!まだッ!!」
この状況において最悪とも呼べる敵が目の前にいる。その火器を最大解放してしまえばちっぽけなこの里など、一瞬にして焦土へと変えてしまう地球連合軍最強にして最大の戦略兵器。ユーラシア連邦の開発した“GFAS-X1デストロイ”が、里を踏みにじり、広場にそびえ立っていた。
その巨体は並大抵のモビルスーツでは刃が立たず、吐き出されるビームの奔流もとても正面から防ぎきれるようなものではない。“デスティニー”ほどの防御性能を持ってしてもそうなんども受け止めきれるものではなかった。
しかしその機体が誠に恐ろしいのは、生産性にあること。武器商人グループ“ロゴス”のトップにして地球連合軍の操り手とも言える“ブルーコスモス”盟主であるロード・ジブリールが嘗て繰り出した、無数のデストロイ。それらは全て月面のダイダロス基地にて殲滅したはずなのだが………残る一機がまさか、この世界に転移していたとは。
記憶の中にある外見とモニターのそれに大差はない。だが、デスティニーのサブモニターに示される“デストロイ”の熱量はデータベース上にある同タイプとは大きく差をつけていた。あのシンを苦しめてきた“デストロイ”………ステラ達エクステンデットが乗っていたブーステッドタイプとされるとは別物の、新たなる“デストロイ”。さしずめ、“デストロイMk-Ⅱ”といったところか。
「あんな兵器がまだこの世界に存在していたなんて………!どこまで卑劣で、最低なんだッッ!」
――――――あんなものがあったから、ステラは…!クソッ!
ステラの最期が、忘れられない過去がシンの心を苦しめる。今なお業火を生み出す悪夢の巨躯は、世界を超えて死を撒く権化。
「絶対に、あんなもの放っておけません!私も戦います!貴方の側で!」
こんな状況で、早苗を降ろすことなど不可能だ。戦闘機道による激しい振動にはこの際堪えてもらうしか無い。だが、横の狭い空きスペースに早苗がいるとなると“デスティニー”の通常戦闘下における機動は、並みのモビルスーツを凌駕する。軍の訓練も受けておらずシートベルトもしていない早苗にとって大変危険に違いない。今までも彼女を乗せたことがあるが、彼女を案じながら生死をかけた戦いを行えるかはわからない。今までの敵とは違って、今度は生きた人間、確実にこちらを殺せる武器を持った敵なのだ。
シンは機体の出力を戦闘機動に移し、光の翼による最大加速で地上へと向かう。早苗には自らにしがみつくように伝え、それでも出力を普段の70%にセーブ。戦闘行動ギリギリのボーダーラインで戦いに挑む。
「守ってみせる………!俺が全てッ!守ってみせるさッ!!」
燃え滾る怒りの叫びが“デスティニー”から迸る両の掌の光と共に世界へと轟く。翼の戦士から放たれた全てを貫く“パルマフィオキーナ”の閃光は目に見える敵を残らず薙ぎ払わんと、雷鳴の如き一撃を放った。


「戦闘が始まったか………」
アリスの目の前では、機械仕掛けのゴーグルを用いて、里の空で激戦を繰り広げる黄昏色のモビルスーツを見つめあげるフォックストロットが一人立っている。
今のアリスは何も自分の意志でこの忌まわしい男を呆然と見ているわけではなかった。アリスの手足は男の部下達数人によって自力で解くことが出来ないほど固く結ばれたワイヤーで広場にある柱に縛られ、口には粘着テープを貼られている。助けを呼ぶことすら、男達に対する罵倒すらままならない。糸の操り手として右に出るものはいないはずの自分が、こんな手口で醜態を晒すとは…情けないにもほどがある。最も、望んでこんな目に会うことを選ばなければそれ以上に最悪で、悔やむべきことが起きていたかもしれないのだ。それだけでも避けられたことに対しては正直、安堵を隠し得ない。
「GFAS-X1…“デストロイ”はパイロットの投薬後のインターバルで未だ満足に動かすことは出来ん。二十五機の“ウィンダム”も、あのエース様に対してはもって数十分だろう………“まとも”に戦えばの話だがな」
喋ることは出来ずとも、怒りを秘めた凛とした双眸で男を睨みつける。『あなたは、何が狙いでこんなことを!』と、怒鳴りつけてやりたかった。しかし男の方はこちらの意図を汲んだようで、しばしの沈黙の間アリスに語りかける。
「………復讐だよ。俺の持っている理由など、逆恨み同然の単なる復讐だ。俺の戦友は、連合軍にいた。俺もだ。上の意向など知ったことではないが、前大戦時のザフトのエース機、“インパルス”のパイロットに俺の友は殺された。俺もアイツも、お互い崇高な使命とか、目的など持っちゃいない。だからこそ、今の俺はこうしてテロリストに身をおいてまで戦いを続けているロクデナシだ」
復讐。シンが元の世界でああいった兵器を扱う人間である以上、人を殺めているというのは早苗からも聞いた。シンの世界の戦争については詳しくしらずとも、人々が殺しあって片側の主張を押し通す…それが戦争ということであり、常に殺し合いがはびこる命のやりとりが全てである戦の場がどのように苛烈で陰惨で、残酷であるのかも、頭の中ではアリスも知っている。
だが、実際にその場に居合わせた、湖上でのモビルスーツの戦いを見るまで、アリスは本当の殺し合いを目にしたことはなかった。
最低ね、と吐き捨てたかった。だが、せいぜい虫の蛹のように動かない身体をもぞもぞと揺らすことしか出来ない自分はそれすらも出来ない。こうなるまでに抵抗のしようもゼロではなかったが、頭に押し付けられた拳銃の前では防御も反抗も不可能だった。
「手を入れこんで調べたらすぐに結果は出たさ。“インパルス”のパイロットが着々と腕を上げて、今度はザフトの象徴である“デスティニー”にまで乗り込むなんてな。元より連合では“インパルス”の存在は重要視されていたから、そこから搭乗者の特定までさほど苦労はなかった。情報のツテはいくらでもあったし、その気になれば情報を持っている奴らに対ししかるべき“処置”を与えてやった。……楽なものだ。指の一つ二つ吹き飛ばしたらすぐに吐いてくれた」
男の一語一句を耳にする度にその光景を振り払おうとアリスは首を小さく振る。それだけの非道を、なぜここまで出来る。この男には血も涙もないのか?
「俺がまともに育ってきたなんて思うなよ。こんなくだらないことしか出来ないと分かっている俺が、それ以外のことなんて出来たら戦いなんて死にたがりのやるような事はしない。ただ、これしか俺は生き方を知らない。それは俺だけじゃなくて俺以外のアイツら、そして今まで死んでいった俺の同胞たちもそうだ。皆、こんな事でしか自分を知ることしか出来ない」
お前にはわからないだろう。そう言われてアリスには当然理解できない。理解できるわけがない。人殺しの詭弁など、人殺しの精神など、自分達平和な世界で生きてきた者、理解るわけない。
「俺とあいつらロクデナシ共は道連れの仲だ。俺達が生き延びるためにも、お前にはこの広場で奴に死んでもらう材料となってもらう。心配するな、あの“デスティニー”が終わった後のお前は用済みだ。部下達のおもちゃとして好きにさせてやる」
「~~~ッッ!!」
開かない口の奥から唸り声でしか出ない叫びを上げて、アリスは男に憤る。絶対に、絶対にこの男達に私達の世界を好きになんかさせない。今のアリスは、それだけを想うことで精一杯だった。


「早苗、今ので!?」
「七機です!七機撃墜!このままで乗り切れば……!」
迫るアラート音を浴びながら、縦横無尽に空を駆ける“デスティニー”。降下と同時に本格的に攻撃をこちらに仕掛けてきた多数の“ウィンダム”がライフルを構えて突撃している。機体が統一されているだけに厄介だ。少なくともこれまでのテロリスト集団とは毛色が違う。統制された動きに、単純ながらも効果的な基本に則った戦術。素早くこちらの周りを取り囲み、そのビームライフルを斉射。堪らずこちらは急旋回、急制動で離脱。“デスティニー”の持ち前のハイスペックとシンの培った練度は一機ずつ確実に数を減らせているが、一番の問題はシンが全力を出せないことにあった。
“デスティニー”の自分に合わせた完全調整が済んでいない影響で、全力稼動を発揮するに至らない。光の翼の発展推進により従来の機体速度を凌駕しているものの、その制御にも幾分のズレが感じ取れる。現に、シンはヒット&アウェイを繰り返し、消極的な攻め方しか出来ない。敵に対して鮮烈な幻惑効果を与えるミラージュコロイドの散布も、この敵には通用していない。かなりの手練れだ。過去に“インパルス”で“ウィンダム”による30機をアスランとともに退けたが、あの頃とは状況も機体も違う。ましてや、早苗の存在がシンの力を躊躇わせる。
機動中のコックピットの振動は激しく、固定ベルトもパイロットスーツも身につけていない早苗を横に乗せている今、煩わしいぐらいに枷となっているのだ。今まで早苗を乗せた上での戦闘は事実十全なものだった。
しかしそれでも、自身の敗北が命取りである空は早苗と共に飛んでいない。
自分だけの死でなく、彼女をも道連れにしてしまうことはあってはならない。そしてシン自身も、死ぬ訳にはいかない。
“ウィンダム”が四方八方から攻撃を仕掛けてくる。距離を取りつつ迎撃。高エネルギー長射程ビーム砲で“ウィンダム”の腹部を撃ち抜き爆散させる。背部からの襲撃、“ウィンダム”のビームサーベルが抜き放たれる。
「させるかよッ!」
スラスターの一吹きで背転。一気に攻め手と受け手を逆転させる。回避と同時に抜き放った“フラッシュエッジ2”のサーベルモードで一閃。そのままの勢いで投擲。
「墜ちろッ!!」
“ウィンダム”を牽制し、一機、また一機と数を減らしていく。勝機は確かに見えている。未だ“デストロイ”が大きな動きを見せていない今、降りかかる火の粉を排してあの忌むべき悪魔の機体を討つことが出来るのなら………!
「そこまでにしてもらおうか、ザフトのパイロット」
「なっ……!?」
こちらを呼んだその声に、シンの動きが僅かに鈍る。その時、激しい衝撃が二人を襲う。防御が遅れたシールド越しに“ウィンダム”の短剣型爆弾、“スティレット投擲噴進対装甲貫入弾”が“デスティニー”の胸部に直撃したのだ。フェイズシフトにより装甲自体にダメージはないが、早苗とシンはその衝撃に身を苦しめられ、視界が歪む。苦し紛れにビームライフルで“ウィンダム”を退けた後、声の方向に対して注目する。そこには、確かに同じ世界の人間だと理解できる風貌の男が立っていた。地球軍の一般兵用のパイロットスーツを改造したと思わしき黒いスーツに、手には小型の端末。そしてもう片方の左手には拳銃を携えていた。間違いない、この愚かな行為を起こしたテロリストの一人だ。
「それ以上の抵抗は、この里の至る所にしかけた爆薬を起動させることになる。それに、お前にとって無関係かもしれないが里にいた住人を一人、こちらで生け捕りにしている」
「何!?」
その言葉に愕然とする。殺すだけじゃ飽きたらず、人質にまで取るとは。卑劣を通り越して愚行だと思わずに入られない。シンは外部スピーカーをオンにして男との接触を図る。
「アンタは………!アンタは何がしたいんだよッ!!?」
「そんなことを伝えたところでどうなる?お前の存在は、散々なまでに俺達の目論見を潰してくれた!もはや是非を問うほどの仲ではないだろう!?テロリスト【俺達】と軍【お前】ではな!」
「この人………シンに対して恨みを…!?」
隣の早苗が憐れむように男に対して口を零す。確かにシンは今まで幾人、幾百人と敵となる人間を殺してきた存在だ。当然、恨みを買われてもおかしくはない。だがそれは戦争だ。人殺しじゃない。シンは守るべき世界のために、守ってきた。それだけだ。
だがままならない思いは、力ずくで押し通すのがあの男の動機なのだろう。こうまでして、ザフトのエースであるシンに対して確実な勝利を得るために布陣を敷いてきたあの男に対し、シンは苦しめられている。心身を深く、抉るように。
「いいか、よく聞け。俺のコードネームはフォックストロット。このロクデナシを纏めるテロリストのリーダーだ。そして、俺はお前を殺す為に人質をとった!それもとびっきりの獲物をな!お前がそれをどうでもいいというのなら俺達はお前に勝てないだろう!だがな、お前がそんな外道でないことはとっくに織り込み済みだ」
「フォックストロット……!?ダンスの指揮者だとでも言うのかよ!ふざけんなッ!」
「そうさ、お前には死のダンスを踊ってもらう。この手にあるものはこの里を吹き飛ばす。だがそのまえにッ!先に死んでもらうべき女がいる。それがアレだ!お前の位置ならば広場が視えるだろう?」
「そ…そんな!?」
言われるがままに里の広場を確認してみると、ワイヤーで乱暴に広場に放り出された少女の姿が有る。絹のような白く眩しい金髪の主は、小町が悲痛にも叫んだアリスではないか。アリスは口にテープか何かを貼り付けられていて、力なく倒れている。この男によってあんな乱暴を受けることになってしまったのかと想うと、シンの怒りはさらに膨れ上がる。
「アリスさんッ!大丈夫か!?」
呼びかけるが、返事がない。目立った外傷は見当たらないが、最悪の事態だけは回避して欲しかった。外部音声でシンの声はそのまま届いているはずなのだが……!
「クソッ!俺の声が聞こえないのか…!?」
「アリスさんをあんな目に…よくもっ!!」
「ああ…このままじゃ、死んでしまう!」
早苗の声がスピーカーに乗せられ、それを聞いた男が歪な笑みをじわりと浮かべ、嘲笑する。
「ほう?戦いに女を乗せるとはずいぶんな余裕だな、ザフトは!やはり、お前達は自分の能力に酔っただけの宇宙人だ!!お前達のような奴が、むしろ世界を破壊しているのじゃあないのか!?」
早苗もシンも、男に対して怒りの矛先を向ける。が、今は迂闊に動けない。男の言葉の手前もあれば周りにはすでに取り囲んだ“ウィンダム”の群れ。どう動きを表してもこちらが蜂の巣か、里が犠牲になるか。
「いいことを教えてやろう。俺は今からあの女を殺す、できるだけ残酷にだ。そして“デストロイ”でこの里を焼く!お前はそこで、自らの無力を歯噛め」
「ッ…!」
「あと数分で“デストロイ”のインターバルも終わる。その時こそどうあがいてもお前の負けだ。俺達の用意した新型の力に、竦んで死ね!」
「…!卑怯なッ!それが人間のやることですかッ!?」
「喚いてるんだな、女!さぁ“デスティニー”、撃てるのか俺が!?お前が発砲すると同時に周りのウィンダムがお前と里を殺すぞ?同時に俺の手にある爆破装置が広場を襲う!例え俺が死んだとしても、目論見としては叶ったりだ。お前の存在さえ、消せればそれでいいのだよ!俺達は!」
止めろとは言わない。シンは迷いなく“デスティニー”のビームライフルをフォックストロットに向ける。だが撃った直後に、この至近距離の状況下ではアリスの命は愚か、自分と早苗の命まで失うことになる。同時に“ウィンダム”を処理して男も討つことなど不可能だ。ライフルで即座に“ウィンダム”を墜とすことは容易い。だが一機墜としても残りを躱すことなど出来ない。しかしそれを取ればフォックストロットは容赦なくアリスを殺す。
このトリガーさえ、引ければ。その躊躇いが躊躇を生む。モニターの向こうでフォックストロットが歪んだ笑みを浮かべた。極限に集中された時空の中で極めて遅く感じるほどの刹那、その手の小さな機器に親指が伸ばされる。アリスが死ぬ。早苗も死ぬ。だが、解が見つからない―――!
「お別れだよ、“デスティニー”」
「シンッ―――!」
男と早苗の声が重なり、究極の二択を強いられた。だがどちらも奴の勝利だった。完全なる敗北だ。
ここで俺は死ぬのか?まだ、まだ何も平和を掴み取れていないというのに。アリスを犠牲にして男を討ったところで、自身の目指す世界には、辿りつけなどしない。だが、ここで死ぬことは―――!
「そこまでだ!」
発砲。シンではない。別の何か。“デスティニー”でも、“ウィンダム”達でもない。当然、里に鎮座している“デストロイ”でもない。重機関砲の雨がフォックストロットの周りを穿ち、その周りを土煙で隠す。
「やらせないわっ!」
「断ち切る!」
続いて勇猛果敢な少女二人が、目にも止まらない早さで天から砂煙へ飛び込む。それが人型で、しかも少女の姿をしていたのは土煙からそれが出た後。空色と銀の髪を靡かせながら電光石火の化身がフォックストロットを襲い、その手にあった爆破装置を宙に飛ばした。
「せやぁっ!」
間髪入れずに空色の髪の少女が浮いた装置を一刀のもとに両断する。そして、もう片方の銀髪の少女は己の背丈を超える長刀を巧みに振るい、フォックストロットをその場から引き剥がした。空色の少女が持つ“緋色の剣”。それをシンは知っていた。過去、同じように里がパニックに陥った時、里の空に立つ妖怪の少女。雲の上に住むとされる“天人”と呼ばれた超常の存在の一人である彼女の名は、比那名居天子。
もう一人は、前に香霖堂ですれ違いとなった小柄な少女、魂魄妖夢だ。恭しく頭を下げた後に遠ざかる背中が記憶に新しい彼女は、以前見せていた柔和な笑顔を完全に隠し、鋭く細められた瞳でフォックストロットを射抜き、その体躯からは想像もできない獲物を扱っていた。
そして―――彼女がたった今飛翔してきた先に聳えるのは、後光を背にし、鋭角的なシルエットを浮かばせた人型の影。だが、それは人間や妖怪とはまるで違う。この“デスティニー”と同じように、モビルスーツと呼ばれた機械の戦士。伝説の名を冠し、シンと共に戦場を駆けた、友の姿。
「レイ……!」
「バカな………!?“レジェンド”だとォッ!??」
間違いない。あの暗灰色の巨人は共に宇宙【そら】を駆け、討つべき敵と戦い、シンの助けとなった親友の力。
そして、霧の湖で自身の乗る“フリーダム”を無情にも撃墜した、未来の為にその生命を捧げた冷徹なる少年の剣。“ZGMF-X666S レジェンド”そのものだった。
「あのガンダムは………!」
それを見て早苗の顔は険しくなった。当然だろう、早苗にとってあれは敵。愛するシンを殺した憎むべき敵だった。今こうしてシンもにとりも生きているが、だからと言ってその姿に敵意を向けない理由がない。
しかし、シンは今しがた17.5mmCIWSを撃ち終わった“レジェンド”に対し即座にコンソールを操作。通信手順を入れる。以前はこちらを捉えるなり撃って来た彼だ。だがシンの中では諦めなど無い。今度こそ、友に自分の声が届くことを信じて。
「レイ!」
只一回、確かな名前を呼ぶ。再び相見えた時に戦いを繰り返そうとも、覚悟していた。その剣を向けられても、退くつもりは微塵もなかった。例え討たれても、親友だけは。自分の知る友達を、取り返したかった。
だからなのだろう、次の声が聞こえた時。シンは既に一筋の涙を流していた。
「シン…よくやったな」
ああ、安心した。自分のよく知る、穏やかな親友の声。己に課せられた使命のために、その創られた命で運命に抗った少年の声。その響きは、以前のような憎悪を含んでいない。時には優しく励まし、時には叱咤を浴びせてくれた無二の親友の響き。
「レイ…!お前はそこにいるんだな!?お前は、“レイ”なんだなっ!!」
「大丈夫だ…シン」
死んでいたかと思った。“メサイア”で。月の決戦以来命を落としていたものだと思っていた。紅魔館で見かけた時、そのまま自分の前に降りてくれれば、絶対に喜ぶつもりだった。だから、“レジェンド”からの次の言葉を聞いてシンの中にあった親友への哀しみは嬉しさへと変わった。
「俺は………レイ・ザ・バレルだ!」
そう、この生命は唯一つ。他の誰でもない、彼個人の命。己を苦しめた闇を振り払い、真に生きるべき未来を見つけた男。
それが、彼。レイ・ザ・バレルだった。
レイは自分自身の命を確かめるかのように声高々に上げると、“レジェンド”背部の突撃ビーム機動砲で、無数の光条をシンを包囲していた“ウィンダム”に撃ち込み、瞬く間に退かし距離を開かせる。“デスティニー”の隣にまで高度を落とした“レジェンド”はこちらへと通信回線を開いてモニター越しに見知った親友のパイロットスーツをこちらへと見せた。
「久しぶりだな………シン」
「生きていたんだなっ………レイ!」
短くも、最大限の喜びを互いに交わす。今まで沢山のすれ違いがあった。お互いの命に、銃を突き付けなくてはいけない時もあった。だが、それもこの瞬間となれば全て過去のもの。今はただ、生きていて嬉しい。
だが―――ここは戦場。そして今自分達は戦いの最中だ。
「レイッ!あの男、私の剣から逃したわ!早く追わないと!」
「放っておけ天子!近くにモビルスーツを隠してある様子もない。もうあの男も大したことは出来ないだろう。避難所に向かったとしても向かわせた衣玖がどうにかするはずだ。お前はあの男を逃がすな!妖夢はその怪我した少女を!」
「はい!レイさん!」
「分かったわよ。その代わり、やられるんじゃないわよッ!」
天子からの声が“デスティニー”、“レジェンド”両機に届く。気付けばフォックストロットの生体反応をレーダーが示していない。恐らく砂煙から逃げおおせたあの男は里に広がる残骸の影に隠れてここから距離を離したのだろう。レーダー類に備わっている、熱源を遠赤外線で探知するモビルスーツの対人間用探知機だが、こうも赤外線を遮断できる障害物が無数にあれば逃れることも難しくはない。天子が即座に後を追うが大口を直前まで叩いておきながら悪あがきをするテロリストの男には呆れる他にない。
「レイ………!」
そして、友とまた戦えることに力が漲ってくる。大戦が終わってから、ここ何ヶ月。ずっと感じなかったこの高揚感。信頼できる友に背中を預け、数々の敵機を蹴散らしていったあの日々。キラやアスランと対峙してからも、自分達の絆は彼らに劣ること無く激しい戦いを繰り広げてきた。そして今、目の前にはあの時の激戦に比べたら茶地な有象無象の群れが里の空を占めている。
たかがテロリストが持つ急拵えの量産機?上等だ。ここまで暴れておいて只で済むと思うな―――!
「終わったことは終わったことで…先のことは分からない。お前の邪魔をする奴は…俺が討つ。今のお前と俺のコンビに、敵う敵などいない。そうは思わないか………?」
「レイ…!ああ!」
「戦いましょう…シン!私達が……私達の、運命を切り拓く為に!」
早苗も、その想いに重なる。全ての想いを操縦桿に握り込め、機体出力を上げると同時に“デスティニー”の瞳が眩く輝く。シンの激しい闘志に応えるかのように。シンの想いを受けて燃え上がるかのように。翼を広げ、愛する仲間と共に。今、広大な空の下にガンダムは飛ぶ。
「守るさ…守ってみせる。俺は、どんな敵とだって戦ってやるさ!…そして、終わらせるッ!」
にとりから受けた、一回切りの最大稼働。背部にある翼状のヴァリアブルワインダーを全開にし、ミラージュコロイド最大散布。“フリーダム”のハイマットモードと対になり、さらに発展・改良型とされた“デスティニー”の高機動形態。エクストリームブラストモードが、ついに露わとなった。黄昏色の装甲がやがて燃え盛る炎の如く煌めく様は、まさに不死鳥の顕現―――!
さらに、高鳴る想いは再びシンの中に眠る“種”―――新人類の因子であるS.E.E.D.を目覚めさせた。今の彼には、機体が己に調整されていないなどというハンデは無いも同然。潜在能力を最大限に引き出せる事が可能となった今、負けることなど有り得ない。
「レイ・ザ・バレル!レジェンド、発進する!」
「行くぞレイ!援護してくれ!」
今。運命の翼と伝説の栄光が飛翔し、再び未来へと歩み始めた。


「逃げ遅れた奴は他にもういないなっ!?」
門から出て、数分歩いた里はずれの森近く。
人間の里の者達は、火事や水難等の甚大な被害をもたらす災害がいざ起こった時に、予め避難場所としてこの場所を使うことを決めていた。これは本来、幻想郷の賢者と呼ばれるものが人間に降りかかった被害によって人妖のバランスが著しく狂わされないよう、人間達と妖怪の代表者がしっかりと話をつけた上で決める内容なのだが、賢者との対談は霊夢が人間側の代理人という形で引き受け、里の者の多くはその内容について聞いたのはたった一回のみ。
当然、忘れているものもいればそもそも聞いてすらいない、もしくは知らない、他人から教わっていない若者達もいる。おかげで慧音とその友人の妹紅による避難誘導は思っている以上に難航し、結果として死人を少なくすることは出来なかった。そんなことは苦々しくも承知していたが懸命に慧音は寺子屋の教師という人々の信頼を集める聖職者として、里の無力な人々を救おうと懸命だった。
そして、あらかたの人間を集め終わったところ。慧音は、妹紅、そして人間の理解者の一人である仙人、茨木華扇と共に里の人間の掌握をはかっていた。
「二丁目の有木さんのご家族…無事を確認。三丁目の村上さんは……よし、こっちも大丈夫だ…妹紅!」
「いま調べてる!慧音が言ってた五丁目の生徒とやらは……ダメだ、見えない。あそこの兄妹も………!クソッ、見当たらない!行方不明の人数が増えていくばかりの一方だな……っ。華扇!そっちの方は!?」
「……どうやら、どう見積もっても死者の数は少なく無いようね。ざっと考えただけでも私の知っている人が次々と見当たりません……こんなおぞましいことが、存在するなんて…」
「現実を忌避している場合じゃないぞ。例え力及ばなくとも、私達にはできることがある。それにさえ目を背けては……私は、死んだ子供の親にさえ、顔向け出来ないッ……!」
妹紅と華扇を叱責する慧音だが、彼女の理解者である妹紅からすればそんな強気な慧音が今にも泣きそうな顔を必死でこらえているのがよく分かる。生存者を勇気付け、死者を知って状況を判断し、遺族の心をなるべく傷つけないように“今だけ”の誤魔化しの言葉を与えとにかく一人でも生きていてもらおうと尽力する。その後でその行為に対してどれだけの責めを受けることになるのも、恐らくは知っての上で。
「私は、私の力で鳥達や犬猫達に里の生存者がいないかお願いしてみます。妹紅と慧音は、こっち側を続けてくれますか?出る前に今いるなるべく無事な人をかき集めて、手伝いに回します!」
「了承する、なるべく手数は多い方がいい。あと少しでとりあえずの掌握も終わる。日が沈めば、ここも寒くなる。妹紅は炎で周囲を暖めてくれ。余裕があれば、怪我人の消毒や手当もしてほしい。この騒ぎだ、時期に医師も来る。それまでは私達で、里の皆を……」
「貴方達だけじゃないわ」
急な横槍に誰もが声の方に顔が吸い寄せられる。その場に現れた彼女は、華美でなく、それでいて優雅なドレスを振りまいた、長身の女性。里外れに寺を構えた新参の女性だった。
「聖白蓮です。僭越ながら、私達命蓮寺の門下も里の手助けに入ります。突然のご無礼を許して頂けるでしょうか?」
彼女を中心にして、数十人程度の集団がこの場に足を運んできた。その中には明らかに妖怪もいる。人間も妖怪も別け隔てなく受け入れる聖女と呼ばれる僧侶。噂には聞いていたが、その通りにこの女からは清らかな雰囲気が見て取れた。なるほど、嘗て阿求から聞いていたが人妖の揉め事で一度過去に封印されたことの有る彼女のカリスマは伊達ではないらしい。この際、命を救うのに種族の差など微塵も無いのだ。まさに、猫の手も借りたいとはこのことである。
「ああ、心強い。白蓮さん。もう誰の命とて、失わせるわけにはいきません。どんな人の未来だって、誰かに奪わせるわけには行かない。そうだろ、妹紅?」
「そうだ。私みたいに、突然の運命で永遠の苦しみを与えられる子供なんて、これから誰一人として出しちゃいけない。それは私が、一番良く知ってる……」
「だけど、未だ里であの災は暴れています。無差別に、無制限に、無茶苦茶に………人間を愛する仙人として、こんな暴挙、許せるわけには行きません」
「そう、だから私達はあの機械人形を退ける“護り手”を知っている」
白蓮の言葉を最期に、その場にいる全ての生き物が彼女の方を向く。煙の立ち上がる空の向こう。そこを白蓮は眺める。誇らしそうに、愛おしそうに。白蓮は謳う。幻想郷に舞い降りし蒼き剣を。蒼穹の空に聳えし勇敢なる者を
「世界を超えた紅き運命の翼……曇りなき瞳で真実を見据え、明日に向かって飛ぶ鳥を。機動戦士………シン・アスカを!」
そう、今まさに。人々の命を護ろうと。鋼鉄の翼を鋭く羽撃かせて敵機を退けるシンの背姿を白蓮は見守っていた。


向かう所敵なし。そんな言葉が当て嵌まるほどに、シンとレイは立ちはだかる脅威を全て退けていた。シンの長刀【アロンダイト】が唸る。レイの光【ドラグーン】が貫く。最早、抵抗することそのものが愚策なのだと、圧倒的な実力の差。
「俺が追い込む。前へ回り込め」
その指示だけで、レイの意図が全て感じ取れる。“レジェンド”―――ラウの“プロヴィデンス”にシン本来の“デスティニー”から得た最新鋭の技術をフィードバックさせて生まれ変わった“レジェンドプラス”のドラグーン・システムが、敵機を確実に包囲し、正確無比な光の矢を浴びせる。この世界の河童による非常に精度の高いリバースエンジニアリングとヴォワチュール・リュミエールの技術応用により、1G下での滞空、運用が可能となった突撃ビーム機動端末が、並居る“ウィンダム”を紅蓮の業火へと誘い、空中で爆散させる。眼下の里には、もう誰も居ない。アリスも天子が広場から助け出し、思う存分力を振るえる。もう、自らを戒めるものは何も無い。
「シン!!」
「前か!?」
名を呼ばれて、自身の討つべき敵が迫っていることを理解する。嘗て二十五機いたウィンダムは先の七機と合わせて僅か数機を残す事となりそれら全てを確実に討ち倒した。関係ない人々を、恐怖の中に突き落とした輩を許す道理は絶対にない。隣にいる早苗もシンの業を受け止め、この世界の未来の為に共に飛ぶ。何も、恐れるものは無い。
“デスティニー”のアロンダイト対艦ビームソードが、易々と敵機をシールドごと縦一文字に斬り伏せる。元より、巨大な戦艦を一撃のもとに斬り捌く対艦刀だ。それらに比べたら“フェイズシフト”も持たない発泡金属など無力に等しい。例え、持っていたとしても刀身にオーロラの様に煌めくビームの光が容易く相手を切り裂くことだろう。
接近戦で勝ち目は無い。元より接近戦の適性が非常に高いシンを相手にして残る“ウィンダム”はそう判断したのか、兵装防盾より二連装ミサイルを射出してこちらに攻撃を試みる。しかし詰めが甘すぎた。何故多種多彩な兵装を兼ね備える“デスティニー”が近接戦闘に偏重しているのか。それは長距離戦闘に長けた相棒が背中にいるからこその信頼の現れだということを。
「レイ!!」
「振り払ってみせる!世界と自分の中の闇をッ!」
今度はこちらの意図をレイが掴む。いや、寧ろシンが思っている以上にレイにシンの心は伝わっていた。レイの持つ超感覚―――卓越した空間認識能力とフラガの血に流れる遺伝子由来の予知能力がシンの全てを感じ取り、また敵の距離、思惑、次の攻撃までのインターバルをコンマ単位で脳に伝える。
「その程度で、“レジェンド”を止められると思うな!」
ビームライフルで相手方のコクピットを貫き、死角から襲いかかってくる敵は―――敵の取った位置は常人にとっては確かに死角だ。しかし、レイの感覚の前では全て無意味だった―――脚部より引き出したデファイアント改ビームジャベリンの先端がやはり“ウィンダム”のコクピットを正確に貫く。一切の無駄がなく、洗練された動きだった。
最期のウィンダムが炎に消え、これで里の空を脅かすものは無くなった。
「あとは―――!」
早苗が広場のそれを見据える。休止状態から解かれたのか、“デストロイMk-II”が再起動を開始する。その動きは鈍重だが、力無き人々にとっては悪夢が形を成していると言ってもいい。
「そんな機体に乗ったところで!」
「やってやる…やってやるさ!」
その火器管制システムの複雑さから、生体CPUと呼ばれる強化人間達が組み込まれた非道の兵器。コーディネイターを忌避する連合軍が生み出した悪夢の所業は人に薬物を加えて無理矢理“宇宙の敵”と戦わせるための戦士を作りだすこと。
嘗てシンはアスランに問うた。こんなのはいいのかと、こんなのはあり得るのかと。アスランは答えを返すことも出来ず、シンもまた煮えくり返る怒りで心を焦がされた。愛するステラの命を奪ったのも、こんな下らない物を作って動かすために命をオモチャにした連合軍。そして、ロゴス、ブルーコスモス!
せめて、これ以上殺させることのないように―――!顔も知らぬ敵のパイロットに想いを馳せてシンは“デストロイ”に翔ぶ。その長刀の切先が、正面から捉えようとした時、その刃が何かに阻まれた。
「陽電子リフレクターか?しかし…この出力は…!」
レイが冷静にシンの攻撃を阻んだ光の壁に対して漏らす。空中に恐るべき反応速度で展開されたのは“デスティニー”や“レジェンド”の両腕に装備されているソリドゥス・フルゴール・ビームシールドと同質の物だった。しかし、ジェネレーターはその巨大なボディを動かす分“デストロイ”の方が桁違いであり、発生面積も強度もこちら二機を上回っていることは確かだ。
「クソッ!見かけ以上にやるってことか!」
“デストロイ”と同じ姿をしておきながら、その性能は別次元の粋に達しているということなのか。
眼を見張るべきなのがレイの反応の示した通り、そのリフレクターの展開速度と精度だろう。“デスティニー”らが持つソリドゥス・フルゴールは両手甲に装備されており、発生範囲もそこが中心となっている。対する“デストロイ”の陽電子リフレクター・シュナイドシュッツはより広範囲のアンチビームフィールドをパイロットからの座標指定で展開する兵装だと以前までの大戦時のデータから理解しているものの、毎回に座標指定という手順が一つ挟まれる分、展開までタイムラグは無視できない要素のはずだ。
「レイ!さっきアイツが言っていた!あの“デストロイ”…パイロットは限界まで強化された“エクステンデッド”だ!」
「“エクステンデッド”!?あの反応速度は薬物の異常投与による賜物か……!あの少女と同じ存在を、奴ら、軍属でも無い上に……!」
「絶対許せません!人を何だと、何様でッ!命は、誰のものでも無いのに!!」
憤慨し、早苗の想いに二人が同調する。だが、今までの防御速度から現状の兵装では突破できるものではないとレイが告げた。
「だけど、あの展開速度では“レジェンド”のドラグーン・システムでも対応しきれない。どうする?」
「なら………!コンビネーションだッ!」
シンの直感的に告げたその言葉に、レイが機体を巡らせて“デスティニー”に並ぶ。そうだ。ヘブンズベース戦で無数の“デストロイ”が現れた時もシン、ルナ、レイの三人の類稀な連携でその全てを斬り伏せてきた。今ここに“インパルス”とルナマリアはいないが―――逆に言えば同じハイステージのモビルスーツが並んだ時点でより柔軟な戦闘が可能であることを示していた。
「レイ!行くぞ!」
「フォローはこちらに任せろ、シン!」
その合図とともに先行する“デスティニー”。ビームライフルをセミオートで連射し、両肩のフラッシュエッジ2・ビームブーメランを“デストロイ”に投げつける。やはり、最速の動きで仕掛けてもこのままだと難なく防御される。そんなのは予想済みだ。だからこそ、コンビネーションの相手である“レジェンド”の特性が活きてくる。
「今だ、いけっ!」
レイの思念を乗せて、“レジェンド”上部に備えられたドラグーン・システム大型端末に備えられたビームスパイクが発振。ピンポイントで突き刺さった端末は激しいスパークを散らし、陽電子リフレクターの壁を貫通しその奥にある結晶状のリフレクター発生装置を破壊、使用不能にする。これで奴を守る邪魔な盾は無くなった。
「うおおおおおおッッ!!」
必殺の一撃を間髪入れずにぶつける。“デスティニー”はアロンダイトを大きく振りかぶり、力のままに振り下ろしその巨体を断ち切る。“デストロイ”は苦し紛れにその健在な反応速度で両腕を突き出してでも防ごうとするが、無意味だ。振り下ろされた一刀は両腕を斬り落とし、無防備な胴体を晒させる。
だが悪あがきをしてくれた。“デストロイ”の腕部が爆散するよりも先に咄嗟に射出された巨大な手―――“シュツルムファウスト”がその指先から無数の光条をこちらに撃ちだしてきた。
「レイ!俺が盾になるっ!」
ビームシールドを最大展開。前に出た“デスティニー”の両手から発振される堅固な光の壁が、降りかかる炎をすべて退け、その全てを無効化する。その後ろよりアンビデクストラスフォームに結合させた“デファイアント改ビームジャベリン”を構えた“レジェンド”の一閃が煌めき、次の瞬間に“デストロイ”の巨手は塵へと消えた。
「このチャンス!逃しはしない!」
これで、最後。止めの一撃を繰り出すために、“デスティニー”と“レジェンド”は翔ぶ。一方はその手に光を携え、一方は背部からの一斉射撃を繰り出さんと。
「「これで終わりだッッ!!!!」」
二人の声が重なり、必殺の“コンビネーション・アサルト”が炸裂。“デスティニー”の掌底、“パルマフィオキーナ”がコクピットを焼きつくし、“レジェンド”のビーム機動砲によるフルバーストがその黒き巨体を無に帰す。内部の推進剤等に荷電粒子が注がれ、甚大な誘爆を起こした“デストロイ”は里の中心で遂に沈黙した。
黒煙が里を包み、それが無垢な風に押し流された後。広場の残骸の上に“デスティニー”と“レジェンド”は降り立つ。
早苗と共に、広場の上に降り立つシン。レジェンドのコクピットから出てくる白金の輝きを宿した髪と淡い碧眼の少年を見て、胸の中がいろんな思いで満たされそうになる。
今まで何をしていたんだ、とか。どうやって今日まで生きていたんだ、とか。なぜ、あの時俺達と戦ったんだ、とか。次から次へと言葉が浮かんできて、けれども何一つ言葉にできなくて。そんな想いで数瞬何も言えずにいた。
先に言葉を紡いだのは、レイのほうだった。
「今の俺は、お前に何を言ったらいいのかわからない………だが、俺はお前と会えていいのだろうか?あんな事をした、俺が…」
…なんだ、レイもそうだったのか。内心で、一人シンは納得する。隣に立つ早苗も。アリスを運び終えてレイの隣に立つ天子と妖夢も。二人の間には何も言えない。何もかけれる言葉が簡単に浮かんでこなかった。
ただ、シンはこの再会を嬉しく思った。こうして再び巡り会えたこと。運命の輪が、こうして同じ場所に二人を導いてくれたことに心を動かされずに入られない。
だから、シンは一言。これだけを告げてレイに手を伸ばした。
「ああ。じゃ、帰ろう…」
レイはそれを受けて柔らかく笑みを浮かべ、シンの手を取る。
世界を超えて再び、二人は固い絆の下に出逢えたのだった。


フォックストロットは逃げていた。里の外にからがら逃れ、息を切らしながら深く生い茂った森の中に姿を隠し、近くの木に寄りかかる。
彼はパイロットではない。すでに自分達の保有する機体も全てザフトの二機が撃墜し、移動用に予備機を備えているほど余裕もない。里に来るまでは仲間の一機に運んでもらったが、便利な足も無くなった以上自分が狙われないようにするためには全力で走ることしか無かった。
かといって、たった一人、残されてしまった以上。今更この世界のどこに行こうとも自分のような輩はどうしようもないだろう。やがて里からの追っ手が来るかもしれない。あの二人の兵士に殺されるならまだ理解できるが、住人達に私刑を浴びせられてより陰惨な死を迎えるのかもしれない。
これも因果ということか。自分のしてきたことを今更許せとは言わない。だが、フォックストロットと呼ばれた男にとって、世界は果てしなく許せないものだったのだ。愛する友を奪われ、拠り所となる家族も奪われて。もう、世界に対して恨みをぶつけるための生き方しかできなかった。
そんなことを思っている彼の前に、一人の少女が現れる。短い黒髪に、大きなリボンを付けた華やかな二色の少女。里からの追手の一人だろうか。だが、自分が他人によって殺されるなどゴメンだ。
仕方がない―――!
決して自らの手を煩わせたくなかったが、隠し持っていたコンバットナイフでこの女を血に沈めるしか無い。男は残った力を脚に込めて、地面を蹴り、懐からのナイフを水平に突き出す。その刃先は吸い込まれるように少女の胸へ深々と差し込まれた…はずだった。
その一撃は少女が立っていたはずの空間を切り裂き。気が付けば自らの首に鋭い何かが突き刺さるような感覚。それを最後に男の意識はなくなった。
確実な急所位置だった。少女―――博麗霊夢の手に在る退魔針と呼ばれた真紅の針は、男の頚椎を確実に抉り。即死させた。同じ人間を殺した後だというのに、彼女は動揺も恐怖もすること無く。ただ斃れた男の死に様を見下ろしていただけだった。
「よくやったわ、霊夢」
賞賛をかけたのは紫色のドレスを纏い、傘を優雅に指しながらこちらへと歩む女性。八雲紫だ。彼女はいつもどおりの胡散臭く妖しい笑みを浮かべながら、霊夢に近づく。そして、その細い手で霊夢の頭を穏やかに撫でた。
霊夢はただ無感動だ。その行為に喜ぶことも、自らの行為を悔やむことはない。ただ一言―――霊夢は自らにかけられたその賞賛に対してだけ、答えとなる言葉を静かに紡いだ。
「ええ。ありがとう――――――お母、さん」


PHASE- 50 紫の世界


あの煉獄の日から、一月が経った。
多くの死とそれ以上の悲しみに包まれた人間の里では、今も男達が中心となって生活復興の働きが行われていた。活気盛んだった里の往来は枯れ木の山を取り除いて再び拓かれ、その間を袖をまくった少年や青年がせわしなく過ぎていく。彼らは皆、今朝家族に作ってもらった飯を原動力に、音を上げず疲れすら押し殺して動き続けてゆく。重いものを持とうと奮闘する若者。その若者の荷物を代わりに担ぎ、別の仕事を勧める力持ちの中年の男。怪我をした母のために医師を呼ぶ少女。それに答えて足早へと少女の案内を元に向かう銀髪の医師。
二度とこんな悲劇が生まれないように祈る者達。その祈りを受けて、彼らを導き、彼らとともに明日を祈る金の瞳の僧侶とその弟子である妖怪達。持ち前の知識と実家にある様々な資料の数から里の復興のために力を添えれないかと考える少女と、その親友である御阿礼の子。天からの無慈悲な炎が近隣の田を焼いたことに絶望する農家。それに応えようと、数々の田畑を眺め、一度焼かれた地に再び命を吹き込もうとする豊穣の姉妹神。里の様子を日々新聞へと記し、いの一番に皆に届けようと飛翔する天狗の記者。日々恐怖に怯える人々を諭し、自分に今何が出来るのかを一つ一つ実践する仙人の少女。
地底より地上の危機を聞いて駆けつけた妖怪達もそれらの光景の中に溶け込んでいた。彼らは皆過去に地上の者達に虐げられ、日の届かぬ場所で住むことを強いられていたが、誰もが地底のものを拒もうとはしなかった。単に過去のことに興味のない者もいれば、そんなことになりふり構わない者、心底では嫌っていても、もっと大切なモノの為に反感を押し殺す者。理由はだれもがバラバラであったが、そこには人間と妖怪を隔てるものなど何もなかった。外の世界から持たされた災厄は、天に聳えた“翼の戦士”が全て振り払った。憎しみの根源となるものが里の者達の目の前で消えた今、過去の争いで必ず存在していた『異種を憎む』という行為そのものが最早存在しない。人間と妖怪、両者を隔てる意識が、この一件によって砕かれてしまったのだ。
誰もが、あの黒き巨体率いる機械人形の群れ―――災厄の源を憎んだ。あの里から離れた霊園に死体の山を運ばせた存在に慟哭した。それを救った紅と灰の翼。その勇姿は今も語り草だった。それを間近で見た者は自慢するかのように口にし、それまで少ない目撃者から巷の噂とされていた機械人形についての話題が、今では幻想郷のどこに向かおうとも常識の範疇となっていた。それを神の御遣いと崇めるもの、人々の思いに応えた英雄だと信じるもの。果てには、人間と妖怪に次ぐ新たな存在だと広めるもの。少なくともその影響は人妖に希望を与える象徴となり、厳しい今を生きる者達の明日へと向かう道標となっていた。
そして――――――人里離れた“妖怪の山”麓。深緑麗しい森の中に流れる清流の傍から、今日も響く金属音がその激闘から帰った戦士達を癒やす生活の調べ。河城にとりの持つこの工房で、“デスティニーガンダムプラス”と“レジェンドガンダムプラス”は大規模なオーバーホールを終えようとしていた時だった。
「…うん、作業工程率はほぼ終わりだ。これだけの機体二つに、河童の皆もよくやってくれてる」
にとりが肩の力を抜き、磨き上げられたディアクティブモードのフェイズシフト装甲を眺めて満足そうに呟く。どちらの機体もあの一戦の後の損耗率はかなりの物であったのだ。それもその筈、“ハイネ専用デスティニー”はOSを殆ど変えない状態での全開機動を、“レジェンドプラス”は元々が破棄されていた“プロヴィデンス”を無理矢理再び飛べるようにしたもので、毎回必要となるメンテナンスを受ける事がなかった。装甲を開いてみれば高熱に包まれた傷んだパーツ類が、その戦闘の激しさを思わせ、またそれらの機体で苦戦したパイロット、シン・アスカとレイ・ザ・バレルも、この一ヶ月の間、かなりの疲労を蓄えていたのか疲れた顔を露わにしていた。嘗て二人は生死を争う間柄であったことはにとりも痛感しているが、確執の大元となるレイの記憶喪失が克服された為、今は戦友でいた頃の思い出を語り合う仲だ。
それらを思い出して、にとりは微笑む。あれだけ嬉しそうなシンの顔をまた眺めることが出来たのは、いつ以来だろうか?戦いの世界から迷い込んだ彼はいつだって元の世界のこととなると表情を曇らせる。湖の時に至っては涙を浮かべる彼の顔が痛々しくて仕方がなくて。ずっと目をそらしたいと思っていた程に。
「おまえが、アイツを救ってくれたんだよな。私達が直したおまえが、シンの運命を切り拓いてくれたんだよな。“デスティニープラス”…」
独り、愛おしそうに。工房のハンガーで働いている他の河童の誰にも聞こえないほどの声で囁く。その機体名は、シンの言うハイネの死を乗り越え、シンとにとり達の、想いを足した剣の形。“レジェンドプラス”改修の際の余剰パーツからシンの使う機体としてこれ以上にない最適化を施し、彼を元の世界へと還すため、再び、戦火の拡がるあの世界へとシンが戻る為の究極のモビルスーツ。
型式番号もセカンドステージという機体分類名もないこの機体は、幻想郷を救った彼への想いが現れた唯一無二の“ガンダム”なのだ。
しかし―――自分が今やっていることは、本当に正しいものなのだろうか?このまま、争いを逃れたこの世界で、彼はこの世界で最期まで過ごしても良いのではないのか?
その考えが僅かに生まれ、にとりの思案を曇らせる。「今すぐ止めろ、この世界で過ごすんだ」なんて、言ってしまうのは簡単だ。だからといって彼らが納得することはまず無いだろう。だが、そう言い放ってしまいたい思いが芽生えた途端、一気に心の内側で拡大し、胸が痛むような想いに苛まれる。
これで。シンとレイの戦いは終わりなのだろうか?後は八雲紫と名乗る妖怪を見つけ、確固とした元の世界への帰還法を聞き出すと二人は言っていた。
だが………それを、自分は笑顔で送り出せるのだろうか?
好きな彼を、二度と逢えないような場所へ?この巨体の、背中を見送れるのか?
早苗よりは自分の方がシンのことを理解しているつもりだった。シンの戦いを肯定し、何時も笑ってシンの背中を押せる自分でいれた筈。だからこそ、彼の専属メカニックなんてものを気取っていられる。けれど彼がいなくなったら唯一のアイデンティティさえも失ってしまう。彼を好きだという想いが、意味を失う。
早苗だって、シンの帰還には反対の筈だ。だけど、このままでは―――
にとりの中にある一抹の不安が加速度的に拡がる。それは、彼を想うが故の独善。シンが帰ると悲しそうな瞳で告げたあの時を思い出せば思い出すほど、胸の中にたまる葛藤はより痛みを増すようににとり自身を傷つけた。


「“デスティニー”の改修も、これで一段落か」
ハンガーに聳える愛機を一目眺めて言うシン。あの里の一戦後、里の復興を手伝っていた彼らはつい最近まで“デスティニー”と“レジェンド”の整備には手付かずだった。自分達が里に行っている間はにとりの監督下で河童の皆が頑張ってくれたものの、やはり自分の命を預ける愛機は自分の手で調整したい。装甲や兵装など、いわゆるハードウェア面はにとりたちに任せておき、シンとレイはソフトウェア面―――つまり、OSやインターフェースの作業にここしばらく取り掛かっていた。
二機とも、以前の戦いの時に万全な状態とは言えなかった。“デスティニー”はハイネ用で強行突破し、“レジェンド”は元が旧き機体の物だ。性能をフルに発揮できた戦いではなかったが、元より大戦時、“ウィンダム”も“デストロイ”もことごとく退けたのだ。二人の連携は、その程度の障害など造作もなかったことを示し、里の命は守られた。
だが、完全ではなかった。初めて目にするであろう、家族、友人、知人の死に泣き叫び、崩折れる人々の姿を遠くから眺めているのは、心に重くのしかかった。手足が吹き飛び、中身をさらけ出す損壊の激しいもの。最早元がどのような見た目だったか分からないほどバラバラになった四肢。民家に打ち込まれたバルカン砲でその余波を食らって死んだ子供達。
幻想郷の住人の誰もが、その凄惨な光景に涙を流した。早苗も、天子も、妖夢達も。恨む相手もなくなったその災いに、行き場のない激情が里のすべてを包み込んだ。けれども、いつまでも涙に濡れてばかりではいられない。大人達は心を鬼にして愛する者の成れの果てである死体と別れ、里の惨状に向き合った。
そこからはひたすら、陽の下で里の復興へ向けた作業の連続だった。モビルスーツの巨体を活かし、ガレキや荒れた大地を二体で片付け、里の体力自慢である男達が里の生活線の確保のため、里の往来の整備をして以前のように露店が開けるようにした。女子供達は食事や男達の働きを癒せる風呂の用意など、誰一人として手を抜かず、里の為に、皆の為にと力を尽くした。
シンやレイがこうしているのも、ひとまず里に一段落が付き、モビルスーツによる作業が不要とされたからだ。また大して時間はかかっていないものの、機体そのものに目立った損傷自体は奇跡的にない。“デスティニー”もシンによって蒼の装甲を取り戻し、“レジェンド”も大気圏内向けに最適化したドラグーン・システムの調整をしている。
にとり達河童の改修と、シンの“デスティニー”の余剰パーツとダメージを受けたハイネの“デスティニー”から生まれ、早苗が名前をつけたこの“デスティニーガンダムプラス”は、機体性能そのものは大幅に変わったわけではない。ハイネ機に施されていた幾分かの改良により、パルマフィオキーナのより繊細な出力調整と各部の試作機故に実験的に組み込まれていたスライド式装甲のより洗練された可動領域により、あくまで強化・発展とするより改良に留まっている所だ。
一番のメリットは、専用のOSを暫くの間に組み上げてかつコックピット付近が前“デスティニー”の仕様に戻ったため、シンの100%が発揮できるという点にあるだろう。しかし、急造機故に正規の整備を受けていないため、全身のパーツの悲鳴は無視できない。大規模なオーバーホールも最早機体そのものを完全分解しないことには意味が無いため、出撃、強いては“フルウェポン・コンビネーション”を撃てるのも、後一度きりだ。それ以上の戦いは、良くて機体の機能不全による戦闘不能。悪くて機体の修理不可の崩壊を意味する。
「………あっ。レイ。休憩にしようぜ」
機体間回線をオンにして、声をかける。思案を巡らせる最中、ディスプレイの時刻表示がとっくに昼を指し示していたのだ。よく見れば、眼下の河童たちのいくつかも休憩に入り、好物のきゅうりを頬張っていた。自分達も昼飯にしよう、その意をレイに告げた。
「ああ、そうだな…ちょうどこちらも最終調整が終わったところだ。問題ない」
それを聞いてハンガーに降りてそのまま外の河原へと向かうシン。機体のシャットダウンに少々遅れてレイも続くと、そこには待ってましたと言わんばかりの満面の笑顔で立ちふさがる少女の姿が在る。空色の髪をなびかせ、不遜に佇む彼女はレイがこの世界で出会った比那名居天子だ。
「随分と待たせたじゃない、レイ!シン!もうとっくにごはんの準備はできてるのよ?」
物言いはいつもの激しいものだが、彼女の表情は決して不満を含ませたものではない。とどのつまり、爽やかな笑顔だ。
「そうはいうけどさ……天子、モビルスーツのメンテナンスだって、そう簡単なもんじゃないんだ。俺達の機体は試作製だから、細かい調整はきり無いし……大体、昼飯だって時間が大幅に遅れているわけでもなし、弁当だから作っちまえば待たせるもなにもないだろ」
「そういう問題じゃないわ。私や早苗の作った、愛情ある弁当は即刻食わないと意味が無いのよ。少しでも放置させて、私達の期待を裏切るつもり!?ってか、だいたいシンは乙女の心が分かっていないのよ。朝早くから新鮮な素材を里に買い出しに行って調達して、何時間もかけてアンタ達のご飯を包んで、食べてもらうまで私達はほぼノンストップなのよ。河童の数も結構なものだし、いくらこういうのが得意な衣玖とかがいても、私達の苦労は計り知れないわ?それら全部、わかっていってるの?」
「そういきり立つな、天子、シンだってそれくらい分かっている。………いつもお前達には、助けてもらってるさ。礼を言う、よくやったな」
早口にまくし立てる天子に耳を思わず塞ぎたくなる。尽きない金切り声にうんざりとする思いで聞いている間、横からレイが制し、ようやく終わる。
「そ、そうまじまじと褒められても困るわよ……でも、悪く無いわね、そう言われるの。ありがと……」
流石、彼女の理解者だとは思った。あれだけの剣幕で迫る天子に対して平然としていられるのはシンには無理だ。長く聞き続ければ口答えを挟んでしまってお互いに喧嘩になっていただろう。少し前の自分なら。とはいえ、気分の良いものではない。やはり、天界での決戦以降、彼女は何かとシンのことをライバル視しているようだった。だから、高圧的な態度もシンに限定するなら珍しいものでもない。いつもの事だと割り切りつつ、そしてレイに感謝しつつ。照れた表情でレイを見つめる天子を眺めた。
「…もう、天子さんったら………お疲れ様、シン。シンやレイさんの弁当なら先ほど出来上がったばかりです。待たせたなんてこと、ありませんよ」
弁当を置いてある、机代わりにしている石に連れられるレイを横目に、東風谷早苗がシンに言う。彼女も、天子の言うとおり食事係として朝早くから作業に追われていた身だ。
「サンキュ、早苗。いつもありがとな」
「今日はにとりさんの作って下さったきゅうりの漬物もセットです。里から持ってきた卵もよく焼けましたし、お肉はハンバーグにして詰めさせて頂いてます」
「守矢神社では和食ばっかだもんな。なんか、弁当でハンバーグとか元の世界が懐かしい感じがして嬉しいよ」
「あそこでは、諏訪子様と神奈子様の好みに合わせていましたから……だから、久々に腕によりをかけて作っちゃいました。といっても、学校にいく前に自分で作っていた程度ですから、大したものじゃないですけど」
早苗の謙遜に相槌を打ちながら、手渡しで弁当を渡される。プラスチックや発泡スチロール等の使い捨てに便利な素材は当然のようにこの世界では無いため、一つ一つが使いまわせる内側が紅塗りの漆器だった。当然、使い終えた後の始末もあって彼女達にはかなりの負担を強いるのだが、その頑張りは確かにシンやレイの助けになっている。
「そんなこと無いさ。料理は俺もそれなりにできるけど、十分美味しいと思うよ。ほら。特にさ、ベーコンで巻いたこのアスパラとか丁度いい感じに美味しくて他にもおろし大根のついたハンバーグも―――」
会話をはさみつつ、シンは弁当を頬張る。とても美味しかった。柔らかな甘さと香ばしさが口の中に拡がる。農家の育てた白米をかきこみ、じっくりと焼かれたであろう柔らかいハンバーグを箸で裂き、肉汁とともに頂く。
「あ、分かりました?実は、それ、私のこだわりなんです。栄養とか、味のバランスも考えて、肉と野菜、どっちか一方に偏らないように工夫したんです。ハンバーグも、今回のはあっさりめのレシピを採用したんです。あんまり味が濃いものばかりだと、飽きちゃう感じがしましたから……」
「そうだな。たしかにハンバーグときたらソースとかもこってりしてるもんな……プラントではそんな感じばかりだったし、斬新ですごくいいと思うよ。でも、作るの大変じゃなかったか?こんなに手間かかっていると、早苗達の負担も相当だったんじゃ……」
「それなら大丈夫です、今日はその弁当だけ、材料以外は全部私が手かげた、特別製ですから」
「そ、そうなのか!?」
「皆には、内緒ですよ?」
「……うん、ありがと」
輝く笑顔にこちらも満面の笑顔で返す。レイの方も、天子の自慢を聞きながらであるがその味に満足しているようだ。ひょっとしたら、あっちはあっちで天子の手作りなのだろうか。
「レイさんと天子さんの方も楽しそうですね…」
「あの人……衣玖から聞いた限りじゃ、天界にいた時からあんな感じみたいだ。レイが“プロヴィデンス”に乗るまでは、仲良く平和に暮らしてたらしいし、レイも今とそんなに変わらない様子だったみたいだ」
「記憶を失くされていた、あの頃ですね………」
「お前は、アイツのことを知らないんだよな」
シンは記憶を取り戻したレイと再会してから、今日に至るまでの経緯は一通り聞いている。キラへの敵対心を残して一切の記憶を失ったことで、“ラウ”を名乗り天子達と行動を共にしていたこと。天界に流れ着いていた“プロヴィデンス”を駆り、不運にも“フリーダム”に搭乗していたシンをキラだと思い込み、敵対したこと。“レジェンドプラス”への改修を経た後で、霧の湖上空でシンを墜とすまでに八雲紫と名乗るドレスの女に遭遇したこと。シンを墜とし、目的を達成した瞬間に記憶を取り戻したこと。
一切をレイは包み隠さず語ってくれた。その一方でシンに記憶を失っていたとはいえ、勘違い同然で銃を向けてしまったことを酷く悔やみ、落ち込んでいたのもシンは知った。
『いいんだよ、レイ。俺達はこうして、また話ができる。これって、すごく嬉しい事だろ?』
『シン………しかし、俺はどう謝ればいいのか…』
『言ったじゃないか、前に。 どんな命でも、生きられるのなら生きたいだろうって。お前はクローンで、他の人より確かに長く生きられないかもしれない。けれど、お前が死んでいいはずない。だってさ、レイは生きたいんだろ』
『…ああ』
『だったら、それでいいじゃないか。俺はすっごく喜んでるつもりだよ。メサイア攻防戦で、キラさんからお前が墜とされたと聞いた時は、そりゃもう、キラさんに掴みかかってやろうと思ったよ』
シンは里で再会した時の夜。月下でガレキに身を預けながらレイと会話した時のことを思い出す。もう一年ぐらい経ってしまうのだろうか。自分達が敗者となり、茫然自失の状態でエターナルに保護されていたシンはキラやアスランからの淡々とした友の撃墜を受けて激しく憤ったことがある。幸いにも殴るまでには至らなかったが、キラの方もシンの反応を受けて暗い表情を浮かべていた。
『俺は“レジェンド”を墜とされて、メサイアに乗り込んだキラを撃とうとしていた。ギルに注意を向けている奴の背中を撃つのは容易かった。だが、彼が教えてくれた。命は何にだって一つで、俺は他でもない、俺自身だと。ラウ・ル・クルーゼというもう一人の俺に成り代わろうとして、奴を討とうとした俺にとって、その言葉を聞いた途端、引き金を引くことは出来なかった。奴も一人の人間なのだと。一つの命なのだと。必死に生きたいと願い、運命に屈しない為に戦っていると。俺は彼の、その言葉を遮ることは出来なかった』
『………だから、議長を撃ったんだな。聞いたよ、キラさんから』
『自分でもあれが正しい判断だったのかは分からない。気付けば、自然と銃口がギルを向いていた。この手は震えていたはずなのに、心は平常でなかったはずなのに。吸い込まれるように彼の胸を撃ち抜いていた。………多分、俺にとって大切な世界は、ギルの示す運命に従う世界より、今のお前達が手に入れようとしている、運命を切り拓いていく世界だったんだ』
『そう、か……じゃあ、メサイアの陥落の時、お前は一体…?』
『ギルを撃って泣く俺を、その場に駆けつけたグラディス艦長が俺を抱きしめてくれた。家族のように、三人でメサイアの炎の中に包まれようかとする直前、ギルは勢い良く俺を突き飛ばしてくれたんだ。次の時には、艦長もギルもガレキのしたに下敷きになっていた。俺は助けようとしたが、ギルは言ったんだ。『力の限り、生きろ』と』
『議長、艦長も……レイのために…』
『それを無駄にする訳には行かなかった。俺は泣きながら、暗闇の通路を走っていった。涙でまともに前に向かうことは出来なかったが、それでも格納庫に辿りついた……と思う。無我夢中で大破した“レジェンド”のフェイズシフトを起動させた後、激しい振動が俺を襲い、気が付けば俺はこの世界にいて天子に天界の桃を食わされていた。身体の治療も永琳が一通り手をつくしてくれた分、今の俺はこうしてお前と話ができている』
テロメアの現象による遺伝子の欠陥は、永琳の天才的な施術により、人として生きることが叶っている。輝夜の言葉で、永遠を生きる人間の一人に誘われたことはあれど、レイとしてはシンと同じように、人間としての命を授かること、それだけで十分すぎた。
『…お前は、間違っちゃいないよ。議長は人類の行く末を案じて、考えついた結果がデスティニープランだった。俺達が負けるのが運命って誰かに言われたら、さすがに頭にくる………でも、現に俺達の世界は少しづつ、平和に向かっていると思う。あのテロリストのような、戦争を行なおうとする奴はまだまだいるけど……俺達は絶対に負けない。レイも…やっと、自分の行く道を決めたんだろ。他の誰でもない、“レイ・ザ・バレル”として、生きていくことをさ』
『ああ。もう一度、一緒に戦おう……お前と俺で。そして他の誰でもない、俺達の望む、戦争のない世界を守るために。そして、ギルの守ろうとした世界を、俺達で、切り拓いていこう………!』
親友との誓いを新たに、固い握手を交わすシンとレイ。その一部始終を早苗はシンの隣で静かに聞き続けててくれていた。話を終える頃には弁当も食べ終えて、シンは穏やかな表情で早苗を向く。
「前にも話してくださいましたね、キラさんという方とアスランさんという方の事。元の世界で、貴方が経験された事……」
「初めて、無縁塚に向かう時にな」
「本当に、いろんな辛い思いをされてきたのですね………戦争に…友人や知っている人間との殺し合いに……そして、この世界にきてからもシンは戦い続けていた。どうして、これほどまでに貴方は悲しい想いばかりに遭わなければならないのかと思うと、私は………っ!」
「おっ、おい!?いきなり泣くなんてどうしたんだよ、早苗!」
ポケットのハンカチで早苗の顔を優しく拭きながら、呼びかけるシン。自分にこれだけ共感してくれる早苗にはとても嬉しい。だけど、シンは彼女を泣かせるつもりで語ったつもりではなかったのに。罪悪感を感じてしまい、思わず焦る。その様子に周りの河童たちも遠目からこちら見るものもいる。
「だってっ、貴方は私と同じ歳の17の子供でしょう。私が、私の抱えている問題に苦しんでいると同じ時に、貴方は死ぬかもしれない所で戦い続けてた。あのガンダムで……そして、また、貴方は……」
「早苗………」
「怖いんです、貴方が戦い続けることに。貴方は元の世界に帰るために、この世界でも戦い続けている。けれどそれって、いつになったら終わるのですか?いつになればシンの苦しみは無くなるのですか?」
涙を散らして訴えてくる早苗。シンは彼女の言葉に返す言葉がある。戦争をなくせば、全て終わると。だが確かに、それはいつの話だ?戦わない世の中など、本当に来るのか?その不安も、シンにはある。だから、自信を持って早苗に掛けれる言葉が出なかった。
「ちょっと、早苗!どうしたのよ!?シン、アンタ、早苗にひどいことでもしたの!?」
天子も気付いたのか、こちらへと駆け寄ってかがむ早苗の華奢な背に手を当てる。刺々しい一声が刺さるが、間違ってはいない。ひどい、自分の過去だとは思う。それを告げて、彼女が悲しむ程に身を案じてくれているなんて。本来ならば、自分がすぐにでも天子のようにしなければならないのだ。
「だい、じょうぶです……少し、取り乱してしまっただけです。私……奥の部屋で、少し落ち着いてきます。そしたらまた、シンと………」
「とにかく、部屋まで付き添うわよ。レイ、説教の方おねがい!衣玖は里の方にいるから、そういうのは任せたわよ!ほら、こっちを見ている河童達も、仕事に戻る!」
天子はパンパンと手を激しく叩き、集まりかけていた野次馬を追い払うと早苗を連れて工房の奥へと向かっていく。遠目からにとりも何か物憂げな眼差しで二人を見つめているのに気付いたが、彼女もすぐに機体の方へと再び向かう。後に残るのは、河原に佇む二人の少年だけ。レイはシンの肩に軽く触れると、穏やかに言う。
「気にするな、ああいう奴だ。言葉は激しいが、とても優しいあいつだ。……お前はもう少し、女を泣かせない努力をするべきだな………」
「っ…もう、わかってるよ」
早苗の涙で濡れたハンカチを握り、彼女の哀しみに心を責められる。元の世界へ帰ること。それは遠からずこの世界との別れになる。そうすれば、早苗は自分の為に、また涙を流すであろう。戦争へ向かう自分を、悲しんで。
そんなことは分かりきっているが、それ以外の選択肢なんて在るのだろうか?早苗を悲しませない選択肢が、自分には在るのだろうか?思いつめているばかりだが、それだけ自分は迷いの中にある。このまま答えを見出さない訳にもいかず。返答次第では早苗の心を砕いてしまうのかもしれない。
それでも、明日に繋げる今日で立ち止まる訳にはいかない。シンは一旦考えを止めて、再びハンガーに向かいレイと機体の仕上げへ足を運んだ。


「だから、奴はそこを指定していると?妖夢」
レイは自機の整備をいち早く終わらせた後、真剣な面持ちで格納庫に現れた彼女に対して答えた。隣には夜に入ってから共に作業を手伝ってくれた天子と衣玖の姿もあり、レイがこの世界で出会った面々で議論を交わしていた。
問題は、当然八雲紫についてだ。彼女はここ一ヶ月の間、何も音沙汰はなかった。故に“デスティニー”と“レジェンド”の調整が可能ではあったのだが…それが終わろうとする今、タイミングを見計らったかのように妖夢を通じて決戦を言い渡してきたのだ。このことはまだ、シンの耳には届いていない。
妖夢の口を介した内容は至極単純で、こちらの興味を逸らさない代物だった。曰く。
『紅い種を持つシン・アスカと、新人類の可能性を持つレイ・ザ・バレルに告げる。まずは外の世界からの迷い子による災いを振り払ったことには感謝しましょう。おめでとう。そこで、貴方達との会談を望みたい。貴方達が私に向ける疑惑について、そこで全てを明かしましょう。この世界の始まりと終わりを決めるためにも』
「だからって、またこの場所に行くの?だってここは―――」
「白玉楼、西行妖…妖夢さんの主人、西行寺幽々子と八雲紫は無二の親友同士…でしたね」
衣玖の言葉に妖夢は肯定する。
「詳しい理由は存じませんが、私が聞いた限りでは『この場所が一番都合がいい』だそうです。ここに向かう者は明確な用件を持つもの以外はまず近寄りませんし、冥界ということから話の内容も当事者以外が聴きつけた等で幻想郷に広まる可能性も極めて少ないです」
「つまり、それほど内々に事を進めたいということは―――」
裏返せば、聞く者によっては幻想郷そのものに多大な影響を及ぼす一幕だと言う事だ。
奴の零した『セカンドステージ』という言葉。そして、紫はシンの持つ力に対しても知っている事にレイは内心戸惑っていた。デュランダルから、レイはシンの持つ力の理由―――“SEED”についての情報は持っている。
その概念は、発現した者は思考の高速化、五感が明瞭となり、身体の超人的な動作の実現。そして、人間という殻を破りあらたなる人類とでも形容すべき者だということだ。
デュランダルはDNA解析の専門家という立場を活かし、シンの身体的情報全てを調べあげ、それらから判明した才能を見越して当時最新鋭の機体であった“インパルスガンダム”のパイロットに仕立てあげた。事実、前大戦開戦時のオーブ近海戦におけるモビルアーマー“ザムザザー”との決戦では圧倒的な操縦技術で撃墜し、瞬く間に10隻以上もの海艦の轟沈という戦果は、ミネルバの伝説的な戦果と持て囃された事として記憶に残っている。
そして同じく能力の保持者として、キラ・ヤマトとアスラン・ザラ、ラクス・クライン、カガリ・ユラ・アスハが挙がっていることもレイは知っていた。彼らの力は混迷の一途をたどるコズミック・イラの希望だと、デュランダルが話していたことをレイは思い出していた。
そして、もう一つ。妖夢の言葉から恐らく紫はレイ自身の能力にも気付いていることは明白だ。こちらは明確な概念と名称はないが―――フラガの血には、直前の未来を捉える事の出来る予知能力と卓越した空間認識能力がある。ムウ・ラ・フラガと戦闘時、お互いの存在を感知できるのは、お互いの未来を先んじて予知できるからだ。
デュランダルやクルーゼはそれを『宇宙に適応した人間』とも、『新しい人類の形』とも口にしていた。曰く、その形は“ニュータイプ”とも。
しかし、それに何故紫は目をつけるのか。異世界で、SEEDの概念を知る材料もない筈である幻想郷で、何故八雲紫はその存在を知っているのか?そして、そこに彼女の言う“セカンドステージ”なる未来と、どう関係があるのか。結びつかない彼女の迷宮のような思惑に、レイはただ翻弄されるだけで、答えにたどり着けない。
ならば、取るべき自分たちの行動は唯一つ。
「乗るまでだ。奴の誘いに。俺達で着けるんだ。奴の………紫との決着を」
「そうですね、レイさん」
「望むところよ、レイ。アイツの偉そうな鼻っ柱をあかす時が、遂に来たようね」
「それ、貴方が言いますか……天子さん」
決着の時は近い。これでこの世界での戦いも、“レジェンドプラス”も、最後の戦いとなる。シンが元の世界に帰るため、生きる意味を見出した自分の未来を歩くため。八雲紫の企みをこれで終わらせる。
“レジェンド”もこれ以上の整備は無意味だ。元々“プロヴィデンス”から出来たまがい物に等しい愛機。推進剤の残量や弾薬、各部の損耗の軽さから戦闘機動は“デスティニー”程深刻な問題を抱いていないものの、それでも次の戦い…八雲紫との決着で全ての勝負は決まる。
自分に出来るのはここまでだった。天子達にもう休めと言い渡し、後は沈みゆく夕日が辺りを照らすのみ。翌日。そこから自分達の運命は決まる。しかしどのような運命が待ち受けていようとも、レイは運命に抗うつもりでいた。力の限り、生き抜くつもりでいた。
だから、人としての歩みを。止める道理など無かった。


その夜。河童の賑やかしい喧騒が徐々に小さくなり、連日耳にしていた煩わしさが無くなる頃。コックピットとの格闘も終わり、無事、二体は万全の状態にまで整備を行うことが出来た。
それだけ昼の間に終わらない工程が夕方辺りに集中してしまい、誰もが完了にまでこぎ着けようと必死で働いた分、作業が終わると同時に河童は散り散りになり、にとりや早苗も疲れで眠たそうに部屋へと戻っていったのは覚えている。当のシンはまだ機体の調整に勤しんでいたため、終わると同時にコックピットの座席で目を閉じてしまっていたのだ。気温は暖かく、毛布がなくとも風邪の心配はないが、お世辞にも兵器の椅子というものは座り心地がいいものとはいえない。体中のあちこちが痛くて、身体を伸ばしつつ痛みに呻く。
時刻は………とうに夜中に差し掛かっていた。ハンガーの外から見える月夜が眼下を照らし、その光で十分周りが見渡せるほどだ。シンはキャットウォークを慎重に歩き、無事地面に降り立つと、近くから足音がするのに気付いた。
「誰だ?レイか?」
「ざーんねん、シン。私でした」
「早苗…っはは、なんだよ、それ」
てっきり同じようにうたた寝してしまったものかとおもいきや、影の奥から出てきたのはゆっくりとした足取りで近づいてきた早苗だった。思わず、両手を広げておどける仕草に苦笑してしまった。その顔は柔和で、無邪気そうにこちらを見つめている。
「まあ、よく考えたらアイツが俺と同じことするはず無いよな………どうしたんだ?もう夜も更けているし、お前も朝っぱらからずっと動きっぱなしだろ?」
シンの覚えている限りでは今日早苗がゆっくりとしている様子など見たことがない。朝から朝飯の用意、昼は皆の材料も捌きながら専用の弁当までこしらえてくれて、あまつさえ夜まできっちりとしているものだから、作る人数も考慮すると休む間が全くと言っていいほど無い筈。
「疲れてるんだろ、だから早く寝なよ。俺も疲れているし、まだレイの言ってくれたドレスの女ってヤツが――――――!」
「シン………」
短く名前を呼ばれ、預けられた重みに思わず肩が強張る。突然、どうしたというのだろうか。早苗は唐突に、こちらの背に両腕を回し、密着した。河童がいなくなったからといってこんな行動に遭うと、想像なんて出来る訳がない。心臓が跳ね上がり、パニックじみた心境に置かれるのは不可避だ。
「お、おい!?」
「もう、絶対に離したくない………!もう、絶対に離れたくない、から…」
「早苗………一体全体、どうしたんだって……」
「これだけ私が想いを寄せていても、シンには……!」
肩を掴んで落ち着かせようとした途端、より強い力が入ることで躊躇いが入る。言葉の通り、早苗は離れないどころか、もっともっと近づきたいと言わんばかりにシンを求めた。やがて、早苗の顔が急激に近づき――――――
「……ん……」
目に見えるのは、満天の星空だった。その光を透かすように、彼女の大きな瞳がシンを捉えている。
柔らかくて、甘い香り。
どんなものよりも優しくて、どんなものよりも気持ちいいもの。この感覚に戸惑い、頭のなかは真っ白になる。
このままこの心地良い快楽に身を任せていたいほどの想いが、次々と押し寄せてくる。
勢いで倒れてしまったことで背中に鈍い痛みが広がるが、そんなことを意に介する余裕はなかった。最大限の困惑が正常な思考を奪い、抗いたい、だが抗えない早苗の突然の行動に驚いているしかなかった。
蕩けそうな………このまま二つにとけ合ってしまえればどれだけ幸せなのだろうか。そんなことを想像してしまうと、心臓がさらに脈打ち、頭のなかの何かが壊れそうになる。
早苗と、口付けを交わしてしまった。彼女の瞳は隠れ、艶やかな前髪がシンの素肌をくすぐる。
その現実が自然と彼女を求めようとした本能を抑え、無意識に彼女の身体を自らを離していた。
「早苗!!」
大声を上げて彼女の巫女服が崩れることもいとわず、突き飛ばす形となっていた。尻餅をつき、河原の砂利を払い早苗が再び立ち上がる。その表情は拒絶されたことが信じられないと言わんばかりに、怯えていた。
「早苗、一体どうしたんだ。君は、俺になんでこんなことっ」
まずは冷静になろうとシンは荒い息を整えようとする。心臓はまだ早鐘だ。早苗の柔らかさに、身体の興奮が止まらない。それらを無理やり振り切るように大仰に深呼吸して、もう一度聞く。
「貴方が………ってしま………いん、です」
か細い響きだった。普段の明るさは欠片もない。先程の悪戯心たっぷりの仕草もどこにもない。目の前にいるのは、原因の分からない怯えに屈しているだけの、弱い少女の姿。シンが命の危機と知った時と同じ―――只の子供のように抗うすべを持たない、無力さを痛感している女の顔だった。
「なんだよ……!?」
「貴方が…!」
シンがそう呼びかけた途端。前髪に隠れていた早苗の瞳の輝きが、微かに揺れていることに気付く。そして、次に出てきた言葉は堰が切られたようにとめどなく溢れた、激情の塊だった。
「シンが、遠くに行ってしまうのが……嫌なんですっ!」
「!」
「ずっと、ずっと…不安だったんです!貴方が、私の届かない世界へ帰っていってしまうことが!二度と会えず、戦争の世界でシンが死んでしまうんじゃないかってっ!」
軍服に縋り付き、振るえる背が痛々しい。その顔は薄明かりと長髪に紛れてはっきりと見て取れない。けれども、確かなことがある。
早苗は、泣いていた。
「どうして、シンは立ち止まってくれないのですか!ここ【幻想郷】はこんなにも争いから離れているのに、どうしてシンは戦いの運命の中にいつもいるのですか!どうして、いつまでも私はシンを見ているだけしか出来ないのですか!!」
「それは………」
「元の世界、それは確かに大切です!だけど、シンの肩にはあまりにも重すぎます!たった一人で、シンがそんなに苦しんでいくところに、私は耐えられませんから…!」
両手を顔に当て、涙に暮れる。嗚咽をこらえる様子が痛々しい。駄目だ。誰かを泣かせないために、自分は決意しているのに。彼女の姿を見ていると、抱きしめたくなる。その涙を、すくってあげたくなる。泣かないで、と。
それでも、それだけは絶対に出来ないのだ。すれば自分は、この世界から飛び立てない。別の世界の平和というものに甘んじてしまって、さらに誰かを泣かせることとなる。戦地で傷つき、自分のような子供達を、増やしてしまう。だから―――
「どれだけ苦しくたって、俺はあの世界を背負うよ」
天を見上げる。この空の向こうに、この宇宙の壁を超えた先に自分の世界がある。そう考えながら、右手を夜空へ伸ばす。指の間には無数の輝きが透け、ビームやミサイルの誘爆による戦いの炎から起こる眩さとは違う、仄かな光が月とともにシンと早苗を照らす。
「シン…」
「俺は決めたんだ。過去を繰り返さないために。あの―――家族が死んだあの日から、戦いの過ちを繰り返してはいけないって。俺が止めて、決着を付けなきゃいけないんだ」
「だから、シンは行くのですか」
「それが、俺の戦いだから」
早苗の問い、迷いなく返す。自分の世界を。コズミック・イラを守るのは、自分自身のような戦争に遭った存在。全てを終わらせる為に、シンは向かうのだから。
「ありがとう、早苗」
シンは、ふと振り返り早苗に微笑む。その顔は、優しく、明るく。戦いの炎による暗い過去を乗り越えた彼だから浮かべられる、穏やかな笑みだった。それを早苗は、いつも傍から眺めていた。守矢神社で出会った、あの日から。
「早苗がいなきゃ、俺はここまで来られなかった。ずっと、早苗は俺の事、大切に思っていたの、わかってるよ。だから、ありがとう」
感謝とともに手を伸ばす。この世界における早苗は唯一無二のパートナーだった。時には共に戦い、時には涙を自分の為に流し、時には平和な時間を共に過ごして。モビルスーツに乗って戦うのは、必ずしも危険がまとわりつくのにも関わらず早苗は、シンを信じて臆さず付いて来てくれた。それだけの覚悟を秘めてくれた彼女には、感謝以外に無い。
「そんな、私は………私は貴方とずっと、この幻想郷を飛んでいたかっただけです!!」
そう言い、早苗はシンの伸ばした手を強く両手で掴んだ。もう離さないと言わんばかりに、その手は震えに満ちており溢れる涙が二人の手に落ちる。顔は俯き、肩は震え、その身体はいつしかシンを包み込んできた。彼女の髪がシンを撫でて、甘い香りに心が和らぐ。細い指は返り血を浴び続けるシンのものと重なり、月夜の影は一つになる。
「私は、東風谷早苗はシン・アスカが好きなんです!!他の誰でもない、別の世界から来て、共に過ごした貴方を!あなたに飛ぶ力はなくても、一緒にガンダムで空を飛んで、毎日を過ごしていて、私はあなたを好きになったんです!」
「早苗。けど、俺は」
「わかってます、貴方が決めた事を私は止められない。止める権利なんて無いって。でも、それじゃ私は私の気持ちに嘘をついちゃう!それに、耐えられないからっ、私は………!こんなっ!」
我儘をしている。早苗はそう言って、両腕に力を込める。きっと、この腕を離してしまえばシンと離れてしまいそうだと、早苗が想っていることが分かる。それだけシンと彼女は近い位置にあった。自分達の関係に、浸りきっていたシンにはいつか来る別れを恐れていた。それが、早苗にもあったのだ。
ああ、そうだな―――
シンはそう呟いて早苗を見つめる。抱きしめられていた自身の腕で、早苗を寄りかかる身体を支える。ずっと、震えていた。この震えにどれだけ彼女は怯えていたのだろう。どれだけ、自分以上に早苗は自分の事を想っていてくれたのだろう。それを考えているだけでも胸に温かいものがこみ上げてくる。
それだけ、シンは彼女のことが好きなのだ。だから、別れも惜しい。
「俺は、早苗が好きだ」
「シ、ン…!」
「ずっと、ずっと、早苗が俺のことを好きだった様に、俺も、早苗が好きだよ。早苗と過ごしてきた日々は、楽しくて、嬉しくて、ずっといたいと思ってた。神様の二人や、早苗を通じて沢山の人と出会えたことが、俺は嬉しかったんだ」
「なら………ずっと私のそばに居てください……!愛し合って一緒になって、同じ様に日々を過ごして、子供を育てて、歳を同じようにとって、死ぬまで同じ世界にいましょうっ!」
早苗の声が、シンの心に響く。お互いに支えあって行く未来。それも、いいなと思った。早苗もにとりも自分の事を想ってくれた。それは嬉しい。だからこそ、彼女の愛に答えたい想いはある。
「そう過ごしていく人々を守りたいから、俺は、行くよ。戦って、大切な命を守ってみせる。誰かの運命を、切り拓いていくために……俺は、戦う」
「それなら、私も行くっ!!」
「なっ…!?」
「現人神であることも巫女であることも捨てて、私も貴方の世界で暮らします!もう私には、生まれた世界なんてない!なら、貴方の隣にだって―――!」
「バカッ!!!!」
早苗の剣幕が、シンの一声で止まる。
「そうやって早苗は自分の世界を捨てるのかよ!?俺のためだからといって自分の周りを見捨てるのかよ!?俺には俺の、生きる世界があって、早苗には早苗の過ごす世界があるんだ!それを………!よく考えもせずに軽々しくそんなこと言うなよぉッ!!」
「っ…あぁ…ッ!うっ、あああぁぁぁぁ………」
崩折れる早苗に近づき、それ以上何も言わずに彼女を抱きしめる。一つになった影がさらに細まり、薄明かりに輝く彼女の顔は靡く髪に自分の顔ごと包まれて、見えなかった。求める彼女の唇に唇が重なり、シンは、それに応えた。鼓動が高鳴り、お互いの想いが融け合っていく。震えの止まらない彼女を。シンはずっと、抱きしめ続けていた。


―――だからお前は、優しすぎる。
シンと早苗が抱き合う影を機体の影から偶然目にしていたレイは、微かに聞こえてきた声に対して思う。
盗み見などする気はなかったのだが、決戦を前にしてシンに紫の事を伝えようと外に出た途端、あの様子に出くわしてしまったのだ。
どうしても彼女達の好意には答えられない彼が、痛々しい心でいることに想像は難くない。シンの優しい性格からすれば当然だった。ステラの死の時も、アスランを落とした時も、悪夢にうなされ続けていた。自分の手が血で汚れていることに、戦争で人を殺し続けていることに、シンの心は耐え切れなかった。その迷いが、キラやアスランとの対峙時に敗北という結果を生み出している。
だからこそ、その真っ直ぐな想いはシンのアイデンティティとも呼べるものだった。そんな人物だからこそ、心から信頼できる親友であることに変わりはない。そして、そんな彼が早苗の思いを無碍にできるわけもなかった。
「こんな所で見かけたと思ったら、案外、無粋なことをされているのですね」
ふと、そんな声が聞こえた。後ろを振り返ると、拡がる羽衣を靡かせる衣玖が月夜に照らされていた。
「どうしてここに………」
「レイさんが外に出たのを見かけて、後ろにつかせていただきました。生憎、私の力は“空気を読む程度の能力”でしてね………お二方を眺めて笑顔でいるレイさんを見て、声をかけずに入られませんでした」
「だから俺の能力でもお前が分からなかったのか………フッ、とんだ伏兵だな。お前には勝てそうもない」
自嘲して鼻を鳴らし、衣玖に対して称賛をかける。思わぬ弱点がこんな近くにいたとはなどと、考えられなかった。
「………場所を、変えませんか?ここでは、二人の邪魔をしてはいけませんし、見つかった時の言い訳も難しいです」
「ああ。そうだな………しかし、近くだとどこに行こうにも河童がいるぞ。この時間だ、横になっていると思うが………」
「なら、たった一つだけ。誰にも邪魔されないところがあります」
衣玖は人差し指を唇に添えて、いたずらっぽく微笑む。普段のおとなしい彼女からは見ない、珍しいそれは、外見相応の少女のものだった。


「まさか、こんなところにお前の家があるとはな………」
衣玖に連れられて格納庫を離れ、川を下った先には里の離れに構えていた然程大きくない和様の小屋だった。連れられて入ると、囲炉裏を中心に質素な家具がいくつか置いてある。それだけだった。外から差し込む月以外の明かりもなく、生活感の欠片もないその家に出てくる言葉も無い。
「下界に降りた時、わざわざ天界に戻るのも億劫なので必要なときは、ここで暮らしているんです。と言っても、落ち着ける場所であればそれでいいので、物も何もありませんけど。………すいません、出せるお茶さえもないですが」
「いや、必要ない。何かを口にする気分でもないしな…」
苦笑いする衣玖に対して、肩をすくめるだけでいるレイ。なるほど、ここならば他に誰もいない。戸締まりの類は大したことないが、人通りが平時から少ないことに加えて今は夜だ。どんなことを話していたにしても、他に誰かがここに興味を示すことはないだろう。
「それで、話というのは?」
そして、切り出す。衣玖がここに連れてきた理由を。戦いを前にして、レイに打ち明けようとする彼女の気持ちが、レイは気になっていた。
「………場の空気というものを読んでくれないのですね、貴方は。せっかちです」
「生憎、移動時間は短くなかったからな。出来るなら、ここで休んだ後でまた戻りたい。それに、何か俺に用があるから、ここまでしてくれたんだろう、衣玖は」
思えば、衣玖との付き合いも長い。お互いに天子のお目付け役という面倒な立ち位置同士ではあったがだからこそ、絆というものも生まれた。記憶を失っていた間は、“ラウ”として。記憶を取り戻した今は、“レイ・ザ・バレル”として。憎しみから逃れ、記憶を取り戻した今の自分にとって、何度も衣玖には辛い態度を当ててしまったが、それでも、レイの中で一番に信頼しているのは衣玖だ。時には、天子の扱いについて相談もすれば、彼女から相談されたこともある。
そういった意味では、彼女は大切なパートナーだった。
「………レイさんも、やっぱり……元の世界に戻られるのですか?シンさんと一緒に」
「何故聞く?」
「貴方は前に言ってくれましたよね。自分は死人だって………記憶をなくし、ただ亡霊のように“フリーダム”を追うだけの存在………それが終わったら、貴方はどうするつもりだったのですか?」
「………」
「確かめたいんです。貴方が、これからどうするのかを。知りたいのですから………!」
衣玖は静かにだが、強く、重く、訴えてきた。それに答えるだけの理由は、ある。彼女はどんな時も自分に付き従ってくれていたのだから。
「………“ラウ”でいた時は、“フリーダム”を討った後、機体を捨ててお前達と過ごそうと思っていた」
「……今は?」
「今の俺は………分からない」
「どうしてです?」
「さぁな………自分でもよくわからないんだが………」
記憶を取り戻す前は、前の世界に未練など無かった。記憶のない世界だ、戻っても意味が無いと思っていたから。だが今は………揺れる想いであることに嘘は付けない。
「俺は、一度死んだ身だ。母と呼んだ人に助けられたからこそ、俺はこの世界で生きていることが出来た。だが………記憶が戻った今、シンと同じように戦火に包まれる世界を黙って見過ごしているわけにもいかないと思っている」
「だから、私達を置いて、戻られるのですか?」
「そこなんだ………俺が迷っているのは」
「レイさん………」
「俺は、あの世界を放っておけないと思う気持ちとは別に、この世界で生きていきたいとも思っている。人として生きられるようになったとは言えど、俺にできることはシンに比べてたかが知れている。それに………俺も戦いとは別の生き方をしてみたいと、思うことがあるからだ」
デュランダルに告げられた呪い。それが、自分の運命。生まれの呪い、血の呪い、そして、死の呪い。それら全てを諦めていたレイは、嘗てタリア、デュランダルと共に世界から消えようとした。
けれども、今のレイは、生き続けたい。そう願っている。
「俺は、永琳とシンから一人の人間として新しい命をもらった。この生命は、明日の自分の為に使っていきたい。その為には………戻って再び兵士として戦うことも銃を捨ててこの世界で暮らすことも厭わない。俺は、俺だからな」
「俺は、俺……」
「お前達が望むなら、俺はお前達と共に生きる。だが………モビルスーツに乗るのも、天子の世話を焼くのも、同じだけ大変だと思った。ただ、それだけだ」
「………レイ、さん…」
衣玖の羽衣に包まれた身体が、被さってくる。ふんわりとした柔らかい衣の中は、白い肌が微かに透けている。外からは見えない、隠された華奢な体は、いつの時も敬語で一歩引いた態度を取る衣玖と、同じように思えた。
そして、ごく自然に衣玖は唇を重ねてきた。性格から決して口にしないだろうが、慣れていないようなついばむようなキス。薄明かりで気づきにくかったが彼女の顔はほのかに上気し、閉じた両眼も強かった。
レイは、それに答えることにした。自分達がこういった関係になるのは、それこそごく自然なものだったのかもしれない。一番近い存在にあった男女が、今、お互いの好意を確かめていることに。元の世界では自らの呪いから女を作ることもしなかった自分も、こういった手合いには慣れていない。血が巡り、高鳴る鼓動。思わず漏らす、荒い吐息。潤んだ瞳と自分のものが重なる。そのどれもが初めての気分で、必死に悟られまいと奮闘する。
「………ふふっ、こういったことはさすがに初めてみたいですね。正直、下手です」
「お前には言われたくない。………一体どうして、こんなことを」
「ずっと、貴方に惹かれていたんです。レイさんが好きでした。多分、天子と同じくらいには」
常に総領娘と呼ぶ衣玖らしからぬ発言。これが、彼女のプライベートだということか。今眼の前にいるのは、天人の部下を務める永江衣玖ではなく、一人の女としての衣玖。それが、いまこうして自らにさらけ出している。
「天子も、俺のことを?」
「分かっているくせに………」
羽衣の奥に指を這わせる。柔らかい弾力がレイに無かった熱いものをこみ上げさせた。
「そんなに私で、気持ちいいですか?」
「少なくとも天子とだったらこうはいかないだろう」
「これでも、あの子よりかは私のほうが自信あります。こうやって、あなたを包み込むことがしたかったんですよ」
思わず、声を漏らしてしまいそうで平静を取り繕うのさえ一苦労だ。稲妻のような快楽が襲ってきて、思わず体に力が入る。衣玖をつかむ指にも跡が付いてしまいそうだ。
「いいんですよ。貴方が、どちらの事を好きになろうが、構いません。ただ、これは私の我儘。そして、貴方がそれに応えてくれるようで、私は嬉しいんです」
衣玖がその指でレイの身体に触れる。腕から、肩……そして顔。冷たい手で頬を撫でられたレイは緊張に身体を支配され、思わず目を見開いてたじろぐ。全てが新鮮で、戸惑うばかりだ。お返しとばかり、衣玖にも同じように仕掛けようとするが、身体を小さく振って避けられる。
「じっとしていてください、私が、先に仕掛けてしまったのですから。私が、あなたを導きます」
「………要らない世話だな。世話焼きは、俺の前では不要だ」
「まあ、それは頼もしいお言葉ですね」
「強がりを…っ」
今自分はどんな顔だろうかと、レイは思案を巡らせる。そんな考えは衣玖が自らの服を脱がせてきたことで払われ、レイも彼女を包む羽衣に手をかける。
自分には、シンのような強さもなければ優しさもない。
だから、こうして他人の愛に甘えてしまう。
レイは、それを自分の弱さだと認めながら、この夜を。誰にも知られることのないこの逢瀬の快楽に。身を委ねていることにした。


冥界の空の下。紫色の一面の中、白と赤の異物がそこに佇んでいる。幻想郷の巫女、博麗霊夢はこの冥界に流れる川のそばで一人、虚空を眺め続けていた。人間が冥界にいる、それだけでこの死者の世界は彼女をも仲間に加えようと人の生命力を奪い、衰弱させる干渉を耐えず行う。まるで体内に入り込んだ細菌を殺す、白血球のように。
しかし霊夢はそれを意に介する様子はない。それは彼女が常人に比べてはるかに膨大な霊力の持ち主であるからだ。霊夢が空において自由に身を躍らせれるのも、紙や物体を変質させ衝撃を起こせるのも、彼女の持つ霊力から成せるもの。彼女の全身に回る血の力によるものなのだ。
霊夢は褐色の瞳を水面に投げていた。思いを巡らせているのは、この世界に迷い込んだ少年との楽しい日々や敵対してしまったことへの葛藤ではない。
すべて、それらは必要なことだったのだ。だから、悔やむことなどありえない。あれは霊夢の信念のままに行なったのだ。
「あら―――こんなところにいたのね、霊夢」
「―――紫」
直前まで足音など耳に入らなかった。紫お得意の空間跳躍、通称“スキマ”と紫が言う異空間を伝って、ここまで移動したのだろう。だから、必要時以外紫がどんな考えでどこに向かっていることなど霊夢は知る由もなかった。だから、先程まで一人でいただけのこと。シンと遭うこともないだろう、この冥界と言う辺境の地で佇んでいただけだ。紫と行動してしまった以上、もう彼らと笑い合える時はこないのだから、会う必要すら感じない。
「またあの時のように、母と呼んでくれないのかしら」
「………わかりきっているくせに。私は人間、紫は妖怪。別に血がつながっている間柄でもないでしょ。私達は」
「そうね、私は腹を痛めたことなどないしこれから先もないでしょう。けれど、子供にも孫にも当たる存在はいるわ。さすがに人間の赤ん坊を育てた経験はせいぜい、貴方一人だけどね」
「私が生まれた場所はもうない。………紫は言ったわよね、私がその里の、たった一人の生き残りなんだって」
そう、霊夢が考えていたことは自らの生まれについてだ。見たことのない故郷、見たことのない親、見たことのない兄弟………全て、紫からほんの少し聞かされていただけだ。
「紫はまだ、私に話してくれるつもり、ないの」
飢えた瞳で睨む。気づけば博麗の巫女で、気づけば妖怪を退治していて。その全てにこの女が後ろにいたことしか霊夢は知らない。そのくせ、紫は霊夢がどれだけ何度聞きたいことを聞いても、はぐらかすか教えてくれない。それが腹立たしく、紫との関係にも別段親密というわけではない。里に侵入して災いをもたらした人間を殺した時に母と呼んだのは、狂いそうな光景を自らの手で産んでしまったことに対する逃避からだ。
「その話は早すぎるわ。知れば余計な思いが纏わりつく。だからこそ、霊夢は自分の欲しかったものを手に入れようとしているのじゃない。その、血の力で」
「………私の、血…」
自分の紅白の巫女服を一瞥する。何者にも染まらない純白と、強大な力を引き出せる自分の血と同じ色をしている紅色は、霊夢そのものを表しているに相応しい。博麗の巫女を名乗っているのは、別に自分の本当の姓が博麗でも、巫女の家系に生まれたわけでもない。
全て、紫が与えてくれたイミテーションだからだ。“博麗霊夢”という記号も、紫が物心ついた時に与えてくれたものであり、巫女は紫の知る外の世界の知識から生まれた職業だという。自分の前にも、先代となる巫女はいたが誰にも顔は覚えられていない。それは、幻想郷中の住民の記憶を自分の能力で今の“博麗霊夢”に置き換えてしまったからであり、その存在そのものを覚えている者はいても、思い出そうとして具体的に思い出せる者は皆無だ。
その先代とも、血の繋がりはない。年齢も母になるものなのか、姉となるものなのかは全て教えられていない。紫に求めても、無言を貫くかはぐらかすだけだからだ。それでも聞き続けた結果、なんとか、自分の生まれの里には自分の兄弟や自分の血について少し話してくれた。
「私を迎えたのは、人間では珍しいほどの霊力の素養があったって、前に話してくれたわよね」
「ええ」
「紫が私を育ててくれたのは、それだけの理由なの?それとも、何か別に理由があって、私を………」
生まれた理由を知りたい。自分の命の意義を知りたい。ずっと、妖怪と戦うための生き方をしてきた彼女が考えた、問いであった。
結界を用いた戦い方も、紫から教わったものだ。だから、長距離を隔てた空間跳躍程の芸当はできなくても、その劣化とも言える転移は扱える。人間のみでありながら空間に干渉できる戦い方ができるのは、せいぜい霊夢ぐらいのものだ。
「応える必要はないわ」
「またよ!またそうやって、紫は私を聞いてくれない!!私ももう18よ!?お酒も飲めるし、その気になれば結婚だってできる!もう子供でも何でもないのに、なんで紫は私の質問に答えてくれないのよ、いつも!」
「貴方がそれを知ったところで、今の貴方にはなんの意味も成さない。それよりも、貴方は決めたはずよ?家族がいないから―――家族が欲しいのだからこそ、私を頼ったことを」
「そうよ、私は………紫の言う死んでしまう人を、絶対に見捨てたりなんかしない。彼を………シンを、私は絶対に戦いの運命から助けてみせる。だから、私はここにいるの。早苗達と、戦うことになっても―――」
紫から聞いた言葉。未来をも見通せる紫から、霊夢は聖輦船異変の後、博麗神社で紫の言葉を耳にした。いつも自分の目的を明かさないまま他者を利用する紫でも、最終的にはそれが真理にそった行動であることを霊夢はどの人間よりも一番理解しているつもりであった。
だから、シンを救うための自分の行動に、躊躇いはない。
「だから私は紫を助ける。シンを………私の家族として、私のシンとして、あの子には私と家族をやってもらう。あの子が平和に生きる道は、これしかないの………それが、紫の目指す世界の手助けにもなるのなら、私の針でシンをこの世界に繋ぎ止めてみせる」
人と妖怪の血を吸った退魔針は、今も霊夢の懐に暗器の一つとして眠っている。自らの願望を叶える手段として、異変を止める力として、育ての親である紫に自分を評価してもらう為この針で霊夢は戦ってきた。
決戦の時は近い。
すでに紫が、シンと対峙することを決めていることは聴いた。わざわざ、幽々子を通じて妖夢に使うことをしてまで。
ならば、紫の力とともにシンを止めるのみ。
この幻想郷で。この八雲紫の言う楽園という名の箱庭の中で、シンを救ってみせる。自分の欲しかった、家族の一人として。

今の霊夢を突き動かすのは、それだけだった。