FINAL-PHASE 早苗ルート


「必ず帰るんだ………あいつの元へ…!早苗の傍に!」
決意した。
いつだって、自分の帰りを待ってくれている人がいた。
それが東風谷早苗だ。あの少女の笑顔に迎えられる度に、いつもシンは助けられていた。
紫の言う、キラやアスランが持つ“S.E.E.D”で、必ず生き残ってみせる!!
「シンッ!!」
地上より近づいてくる生体反応をレーダーが捉え、同時に少女の声が耳朶を打った。サブカメラが写したモニターには、早苗がこちらへと近づいていた。
「早苗っ!」
「私も一緒に戦います!私達と………シンの世界は、紫さんのものじゃない!」
駆けつけた早苗は“デスティニー”に並び、紫の“ジャスティス”と対峙する。自分には、これだけの仲間がいてくれて、支えてくれる。その想いに応えなければと、シンの中にある決意が燃え上がる。高揚感がやがて、最大限へと達した時―――!
視界が広がる。世界を覗く瞳が鮮明に研ぎ澄まされる。この感覚は、“S.E.E.D”の発現。
シンの望む世界を阻む紫を打ち破る力。そして悲しみの運命を切り拓く、人類の新たな可能性だ。守りたいものの為に、シンの中の可能性は今再び目覚めたのだ。
「………驚いたわ。こんな展開がまさか起きるなんて………だけど貴方一人だけ加わった所で、私の力を跳ね除けられると本当に思い込んでいるのかしら?」
「………私達だけじゃない。里では、みんな………魔理沙さんや、にとりさん達が、シンを見守ってくれてます。私は、シンを助けたいから、ここまで来たんですから!」
紫が、対峙した早苗に対して言う。彼女は、決意を秘めた凛とした顔を崩さず、紫に言う。
直後、紫に襲いかかる無数の爆発。誰の仕業だ?シンは辺りを見回すと、下、里から近づいてくる生体反応をレーダーがキャッチした。サブカメラをそちらに向ける。あれは―――
「貴方達!無事!?」
「………霊夢!」
紫が初めて見せた動揺だった。もしかしたら紫は、どんなことがあろうとも霊夢だけは、自分の味方でいてくれるのだと思っていたのかもしれない。
どんなに紫の前に敵が現れようとも、絶対に裏切らないと思っていた霊夢だけはと。
チャンスは今しかない。紫が霊夢に気を取られた今、シンはフルオートでCIWSを“ジャスティス”へ放った。“ジャスティス”が怯み、紫がこちらへ手を伸ばし、また何か仕掛けてくるのかと身構えたが、霊夢がそれを阻む。紫の対抗策を、霊夢は熟知しているのかもしれない。紫は霊夢を苦しげに睨みつけた。
「早苗!!“デスティニー”へ!」
「……はい…!シン!」
早苗は頷き、“デスティニー”のコックピットに飛ぶ。シンがハッチを開放。直ちに収容、サブシートに座らせる。エクストリームブラストのセットアップ。機体の各部にもかなりのダメージが行き届いている中、これ以上の酷使は機体の自壊を招く。
だが、ここが踏ん張りどころだ。この一戦で、ケリを付けてみせる。
「だけど、早苗!紫の“ジャスティス”には“デスティニー”の装備が通じない…!いくらエクストリームブラストでも、持久戦に持ち込まれれば………」
しかし、幾ら強化された“デスティニープラス”でも、攻撃の手が届かなければこちらの敗北は確定だ。もう後がない以上、これで倒せなければ本当の敗北だ。元の世界になど帰れはしない。
「だったら私と行くわよ、シン!」
霊夢が、振り向いて叱咤する。
「私が紫をどうにかする。シンは“ジャスティス”へ集中して!」
「どうにかするって…!」
「説明している暇は無いみたいね………!いくわよ!」
魔理沙に割り込んで霊夢が二人を呼びつける。早苗と魔理沙は小さく頷き、散開。霊夢と早苗は誘爆性対妖怪札を投げつけ、“ジャスティス”と紫の視界を奪う。札の爆発が煙幕の効果を担っているのだ。紫は生身の妖怪だ。視界を奪われた彼女が、わずかに怯んだその隙―――にとりがシンに叫ぶ。
「行きます!エクストリームブラストモード、起動!!」
「………ああ!!」
コンデンサに溜め込まれた余剰電力を今一度解放する。このモードも後にも先にも一回が限界だ。この残された時間で、全ての決着を付けてみせる。シンは、各部のパワーチェックで全てが通常値以上に上昇したのを確認して、全ての武器を一度に使う必殺の連撃、“フルウェポン・コンビネーション”を繰りだそうと、“ジャスティス”へ飛翔した。
黄昏色の光の翼が空を切り裂く。その圧倒的な加速は先程までとは比べ物にならない。これまで幻想郷で繰り広げたどんな戦いともかけ離れた、疾さだ。機体の消耗を気にしなくていいからこそ実現できるモビルスーツの限界機動だ。
「うおおおおおおっ!」
“アロンダイト”を抜刀し、最大加速。光の軌跡と化した“デスティニー”は、“ジャスティス”へ幾度と無く往復を繰り返し、斬り付け続ける。光刃の長刀は、“ジャスティス”の装甲に傷を重ね、そして同時にその反動で“アロンダイト”も損傷していた。これまでの戦いによる負担と、本来想定されていないこのエクストリームブラストで武装そのものにもダメージが通っているのだろう。
そう何度も使えない。シンはアロンダイトを収め、高機動を殺さずにビームライフルと超射程ビーム砲を構えた。
「“デスティニー”の全てを叩き込むッ!!!!」
全部、使い切る。“デスティニー”はライフルと超射程ビーム砲をフルオートで連射し、“ジャスティス”を逃さず攻撃を加え続ける。一度攻撃を緩めれば、また先程のように自己再生される。それを繰り返されれば負けだ。
「全て…?貴方の全てが、世界を揺るがすとでも言うの?そんな思いあがり、私が打ち砕いてみせる」
だが“ジャスティス”もただ攻撃を許してはくれなかった。シンの攻撃に合わせ、“ジャスティス”も脛部のビームブレイド“グリフォン”を展開。アロンダイトに打ち返す。こちらの速度は圧倒的なはずだ。だがそれも紫には通じてないのか、正確にこちらへとカウンターを仕掛けた。
アスランが得意とするクロスレンジでのカウンター。紫がやっているのはその模倣だ。だがその動きは完全に本物と違いがない。
「ぐっ!」
攻撃に専念するあまり、防御が遅れた。ビームシールドにジャスティスの一撃がのしかかる。だがまだだ。シンと“デスティニー”の痛みは、元の世界が受けた痛みに比べれば大したことはない。サブディスプレイが機体のダメージ率を表示するが、気に留めずにシンは操縦桿を巡らせた。
「させないっ!紫!」
シンの攻撃に気を取られていた今が好機だった。霊夢の全力を、紫に放つ。霊夢の霊力の弾を発射する“夢想封印”。可視化するほど集められた霊力の巨大な弾。それらが、空に佇んでいた紫へと注がれた。
「っ………」
だがそれも想定の範囲内だったのか。紫は見えない障壁らしきもので、霊夢の攻撃を無力化した。本気の紫に、幻想郷の遊びで通じるような攻撃は無意味だ。そもそもの力に差がありすぎる。
それでも―――霊夢の全力で紫の気をシンから逸らすことには出来た。既にシンは、一瞬止まった“ジャスティス”を、補足し、全兵装をアクティブ。“フルウェポン・コンビネーション”の体勢をとっていた。
「ターゲット・ロック!行くぞッ!」
動きが止まった今を逃す手はなかった。黄昏色の“デスティニー”が、フラッシュエッジを投擲し、続け様にパルマフィオキーナを遠距離で撃ち放つ。“ジャスティス”は腕部のビームキャリーシールドで防ぐが、それでも反応が遅れたことから防ぎきれなかった光の奔流は“ジャスティス”の装甲を抉った。色が変化してから、初めて傷が入った瞬間だった。
「思ったとおりです………!シン!紫さんのガンダムは、フェイズシフトとは違って霊力の塊です!“デスティニー”の攻撃を弾いたのは、紫さんの霊力で固められたコーティングです!!紫さんの霊力は無尽蔵で底が知れない………だから、攻撃を防ぐほどの硬度を持つこともできるし、自己修復だって紫さんの能力で出来るんです!」
「紫が自分を守るために霊力を割いた今が正念場よ!シン、一気に!」
外から聞こえる皆の声を受けて、シンは更に加速した。フルオートで撃ち続けるビームの雨とともに、“デスティニー”は接敵した。
「たあああッ!」
“デスティニー”の真骨頂であるクロスレンジ。戻ってきたフラッシュエッジでそのまま傷が入った“ジャスティス”のボディに二振りを突き刺す。そしてさらに勢いのまま、“デスティニー”は“ジャスティス”へパルマフィオキーナのビームサーベルモードを起動。光の槍で“ジャスティス”を突き刺す!
偽りの装甲にヒビが入る。所詮幻だ。本物の強さに、紛い物は敵いはしない。沢山の想いが加えられた“デスティニー”は負けはしない。何度でも、何度でもシンと皆は立ち上がってきた。どんなに、阻まれても諦めない思いが、誰にも止められることなんて無いのだから。
「くっ………!だとして、シン!私にも、譲れないものがある!この世界の未来の為に!!」
「俺は選んだんだ、この道を……邪魔するというのなら!」
怯んだ“ジャスティス”が制動をかけて、紫の気迫と共に反撃する。ビームライフルを向けられて反射的に“デスティニー”はビームシールドを構える。が、それ仇だった。その動きはフェイントで、本命は背部リフター“ファトゥム-01”に備えられたビームブレイドだったのだ。
シンは回避運動を行なったが、間に合わない。掴まれてバランスを崩した“デスティニー”は連撃を止められ、そのまま“ジャスティス”のリフターが迫る。反射的にボディをひねって躱すが、バランスを崩した。まずい、里に転落する!
「シン、機体制御!」
「ああ!!」
つんざくような叱咤に応え、なんとか墜落は避けられたが、すんでの所だった。モニターにはこちらを見上げる里の住民を映る。そこまで機体は里に迫っていた。“デスティニー”は里の外壁を超えて田畑に土煙を上げながら着地して、周りに深刻な被害に成るような要因を最小限で確認して再び光圧推進でジャスティスへと翔ぶ。
「里の皆だって、応援してくれてます………!」
「だったら、負けられないだろ!」
嘗て自分が戦っていた時、辺りに満ちるのは戦火と死だけだった。それがここでは、自分を支えてくれる優しい想いで溢れかえっている。
負けられない―――!
そのシンの願いが、束ねられた想いで更に高まる。幻想郷には多くの悲しみがありふれていた。それを正したシンだからこそ、この世界の皆が紫ではなく、シンに想いを送ってくれた。
「なぜ………!これは……!シンが必要であるべきなのは、この世界だというのに!」
「まだ分からないのっ!?」
頭上の紫が里の様子に戸惑う中、早苗が叫んだ。
「世界で、一番綺麗であり続けるものを、紫さんは知っていますかっ!?何度傷ついても、何度汚れ続けても、必死に咲き続ける意志を持った、命の花ですッ!シンは、それを守りたいから戦うんです!」
「次で、終わらせるぞ早苗!俺達の未来を、俺達が、切り拓くために!」
エクストリームブラスト、最大加速。次の一撃は、シンの一撃ではない。シンと、早苗の想いが集った最後の一撃。“デスティニープラス”の掌底がまばゆい光に包まれ、その輝きは“ジャスティス”を操る紫の瞳を強く焦がした。
「この可能性は………!見えない未来に向かう可能性、それもいいのでしょう………だが、それが決して明るいものとは限らない。本当の正解を、貴方達は見落としているのかもしれないのよ」
「いいえ、そんな筈はない」
紫の問いに、早苗が応じる。早苗は凛として紫へと言う。
「これが私達の答え。私と、シンの答え。私達が、私達が望む、未来を生きるんです!」
「でも、アンタの言い分はそれなんだ。アンタは、大切なものを守るために戦う。それでいいんだ………でもだからって…!皆の明日を壊させはしないッ!」
早苗の言葉を受けて、更にシンは加速した。機体の全てのエネルギーを、この一射に込める。ハイパーデュートリオンが限界を迎える。それでもいい。この一撃の後には何もいらない。未来を、運命を切り拓く最後の攻撃―――!
「うおおおおおおおおおおッッ!!」
爆発。シンの極限にまで高められた集中力と、この世界で束ねられた想いからなるエクストリームブラストモード最後の攻撃。“フルウェポン・コンビネーション・リミットブレイク”の最後に放つアロンダイトを“ジャスティス”に振り下ろした瞬間。閃光の剣閃が紫の“ジャスティス”を断ち切る。目の前が爆風に包まれ、激しい振動が二人を襲う。
「やった!」
「ダメだ!!」
早苗とシンが同時に叫び。シンは咄嗟に里へ加速した。
最大のミスを犯していた。紫のジャスティスと戦っていたこの場は里の上空。爆散した“ジャスティス”の破片は、霧散すること無く煙を上げて里へと落下していく。
迂闊だった。勝機を逃すまいと仕掛けたのが、仇となったのか。里から引き剥がすことが出来ずに、里の住民に被害を及ぼすような結果を招いてしまうなんて!!
「限りなく本物に似せてしまったことが、この結果を招いたとでもいうの…!?」
紫はそう呟いた。だが彼女の言葉に耳をかしている暇はない。さとりの時と同じなのだ。偽物とはいえ、モビルスーツが爆散した変質しているためだろう。
「シン!破片を補足しました!」
「まとめてふっ飛ばしてやる!!」
狙撃用バイザーで、墜ちる破片をロック。エネルギーの許す限り“デスティニー”は火を吹いた。長射程ビーム砲とライフルをフルオート。補足しうる限りの破片を全て狙い撃つ。
「シン!エンジンの変換系がもう限界です………!」
早苗の悲痛な叫び。反射的にサブディスプレイを見る。まずい。急なエネルギーの消費を繰り返した影響で、ハイパーデュートリオンエンジンがオーバーロードを起こしていた。長射程ビーム砲とビームライフルの速射は“デスティニー”の火器の中で最もエネルギー消費が激しく、エクストリームブラスト直後の機体に無理をさせてしまったことが決定的だったのだ。
行け、“デスティニー”―――!
シンは翔んだ。ライフルとビーム砲をマウントし、光圧推進を全開。光の翼を広げる“デスティニー”は残り僅かな破片をCIWSで撃ち落とした。
残弾ゼロ。残り破片は四つだ。
後残っている武器は―――!
フラッシュエッジ2、アロンダイト。全ての兵装を投擲する。命中。里の外へと押し出された破片は、人里近郊の田畑へと墜落する。そこに誰かの姿はない。
あと一つ。一際大きな破片があった。だがもう“デスティニー”には残された武器が存在しない。
「早苗」
「はい」
シンは早苗を見やった。これからとんでもない無茶をするぞと、伝えたかった。だがその前に早苗は即答したそれだけでシンは彼女の真意を読み取れた。
迷っている時間はない。シンは全速前進で破片へと飛翔した。
「いけえええ!」
聖輦船の時と同じだ。この機体の全てを使って、落下物を食い止める。
スラスター全開。出力を最大限にして“デスティニー”は破片を食い止めようと受け止める。
その落下速度は、徐々に縮まりつつあった。だが―――!
「ダメです!止まりません!!」
速度は弱まっていた。だがゼロにはならなかった。おまけに“デスティニー”のパワーも落ちつつある。“レジェンド”とレイもいない今、自分以外にどうにも出来ないこの状況で早苗のその言葉は絶望的だった。
シンが下す決断は、一つだった。
「早苗。もう一度エクストリームブラストを起動するぞ」
「でも、それは…!」
シンの言葉に早苗は信じられないといった声を上げた。それもそうだ。元々“デスティニー”の想定を超えた負荷をかけるあの形態に何のために限界時間というリミッターを掛けているのか。
シンの言葉は、『この機体を犠牲にする』と同義なのだ。
それは、“デスティニー”の放棄を意味する。
「紫さんも言ったではないですか!!この機体を失えば、元の世界に帰るための手立てを失う………!シンは二度と、元の世界に帰れないのですよ!?」
「それでも、いいんだ…!俺は決めたんだ。俺が守るべきものが、何なのか。それがどこにあるのかも!!」
早苗の静止を振り切って、シンは二度目のエクストリームブラストを起動させた。機体が纏う黄昏色は、無い。残り僅かなエネルギー出来る事は、精々通常時と変わりない機体の動き程度のものだった。
それでよかった。シンは何の躊躇いなく、機体を破片にぶつけた。破片が里の外へと突き飛ばされ、里への被害を防ぐ。そして、“デスティニー”も役目を終えたように、そのツインアイから光を失い、里の郊外に墜落する。
―――やった………!
シンは満足だった。守るべきものを守れたことに。そのまま二人は迫る地面を目にしているしかなかった。死ぬかもしれない。だが、やれることは全部やった。悔いはない。
けれど、涙が出た。
もう帰れない世界を想うと、何故か涙が流れていたことにシンはやっと気づいてしまった。
もう、帰れないのだと。分かってしまったから。もう、戦えない自分になってしまったから。
“デスティニー”は、暗灰色へと色を失い、その巨体を大地に沈めた。


風が、吹いていた。
守矢神社の一角で、シンは吹き渡る風に身を打たれながら幻想郷を一瞥できる山の上に佇んでいた。
青い空はどこまでも続いているようで、実際には限りがある。幻想郷が外の世界やコズミック・イラとは違う、神々が遺した箱庭たる所以だ。
シンはこの箱庭の中に住むことを決めた。戦う力を失い、外にでる手段も目的も無くなった今。この世界で過ごすことがシンの選んだ道で、幸せだった。
紫の戦いには勝ったのだから、シンが紫の言葉に従う道理などはない。敗者が勝者に従う、それがこの世界のルールだ。だからシンがこの世界に住むことは、シン自身の意思だ。
里の復興は無事終わった。今朝までシンも手伝いに向かっていて、無事白玉楼で助かったレイも、機体こそ失いはしたが入院で療養を続けている。天使や衣玖もその看病にかかりっきりらしかった。
シンはあの時の天子の慌てっぷりを思い出しながら少しだけ微笑んだ。天子の奴、刃物の扱いはかなり雑で、剣は振るっても料理の腕は振るわないらしい。以前早苗と料理していたのは早苗の監修があったからなのか、それとも単に得手不得手が極端なのか。
「シン」
背後から名前を呼ばれた。振り向くと、東風谷早苗がそこにいる。
この世界で生きる理由の一つが、彼女だ。ずっと早苗はシンの事を慕ってくれていた。ずっと自分の背中を支えてくれていた。
元の世界に帰れないことに悲しんだ時も、自らを受け止めてくれたのは彼女だった。
「また、ここにいらしたのですね」
「暇な時は、特にすることもないからな………っていうのも、いつまでもこうして入られないけど、さ」
「この世界で生きる、それがシンの選択ですけれど………」
これからどうしていこうか?
シンにはまだこの世界で生きる事になった自分の目的を持っていない。
ここには、争いもない。モビルスーツもない。元の世界のような進んだ技術もない。
原始的な世界とは無縁だった異世界人の自分が、どんな未来を迎えるのか想像もできなかった。
もしかすれば、元の世界に変えれた未来もあるのではないだろうか。いや、考えるのはもうやめよう。
兵士であり、エースパイロットの自分は、もういらない。
これから必要なのは、コーディネイターもナチュラルも関係ないこの世界で一人の人間として生きることだ。
「私は、嬉しいです。シンがこの世界に残ってくれて………私は、ずっと貴方に惹かれてました。だから貴方が帰ると言っても、大好きな人の言葉を、妨げはしない………全部、シンの人生で、生きる世界ですから」
「早苗………」
「ずっと、言いたかった言葉があるんです」
早苗はほんのりと顔を赤らめながら、それでもシンから顔を背けずに微笑みながら、言った。
「大好きです。シンと出会ってから、今日まで、ずっと好きでした。これからも、一緒に暮らして行きませんか?私達の、この世界で」
風が、一際強くなったような気がした。
心に澄み渡る、涼しげな風。それは、過去も、今も、未来も変わらぬこの世界で吹き渡る風。
シンはこれからも、この風を受けながら生きていくだろう。
早苗は手を差し伸べてきた。その手は、白く細いか弱いものだが、未来へと繋がる―――明日への道標だ。
シンは笑顔でそれを掴んだ。
そして、応えるべき言葉を早苗に伝えた。そして、華奢な体を包み込んだ。早苗も、身体をこちらへと預けてきた。
「どうか、私を…離さないでください」
ゆっくり頷いた。早苗と共に生きる世界。それはきっと、大変な道のりになるだろう。どんな苦楽があるだろうか。自分には全くわからない。
だけれど、今ここにある幸せは確かなものだ。この幸せがあるかぎり、きっと大丈夫。
「ああ」
もう武器を取ることもない。モビルスーツに乗ることもない。元の世界は大変だろうが、キラ、アスランならきっとやってくれる。それを伝えられないのが残念だ。きっと、今頃はMIA扱いだろう。
自分は、この世界の住民になったのだ。なら、この世界で生きてゆこう。
「あなたと一緒に、いさせてください。ずっと、ずっと………」
二人の影が、重なった。
シンの中にあった悲しみが消えていく。戦火を見つめ続けた怒れる瞳から、一筋の涙がこぼれた。シンには何でその涙が出てきたのか、分からなかった。

シンが武器を持つことは、二度となかった。