FINAL-PHASE C.Eルート


「終わらせるんだ………悲しみの連鎖を!」
コズミック・イラが繰り返してきた戦争の歴史。ロゴスによる戦いの連鎖から起きた死の積み重なりは、絶対に止めなければいけない。その決意に、迷いなんて無い。争いで生み出された悲しみは、全て断ち切る。その為に、自分達のように戦える人間があの世界には必要だ。
紫の言う、キラやアスランが持つ“S.E.E.D”。それが自分にも有るのなら………戦争を終わらせるために使ってみせる!
「そうです………シンッ!!」
地上より近づいてくる生体反応をレーダーが捉え、同時に少女の声が耳朶を打った。サブカメラが写したモニターには、霊夢、早苗、魔理沙、にとりの四人がこちらへと近づいていた。
「みんなっ!」
「皆で、シンの背中を支えます!シンが、帰りたい所へ帰れるためにッ!!」
「私達とお前の想いが詰まったその“デスティニー”なら、絶対に負けはしない!」
「シンが………私達の世界を変えてくれた!私も、シンのおかげで変われた!」
「だから、後は黒幕を吹っ飛ばすだけだ!私らで突破口を開く、後はシン!どでかいのを頼むぜ!!」
駆けつけた彼女らは“デスティニー”に並び、紫の“ジャスティス”と対峙する。自分には、これだけの仲間がいてくれて、支えてくれる。その想いに応えなければと、シンの中にある決意が燃え上がる。高揚感がやがて、最大限へと達した時―――!
視界が広がる。世界を覗く瞳が鮮明に研ぎ澄まされる。この感覚は、“S.E.E.D”の発現。
シンの望む世界を阻む紫を打ち破る力。そして悲しみの運命を切り拓く、人類の新たな可能性だ。守りたいものの為に、シンの中の可能性は今再び目覚めたのだ。
「………霊夢、貴方もシンの方へ付いたのね」
「………紫」
紫が、対峙した霊夢に対して言う。離れてしまった彼女に、僅かばかりの憂いが滲んだ。しかしそれもすぐに消え、紫の顔は無表情へと戻っていた。
「私は、ずっと貴方に従っていた………だけど、私はもう、自分に嘘はつきたくない。私は、シンを………シンに、元の世界へと届けたい…!」
「…そう」
紫の諦観。もしかしたら紫は、どんなことがあろうとも霊夢だけは、自分の味方でいてくれるのだと思っていたのかもしれない。
どんなに紫の前に敵が現れようとも、絶対に裏切らないと思っていた霊夢だけはと。
本当は、家族が欲しかったのは霊夢ではなく紫の方ではないのか?僅かに俯かせた彼女を見て、シンはそう思いを巡らせる。しかし、譲れないのは自分だって同じだ。俺が俺の出来る事をするために、今俺はここにいる。シンの決意を揺るがすものは、何もなかった。
「にとりさん、乗ってください!エクストリームブラストモードの制御を!」
「早苗、お前は!?」
「私は、魔理沙さん、霊夢さんと、突破口を開きます。機体の制御ならにとりさんのほうが造詣が深い。限界近い“デスティニー”をオーバーロードさせずに全力行使させるには、貴方をおいて他にありません!!」
「……わかった…!シン!」
早苗の指示でにとりは頷き、“デスティニー”のコックピットに飛ぶ。シンがハッチを開放。直ちに収容、サブシートに座らせる。エクストリームブラストのセットアップ要領はにとりも熟知している。機体の各部にもかなりのダメージが行き届いている中、これ以上の酷使は機体の自壊を招くと、にとりはシンに警告している。
だが、それを最も熟知しているにとりならばと。エクストリームブラストモードの限界まで理解できているにとりなら、シンの動きに合わせて機体をもたせることが出来るはずだと、早苗は叫んだのだ。
「だけど、皆!紫の“ジャスティス”には“デスティニー”の装備が通じない…!いくらエクストリームブラストでも、持久戦に持ち込まれれば、“デスティニー”の方がもたない」
しかし、幾ら強化された“デスティニープラス”でも、攻撃の手が届かなければこちらの敗北は確定だ。もう後がない以上、これで倒せなければ本当の敗北だ。元の世界になど帰れはしない。
「なに弱気になってんだ、シン!」
魔理沙が、振り向いて叱咤する。
出会った時から変わらない、彼女の勝気な声はいつもシンを後押ししてくれたものだ。
「だからこそ私達がいるんじゃねえか!大船に乗ったつもりで、私達のタイミングに合わせとけばいいんだよ!まっ、ちょっくらそのガンダムで、あの紫の木偶人形を足止めしてもらうけどなっ!」
「足止め?」
「説明している暇は無いみたいね………!魔理沙、早苗!」
魔理沙に割り込んで霊夢が二人を呼びつける。早苗と魔理沙は小さく頷き、散開。霊夢と早苗は誘爆性対妖怪札を投げつけ、“ジャスティス”と紫の視界を奪う。札の爆発が煙幕の効果を担っているのだ。紫は生身の妖怪だ。視界を奪われた彼女が、わずかに怯んだその隙―――にとりがシンに叫ぶ。
「行くぞシン!エクストリームブラストモードだ!」
「………ああ!!」
コンデンサに溜め込まれた余剰電力を今一度解放する。このモードも後にも先にも一回が限界だ。この残された時間で、全ての決着を付けてみせる。シンは、各部のパワーチェックで全てが通常値以上に上昇したのを確認して、全ての武器を一度に使う必殺の連撃、“フルウェポン・コンビネーション”を繰りだそうと、“ジャスティス”へ飛翔した。
黄昏色の光の翼が空を切り裂く。その圧倒的な加速は先程までとは比べ物にならない。これまで幻想郷で繰り広げたどんな戦いともかけ離れた、疾さだ。機体の消耗を気にしなくていいからこそ実現できるモビルスーツの限界機動だ。
「お前の想いを、ぶつけろッ!シン!!」
「うおおおおおおっ!」
“アロンダイト”を抜刀し、最大加速。光の軌跡と化した“デスティニー”は、“ジャスティス”へ幾度と無く往復を繰り返し、斬り付け続ける。光刃の長刀は、“ジャスティス”の装甲に傷を重ね、そして同時にその反動で“アロンダイト”も損傷していた。これまでの戦いによる負担と、本来想定されていないこのエクストリームブラストで武装そのものにもダメージが通っているのだろう。
そう何度も使えない。シンはアロンダイトを収め、高機動を殺さずにビームライフルと超射程ビーム砲を構えた。
「“デスティニー”の全てを叩き込むッ!!!!」
全部、使い切る。“デスティニー”はライフルと超射程ビーム砲をフルオートで連射し、“ジャスティス”を逃さず攻撃を加え続ける。一度攻撃を緩めれば、また先程のように自己再生される。それを繰り返されれば負けだ。
「悪あがきね」
だが“ジャスティス”もただ攻撃を許してはくれなかった。シンの攻撃に合わせ、“ジャスティス”も肩部にあるハイパーフォルティスビーム砲でこちらへと打ち返す。こちらの速度は圧倒的なはずだ。だがそれも紫には通じてないのか、正確にこちらへとビームを放つ。
「ぐっ!」
攻撃に専念するあまり、防御が遅れた。だが気に病むものか。シンと“デスティニー”の痛みは、元の世界が受けた痛みに比べれば大したことはない。サブディスプレイが機体のダメージ率を表示するが、一瞥もせずにシンは操縦桿を巡らせた。
「させないっ!紫!」
シンの攻撃に気を取られていた今が好機だった。霊夢、早苗、魔理沙が持てる限りの全力を、紫に放つ。霊夢の霊力の弾を発射する“夢想封印”。早苗の霊力を、巨大な槍型に固定して相手を貫く“九字刺し”魔理沙のモビルスーツに匹敵する一射を撃つ“マスタースパーク”。それらが、空に佇んでいた紫へと注がれた。
「っ………」
だがそれも想定の範囲内だったのか。紫は見えない障壁らしきもので、霊夢達の攻撃を無力化していた。本気の紫に、幻想郷の遊びで通じるような攻撃は無意味だ。そもそもの力に差がありすぎる。
それでも―――霊夢達の全力で紫の気をシンから逸らすことには出来た。既にシンは、一瞬止まった“ジャスティス”を、補足し、全兵装をアクティブ。“フルウェポン・コンビネーション”の体勢をとっていた。
「ターゲット・ロック!行くぞッ!」
動きが止まった今を逃す手はなかった。黄昏色の“デスティニー”が、フラッシュエッジを投擲し、続け様にパルマフィオキーナを遠距離で撃ち放つ。“ジャスティス”は腕部のビームキャリーシールドで防ぐが、それでも反応が遅れたことから防ぎきれなかった光の奔流は“ジャスティス”の装甲を抉った。色が変化してから、初めて傷が入った瞬間だった。
「やったぁ!」
にとりがその事実に喜び、シンも勝機を掴んだ。傷が入るなら絶対にどんな相手だろうと倒せる!
「思ったとおりだ………!シン!紫のガンダムは、お前のガンダムとは違って霊力の塊だ!色を変えたのは、紫の霊力で固められたコーティングだ!!」
「紫さんの霊力は無尽蔵で底が知れない………だから、攻撃を防ぐほどの硬度を持つこともできるし、自己修復だって紫さんの能力で出来るんですっ!」
「紫が自分を守るために霊力を割いた今が正念場よ!シン、一気に!」
外から聞こえる皆の声を受けて、シンは更に加速した。フルオートで撃ち続けるビームの雨とともに、“デスティニー”は接敵した。
「たあああッ!」
“デスティニー”の真骨頂であるクロスレンジ。戻ってきたフラッシュエッジをビームサーベルモードに変更。そのまま傷が入っている“ジャスティス”のボディに二振りを突き刺す。そしてさらに機体の勢いのまま、“デスティニー”は“ジャスティス”へ全力で蹴りつけた。
偽りの装甲にヒビが入る。所詮幻だ。本物の強さに、紛い物は敵いはしない。沢山の想いが加えられた“デスティニー”は負けはしない。何度でも、何度でもシンと皆は立ち上がってきた。どんなに、阻まれても諦めない思いが、誰にも止められることなんて無いのだから。
「くっ………!だとして、シン!私にも、譲れないものがある!この世界の未来の為に!!」
「俺は選んだんだ、この道を……邪魔するというのなら!」
怯んだ“ジャスティス”が制動をかけて、紫の気迫と共に反撃する。ビームライフルを向けられて反射的に“デスティニー”はビームシールドを構える。が、それ仇だった。その動きはフェイントで、本命はビームキャリーシールドに備えられたアンカー、“グラップルスティンガー”だったのだ。
シンは回避運動を行なったが、間に合わない。掴まれてバランスを崩した“デスティニー”は連撃を止められ、そのまま“ジャスティス”の力任せなスイングに為す術もなく、眼下の里へと投げ飛ばされた。
「シン、機体制御!」
「やってる!!」
にとりのつんざくような叱咤に応え、なんとか墜落は避けられたが、すんでの所だった。モニターにはこちらを見上げる里の住民を映る。そこまで機体は里に迫っていた。“デスティニー”は里の外壁を超えて田畑に土煙を上げながら着地して、周りに深刻な被害に成るような要因を最小限で確認して再び光圧推進でジャスティスへと翔ぶ。その時、外部スピーカーからの振動感知の知らせがシンとにとりに届けられる。
「外からの微振動って………音か?里の方から?」
「コックピットに通すぞ、シン!」
外部スピーカーが感知した音声の解像度をにとりが上げて、コックピット中に響き渡らせる。そこから聞こえたのはシンを応援する、里の住人たちから送られた声の塊だった。
「がんばってっ!シン、皆!」
いの一番に声を出していたのは小傘だった。彼女は、里が被害にあってからずっと里で命蓮寺の皆と復旧の手伝いに加わっていた。小傘の周りには、応援を呼びに行った水蜜を始め、命蓮寺の妖怪達、白蓮、そしてその門下生もシンに向かって声援を送っていた。
「シン!私は、法界で貴方に助けられました!私達はこれぐらいしか出来ないですが………!」
「聖の言うとおりですっ!アスカ君、貴方には、帰るべき世界があるのっ!」
「キミのその力は、こんな所で燻らせるべきものじゃない!運命を切り拓くんだろう、キミは!」
「雲山にもまけないその巨体が、たった一人の独善に押しつぶされていいはずがないでしょう!?」
「虎の子は山へ放せ………帰れる世界へ、踏み出すんです!シンさん!」
彼女達命蓮寺だけじゃない里のあらゆる場所から、シンを支える声援が聞こえる。集音方向をにとりが変えると、今度は別の声が聞こえてきた。シンから読み取ったモビルスーツの虚像で里の復旧に手を貸していたさとり達地霊殿の住人と、同じく館の住人達とともに里に駆けつけていたレミリア、フランをはじめとする紅魔館の皆。そして、守矢神社の諏訪子と神奈子に、永遠亭の皆も。怪我をして横になっていた、阿求もいる。
「シン!そんな悪いやつ、やっつけちゃえ!!私の掌のように、そのでっかい身体でアイツなんて吹き飛ばしちゃって!」
「運命はいつだって視えるけれど、決まっているとは限らないって教えてくれたのはシン!貴方よ!本当に貴方が正しいのなら、貴方の運命、変えてみせて!」
「シンのような人と出会えたから、私は新しい世界を目にしてる。信じているわ、シンの強さを」
「お嬢様たち皆を変えたのは、紛れも無くシンさんですよっ!ドカーンって、決めちゃってください!」
「旧い連鎖を断ち切ったのは、シンよ。なら、八雲紫だって、貴方は変えて見せれるはず………!」
「心を読むサトリの心が、誰かに理解されるなんて、私は考えられなかった………!だから、私が貴方を想う!元の世界に、帰れますようにって!」
「お姉ちゃん、そうだよ!それが誰かを理解してあげること!人間と変わらない、誰かを理解する生き物であるってことの証明なんだよ!………だから、シン!がんばってええ!」
「早苗が認めたシンなんだ!君の力はっ、誰だって救うことの出来る奇跡なんだッ!」
「神奈子の言うとおり!早苗が心に決めた相手だというのならっ!ここで退けない訳無いでしょ!」
「シン・アスカ!キミは永遠の時を生きる私と永琳に、一瞬だからこそ輝ける命の輝きを見せてくれたっ!だから、勝ちなさい!」
「怪我なんて気にする必要はないわ。どんな身体で帰ってきても、君を治してみせるから」
「やぁやぁ、見物の皆さん。この盛り上がりに見合う甘さのお菓子はいかが?飴菓子一本一両から………!」
「いくらなんでも高すぎるッ…!?じゃなくて!てゐ、あんたって娘は!!!!………レイさんと同じ力を持つシンさんなら、絶対に負けないわ………!だって、君の波長には、迷いが感じられないもの」
「歴史に残るこの一戦………!私は、シンさんが勝つって、確信しています!!」
みんな―――!
嘗て自分が戦っていた時、辺りに満ちるのは戦火と死だけだった。それがここでは、自分を支えてくれる優しい想いで溢れかえっている。
負けられない―――!
そのシンの願いが、束ねられた想いで更に高まる。幻想郷には多くの悲しみがありふれていた。それを正したシンだからこそ、この世界の皆が紫ではなく、シンに想いを送ってくれた。
「なぜ………!これは……!皆がシンを必要としていないというのッ!?シンが必要であるべきなのは、この世界だというのに!」
「まだ分からないのっ!?能力は柔軟なのに、頑固な頭ね!八雲紫!」
「アリスさん!それに…!」
頭上の紫が里の様子に戸惑う中、上空で叫んだのは里から飛んでこちらに来たのだろう、アリス・マーガトロイドだった。こちらの様子を目にして来てくれたのだろう。アリスだけではない、小町、そして普段は冥界に居るはずの四季映姫でさえもが、この場に来てくれていた。
「世界は、貴方の思い通りじゃなくて、貴方のおせっかいが必要なほど弱くはないということよ!それを、シン君は証明しているのッ!」
「シン!里は大丈夫だ、お前が避けてくれたおかげで、被害はない。後は、お前のやりたいように、やるだけさ」
「小町………!だけど、俺は友達を、守ることが出来なかった…!」
「いいえ、貴方のご友人は、まだ私は目にした覚えはありませんよ」
「映姫さん…?それは…!」
映姫の口振りに、胸がざわつく。四季映姫はこの世界の閻魔だ。死者を裁く立場である以上、死者の顔を必ず目にする。そしてその立場である彼女は、この世界に生きる全ての生物の素性を知ることの出来る浄瑠璃の鏡を手にしている。
つまり、四季映姫はシンに纏わる人妖を全て知り得ていて、シンに関係する人間の生死を映姫は知っていることになるのだ。
「里を御覧なさい」
映姫の指す方。里の住人達が集う広場の外側。最大望遠でズームをかける。そこに映されていたのは―――!
「レイ………!天子も!無事だったんだなっ!」
天子に支えられる形で、傷だらけのパイロットスーツ姿のレイが、画面に映し出されていた。嬉しさと驚きで自然と涙がこぼれ、奇跡の連続に自分は夢でも見ているんじゃないかと錯覚しそうになる。
「私はこの事態を聞きつけて、貴方に会いにと小町に案内してもらったのです。そして、貴方が彼を死んだと思い込んでいると西行寺幽々子から聞きましたので、その事実をと。以前、小町に関して助けていただいたことでの、せめてものとのお礼です」
「あたいだって、シンに助けてもらった一人さ。だから、シンを応援する。もう何も、迷うことなんて無いだろ!」
「………はい!!」
エクストリームブラスト、最大加速。次の一撃は、シンの一撃ではない。シンと、この世界の皆の想いが集った最後の一撃。“デスティニープラス”の掌底がまばゆい光に包まれ、その輝きは“ジャスティス”を操る紫の瞳を強く焦がした。
「選ぶというのね……飽くなき戦いを」
「いいえ、シンは戦いに行くのではありません」
紫の問いに、早苗が応じる。早苗は凛として紫へと言う。
「シンは守りに行くのです。大切な、命の花々を。花がずっと、咲き続けることのできる平和な世界へと!」
早苗の言葉を受けて、更にシンは加速した。機体の全てのエネルギーを、この一射に込める。ハイパーデュートリオンが限界を迎える。それでもいい。この一撃の後には何もいらない。未来を、運命を切り拓く最後の攻撃―――!
「うおおおおおおおおおおッッ!!」
爆発。パルマフィオキーナを“ジャスティス”に押し当てトリガーを引いた瞬間。閃光の槍が紫の“ジャスティス”を貫く。目の前が爆風に包まれ、激しい振動が二人を襲う。その瞬間、機体が限界を迎えた。コックピットのあらゆるパネルがブラックアウトし、機体の勢いが失せてゆく。
「“デスティニー”がっ………墜ちる!」
にとりがそう叫んだ時、シンは咄嗟に手元を弄った。
あった―――!緊急脱出用の強制解放レバーだ、シンは迷うこと無くそれを引き抜いた。“デスティニー”のハッチはそれ単独でも動作するように電源が独立している。次の瞬間、コックピットに暴風が吹き込み、シンとにとりは全身の揺れに混乱寸前になる。
「シン―――!」
シートベルトを外したにとりが、叫びながら後ろから手を伸ばしてくる。予想以上に手こずるが、備えていたナイフでシンも急いでシートベルトを外す。手を伸ばす―――!にとりの小さい手にシンの手が確かに重なった。
「翔ぶぞッ!」
にとりの合図で身体が宙に飛ばされる。シートを思いっきりにとりが蹴りつけたのだ。力なく落ちてゆく愛機の姿を一瞥した時。予想外の異常が起きた。爆風で起きた気流の乱れで、にとりの身体が大きく揺れた。紫の霊力が暴走して起きた爆発は余りにも強く、モビルスーツの規模に比べれば木の葉のようなにとりの体躯は為す術もなく吹き飛ばされてしまった。
「にとり、離せっ!」
「嫌っ、もうお前を救えない私なんて………!」
「だけどっ!」
もはや是非を問う必要はなかった。シンは身体を捻ってにとりの腕を抜け、自分から空に身体を預けた。あのままにとりが満足に飛べないまま重りを抱えていた所で共倒れは目に見えていた。だから―――
「シイインッ!!!!」
にとりだけでも、生きていて欲しい。その想いを抱えながら、にとりの叫び声が風で消えゆくのを耳にしてシンはブラックアウトによる意識が薄れる中、幻想郷の空を墜ちていった。


間に合え―――!
早苗は翔ぶ。霊力の全てを身体に巡らせ、空気抵抗のわずわらしさに本来人の形が空を飛ぶのに適していないのを改めて実感する。それを覆す自分の奇跡が、シンに届かないことに酷く焦る。
魔理沙や霊夢も早苗とともにシンに向かう。だが、二人は紫との対峙で酷く消耗していた。元より、早苗の霊力は幻想郷の住民と異なり、神から授けられたものだ。その回復力も、誰よりも高い。早苗は、二人を振りきって意識を失っているシンの放り出された身体を追い続けた。
徐々に伸ばした手がシンに近づく。でもまだ足りない。このままでは地面への激突のほうが早く、このスピードで加速した自分も激突は避けられない。でも、シンを救うためには自分が命を賭けるしかない。早苗は、速度を更に高めた。
「お父さん………お母さん!」
また、誰かの死を見ているだけなのか?また、誰かの死を力なく悲しまなければいけないのか?そんなのは絶対に嫌だ!
二度と力が使えなくなってもいい。だから、この瞬間に全力を注ぐ。シンさえ無事でいてくれたならば、シンさえ助けることが出来るのならばと。地面に迫る、シンの身体を止めようと手をさらに伸ばした。
「シン!!!!」
「さ―――な、えっ!」
そして―――早苗の華奢な体が重みを増す。伸ばした掌がシンの手を掴んだ瞬間、意識を取り戻したシンが早苗を呼んだ。自分を押し続けていた神風を反転させて制動をかけたことにより、落下速度が弱まったことでシンが意識を取り戻したのだ。
だが―――落下はまだ止まらない!
「「早苗!!」」
頭上からの声、直ぐに見上げる。早苗に追いついた霊夢と魔理沙が、早苗と同じようにシンの身体を掴み、急制動をかけた。
弱まる速度。近づく地面。そして―――遠くで“デスティニー”が墜落する轟音。それら全てが一度に四人を襲いかかった瞬間、早苗達は里の外に広がる森に勢い良く突っ込んだ。
木々の枝が全員を襲い、保とうとしていたバランスも崩れ、気がついた時には身体が激しく叩きつけられ、頭の中に激しい火花が炸裂した。
傷だらけで敗れた服の間から、生暖かい自分の血が流れる。森の激突の際に離れ離れになった霊夢と魔理沙は、すぐ近くで倒れていた。呻き声を耳にしながら、二人に大した外傷がないことに早苗は安堵する。
そして―――自らが抱える温かさ。
シンは無事だった。早苗が必死に抱きとめて、地面の衝撃から守ることが出来た彼は、両目を開けて早苗を眺めていた。
「よかった………シン…!」
生きていてくれた。やっと、誰かを救うことが出来た。
早苗はシンを固く抱きしめた。大好きな少年を、助けることが出来たのが嬉しかった。涙を流しながら、嗚咽をこらえもせず、早苗は泣き続けた。
「ありがとう、早苗……!」
シンの声が聞こえてきた。ありがとうと言いたいのは、早苗も同じだった。だけど言葉が声にならない。出てくるのは嬉しさのあまりの感情の迸り。
抱き返してきた、シンのぬくもりが、早苗にはとても心地良かった―――


「それじゃあ………本当に行くのね」
博麗神社。あの決戦の日から一週間が経過した。
シンは河童たちに急ごしらえで修理された“デスティニー”を博麗神社に置き修理が終わるまで、ずっと幻想郷をまわっていた。
その理由は決まっている。この世界で出会ったすべての人達と別れを済ますためだ。
シンは今朝までにそれを終わらせて、徒歩で博麗神社まで向かった。もちろん、レイの姿もここにいる。永琳に爆発の際に負った怪我を治してもらい、天子とともに博麗神社で待ってもらっていた。
ここに来るまでに、にとりと早苗と歩いてきた一歩を踏みしめる毎。シンは別れを済ましてきた彼女達との思い出を思い出していた。
初めてこの世界で墜落してからの日々。にとりや霊夢、早苗との出会い。そこから始まったこの世界での生活。
その全てが今日、終りを迎えるのだと思うと。それら全てが、楽しかったと思えるのが不思議なところだ。
“デスティニー”も、よく戦ってくれた。動力源が無事だったため、全兵装の修理をオミットする形で何とか飛行可能となった愛機は、帰還するシンを待つように片膝を付いて神社の前で待機している。この機体にも、何度も助けられた。“フリーダム”にも助けられたのは、因果というものなのだろうか。今は霧の湖のそこで眠っている“フリーダム”の持ち主は、キラだ。敵対した彼にも助けられるなんて思いもしなかったのだから。
この世界で散った機体、そして兵士。彼らはもう、戦うこと無くこの世界の中に居ることになるだろう。どうか、安らかに眠って欲しい。人を殺した兵士という意味では自分だけ元の世界に帰れるなんて、おこがましいのかもしれないが。それでも、シンにはやることがある。もし、フォックストロットのような彼らテロリストが冥界で過ごすことが出来るなら、彼らもこの幻想郷で争いを忘れられるようになってほしい。シンが、にとりや早苗達のおかげで戦いを忘れられることが出来たように。
「シン」
「レイ………」
レイが、穏やかに名前を読んだ。彼は無事だった。“デスティニー”の身代わりになった際、天子が緋想の剣でハッチを斬り裂き、レイを連れて外へと脱出していたらしかった。あの爆発を近くから受ければ、発される熱で生身の人間はまず命がないことは明白なのだが、彼が助かることの出来た理由は二つある。
それは、天子の存在と彼が過去に口にした天界の桃だった。
天子の身体は天人として強靭な体を持ち、ナイフはおろか、単なる物理的な衝撃でその身体に傷をつけることは出来ない。とっさに天子が爆風からレイを庇ってさらには吹き飛ばされた場所が白玉楼の庭園の庭石がクッション代わりになったのもあって、大した怪我もなかったらしい。レイも、天子ほどではないが天界の果実で身体が強くなっているのもあって身体を強打していてもすぐに里まで動けるくらいの怪我で済んだようだ。
あの戦いの後、二人して永琳の治療を受けたことは記憶に新しいが、レイの寿命―――テロメアの短さについても永琳の治療と天界の果実で無事解決した。定期的に天界の桃を口にする必要はあるものの、とりあえずは人間の平均的な寿命と変わらずに生きることが出来ると永琳から保証された。きっと、この世界にきて一番救われたのはレイではないのかとシンは想う。この世界で出会えてシンも嬉しいが、普通の人間と変わらず生きることの出来る彼が一番、幸せなのだから。
だから―――彼はもう、戦う必要はない。
「元の世界に、帰るんだな」
「ああ、レイとはお別れになってしまうけど」
レイはこの幻想郷に残る決意をしたのだ。“レジェンド”は失われ、もう過去の妄執にすがる必要もない。レイを必要としていたギルバート・デュランダルも、ラウ・ル・クルーゼも、もういない。
シンは一緒に帰ろうと提案した。世界を平和にするには、レイの力が必要だというのももちろんある。それもあるが、なによりも元の世界に帰れるのだと、シンは訴えた。
しかしレイは、首を横に振った。
「俺はこの世界でやることがある。里の傷痕の復興やこの世界に入ってしまったコズミック・イラの技術の痕跡の抹消もそうだが、なにより俺はもう元の世界では必要ない。俺のような呪われた存在はもう、終わりにしないといけないんだ。俺のようにクローンがあの世界で存在し続けていると、また誰かが俺達のような存在を生もうとする」
「必要ないなんて………!お前は俺の友達で、誰かのクローンとかそんなんじゃないだろっ!」
「だからだ。俺達の技術はお前達が消して欲しい。俺の存在が、クローン技術の証明になる。俺以外にもあの世界にはクローニングで生み出された人間がいる。だが、彼らが平和に過ごすにはシン、お前達にしか出来ない」
お前に押し付けているようで、済まないとは思っている。レイはこう言い足してシンの誘いを振り払った。彼の意思は堅い。シンがどんなに食い下がっても彼の心が変わることはないのだと、シンは感じた。
「それに………俺には守る存在が出来てしまったからな。彼女をおいてはいけない」
それは、この世界で出来た繋がり―――
レイが口にしたその少女が誰なのか、シンもよく知り得ている。
そしてその少女は、いましがたやっと到着した見送りに来てくれた彼女達とともに、この博麗神社に来ていた。
博麗神社に空からやってきた少女達。魔理沙を始めとするシンと知り合った幻想郷中の住人達が、一堂に会する。
霖之助みたいに普段から忙しいであろう彼でさえ、この時のために店を空けてくれた。
紅魔館や地霊殿の住人達のように、里の復興に忙しい彼らも、来てくれていた。
見渡すかぎりの優しい眼差しに気をゆるめば涙が出そうになるくらいで。こんなに嬉しい気持ちは初めてだった。
その中から、レイの傍に歩み寄る一人の少女。天女の羽衣を揺らしながら、ゆっくりと歩み寄ってきた彼女の存在をシンは見つめる。
永江衣玖。彼女が、レイがこの世界で守るべき存在だった。
「お待たせしました、レイさん。皆をここまで連れてくるのに、それなりのお時間をかけてしまいました。」
「地震を知らせる龍宮の使いだろうと、この世界中の住人をここへ呼ぶのは一苦労だろう………お前にはいつも感謝している」
「まあ。褒めてくださって嬉しい限りですよ。けれど、本当にいのですか?貴方もシンさんと元の世界に帰らなくとも………」
「あの世界に必要なのは、俺の呪いの持つ力より、未来への希望を有するシンだ。そして、キラとアスラン。運命を切り拓く因子を持つ彼らなら、きっとこの世界のように平和な世界へと変えてくれるはずだ。それに………お前と天子を放ってはおけない」
「天子―――総領娘様なら、私と貴方の関係について知っても特に動じていませんでしたね」
「あんだけこそこそ隠れながら仲よかったら、嫌でも気付くわよ、衣玖、レイ」
「天子!?」「総領娘様!?」
二人が夢中になって話していると、駆けつけてきた人達を掻き分けてきた天子が二人の間に文字通り割り込む。その顔は不機嫌だが、声音はどこか嬉しそうに弾んでいた。
「私は別に、レイと衣玖の仲を認めただけよ。けどそれは、私がレイの主としての話。私が居る限り、レイは私の手から離さないし、ずっと一緒にいてもらうのよ。天界で、私の大切な存在として、ずっと。ずっとね」
「………いっておきますけど、レイさんを総領娘様に譲る気はありませんよ?」
衣玖が天子の物言いに目を丸くしたまま、そう言った。
「ふん。最終的にはレイを主である私無しではいられなくしてみせるわよ。衣玖が私の恋敵になったのは意外だけど、そんなの大した問題じゃないわ。それに、別に誰かを選ぶ相手が必ず一人だなんていうルールは、外の世界にはあってもこの世界にはないわ。私は絶対、諦めないんだから!」
天子がそう不遜に言うと衣玖は一度は笑いをこらえたが、すぐに吹き出してしまいお腹を軽く抱える。その言葉を聞いていた住人達も腹を抱えて笑い出し、里の皆に至ってはレイを「幸せ者!」だと囃しながら彼に群がってからかい始めた。
よかったな、レイ。お前はもう、独りじゃないんだ―――
その姿を眺め、心中でそう呟くシン。
そろそろ自分の守るべき世界に向かう為、静かにその光景を背けて機体の方へ歩もうとする。
すると、早苗とにとりがシンの前にいた。二人は、シンの前を阻む形で“デスティニー”へと続く境内の間に立っていた。
「帰って、しまうんですね」
早苗が口を開く。いずれも、その顔に宿るのは寂しげな悲しみだった。にとりは俯き、その瞳は前髪に隠れて見えない。
「決めたから、な」
今更残れと言われても、シンには退けない。この道を選んだから、これ以外の道なんてない。
それを選ぶ運命もあったかもしれない。もしかすれば、レイのように早苗やにとりと共に生きる未来もあったかもしれない。
だが、この選択が自分の選んだ道だ。例え、地獄ような苦しみに直面しようとも、後悔はしない。
「私、あなたが大好きです」
早苗―――
突然の告白に、シンの心が震えた。
「ずっと、シンが大好きです。この世界で出会えてとても嬉しかった。シンが元の世界で帰っても、私はずっと、あなたが大好きでいますから」
「私だって、お前のこと大好きだ!誰よりも!!けれど、お前がいなくなるんじゃ、私は………っ!」
こらえきれなくなったのか、にとりが肩を震わせた。そしてこぼれ落ちる輝きが、前髪の奥からあふれていた。早苗もだ。早苗も、涙で顔を濡らして、それでも無理に笑顔を作っていた。
シンはふと、二人をおもいっきり抱きしめたい衝動に駆られた。そして、二人とともにずっとこの場所にいてやりたい、とも思った。
「………っ!」
それ以上は、考えられなかった。シンは二人を振りきって、全力で“デスティニー”の下へと駆けた。振り返りはしない。躊躇いもない。だけど、いつの間にか頬を伝う温かいものがあるのに気づいて、シンはそれを“デスティニー”の下にいる霊夢と紫に悟られないよう、軽く腕で目を擦った。
―――幸せになってね。
好きでいてくれるのは嬉しい。だが、自分に縛られないで欲しかった。いつか、自分以上に相応しい存在が現れる。その人と、この世界を生きていて欲しい。シンはそう願い、全力で早苗とにとりから離れた。
そして、決意を秘めて“デスティニー”の前に立つ。
最後に迎えたのは霊夢と紫。この世界、幻想郷の管理者であり、最後の敵であり続けた二人だった。
紫と霊夢の行なった暴挙は、全てこの世界の為にと紫が行なったことだ。そのことに対してシンが傷つかなかった訳ではない。だが、そもそも紫がそうしなければシンが早苗やレイと会うこともなかった。
だからシンは紫の行動を咎めはしなかった。だから幻想郷で紫が糾弾されることもシンが防いだ。全て、自分がこの世界から消えることで責任を取るとシンは宣言した。だが住人達はシンが何も悪くないことを分かり切っていた。だからこうして見送りに来てくれている。
シンは約束した。紫がこの世界を、よりより方向に導いてくれることを。自分のような外の世界にある特別な力なんかに頼らず、自分達で運命を切り拓いていってほしいと。
「元の世界への時空隧道【ずいどう】………幻想郷の博麗大結界が開いて、コズミック・イラの世界に繋がるまで、後数分よ」
紫によれば、世界と世界をつなげるには、紫が世界の境界線を操って、その事象を導かなければいけないらしい。しかも紫単体だけではなく、不安定な時空間を霊夢の結界と合わせて固定しなければならないほどの大規模なものらしい。つまり、紫の力をもってしても、好きなタイミングで好きなだけ世界を繋げることは出来ないというのだ。
曰く、今回はシンが帰ると紫に訴えて、すぐこうしてチャンスが来たのは運が良いらしい。この機会を逃せば、次はいつ何時幻想郷とコズミック・イラが繋がるかわからないらしい。良くてつながったとしても、時空間の時間のズレが以降激しくなるらしく、シンが生きていた時間と大きく異なる可能性もあるという。コズミック・イラからは幻想郷への時空の裂け目はまず感知できないはずなので、行ったら最後、この世界には戻れないだろう。
「レイがこの世界に残ることで、少なくとも、私の目論見の半分は叶ったわ。後は、シンがこの世界に残ると心を入れ替えてくれると、私としては大助かりなのだけれど」
「紫アンタまだそんなこと言って―――!………ううん、うそ。ホントは私もシンに残って欲しい。早苗みたいにシンにいろいろぶつけられたらいいんだけど………私は幻想郷の博麗霊夢、誰の意思も尊重する中立の巫女。もう貴方の敵になりはしない。シンの望むままを私は、助けてあげるだけ」
「………俯いて、立ち止まっているだけじゃ前には進めない。俺は、ここにいるこれだけの人達に支えられてきた。だから、俺は、行きます」
「貴方の未来は、私の力でも視ることは出来ない。別の世界の未来までは私のスキマも対象外よ。それに、シン。貴方がこの世界で済むことは、楽園に済む権利を永遠に手放すことよ。その重さ、分かっているわね。帰るまでの道のりを保証することも出来ない。あなたがこの世界に私の思い通りに来れたのは、それこそ奇跡と言ってもいいほどの代物。同じように世界を渡れるとは限らないわ」
「俺はまだ、完全にあんたのこと信じてるわけじゃない。でも、あんたが適当言ってるだけじゃないってことは……分かりました」
「なら………」
「だからこそ、俺は必ず約束します。俺の世界から、戦争をなくしてみせるって。紫さんが思い描く幸せな世界を、俺はあの世界で創ってみせます」
紫と霊夢に対し、シンは歩みを止めない。コックピットへと続く昇降用レバーを操作してコックピットへと登ると、単座に戻されたシートに身体を固定する。素早く起動手順を済ませ、眼下を見つめる。
「早苗………!」
出迎えてくれる皆。それら全てを眺める中、彼女の姿が見えた。
もう早苗は泣いてなどいなかった。優しく、吹き渡る“デスティニー”のスラスターの暴風に髪をなびかせて、やさしくこちらを見つめていた。
そして早苗は言った。透き通るその声は機体の轟音の中でしっかりと響いてシンに届けられた。
「シン!!いきてっ………いきて、明日へ………!」
シンは、泣いた。
こらえていた涙が堰を切ったように溢れた。別れたくない思いが、この世界で過ごしたいという思いが、手を震えさせた。
みんなと一緒に過ごしたいという気持ちが、視界を濡らした。
そして開かれる天上の孔【あな】。博麗神社の上空に歪な形の孔が空を裂いて突如開かれる。その奥は、底なしの闇というべきもので。頭部ブレードアンテナアレイから遠赤外線レーザーを送り込んでも、反射される地形データは何も帰ってこなかった。
正真正銘の、大博打だ。紫の言うとおり、時空の歪みでコズミック・イラに無事帰れなければ永遠に亜空間をさまよって機体の中でミイラと化すだろう。
だがシンの決意が、その恐れを振り払った。出力全開。フェイズシフト起動。“デスティニー”のツインアイに光が灯る。
シンは、愛する人達に見送られながら、確かな勇気と共にコズミック・イラへと続く紫の開いた孔に、飛翔した。


「無理か………」
どれくらいの時が経っただろう?
時空の歪みに“デスティニー”が侵入して、計器類の全てがブラックアウトしてどのくらいの時間が経ったのか、シンには分からなかった。
フェイズシフトですら損傷する時空間の衝撃は、“デスティニー”にあらゆる損傷を生んだ。背部のスラスターは完全に砕け、スラスターも、エネルギーを使わないヴォワチュール・リュミエール由来の光圧推進ももう使えない。
衝撃による過負荷でハイパーデュートリオンも機能停止を知らせ、ディスプレイの類も非常電源を使い切り、モニターが辛うじて周りを映すのみ。だがそれもやがて消え、一切の闇がシンの意識を混濁させた。自分が今、目を開けているかも閉じているかもわからない。動く気力もなく、物音一つ聞こえない今は自分が本当に意識を持っているかも疑わしい。
このまま、朽ちていくのか。
シンの頭を過ぎったのは、幻想郷での日々。そして、これまでの戦い。その最後に行き着いたのは、家族の死の瞬間だった。
自分も、家族の元へ行くのだろうか。死者は戻ってこない。それは死者を生む兵士であるシンが一番良くわかっている。
再び出会えるのであれば、それはシン自身が死ぬことだと思っていた。
これが、走馬灯ってやつか―――
誰かが口にしていた非現実的な言葉が、いざ直面するとあながち間違いじゃないことに気づいたのは、初めて死を覚悟した瞬間。“S.E.E.D”が初めて発現したくれたオーブ沖での“ザムザザー”との戦いだ。
あの時とは違って、死がゆるやかに近づいてくる。恐れはしない。あとはこのまま、自分の運命を、受け入れるだけなのだから。
「………いやだ」
自分は今なんといったのか。
全身を包んでいた諦め。それを受け入れようと、意識を薄れさせようとした瞬間だった。シンは自分の口が予想外の言葉を紡いだことに驚いた。
「違う…!違う違う違う違う!」
ああ、そうだ。諦められないんだ。運命に従って、死んでゆくなんて。そんな事、受け入れられるはずがない。恐れないわけがない。
「俺は、死ねない…!死にたく、ない」
無様に生きて、どんなに苦しくとも、世界を変える。それが、あの世界から離れた自分の使命だ。
自分が後、どれだけ生きれるのかわからない。でも、死にたくはない。
生きている限り、明日はある。明日を諦めれば、生きていくことは出来ない。
死ぬのは怖い―――!
ステラの悲鳴が、頭の中でこだまする。
自分だって怖いさ。だから、生きていたい!
残っている力を振り絞って、シンはコックピットの操縦桿をがむしゃらに動かした。既に死んでいた機体は、何の反応も示さない。それでも、シンは足掻いた。どうせ死ぬなら、最後まで足掻ききって死んでやる。諦めるものか。まだ俺は生きている!生きているんだ!
動け!動け!動け!
そう念じてシンはコックピットで暴れた。そして、右手をどこかにぶつけた時、初めて聞こえた電子音がシンの耳に入った。
その直後、モニターが再び点灯し、外の景色を再び映す。シンが思わず触れてしまったものは、にとりが増設したコンソールだった。
それは、エクストリームブラストを起動させるパネル。即ち、機体各部に備えられたコンデンサの強制解放を行なうスイッチだった。
残っていたエネルギーを糧にして、黄昏色の光の鎧を纏って、再び“デスティニー”は蘇った。
まだ、時空の歪みの中に取り残されているようだった。明るいような暗いような、広いようで狭いような、形容しがたい外の亜空間の様子を、“デスティニー”は映している。
その中に、一点。光が差し込んでいる箇所をシンは捉えた。この空間に差し込む光―――!
まさしく、通常空間に満ちる太陽の光。あれだ、あれが俺の世界!
なにか、武器はないのか―――!
使用可能兵装を探す。17.5mmCIWS、高エネルギービームライフル、ソリドゥス・フルゴール、フラッシュエッジ2、アロンダイト、高エネルギー長射程ビーム砲。そのどれもが、弾切れ、破損、または使用不可【オフライン】をディスプレイが示していた。
万事休すか。諦めかけていたその時、たった一つだけ使える武器があった。パルマフィオキーナだ。
“デスティニー”の掌に仕込まれたソレは、最も外部からの衝撃をうけることを想定されていたのか、この状況下でも使用が可能だった。だが、残りエネルギーからしてこれを撃てば再び“デスティニー”は力尽きるだろう。
これしか、ない。シンは、“デスティニー”はエクストリームブラストのエネルギーで点火した推進剤で光へと翔ぶ。
その手に、たった一つの希望という名の光を携えて。
「行けよおっ!」
パリン、と。何かが割れるような音がした気がした。
それが不安定だった空間に加えられたパルマフィオキーナによる衝撃によるものだと、理解することは出来なかった。次の瞬間にはシンの目の前に光が広がっていったかと思えば、残るエネルギーを使い果たした“デスティニー”の中で、再びシンは静寂と暗黒に包まれたからだ。
もうこれで、手は尽くした。
シンは疲れきった身体を休めせようと目を閉じた。が、すぐに目を開けた。
遠くから、声が聞こえた。
誰かが、自分を呼ぶ声。誰が、自分を繋ぎとめてくれる声。
シンのヘルメットが、国際救難チャンネルに乗せられた音声を拾った。
「シン………!シン!無事なの!?」
―――ルナ、マリア。
彼女だけの声ではなかった。だが酷いノイズが入り、上手く聞き取れない。
「ソルのデータ―――にあった、時空歪曲の――――――はここだ…!―――ラ、そっちはどうだ!?」
「待っ――――――ルナマリ――――――からの通信―――これ―――スティニー”の――――――反応―――」
ノイズ混じりでも分かった。キラ、そしてアスランの声。皆がシンを探してくれていた。
自分は生きて帰ってこれた。こんなに嬉しいことはないのだ。
スーツの生命維持装置に問題はない事を確認して、ハッチの強制解放。
遠くで輝く太陽の光が眩しい。その奥から、三つの巨体の影が澄み切った宇宙空間の向こうから近づいてくる。
本物の、“ストライクフリーダム”、“インフィニットジャスティス”、そして嘗ての愛機であり、いまは親友が乗る“インパルス”
「「「シン!!!!」」」
皆が自分を呼んだ。キラが喜ぶ。アスランが自分の生存を誰かに報告する。ルナが泣く。
シンは手を振った。声を振り絞り、彼らに応えた。自分はここだ、生きている!俺はここにいる!
笑顔で、手を振り続けた。やっと、長かった旅路は終わった。
キラとまた、あのオノゴロの慰霊碑に行こう。そして、こんどこそお互いの想いを伝えあって、あの時払った手を結ぼう。アスランとは、すれ違ってばかりだった。もう、あの時のような過ちは繰り返さない。見ている世界は、一緒なのだから。
ルナマリア。レイは生きていた。そしてこれからも、幸せに生きていくよ。早くこの事実を早く伝えたい。自分がしてきた幻想郷での思い出!何から話せばいいだろうか?
伝えたい相手と伝えたいことが一度に浮かび上がり、嬉しさで心が破裂しそうになる。
だけど今は、この時を喜びたい。
終わらない明日への輝きを一心に浴びながら、シンは笑顔で手を振り続けた。
そして………およそ一年後。


オーブ、オノゴロ島。
シンがこの世界へ戻ってきて、今日で一年が経った。
シンは数多くの敵と戦ってきた。モビルスーツ。モビルアーマー。歩兵。無人兵器。それらを売る商人。それらを買うテロリストの残党。キラ、アスラン、ラクス議長代理、オーブ代表のカガリと共に。自分の力だけでは及ばない世界を、なんとかして守ろうと頑張ってきた。
そして、いつの間にか今日がやってきた。朝日が眩しい。戦火の跡が露わになる。その傷痕が、シンの心を締め付けた。キラの顔を曇らせた。そして二人はシンと袂を分かったあの地、オノゴロ等の慰霊碑の前で再び立っていた。
他には誰も居ない。いや、自分達以外にもアスラン、ラクス、ルナ、メイリン、カガリとこの場に呼んでいた。ただ、なんとなくシンは早めに来てしまった。そしたら偶然にも彼も早く来ていて、あの時の再現になってしまっていたのだ。
来てたんだ―――
二人は数瞬だけ硬直し、キラは薄笑みを、シンは視線を落として慰霊碑に向いた。キラも次第にシンと同じ方へ向く。
この島には、墓がない。オノゴロを含め、大戦の際オーブでの犠牲の数は凄まじく、また暗い情勢が続いた事によりこの地に犠牲者一人一人のために用意される墓など、建てれるほどオーブに余裕はなかった。慰霊碑はせめてものと罪滅ぼしの証だ。全てを背負って国を背負う、カガリを始めとするオーブの代表首長達の………
しばしの沈黙の後、キラがその手に持っていた花束を慰霊碑に据え置いて口を開いた。
「これ………花、だね」
「えっ」
「周りの花は、もう散ってしまっていたのに、ね」
慰霊碑は港だったコンクリート固めの波止場の最先端にあり、狭い足場に小さく設けられた芝生の中だ。その芝生に、白い花が一輪、潮風に揺られながらも健気に育っていた。
シンはふと後ろに振り向いた。まだ誰も来ていない。代わりに見えたのは、家族が横たわっていた島の斜面に散らばる茶色の草花だ。全て、枯れている。戦の炎で無残にも焼かれたそれは、シンが直にその瞬間を目撃している。家族の死とともに。
「!」
いや、キラが見つけた以外にも、花はあった。
港の岩肌、そこに色は違えど同じ種類の花があった。それも、三輪。この死が充満した地で、新たな生が芽吹いていた。守るべき花が、シンの目の前に咲いていた。
ずっと、ここが嫌で。でもずっと気になっていて。こんな風じゃなかった。こんなところじゃ。
ここに来るといつも泣いていた。ザフトに所属して前大戦が終わった後も、シンは度々ここに足を運んでいた。
悲しみを思い出す度自分を戒めた。生き残ってしまった自分を誰か責めて欲しい、罰して欲しいといつも思っていた。
だけど、帰ってくる言葉はどこにもなく。自分が独りになってしまったことをより強く感じてしまい、それに苛まれるだけだった。
いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす。
いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ、きっと。
その問いと応えは、嘗てすれ違っていた。
シンは彼の手を退け、口を固く結んでその場を後にしてしまった。
目指しているものが、違うから。キラの道と、シンの道は違っていたから。
花に重ねられた想いが、吹き飛ばされることにシンは憤りを感じていたのだ。
だから新しい花に同じ想いは宿らない。同じ生命は宿らない。
この世界に生まれた青い薔薇である彼の言葉なら、尚の事だった。
だが―――
今度は、シンから手を差し出した。キラも同じ思いだったようで、同時に触れた手を二人は交わしていた。
「だめ―――じゃなかったね」
だめかな?キラは前にそう言って手を伸ばした。
シンは一歩踏み出して握手を交わしていた。背中を押してくれたのは、早苗、にとり、霊夢、そして幻想郷の皆だった。見えない手が、シンを勇気づけてくれた。見えない確かな思いが、キラと自分をまた巡りあわせてくれた。
この握手に込められた想いは、簡単じゃない。
「あっ………花だ、な…!」
不意に新たな声が混じった。カガリだった。彼女の後ろに、アスラン、メイリン、ルナマリア、そしてキラの恋人であるラクスが来ていた。コツコツと響く革靴の音が、潮騒に加えられる。カモメのハーモニーが辺りを包み込み、自分達二人を包んでいた死の気配が薄れていくのを感じる。
新しい世界が、生まれようとしている。
「ラクス、カガリ、アスラン」
「メイリンに、ルナも…」
「先に来ていたのか。シンも」
「あっ………いえ……ザラ中佐…」
「メイリンとともにオーブに軍籍を移したとはいえ、お前とはプライベートな関係だ。今更、階級を重んじる間柄でもないだろ?」
各軍を代表して混成モビルスーツ部隊発足からそれほど日の経過は深くない。シンはキラ、アスランとともに同じ立場で世界を守る兵士として今を生きている。そこには異なる軍同士での階級など無意味なものだった。だがそれでは命令系統に支障が出るため、新たに共通の基準で生まれた階級がシンら兵士に与えられていた。
アスランは大戦の戦果と脱走からのすり合わせで中佐に落ち着き、キラはオーブ軍から引き続き准将。そしてシンはこれまでの特務部隊FAITH所属後の功績から、大尉となった。
「今までどおり、アスランでいい」
ハイネがまだ生きていた時、階級のないザフトで上下関係は無駄だと一蹴した彼からの助言。「俺たちミネルバ隊はもっと仲良くしとけばいいんだよ」とアスランに告げた。以来、アスランから呼び捨てで構わないと言われシン自身も快く承諾していた。
シンは途切れそうな曖昧な返事を返すが、そこにカガリが割り入って来た。
「おい、アスラン。お前のような奴がいきなりそんなこと言うから、シンだって困惑してるじゃないか…!悪かったな、シン。私が簡単にこんなこと言うのも何だが………オーブを始め、ザフトを、地球を、守ってくれたのは、お前の力があったからだ」
「アスハ………代表」
「本当に、助かった。礼を言う。ありがとう、シン」
「私からも………!プラント評議員議長代理、そしてこの世界で生きる一つの命としてお礼を言わせてくださいな。一度は戦った間である、キラやアスラン。そして敵だった地球連合軍やオーブ軍の皆様方と肩を並べて、世界守ってくださったこと、本当に感謝しています」
「ラクス…さん」
国の重要人物、ともすればこの世界の希望の象徴とも言える二人がこうして頭を下げに来てくれる事自体が考えられなかった。
慌てて「こ、こちらこそ」と返して深々と頭を下げるが、何がおかしいのかメイリンとルナは口元を抑えて震えていた。シンも、少しだけ声を荒らげそうになりながら顔を赤くする。
「シン、変わったね」
「ルナ?そうか?…」
「変わったよ、お姉ちゃんの言うとおり。前のシンは、こんな感じじゃなかった。こんな風に、変われなかった。きっとシンの言う向こうの世界のレイも、幸せな人に変われたよ」
オーブを討つなら、俺が討つ。
嘗ての自分の言葉。だが討たなくてよかった。討てなくてよかった。レクイエムの崩壊、月での敗北でシンは心からそう思った。あの業火が落とされていれば。この地に集まることも無かっただろう。
カガリやラクスの目の前に立つことも、無かっただろう。レイと出会えることも、無かった。
これから、もっと花が咲いていく。焼けただれた草木は時とともに生まれ変わり、咲き乱れ。また新しい季節を迎えながら育っていくのだ。
シンはそれを守っていく。いつまでも、花が咲き続ける世界を創るために。託されたレイの想いも連れて。
「ごめんね、シン」
キラはそう言うなり、シンに向かって静かに言葉を紡いだ。
「君と僕が目指しているものって、多分同じだよね」
「えっ…」
「ちょっと、悔しい気もするけど。僕の負けかな」
「シンさんの抱かれている想いは、数多くの経験を元に積み重なったものでしょう………キラはずっと、貴方に手を阻まれてから悩んでおりました。『どうすれば、シンと仲良くなれるんだろう』…と。キラの言う負けとは、貴方の抱く想いに触れて自分の想いが、それに勝てなかった、ということです」
そんな子供じみた…などと考えがよぎったが。
子供じみた単純なことだからこそ、真剣に悩める問題だったのだろうとシンは感じた。
「僕達二人でなら、きっと出来るはずだよ。だから頑張ろうね」
「キラだけじゃないわよ。私も、メイリンも、シンもアスハ代表もラクス様も、皆でこの世界をどうにかしていきましょ」
「とっても長い回り道だったけど………でも、やっと同じ方へ向いていける……そうですよね?アスハ代表」
「ああ。私たちの明日は、ここから始まる。過去は取り戻せない。だが今は。未来へ続く流れは………きっと明日へと、っていう想いが導いてくれるさ。そして、また皆でここに来よう」
潮騒が強くなった。生命の息吹が、自分達に訴えてくるようだった。古代の海から生まれた生き物。この生命の海から生まれゆく全てを、もう失わせはしない。花も、世界も、綺麗であり続ける世界に。
―――あなたも、人間だったんですね、キラさん………
「花が咲く頃には、またくるね」
「俺…俺!全てを賭けて、頑張ります!」
「平和になるまでが……俺達の戦いだな」

キラと結んだ片手に、さらにもう片方を加える。両手で握りしめた想いに、キラもまた重ねあわせる。
ようやく繋がった一つの道に、自分達はたどり着くことが出来た。今度向かうのは未来へと続く道だ。
生きている限り、明日はやってくる。そうだね、ステラ………
早苗、俺は今日も生きてるよ。そしてこれからも頑張って生きてみせる。
早苗、にとり、みんな。今は何をしているかな。きっと、君達の世界で出来る事をしているよな。
俺も、こっちで出来る事をやってみるよ。この先、ずっと。ずっと………


シンの明日は、続いていく。
この光り差す世界の中。朝日を受けた海の上で、シン達と明日という名の太陽を結ぶ光の軌跡が、いつまでも輝いていた。